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逆さ虹の森が紡ぐ物語

作者: みね。

その森には昔、逆さまの虹がそれは綺麗に綺麗に架かっていたといわれています。

以来、『逆さ虹の森』と呼ばれており、神秘に満ちたその森は、それはそれは大切に、自然のままの姿で立派に残されておりました。


ただ、噂は皆が聞いたことがあるとおりですが、逆さの虹を見たという者は、一人としていません。

池に映った虹を見てそういう名が付いたという説もあります。

確かに。ただ、森には鏡のような静かな水面をたたえる素敵な池がいくつもありますが、個性的な名前のある森の中において、「虹見の池」や「鏡面の湖水」という名前は聞きませんよね。


他にも、虹の輪が、豊かな自然にはばまれて、下の部分だけが見えたという説もあります。

自然豊かなこの森では、日光が差し込めばあらゆる所にあらゆる形の虹模様ができあがるところに由来するという説もあります。

どれもが真実味を帯びている一方で、どれもこれも、この荘厳な自然が示す「逆さ虹」の由来としては、断定するには物足りなくも思います。

この素敵な森の謎は、今や誰もが、その意味を知らない場所でもあるのです。

その神秘がまた、森の魅力となりおおせているのです。




ある日、二人の猟師が、森に足を踏み入れました。


その森はまだほとんど知られておらず、豊かな自然がたっぷりあふれており、一歩足を踏み入れたなら、誰もが神秘的な気配を感じずにはいられない場所でした。


空を覆いつくさんがばかりの緑の天幕に、その間から、風のさやさやという音で揺れるように日差しが踊る姿は、自然の舞台のようで、見る者は酔いしれてしまうばかりです。

鳥の鳴き声は合いの手のようで、森全体が生命を体現しており、世界を祝福しているかのような気持ちをもたらしていました。

朝方特有の、みずみずしい緑の香りが鼻先をくすぐり、それはどこか悪戯っぽくも感じるのは、やはりこの特有の空間がそうさせるのでしょう。


猟師達も、幼いころには神秘的な雰囲気を感じとる力も存分にあったでしょうが、長く猟師をしているものですから、いつしかそんな、誰もが感じられる感覚をどこかに置いてきてしまったのですね。


手つかずの森を見るや、二人を目を見合わせ、いったいどんな獲物が捕れるだろうかと、期待に胸を膨らませていました。



二人が仕掛けた罠に、はじめに引っかかったのは、一匹のキツネでした。

右足を鋭いトラばさみに引っかけられ、強くもがいたのでしょう、衰弱しきっている様子でした。

骨が一部見えており、泣き声を上げる力もなく、それでも人間への恐怖からか枯れた唸り声をあげて威嚇するのが精一杯でした。


猟師は首を振り、ため息をつきます。


「キツネはくえねぇな」


もう一人の猟師も頷いて言いました。


「雑食だからな、どんな病気を持ってるか、しれねぇ」




二人は、抵抗する元気のないキツネを罠から放してやりました。


そうしてその場で汚れた罠を水で洗い流し、血や人間のにおいを綺麗にしました。

その水は、近くにだらんと投げ出されたキツネの傷跡にもうまく当たり、消毒の役割を果たしていました。

鳴く元気すらなくなりながらも、そのキツネはずっと、熱い目つきで二人を見ていました。


それから二人はさらに奥へと進みましたが、キツネが後からついてくることに、妙な違和感を覚えました。


「助けてもらったとでも思っているのか? 感謝されることはねぇ、くおうとしたんだぞ」


それでもキツネは着いてきます。

痛めた足を引きずりながら来るので、それは痛々しく、猟師も顔を見合わせあまりに不憫だと感じました。


「お前の歩く音がうるさいんだ」


「血のにおいも厄介だ」


キツネは素直に手当をされ、終わった後には律儀にお辞儀をしたように見えられました。


「お前は野生じゃ生き残れないタイプだな」


「殺そうとした相手に恩を感じるなんてな」


男達はそれからは、後をついてくるキツネのことなど放ったらかしにして、銃を手にとって歩き出しました。


普段であれば猟師達はもっと気を張り詰めているところですが、この時ばかりはキツネに気をとられたのでしょうか。

もしくは二人も感じ取っていたのかもしれません、果てしない神秘がどこにでも鎮座している森において、銃や罠を持つ場違い感と罪悪感を。

しっくりこない居心地の悪さから、注意が散漫になったとしても不思議ではありませんし、無邪気なキツネにすがるように意識を向けてしまうことだって自然であろうものです。


二人は見逃してしまったのです、クマの縄張りをしめす爪痕が周囲の木々にあったことに。


片手に持った斧を振り上げ、草木をなぎ払って進んでいきましたが、その日は、ほとんど獲物がいませんでした。


「誰だ、ここは手つかずだなんて情報をくれたヤツは」


「おっかしいなぁ……でもよ、他の猟師もいないし、銃声も聞こえねぇ。伐採されてもないし、まちがいなく――」


ここまで言って、二人は同時に顔を見合わせました。

つまり、ここには恐ろしい生き物がいることを示唆しているのです。


そして、その生き物といれば、まっさきに思いつくものがあるではないですか。


「今日は、こんなもんにしとかねぇか」


「そうだな」


それが手遅れだったことを悟ったのは、次の瞬間でした。

前方からごそりと音がしたと思ったなら、黒い大きな塊が姿を現し、確実に、その鋭い目が合いました。


見まごうことありません、クマです。

その瞬間、片手に持った斧を自然と手放し、降伏するかのように動きを止めました。



猟師なら誰もが知っています、クマに死んだ真似など通用しないと。

それと同時に、猟銃の一撃でクマを仕留めることは並大抵ではなく、手負いとなったクマの凶悪さとくればどうしようもなく、地の果てまで追われることになることを。

遠距離であればまだしも、この近距離においては、とても銃を撃つような無謀な真似はできません。


つまり、クマに遭遇したなら、死を覚悟する時ほかならないのです。

生きる手段とくれば相手に撤退してもらうほかなく、今この場では威嚇するようないかなる動きもできないのです。


かくいうクマも、森の中で随一に綺麗な池の水を飲みに来ただけであり、そこに見慣れぬ生き物がいたものだから驚いて固まっている様子がうかがえました。

ここで次の動きがどうなるのか、誰もが息を殺し、クマの動向をうかがっていたそのときでした。



ぽちゃん



小さな音ともに、池に何かが落ちる音がしました。

音が立ったとことに猟師二人は驚いて、殺されると思い心臓が大きく跳ね上がります。

銃を持ちながら神に祈るなど滑稽かもしれませんが、ただ助けてくれと、強く天へと訴えるばかりでした。


幸運なことにクマは水を飲みに来たことを思い出して、口を池につけました。

十秒ほどでしょうか、果てしなく長く感じた時間の後、クマは顔を上げ、すっかり満足したようで、猟師達のことを振り向きもせずにのっそり悠然と立ち去っていきました。


どれだけそこで震えていたでしょうか、すっかり静かになり、鳥の鳴き声がいくつか聞こえてくるだけの余裕ができたところで、猟師二人は同時に、呼吸することを思い出したかのように、それはそれは長いため息をつきました。



「死んだと思ったな」


「初めて見たが……あれはダメだ、狩れねぇ」


安堵ともつかない、疲れ切った声を出し、二人はすぐに荷物を持ち直しました。


「早く帰ろうぜ、もうこんな所長居しちゃいられねぇ」


「そうだな」


帰ろうとしたところで、ふと思いました。

そういえば、先ほどの水がはねる音は何なのかと。

ふと見上げた先には、枝に乗った一匹のリスがおり、どんぐりをその手に抱えてかじっていました。


先ほどの音は、どんぐりが落ちた音だったのです。

分かるとまたしても、二人は笑いがこみ上げてきました。


「いたずら好きなリスがいたもんだ」


「それにびびって逃げちまう、クマのほうもどうかしてるぜ」


満足したように駆けだすリスを目で追っていいると、木から下りたその先には、包帯を巻いたキツネがいたのです。

キツネはここで再度、頭をゆっくりとさげました。

二人は三度、目を合わせました。


その後、二人はなにも言わずに森を後にしたのです。

狐はもう後を着いてくることはありませんでした。




以来、この森には、人でないものが住む森として、猟師のあいだでは神聖なところとして扱われることとなったのです。

人が立ち入るべきでない、異人の存在する森。


いつしかその森は、逆さnijiの森と呼ばれることとなったのでした。




さあ、逆さ虹の森の話は、これで、おしまい。

きっとあなたが知っている森には、もっとたくさんの登場動物と、場所があることでしょう。

食いしん坊の蛇や、暴れん坊のアライグマ、根っこ広場にオンボロ橋……それらのお話しは、またの機会に、語ることとしましょう。

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