勇者めい
「ではでは、こちらアップルクランブルでございます。お熱いので、お気を付けください」
何はともあれ翔ちゃんのお友達来訪記念としゃれこみまして。
ぷち喫茶店ごっこ―と、翔ちゃんと先輩が手を洗っているうちにリビングのテーブルへとランチョンマットをおいてみたり。
おしゃれさん風に白い取り皿を用意して、各自のスプーンもおっけー。
戻ってきた二人には、先に聞いていた飲み物を渡して、リビングに座ってもらってお客様。
私はできるウエイトレスさんを気持ちだけ、装っています。
すると告げるや否や翔ちゃんは手を伸ばし、自分のお皿にこんもりとスプーンで取り分けて。共同用の物から自分用のスプーンを持ちかえると、すぐに口に運んだ。
「うんっ! うまい」
「上のやつ、サクサクしてるね」
翔ちゃんに続いてためらいなく口にした日下先輩も、ぱあっとした笑顔を浮かべ喜んでくれたので。そんな二人にさらなるオプションのご案内。
「お好みで、アイスやカスタードをつけてお召し上がりください」
小皿で用意した二つも、二人の取り皿の前に置けばすぐに手を伸ばしてくれて。
これまた美味しいと、好評です。
「これ、本当においしいよ。どこで売ってるのか教えてもらってもいいかな?」
なんて。
聞かれた時にはきょとんとしてしまったけれど。うれしくて、頬がこれ以上もなく緩んでしまう。
「すみません。私の手作りなんです」
そんな私の言葉に、すごいと驚いてくれた日下先輩に私は喜ぶばかり。
二人の好反応によかったと一息ついてから。後はごゆっくりと、私はキッチンへ引っ込んで。
使った道具を洗って手を拭くころには、なんだかはしゃいでいた気持ちもだいぶ落ち着いていたけれど……。
夕食後のデザートに、自分の分と朱莉ちゃんの分ととっていたお菓子に目を止めてしまうと。
なんだか、どこか、こう。
うずうず、してしまう。
気に入ってくれたみたいだし、でもそこまでするのはちょっと押しつけがましいような、でもでも、翔ちゃんが初めて連れてきた友達だし。
ぐるぐるといったりきたりの思考が繰り返される。
朱莉ちゃんには別の何かを作ってあげて。
でも、ご迷惑になるかもしれないし。
でも、おいしそうに食べてくれていたから。どうせなら、時間をおいてちょっとかわる食感も試してもらいたいし。
でも、お世辞だったらどうしよう。
でも、でも、でも。
……えぇーい!
ままよ!
翔ちゃんのお友達に悪い人はいない! (だろう)から。
断られたら、断られたで、その時はその時だ!
したいと思うようにするのが、人間一番だって、お母さんも言ってたし!!
優しそうな先輩だったし!
きっと……!
迷い迷ったけれどそうと決めたなら、あっという間に目の前にはお菓子が入った箱が出来上がる。
たまに友達にもおすそ分けをしていたりするから、袋も箱もいくつか在庫があって。
男の人が持っていても恥ずかしくないように、シンプルな箱をチョイスしてみました。
「うん。これでよし!」
出来栄えに満足して。
帰るときには呼んでねと、いつの間にかゲームを始めていた翔ちゃん達に告げて自室に戻る。
思ってもみない出来事があったけど、十分に気分転換はできました。
さぁ、勉強、勉強。
机の上に置いていたノートを開いて、勇者めいは強敵どもに挑むのです!
◇◇◇
――――そうしてある程度時は経ち。勇者めいが旅の途中、仲間からの声掛けがありました。
「めいちゃーん!」
…………えっと。
「紘太、帰るってー」
おぉ。そうでした。
翔ちゃんの声にどこかぼんやりしていた頭をふって、今行くー! と返事を返し。階段を下りていけば、玄関にはすでに日下先輩の姿。
「あっ、せ、先輩ちょっと待ってください!」
靴も履いてもういつでも帰れますよの状態に、私はあわてて声をかけて少し待ってもらう。
不思議そうな顔をする日下先輩を視界に入れながらも、キッチンへと飛び込んで。
そんなに待ってもらうのは悪いので、時間はないけれど。
それでも一応、最終チェックと軽くふたをしていた箱をあけて、中身の状態を見る。
うん。大丈夫!
急ぎながらも丁寧に、持ち運びやすいようにとこれも用意していた袋に箱を入れて。
転ばないように、気を付けながら玄関へと戻る。
「すみません! お待たせしました!」
待たせてしまったことを謝りつつ手に持った袋を差し出すと、先輩は再び不思議そうな顔をして目を瞬かせた。
「これ、さっきのお菓子なんですけど、時間が経つと今度はしっとりするので。また違った美味しさがあるんです」
先輩が口を開くより先に、内心焦りながら言葉を重ね。
あぁ、肝心なことを言っていないと、さらに言葉をつなげる。
「よかったら、もらってください」
「いいの?」
不思議そうな顔から、今度は驚いた顔をする先輩に、私はもちろんですと力強く頷いて。
「はい! 先輩は、翔ちゃんが初めて家に連れてきた友達なんです! だから嬉しくて。ご迷惑じゃなかったら、ぜひ!!」
ぜひ、ぜひ! と心の中でもプッシュして。
だめかな? だめですか?
ほんの少しだけ不安になりながら、先輩の反応を待つ。
すると先輩は、にっこりとうれしそうに笑い。
「ありがとう。本当においしかったから嬉しいよ」
言葉とともに私の手から、大事そうに箱を受け取ってくれた。
それがまた、私もうれしくて。つくってよかった、渡せてよかった。いろんな喜びがあふれてくる。
「また、遊びに来てくださいね。まってます」
自然と緩む頬のまま、私は日下先輩を見送って。翔ちゃんも、明日学校でと先輩をお見送り。
そろそろご飯づくりの時間かなぁ。
浮かれた気分のままそう思って夕飯づくりにキッチンへと向かおうとしたら、すかさず翔ちゃんに呼び止められた。
「あのね、めいちゃん」
「なぁに?」
こんなところで何だろうと首を傾げ翔ちゃんを見上げると、翔ちゃんはやけに真面目な顔をして。
「俺、ほんとに友達はいるからね?」
真摯に告げてくるから。
私はうんうんとしっかりと頷きながらこたえ、翔ちゃんに笑いかけた。
「大丈夫、大丈夫! 分かってるって」
本当は親指をぐっとたてて返したかったけれど、さすがにそれはわざとらしいでしょうと自重する。
「ほんと? ほんとに分かってる?」
どこか不安そうに、たずねてくる翔ちゃんに大丈夫と繰り返しながら、さぁお夕飯お夕飯! 次の予定に向けて歩き出す。
翔ちゃん、大丈夫だよ。
たとえ翔ちゃんに日下先輩いがいのお友達がいなくても、めいはあなたの味方です!
かたく、かたい決意を胸に、勇者めいはキッチンという名の戦場へと歩き出した。