あっぷるくらんぶる!
紘太先輩との出会いは、私がまだ中学生だったころ。
パパとママがもともと望んでいた海外赴任の機会に恵まれて。
いい機会だし行ってきなよ、と私たちきょうだいで背中をおしてから一年。
両親共働きで、家事手伝いは私たちの担当だったし、その時にはもうお姉ちゃんが成人していたので特別困った、なんて事はなかったけれど。
それでも、夜遅くなってでも帰ってきてくれていた二人がいないというのは、すこしさみしい気持ちもあって。
そんな気持ちに気付いてくれていただろう、翔ちゃんも朱莉ちゃんもいつもよりも側にいてくれたから、毎日はあたたかい気持ちでいっぱいで。
気がつけば、あっと言う間に一年が過ぎていた。
そして今日も今日とて、学校から帰ってきて。両親がいないからと成績を落とすわけにはいかないので、予習復習をしっかりと。
その後で勉強の息抜きに、おやつ作りに取り掛かる。
「さてさて。なーにーにー、しよーかなー」
冷蔵庫の管理はもちろんご飯担当の私のかんかつなので、何があるかはある程度ばっちりなのだけど。
そこは物を見て、何にしようか決めたいので。扉を開けて、さらっと見渡し。
あけっぱなしはよくないので、手早くしめる。
「うーん」
今日は水曜日。
先生たちの都合で早く帰される日なので、おやつを作る余裕もあるし、逆に言えば翔ちゃんの帰りも早い。
と、くれば。出来立てが美味しいお菓子を作ってあげたいなぁ、なんて。思うわけで。
うーん。
そうだ、林檎もあったしちょっと寒くなってきたから、あったかいもの。
……アップルクランブルに、しようかな。
はな歌まじりに工程をふんでいき、温めたオーブンの中に入れればあとは20分程度。
だんだんと強くなってくるいい香りに、頬を緩めながら出来上がりをまつ。
「ただいまー」
「おかえりーしょーちゃん」
おー、なかなかいいタイミング。
一人喜んでいると、翔ちゃんは玄関から一直線でダイニングテーブルへとやって来て。
甘い香りをかいだのか、嬉しそうに今日はなにー? と聞いてくる。
「あっぷるくらんぶる!」
「おー! さすがめいちゃん」
目を輝かせてすぐにでも食べたそうにしているけれど、
「てぇ洗ってからねー」
いつもと違って洗面所にすぐ向かわないで、こっちに来たことを不思議に思いながらそう言うと、翔ちゃんはうんうん、頷いて。
今日ねと話し出す。
「友達連れてきた」
翔ちゃんのその言葉に廊下の方へ視線をむけると、翔ちゃんとおなじ制服をきた優しそうなお兄さんが立っていて。
「おじゃまします」
思わず出てきたのは、
「しょうちゃん、友達いたんだ!」
「めいちゃん、俺の事どう思ってたの!?」
おめでたいような、安心したような、それでいて困惑めいた。けれどとにかく、驚いて。
日ごろちょっぴり心配していた気持ちからつい、心から言ってしまった言葉だった。
涙目の翔ちゃんに返されて、ごめんなさいとすぐに謝ったのだけれど。
次いで吹き出した音を聞いたからには、いたたまれない。
「わらうな、紘太」
ジト目の翔ちゃんに睨まれたその人は、口を覆った手をどけ一つ咳払い。
翔ちゃんの顔を見ないように、横を向き。ごめんと謝ったその顔は、いまだに笑いをこらえていて。
翔ちゃんはむっとした顔をしながらも、私に向き直ってお兄さんを紹介してくれた。
「めいちゃんこいつ、こうた。よろしくしなくていいから」
「はじめまして。日下 紘太です。クラスは違うんだけど、仲良くしてもらってます」
そっけなく言う翔ちゃんから引き継いで、朗らかに教えてくれた日下先輩に私もごあいさつ。
「はじめまして。いつも兄がお世話になってます。妹の、佐々木 めいです」
主に、翔ちゃんをの意味を込めて。よろしくお願いしますと告げると、日下先輩はにこっと笑い
「よろしくね」
すかさず翔ちゃんは、しなくていい! と叫んだけれど。
そんな翔ちゃんをおいておいて、私は日下先輩に聞いておかなくてはならないことがある。
「あの、甘いものお好きですか?」
だって今日のおやつは、スイーツなのだから。