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さっちゃんチョップ


「はああぁぁぁ」


 おっきなおっきな息を吐き出して、日の当たる自分の机に突っ伏した。


 翔くんのせいで紘太先輩が何を言おうとしていたのかわからなかったけれど。

 翔くんのおかげで、ぽんぽんされたー。


 にまにまと、ため息を繰り返す変人と化しているわたしに。お昼ご飯の間と一つ前の席を借りているさっちゃんから、とりゃあと鋭い一撃がくだされた。


「……いたい」

「朝から気持ち悪い、よく今まで我慢した方だって褒めてよね」

「ごめんなさい」


 地味に痛かったさっちゃんチョップに、痛んだ頭に手を伸ばす。

 

 痛いけど、でも……。


 自然と思い出してしまう、大きな手のひら。

 再びしまらない頬をさっちゃんのめにさらしてしまうと。


「おめんにゃはい」


 むにむにと今度はほっぺの方から攻められる。


「ったくもう」


 それはそれは呆れたような大きなため息を吐いたさっちゃんに、謝罪を込めてわいろを渡すと、


「さなえ殿、よろしければお納めください」

「うむ。くるしゅうない」


 大仰に頷いて、しっかりと受け取ってくださったさっちゃんは、目を輝かせて紐をといていく。


「なになにー?」

「マーガリンが余ってたから、ほろほろクッキーを作ってみました」

「それではさっそく」


 食後のデザートと、一つ袋から取り出して口に運ぶさっちゃん。


「どうですか?」


 昨日ほどの緊張感はないけれど、それでも大切な友達の反応も気になるところ。

 それに、あの後なんだかいたたまれなくて。何かをしたくて作ったお菓子なので、少しばかりのやましさもなきにしもあらずなのです。


「うんっ! やっぱりめいのお菓子は美味しい」

「よかった」


 晴れて笑顔を見せてくれたさっちゃんに、私は胸をなでおろす。


「それで?」

「うん?」


 も、つかの間。

 おいしそうに次々に食べてくれるのは嬉しいけれど。鋭いまなざしで、短く、かつはっきりと問いかけられた。


「……紘太先輩と、なんかあったんでしょ?」

「…………」

 

 なんでもお見通しの千里眼をお持ちなのですか、さっちゃんは。

 さっちゃんの怖いほど鋭い推察に、密かに感動していると。


「あんたが分かりやすすぎるのよ」


 呆れたようなため息に、今度は落ち込んでしまう。


「そうかなぁ、普通だと思うんだけどなぁ」


 わずかながらも抵抗してみるけれど、

 朝からあんたの様子を見てて、あれで気付かないやつがいればそっちの方が驚きよ。

 なんて言われて、すぐに撃沈。


 確かに……。

 振り返ってもみれば、朝から私はため息とにまにまを繰り返していただけのただの変人でした。


 それはおかしすぎる。


 だけど、でも!


「どうして紘太先輩だってわかったの?」


 素直に聞くことにしてみると、それこそ呆れたというお言葉をたまわった。


「他にいないでしょ、めいの調子をそこまでおかしくさせる人」

「なるほど」

「……そんなこと言ってるうちに、ほら。先輩達のご登場」


 あー、最後の一個。

 なごりおしげに呟いてくれた言葉を耳にしながらも、視線はすぐ横にある開いたままの窓の向こう。中庭へと出てくる人の姿にくぎ付けになる。


 ちらほらと姿をあらわすのは三年の先輩達で、その中心に翔くんの姿。その後に続くように、紘太先輩の姿が見えて。


 翔くんは中庭のど真ん中まで行ってから、他の先輩たちとボールをうまく操ってリフティング。

 足元からひょいっと軽そうにボールを浮かして、ひざ、背中、足の間を通したり。面白そうにこなしていく。


 紘太先輩は、そんな翔くんをちょっと離れたところから見守るように、窓の近くにある木のねもとに座り。木陰でときおり吹く風を、気持ちよさそうに受けている。


 私の視線はもちろんそんな紘太先輩に向けられていて、楽しそうにはしゃいでいる翔くんは眼中にはないのだけれど。


「あー、やっぱり翔先輩かっこいー」


 さっちゃんは、私とはまるで反対。紘太先輩ではなく、翔くんの方にその視線を向けている。


「えー、紘太先輩の方がいいって」

「はいでたー、めいの日下先輩ビイキ」

「びいきってなにさ。さっちゃんだって翔くんびいきじゃん」


 ため息交じり、こなれ感たっぷりに呟かれて。私はむくれながら言い返す。


「翔先輩はしょうがないじゃん。かっこいいし、身体能力たかいし、あたまいいし、性格いいし。できおじゃん」

「紘太先輩だってかっこいいし、いつも優しいし、あたまいいもん」


 滑らかに繰り出された翔くんのいいところ。けれど、負けてはないよ! と張り合うと。

 さっちゃんは中庭で遊んでいる翔ちゃんから、二階分の距離はあるけれどすぐ下の方にいる紘太先輩へと視線を動かして。


「……先輩には悪いけど、けっこう地味だと思うんだけどなー」

「さっちゃんの眼が節穴なんですー」

「美形に囲まれて育つと、ちょっと変わっちゃうのかな、やっぱり」

「ひどーい!」

「あはは! 冗談、冗談」

「もー」


 そんな風にさっちゃんと戯れていると、声が聞こえたんだろうか。

 ふと、中庭の方を見ていた紘太先輩が顔をあげ、当然とばかりに先輩を見ていた私とめとめがあった。


「あ、」


 思わずもらした呟きに、すでに翔くんへと視線を戻していたさっちゃんもそれに気付いたようで。

 おー、なんて他人事のように喜んで? から再び翔くんの方を見つめてる。


 そして私はというと、先輩を見ていたことがばればれであると。

 うれし、はずかし。でも気持ち悪いですよね! ごめんなさい! どうしましょうと脳内で忙しく。

 けれど体のほうはぴくりとも動かずに、固まったままでいた。


 そんな私に紘太先輩は驚いたように目を瞬かせ、そこから一転。

 魔性の微笑みを、私に向けられたのです。


 うぅっ。

 その微笑みが、眩しいのです。

 

 先輩を見つめていた疚しさから、いつにもまして威力のある微笑みに、思わず腕を上げて目を守りたくなるけれど。

 微笑みながら手を振ってくれる紘太先輩には、よろこんで手を振りかえさせていただきたいのでそんな暇はなく。

 混乱をきたしている心は、なんだか落ち着きがなくせわしない。


 それでも無事に手を振り返すと、タイミング悪く先輩は翔くんに呼ばれて苦笑い。

 またね、という風にもう一つ笑ってから日の当たるところに出ていって。


「ああぁぁあ」

「奇妙な声出さない」


 またもや翔くんめ、という気持ちとでもなんだかありがとう! という気持ちがこもった魂の小さなさけびに、ありがたくもさっちゃんから本日二度目のチョップがくだされた。


 ごめんなさい。



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