とにかく、ずるい。
掃除もしたし、お菓子の用意も大丈夫。
余計なものは置いてないし、他にすることも思い当たらない。
何をしていいのか分からないから、とりあえずテレビをつけてみた。
内容は入ってこないながらも、見てはいて。心ここにあらず。そんな風にそわそわしながら時間を過ごしていると、
「ただいまー」
「おかえりー」
体感的にはやっと、帰ってきた翔くんに、いつもどおりと返事を。
「おじゃまします」
続けられた声に、緩む頬を抑えながらどうぞーと上がってもらう。
玄関からいつもの習慣。
お客様がいたって変わらずに、翔くんは洗面所にむかって行って手を洗う。
ほらお前も洗えとお客様にも翔くんは手を洗わせて、そこからリビングへとやってくる。
「おかえりー」
紘太先輩を連れて姿を現した翔くんにもう一度、そして紘太先輩にはなんだか照れながらこんにちわ。
「こんにちわ」
柔らかい微笑みで返してくれる紘太先輩の笑顔には、なんだか私も自然と笑顔になるなにかがあるのです。
なんでも優しく、温かく包み込んでくれそうなその笑みを、私は密かに魔性の微笑みと呼んでいます。
翔くんには絶対バカにされるから言わないけど。
さてさて。
「お飲み物、何がいいですか?」
翔くんは自分でできるから聞かないけれど、紘太先輩にはもちろん聞いておく。
「めいちゃん、俺さいだー」
「却下」
翔くんは自分でできるでしょ! とそく断らせていただいて。えーと文句をいう翔くんは見ない方向で、進めていく。
「何がいいですかね?」
「うーん、めいちゃんのおススメで」
「紅茶でも、大丈夫ですか?」
「もちろん」
了解ですと頷いて、今日のおやつに合いそうな紅茶を淹れに行く。
ついでに、ぶーたらいってる翔くんのさいだーも。
これには紅茶がおススメなんだけどなー、まったく。
◇◇◇
「どうぞ」
テレビの目の前に置いてある、リビングテーブルの上に二人分の飲み物とお菓子を置いて。そっとはなれた場所から紘太先輩の様子を確かめる。
一応の自信作。
手作りお菓子を嬉しそうに眺めるその姿に、見た目よーしと第一だんかい突破して。
騒ぐ胸にさりげなーく、手を当てながらいかがでしょうか。
じっと紘太先輩を見続ける。
「うん、おいしい」
味も合格いただきました! よかったぁ。
嬉しそうな表情は崩れることなく、にこにこと食べ進めるその様子にほっとして。私の出番はおしまいと今度こそ完全に引っ込んで、ちょっとした後かたずけ。
それと、今回もまた気に入ってくれたみたいだからと、おっせかいかなぁと思いつつお土産用に少しお菓子を包ませてもらう。
「ごちそうさまでした」
くったりとリビングテーブルの後ろに置いてあるソファに体を預けきっている翔くんとは違い、紘太先輩は自分の使ったお皿と翔ちゃんが使ったお皿も持ってきてくれた。
「すみません、ありがとうございます」
どこに置けばいいかな?
かるく視線を伏せながら聞いてくる先輩から、少しばかり慌てながらお皿を受け取って。
あぁ、そうだ。
代わりに用意したお菓子を紘太先輩へと向ける。
「あの、よかったら」
「これ、今日の?」
「はい。スフレチーズケーキです」
頷きながら差し出すと、先輩はしっとりしていて美味しかったと喜んで受け取ってくれた。
「いつもごめんね」
「いえ、こちらこそ」
むしろ喜んでくれる先輩を見る私、のために作っているのが八割なので、こちらこそ謝りたいくらいです。
けれど、そんな私の気持ちを知らない先輩は、
「それこそ、こちらこそ。いつも美味しいお菓子、ありがとう」
それはもう、素敵な笑顔を私にくれて。
そんな顔されたら、私の胸は騒いでしまうではないですか。
赤くなっていると思われる頬を、隠すように視線を下げて。
あ、いえ、あの。
と訳の分からない言葉を口走る私に、優しい視線が向けられているのもわかってしまい。
あう。
えっと、えっと。
ひとり焦る私にかけられたのは、紘太先輩のあの、さ、というどこか緊張をはらんだ柔らかい声と
「めいちゃーん、さいだーおかわりー」
それはそれは空気を読まない翔くんの、無粋なおねだりの声だった。
「「…………」」
なんだか胸がどきどきして、顔が熱くなってしまう空気は霧散して。
私の顔はきっと今、しかめっ面になっているはず。こんな顔、先輩には見せたくないから翔くんをにらむようにリビングにむけているけれど。
まったく、もう!
「めーいー、ちゃーん」
あまったれな翔くんが募らせる声に、はーい! 少しばかり力強く返して。
隠したくても、隠せないむくれた頬で翔くんの飲み物を手にすると、ぽふりと頭の上にのった大きなてのひら。
ぽんぽん、と優しくなでられる動きに、私は何度か目を瞬いた。
う、ん?
手のひらの持ち主をたどればそれは、考えれば当たり前の事なんだけど。紘太先輩が私の頭をなでていて。
しょうがない奴だね、と苦笑い。
思わぬ出来事に、固まってしまった私をおいて。紘太先輩が、私の代わりに翔くんの飲み物をもってリビングへと戻っていった。
「えー、なんでこーた?」
「少しは我慢しろ」
「めいちゃんがよかったのにぃ」
「はいはい」
少しはなれたところで交わされているやりとりを、ぼうっとしながら眺めて。一人じゅうぶん時間をおいて、今の出来事を理解した途端。
いきおいよく、頬は熱をもつ。
「……せんぱい、ずるい」
何がずるいのか、自分でもよくわかっていないけど。
とにかく、ずるい。
異様に瞬きを繰り返しながらそう、思う。




