それみたことか。 *翔平
「で、紘太君」
どこかで聞いたような問いかけは、家族だからという事で許してもらう事にして。昼休み、一応封鎖されている屋上にて問いかける。
「おー?」
緊張感なく、昼休みの目的である昼食を摂取している紘太君。相槌がてらパンを食すことは止めてはいない。
お前、今に後悔するぞと思いはするけれど、ここはあえて教えはせずにいこうと思います。
「お前、彼女いるって本当?」
ぶっふ!!
俺のその問いかけに、紘太は案の定吹き出して。セオリー通りにむせている。
それみたことか。
「うわ、きったね」
どこか白々しく聞こえたら、それ正解。
けれどそんな俺に気付くことなく、慌てながら叫ぶ紘太君。
「いるわけないだろっ!! おま、どこからそんな情報」
まだ若干の咳をしつつ、涙目になりながらの苦しげな様子を見ながら、内心ではだろうなと頷きつつただ一言。紘太には事実を言っておく。
「めいちゃん」
「!!」
これでもか、という位に目を見開いた紘太に、まぁそうなりますよねと頷いてから、視線を外して空を見る。
あー、いい天気。
そんな風に少し時間をおいてあげて、話の続きをはじめましょー。
「昨日お前が、綺麗な女の人と歩いてたの見たんだって」
「綺麗な、女の人?」
まるで心当たりがないように、眉を寄せて考え込む紘太を横目で見て、もう少し詳しい情報を出しましょうか。
優しい翔平君は、ヒントを出してあげることにした。
やっさしーぃ。
「めいちゃんの好きな洋菓子店で見かけたって」
「ん?」
するとさっきとは違い、何かが引っかかったような紘太君。
で、そこまで来たらもう一個。答えを聞く前に言っておく。
「んで? クッキー美味しくなかったのかもって、めいちゃん悩んでるんだけど」
「それはない! なんでそんな事」
呆然と、でも思い当たることもあったんだろう。複雑めいたような、失敗したような顔になった紘太に、おーいと思いため息をついた。
一応再度、んで? と聞いておくと、今度は忌々しげに顔を歪めた紘太君。
そして、そんな彼の、滅多聞くことのない舌打ちを耳にして、今度は俺の方が驚いてしまう。
お、おぅ。
紘太君、激おこじゃないっすか。
自分がやらかしたのはつい先日の事なので、まだその怖さは残っている。
若干の怯えを自覚しつつ、固唾をのんでそんな紘太を見守っていると、紘太は悔しげに、言葉を発した。
「……食べられた」
「う、うん?」
察しが悪くてごめんなさい。
心の中で謝りつつも、どういう事かと先を促せばその答えに更に謎が増す。
「美味しかったって食べられたんだよ」
「誰に?」
当然の成り行きで、問いかけた俺の言葉に帰ってきたのはすべての答え。
「由美子さん」
「うん?」
それでも、急に出された名前にすぐには思い当たる人がいなくて。首を傾げて悩んでいる時、紘太がつづける言葉の途中で一気に謎はとけていく。
「ほら、お前も知ってるだろ。俺の、」
やけに嫌そうに、顔を歪めて話す紘太の顔に既視感と。それに、お前も知ってるだろうという言葉で、頭に浮かんできた人物は――
「あーー!!」
すっきりさっぱり、あっさりと。知ってしまえばそういう事かと、頷きまくる。
はじめっから疑ってもいなかった俺としては、納得な答えだった。
まぁ、そりゃ紘太のこの反応も仕方ないなと同情すらしてしまう。なにしろ、紘太にとっては
「お前の姉ちゃんよりよっぽどこわい」
というような存在だ。
家よりも、年齢のアドバンテージがひどいしな。
「ってことは、」
「食べられたんだよ、一つ残らず」
「あー……」
同じ言葉でも、こうも違うかというほどの別な響きと感情がこもった一言になってしまった。
確かに、好きな子からもらったお菓子が食べられたとなったら、その子に対して後ろめたい。
でも、そしたら昨日、洋菓子店に行った訳は? となる訳ですが。
それも、紘太が解決してくれた。
「さすがに由美子さんも思う事があったらしく、償いの気持ちで俺にクッキー買ったんだよ。山盛りいっぱい」
「…………」
そしてその流れで、その場面をめいちゃんに見られたんだと思えば、なんかもう、何も言えなくて。
続いている紘太の不運状態に、お祓いでも行った方がいいんじゃないかとちらりと思った。
強く、生きろ。
俺にできるのは、心の中で応援することだけだ。




