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こやつ……、やりおる。 *さっちゃん おまけ


 天気は良いけれど、まだ朝早くそれほどではない日差しの強さ。

 窓際ではないものの、廊下側と窓側でどちらか、と言えば窓際よりという中途半端な位置にある自分の指定席。

 クラスメイト達もまだあまり来ていない静かな空間。


 自然と忍び寄ってくる眠気をどうにかしようと、本を手に取った。


◇◇◇


「あのね聞いてさっちゃん! 今度紘太先輩とスイーツバイキングに行くんだ!」


 登校一番それはそれは素晴らしいほどの元気の良さで、めいは声を掛けてきた。

 にまにまと、自然と緩んでいるだろう口許で、今日も気持ち悪いほどに浮かれている。


 けれど人の不幸ならいざ知らず、人の幸福など大して美味しいものではなく。

 私にしてみればあぁ、そう。よかったね、程度のものだ。


 いや別に、かと言って人の不幸を喜ぶわけではない。

 ただ遠目から、にまにまと面白がらせてもらうだけで。そこには大きな違いがあると信じたい。

 もちろん、不幸と言っても本人だけが不幸だと思うような小ネタに限る。


 まぁ、それは置いときまして。

 よって、めいの浮かれ調子もただの雑事だと思ってしまう。


「はいはい、カップル誕生おめでとうございまーす」


 というか、やっとですかとすら思えてしまう事なので。

 いい加減早くくっつけばいいのにと思わされていた身としては、遅すぎる二人の一歩前進にため息すら漏れてしまうのだ。

 の、で、手に持っている本を見続けながらめいの相手をしていたのだけれど。


 けれど、信じられない。


 めいの口からあり得ない言葉が漏れてくる事になろうとは、流石の私でも予想できなかったのであります。


「何言ってるの? カップルって恋人って意味だよね?」

「ん? 何ったり前な事言ってんのよ。あんたと日下先輩がくっついたって事でしょ?」


 何でわざわざ本人に説明しなきゃいけないのかと、眉を寄せて当然の事を言ってみると。


「何で、私と紘太先輩がくっつくの?」


 至極不思議な顔をして、至極不思議な事だとめいさんは返してきた。


「だってあんた、紘太先輩に恋してるでしょ?」

「してないよ?」


 投げやり気味に更に言葉を重ねても、やけにあっさり返してくるめいさん。

 思わず本を見ていた顔を上げて、まじまじとめいさんの顔を見つめてみるも、


「え?」

「え?」

「え?」


 うん?

 きょとんとまるで子犬のようにただ、ひらすら、純粋に、私を見つめてきていて。


 私は、自分の思い違いを知る。


 さっきの言葉が本当に、あぁ、いっそ可愛そうなくらいに本気なのだとたった今、私は知った。


 知らぬは本人ばかり也。

 めいさんや、あなたは恋に落ちていると思われますよ?


「えっと、ね。めいちゃんや」

「なんでしょう? さなえさん」


 なんとも言えない顔になりながら、一応本人の言葉を聞いておくことにする。

 一応ね。結果はもう火を見るよりも明らかだけれど。

 きちんと本を閉じて、今度は真剣にめいさんに向き合いますとも。 


「紘太先輩の事、どう思っているんですっけ?」

「? カッコよくて優しくて、憧れの先輩だよ」


 きっぱり、しっかり、はっきりと。

 さも当たり前の事のように自分の意思を答えてくれるめいさん。


「えっと、それって恋とどう違うのでしょうか?」

「ん? じゃぁさっちゃん、翔くんの事どう思ってるの?」

「……頭が良くて、カッコよくて、性格もよろしい先輩です」

「ね?」


 戸惑いながらも、私の見解を述べさせていただくと、めいさんはこれまたさらりと真っ当なご意見を下さった。

 思わず納得して引き下がってしまうのは仕方ないだろう。

 私だって翔先輩の事は憧れの先輩ですが、そこにあるのは紛うことなきミーハー心。びた一文も、恋心など入っていやしない。


「……うん。分かった。はい、分かりました。私が悪かったです、ごめんなさい」

「うむ。分かればよろしい。って、何が?」


 こやつ……、やりおる。


 改めてめいちゃんのめいちゃんたる所以を実感してしまい、心の中で唸ってしまう。


「っていうか、なんでみんなしてそんな風に思うのかなぁ。昨日もやったよ? このやりとり」

「そりゃあ、ねぇ……」


 さもありなん。

 みんながみんな、貴方の恋心には気付いているのです。


 だって、めいは分かりやすすぎる。

 いつもはちょっとした事でも照れたり、恥ずかしがったりで顔をすぐに赤くするくせに。


 それも、日下先輩限定で。

 けれどきっぱりと自分の中でこうと決めているから、すぐ隣にある事実に気付けていないのだろう。

 というか、本人が言うには初恋がまだなのだそうなので。これがそうとは気づいていないんだろうな、うん。


 まぁ、にぶにぶだけど、それでこそめいなので。


「めいちゃんは、そのままでいてください」


 うむうむと頷いて、


 けどよくよく考えてもみれば、恋人になった時点でもっと騒いでいるはずだもんね。デートが先ではなかったか。


 とそこまで思い至ってから、不意にさっきは受け流してしまっためいの言葉が頭をよぎる。


 って、ちょっと待てよ。


「昨日? 昨日って、その時日下先輩は……」

「うん? もちろん居たよ? 先輩も一緒にこのやりとりしたもん」

「あー……」


 日下先輩、不憫すぎる。


 めいのいつもの調子から、ある程度自分の想いは伝わっているだろうと思っているだろうし、なおかつめいの方もその気があると思ってたはず。

 私から見てもその通りだったのだけれど、お子ちゃますぎるめいさんには通じていなかったのですね。


 あぁー、これは。……辛い。


 けれど、一概にめいのせいとも言えないだろうなぁ。


 シスコン過ぎるお姉さんや、翔先輩もいけないだろう。

 あの二人ならば普通に陰で危険因子の芽は潰しているだろうから。

 めいさんは普通に自分はもてないと勘違いしているので、自然と恋からは遠のいているものと思われる。


 日下先輩、強く生きてください。

 とりたてて何かはしませんが、心の中で応援しますので。


 私はひっそりと、心の中だけ日下先輩の応援する事を決めたのだった。


 ふぁいと。



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