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激おこぷんぷん丸 *紘太 おまけ


 髪を洗って体を洗い、湯船にゆったりと浸かれば、


 何だかいろんなことがあったなぁ、なんて。


 昨日からの密度の濃い日々に、さすがに疲れを自覚してしまう。


 聞いてはいたけれど、聞いていた通りのお姉さんだったのもあるけれど。

 まぁそれは、家の方の人物である程度慣れているので。


 それにしてもめいちゃんだ。


 感じていたと思っていた手応えは、いまいち届いていなかったようで。

 まさか俺としては精いっぱいだったアプローチに気付いてもらえていなかったとは。


 あそこで逃げていなかったらちょっとは意識してもらえていたのかな? そう思ってみても後の祭り。

 シスコンである翔平と、その姉であるお姉さんの目の前で、俺と一緒に行ってくれませんか? とは言えず。


 結果的には一緒に行けることにはなったけれど、そこまでの過程により意味はまったく異なっている。

 優しいお兄さん、という立場ではなくて。

 ちゃんとめいちゃんに好意を持っている男、として一緒に行きたかったんだ、本当は。


 けれど完全アウェーだったあの場では言える程の勇気はなくてデスネ。

 こんな事だったら最初に翔平に邪魔された時にもっと攻めるべきだった、なんて。


 ああああぁあ、なっさけねぇ――――。


 音を立てて頭も湯船に突っ込むけれど、なんの意味もなく。


 ただ自分の情けなさが増すだけで。

 諦めて顔を上げれば自然と漏れたため息が、心なし大きく風呂場に響いた気がした。


 ◇◇◇


 濡れている髪の毛をタオルでがしがし拭きながらリビングへ向かうと、声が聞こえて。


「んーおいしぃっ」


 至福めいたその声に、なにか、嫌な予感。


 自然と早くなる動悸を、必死でごまかしながら。

 頼むから、外れてくれよと思いがこもって、扉を開く手に力がこもる。


 いっそすぐに開けてしまえよと思ってしまうほど、ゆっくりと扉をひらいて。

 来る現実に、立ち向かおうと。

 甘いながらも希望をもって、期待しながら。


 この想像がまるで見当違いのはなばたしい、ただの想像で有れと。

 期待しながら開けた視界のその先にあったものを見つめれば。


 けれど、得てして期待は外れるものであると、想像通りの現実がそこにある。


 ありがたくもなんともない。

 思った通りの結末に、風呂に入っていく分取れた気でいた疲れが、ここでどっと増したのは間違いだろう。


 立ち尽くして呆然としていたけれど、ふと気が付けば想像以上の最悪さに気付く。

 テーブルの上にあったのは、中にお菓子が入っていただろう空の箱。


 そして、今まさに最後の一つだろうものを口に入れられてしまったという事実。

 かろうじて見えたのは、クッキーだろうか? といった情報だけ。


 今日は何をもらったのか聞いていないでの、もし、めいちゃんにどうだったかを聞かれたら。もう、どうすれば……。


 とりあえず、一応聞いておこう。

 万が一にも、もしかしたら、どこかに一つ位はあるのかもしれないし。


 諦め悪く、聞いてみる。諦めきれないから。


「まさかと思うけど、それ全部食べた?」

「お、紘太お帰り―」

「ただいま、で?」


 挨拶は一応きっちりと交わしておいて、それはいい。本題だ、本題。

 真顔で答えを促せば、犯人はあっけらかんとして犯行を認めた。


「そりゃぁ、食べるわよ。名前も書いてないし。ダメだったらダメって自分の名前書いときなさい」

「…………」


 普通人んちのもん勝手に食べる奴はいないし、最近姿を見ていなかったので油断していた。

 だからこそ自分の部屋まで行かずに、リビングにおいてそのまま風呂へと直行してしまったのだ。


 まさかそのたかだか三十分程度の間に、人の物を全部、すべて、食べられているなんて思うはずがない。

 ましてや、申し訳なさの欠片もなく悪いのは自分ではないと言い切るあたり、たちが悪く。


 長い付き合いで、この人にはさんっざん苦汁を飲まされてきたけれど。今日のこれは、ちょっと久々にきてしまう。


「んー、これ、どこで買ってきたの?」

「……手作りの、もらいもの」


 気に入ったように、お菓子が入っていた箱や袋を見ても分かるはずはない。

 そこらに普通に売っているものではないから。


 めいちゃんが、俺のために、作ってくれたのものだから。


「あれ? 怒った? 紘太くん激おこぷんぷん丸ですか?」

「…………」

「もーたかがクッキー一つでみみっちぃわねぇ。また作ってもらえばいいじゃないのよ」

「…………」


 一つじゃないし、もっと沢山枚数は入っていたはずだし。

 また作ってもらえたとしても、それを作ってもらったのは俺だし。

 もらって来たのも、やっぱりクッキーだったそのお菓子自体も、俺の物だったのに。


 あぁ、もう今日はほんっとに、ついていない。

 翔平のお姉さんは圧が強いし、めいちゃん自身は悪くないものの俺が受けたダメージはあったし、家に帰ってきてみれば大切なクッキーは食べられる。 


 ほんっと、最悪。


 気が立って、さっきはゆっくりと開けた扉を今度は音を立てて閉め。


 何をしていても手につかないだろうこんな日はもう寝てしまおう。


 すんなり寝てはしまえないだろうけれど、とりあえず、寝てしまおうという気持ちで足音荒く階段を上っていった。



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