辛い。辛すぎる。 *翔平
自己紹介の流れでさりげなさを装って、探りを入れていたり。
いつもならこれで男共つっているんだろうと思える、姉ちゃんの擬態を垣間見たり。
それでもそんなもんには、気付きも引っかかりもしない、紘太君。
一方的に姉ちゃんが仕掛けていく感じで、表面上はなごやかに時は過ぎていき。
さて、おやつの時間です。
今日のおやつは姉ちゃんのリクエスト。
あまり高さをださずに薄めの厚さなのだけど、しっかりとふんわりしている、レモンミルクのパンケーキ。
レモンの皮も入っているけれど、小さく刻まれている上に焼かれているので、気になるものではなく。主張しすぎることなく、ほのかに香るレモンの後味がちょうどいい。
「う~ん、さすがめいちゃん」
とろけるような笑顔は擬態ではなく、本物で。
めいちゃんに向けるものはすべてが本物なのは、間違いようのない事実としてそこにある。
その一点でのみ、姉ちゃんは恐ろしいほどにブレがない。
「ありがとう」
微笑んで応えるめいちゃんにもまた、姉ちゃんは喜んで。
シスコンめ。
そんな姉ちゃんを横目に、俺達もいただくけれど。
うん。安定の美味しさです。
姉という名のストレスにさらされている心を、優しく癒してくれているような、程よい甘さ程よい酸味。
あああぁぁ。
染みわたる―。
当然俺の隣で食べていた紘太も、美味しいとめいちゃんに感想を伝えて。
そんな紘太に、また嬉しそうに微笑むめいちゃん。
そしてそんなめいちゃんを可愛いなぁと見つめながらも、紘太にギラリとした嫉妬の視線を向けている姉ちゃん。
あああぁぁぁ。
やーめーてー。
いやなトライアングルに、居心地の悪さを感じているのは俺だけだろうよ、コレ。
辛い。辛すぎる。
けれど、何だかんだと姉ちゃんも紘太を認めた始めたみたいで。
徐々にだけれど素の姉ちゃん自身を見せて、普通に楽しんでいるようだった。
なんて。
油断しているところに、姉ちゃんはぶっこんだ。
「そう言えばめいちゃん。この間何か悩んでなかった?」
「この前?」
突然の話に話を振られためいちゃんはきょとりと顔を傾げたけれど、俺への態度とはもちろん違い、姉ちゃんは柔らかくめいちゃんが思い出すように手伝った。
「ほら、紘太君が何か言おうとしてた、みたいなこと」
「あぁ!」
姉ちゃんの言葉に、めいちゃんも思い出したようで大きく頷いて。それには紘太も俺? なんて戸惑いながら反応する。
「えっと?」
いきなり自分に話が及んでどういう事かと、戸惑う紘太に今度はめいちゃんが向き直って思い起こさせる。
「えっと、先月来てくれた時。たしか……スフレの時です。何か紘太先輩が言おうとしていたんですけど、翔くんが邪魔してきて聞けなかったことがあって」
言葉を紡いでいくうちになぜか頬を染めていくめいちゃんに、俺と姉ちゃんは微笑みながらも目が座っていくのはもう仕方ないだろう。
そんな俺達をおいて、紘太には一発で話が通じたようだった。
「あぁ! えっと」
めいちゃんと似たような反応をしてから、ちらりと俺を窺ったのはうん? 何したのかな? 何するのかな? 紘太君。
若干言い辛そうにそれでも紘太は口にする。
「あのね、めいちゃん」
「はい」
「中間が終わったらと思ってたんだけど、……」
言いながら、紘太は何やら鞄を開けて一つの封筒を取り出すと、めいちゃんに向かって差し出した。
「もう終わったし、今月までが期限なんだけど良かったら使ってくれるかな?」
はいと、差し出されたものをめいちゃんは戸惑いながらも受け取って。開けてもいいかと紘太にきいてから、そっと開いていき。そこから出てきた物は、二枚の前売り券。
「スイーツバイキング?」
「そう。うちの母親からもらったんだけどね、俺一人じゃ入る勇気ないし。友達でも誘って行ってみて」
なんとも、めいちゃんの好きそうなものだった。
というか、ぱぁっと笑顔になって喜んでいる。
「ありがとうございます!」
「いえいえ」
にこにこと、嬉しそうにめいちゃん共々笑う紘太。
けれど、そこで終わりではなく。
何だこんな事かと思惑が外れたようで不満げな。でも誘われるのは自分だろうと若干にやける姉ちゃんをよそに、今度はめいちゃんがぶっこんでくる。
「あの、紘太先輩」
「うん?」
大切そうに貰ったばかりの券を、めいちゃんは何やら頬を赤く染めた可愛い笑顔で一枚だけ受け取り、もう一枚が入った封筒を紘太へと返すように差し出した。
「あの、もともと先輩がもらったものですし! その……よかったら、一緒にどうですか?」
恥ずかしそうに告げるめいちゃんが可愛くて。けれど、それを見止めた姉ちゃんを見るのが怖くて。
なんとも言えない空間に、俺一人が取り残されたようだった。
なんどでも言おう、辛い。
紘太は紘太で、めいちゃんからのお誘いに目を瞬くとよろこんでと微笑み、自分が差し出していた封筒を受け取って。
怖いもの見たさではないけれど、本当は見たくもないのだけれど、一応と姉ちゃんの方を見てみると。
あれ……?
なんだか予想と違って、そんなに怒ってない?
姉ちゃんにしては珍しくどこか気の抜けた様子で目を瞬かせて、めいちゃんを見つめている。
そして、少し経ってから意外にも機嫌がよさそうに笑った。
何かに気付いたらしいく、片眉を上げにんまりとそれはそれは愉しそうに、笑った。
あ、こわい。
怒りを全面的に出している姉ちゃんも怖いけれど、悪巧みをしているだろうその笑い方も怖い。
いやらしく、にこりでもにっこりでもなく、にんまりとしたその笑い方。
こわいだけだった。
自然と迫りくる恐怖に密かに一人で震えていると、姉ちゃんは攻めてきた。
「あらあら。まるでデートみたいね」
え?
姉ちゃんがソレ言っちゃうの?
俺にとっては意外な一言で。
まるで何の問題もないように朗らかな笑みで言う姉ちゃんは、意外過ぎた。
一体……?
不思議なものを見たような気持ちでいると、これまた不思議なことが起きる。
めいちゃんが、不思議な顔をして言ったのだ。
何言ってるの? デートっていうのは恋人同士がするものでしょう?
と。
けれど俺はめいちゃんにこそ、その言葉を向けたかった。
いや、言葉自体なら別に問題ないものだけれど。
あまりにも、めいちゃんが不思議そうに。そこにはなんの恥ずかしげも照れもなく。
あまりにも、自然な様子で否定するから。
あれ?
めいちゃん?
それが恋する女の子の反応ですか?
何を言っているの?
って、ちょっと尋ねてみたかった。