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うちの紘太は……! *翔平


 気が、進まない。

 とても、もの凄く、気は、進まない。


 けれど、父や母がいない現状での家の権力者、暴君、女王様からのお達しは絶対で。

 項垂れながら登校し、重い足を進めて教室へと向かう。


 ……今日休みとか、ないかな。ないよな。


 諦め交じりにたどり着いた教室を入り口から見回して。

 とりあえず一巡した視界の先に、目的の人物の姿はなく。一瞬安堵の息を吐いてしまったけれど。


「翔平? どうした?」

「……ですよねー」


 幾分もしない内に、目的の人物。つまり紘太が緊張感などまるでなく、声を掛けてきてしまった。

 まだ教室にすら入っていない状態で。


 あぁ、まぁ。そうですよねー。


 そんな都合のいい事はないよなと、僅かでも可能性にかけたかった自分がとても惨めだった。


「紘太……はよ」

「ん? おはよう」


 不思議そうな顔をする紘太に、複雑な気持ちが入り混じりながらも、俺は言わなければならない。


「あのさ、紘太……」

「うん」


 言いたくない。

 というか、何もなかった事にしてしまいたい。

 けれど、それはアイツ。お姉様が、決して、許してはくれないだろう。


 ものすごく、言い辛い。

 ものすごく、言いたくない。


 あぁ、それでも言わなくてはならなくて。


「……今日、家に来るか?」

「えっと、つまり? 翔平の家に行った方がいいのかな?」

「まぁ。うん。ハイ」

「なら、お邪魔するけど」


 歯切れの悪い俺に、怪訝な顔をしながらもすんなりと紘太は了承してくれて。


 酷く、昨日と今日は、胸が痛む。


 ごめん、紘太。

 俺は姉ちゃんに逆らえない。


 ◇◇◇


 あれは昨日の事。

 家に帰れば珍しく俺よりも先に帰っていた姉ちゃんが、めいちゃんと過ごす時間を潰してまで俺を呼び出した。

 もう、その時点で終わったなと思ったんだけど。


 別の意味で、まだまだ一日は終わらない。終わらせてはくれなくて。


 珍しく平日に三人で夕飯を揃って食べ、俺と姉ちゃんは各々自分の担当分の家事をこなしてからめいちゃんとおやすみの挨拶を交わし、各自自分の部屋に帰った後。

 一応学生の本文である勉強をしてから、行きたくない気持ちを堪えて姉ちゃんの部屋へと向かった。


 まずは強すぎず、弱すぎず。

 けれどしっかりとした音を響かせなければ貰えない、そこにはこの上なくめんどくさい基準がある入室許可をもらってから、これまたもっと面倒なお姉様の部屋へとため息を堪えながら足を踏み入れる。

 すると、すぐに飛んできた力強く簡潔な一声。


「で?」

「はい?」


 とりあえず、いきなり過ぎて何が言いたいのかをはっきりとは理解できていませんと返答すれば、察しが悪いと舌打ちされる。


 ほんとめいちゃんと俺に対する態度の違いが大きくて。

 今日の昼間の女子なんてまだ可愛かったよな、なんて思えてしまうほどに比べようもならないものがそこにはあった。


「最近めいちゃんが、可愛くなっているんですが、コレどういう事でしょう?」

「いや、それはめいちゃんだからだと思います」


 思わずきっぱりと即座に返してしまったのだけれど、そういう事ではあるけれど、そういう事ではないんだとメンチも切られる。


「私は、わざわざあんたにそんな当たり前の事を聞いてるんじゃないのよ」

「ハイ」


 そうですよね。当たり前ですよね。大人しく頷くしか、俺に道はなく。


「家に遊びに来てる子がいるみたいじゃない?」

「…………」

「あんたの、友達よね?」

「……ハイ」


 問いかけに擬態した、確定事項。

 まぁ、自然と視線は下がります。


 けれど下がってもなおだんだんと強くなってゆく、目にも見えなく、感じるはずもないその熱く激しく重苦しい圧に、早く解放されたくて仕方がない。

 ただ頷くことで間違いがない事だけを伝え、それ以上は言葉に出さずに大人しく黙っておく。


 声は出せないし、余計な事は言わない方がいい。

 ごくりとつばを飲み込み押し黙る俺、そんな俺に強い視線を向けてくる姉。


 こう着状態故に静寂が空間に広がり、長く感じた瞬間の果て。


「……いいわ」


 もたらされたその許しと思われた言葉に、思わずすぐに顔を上げてしまったけれど。


「ちょうどいいから明日、連れて来なさいよ」

「え?」

「お姉さんが見てあげるわ。その子」


 にこりではなくにっこりと。

 当然ただ喜んで浮かべている笑みではなく、何かしらを色々含んだ笑みであるのは見て取れた。


 ……紘太、ごめん。


 家の権力者たる姉ちゃんに、可愛くもないただの弟である俺は、逆らえはしないのです。


 こめん、紘太……。


 家の暴君からの招集に断れはしなくて。


 そんな訳で、来てもらった次第です。


 ◇◇◇


 次第なんだけれど、気は進まない。

 けれど、気の進まないまでも、それでも帰らなければ仕方がない。

 いつもと違い重い重い足取りで、紘太と共に家に帰り、待ち構えているだろう姉ちゃんを想像してげんなりしながら玄関の扉を開けても、


「ただいま」


 自然と下がっていく気持ちの表れだろう、いつもと違い響かない俺の声。


「お邪魔します」


 いつものように、至極まっとうな事だろう。構えてはいない紘太の声。

 それに応じるのは、いつもの様に紘太を嬉しそうに歓迎するめいちゃんと、いつもと違い家にいる姉。


「いらっしゃい」

「あ、初めまして」


 リビングにて悠然と構えていた姉が、一見優しさに満ち足りている笑顔を紘太に向けて、紘太はそれに自然に返す。

 すると、一瞬。

 ほんの僅か、家族以外にはわかる人なんていないだろう程の僅かな一瞬。姉ちゃんは眉を上げて、不満を表した。


 ふん。残念だったな、姉ちゃん!

 紘太はそんな毒牙にかかるようなやわな男ではないんです!


 わが姉ながらとても良い見た目は、今までに様々な男どもをさんざんつり上げてきたんだろうけど、うちの紘太は違うのです!


 ひっそりと胸を張っていた俺に、これまた一瞬調子に乗るなよといった鋭い視線を向けられたので、大人しくしようと思います。


 わるい紘太、強く生きろ。生きてくれ。


 会わせたばかりだけれど、これから始まるだろう姉ちゃんと紘太のやり取りに思いをはせ、胃がきりきりと痛んでいった。


 あー、穴あきあそう。



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