敵は、他にいる。 *翔平
「お前今、その子に告白されてんだろっ!?」
紘太と揉めていてうるさかったはずの空間に、不意に訪れた静かさが、俺の叫び声の名残をやけに響かせて。
言った瞬間、ガラリと変わった空気は、なにやら目の前にいる紘太から出てきたよう。
「……なぁ、翔平?」
「あぁ!?」
けれど、熱くなっていた俺はすぐには切り替えなんてできずに、低く、低くなった紘太の声を一度受け流してしまう。
俺自身、低く返事を返したのだけれど、
「お前さ、俺の事応援してくれてるの? それとも、邪魔してるの?」
「あ?」
ごもっとも、な俺の矛盾を紘太は指摘。
さらにぐっと、低くなった紘太の声に俺はやっと事態を飲み込み始めた。
「俺、大抵の事はどうでもいいから許せるけど、めいちゃんの事で俺の事疑うのはちょっと、心外だな」
「…………えっと」
それと同時に、胸ぐらをつかんでいた俺の手を止めようとしていた紘太の手に、逆にぐぐっと力が入っていき、反対に俺の手の力は弱まって。
今ではもう、どっちがどっちを捕まえているのか分からない状態で。
いやに力の増した紘太の握力と、その眼光に、俺はもう……。
挙動不審に陥ってしまった。
だって、紘太……。
これ、桜庭が言っていたやつである。
認めたくないけれど、コレ……。
紘太君、激おこ状態じゃ、ないでしょうか……?
「それにこれは、もともとお前が原因だって、少しはその足りない頭でも理解して欲しかったんだけど、」
「あっと、……?」
一つ一つ、丁寧に。
決して早口ではないゆっくりと、やけにはっきりとした単調で。
こちらに理解させるかのように告げてくる紘太に、しかしながら追い込まれていくしかない俺である。
紘太の意図とは反対に? 紘太の告げてくる言葉をすんなりと理解できないでいる。
だって、紘太君、君、怖いのです。
じりじりと、紘太が掛けてくる圧が凄くて。
掴まれていなければ、ちょっと俺、今すぐ逃げ出したいなぁ、なんて。
思ってしまうのは仕方ないだろう? コレ。
若干現実逃避をしてしまっている俺をおいて、紘太は続ける。
「そんなにお前が俺の事、信用できないんだったら、別にいいけどさ、」
「こう、た、さん?」
ここまで真顔で来ていた紘太が、それは爽やかに。やけに爽やかに不意に笑い。
力を込めて握られていた俺の手が、ようやく離されたけれど。
また、俺は別の物も切り離される。
「お前、今期の理系終わったな」
「紘太様!! すみませんでしたっ!!」
これを言われてしまえば、もう終わり。
中間は終わったからこその今期という一択に、最終通告は甘んじて受け入れるしかないだろう。
素直に全面的に、こちらの負けを認めてしまう。
言われた瞬間に頭を下げた俺に、紘太は呆れたようなため息を吐いて、自分の気持ちも切り替えたようで。
いつもの紘太の調子で、柔らかくなった態度に、声音。
その途端、すんなりと入ってくる言葉たち。
「俺さぁ、結構女子たちから翔平への取次頼まれるの多くて。そういうのってどうかと思って断ってたんだよね。でもお前、別にいいみたいだから。ちょうどいいしその子の話聞いてあげなよ。お前に話、あるんだって」
「!」
その言葉たちに、この状況の意味を知る。これはもう、俺が全面的に悪い。
めいちゃんの事なんて一切関係なく、紘太にとっては何もしてないのに、むしろ俺の事で迷惑かけられている所にその、本人が殴りかかってきたようなもの。
見当違いも甚だしい。
「ちゃんと、聞いてあげなね?」
「はい」
思えば始めから。
俺がここに来た時の空気、それは決して甘いものではなく。
そいうやこの子、紘太に向かってメンチ切ってなかったっけ?
なんて、冷静になればなるほど今更な情報が今、頭に入ってくる。
つまり、ちゃんと見てはいたという事で。自分の思考の狭さに嘆くしかないだろう。
あぁ、俺ってほんとバカ。
自分自身に呆れて泣きたくなっていると、紘太は続けた。
「あのさ、色々言いたいこともあったんだけど理解してくれたみたいだから。とりあえず、これだけ言っておこうかな?」
「告白されていると思ってる所に踏み込んでくるのも、どうかとは思うよ?」
その全くもって真っ当な紘太の意見に、俺は全面支持に回り素直に頷く。
「ハイ」
まぁ、落ち着いて考えれば言われるまでもない。
状況によるけれど、真っ当な告白シーンであるならば邪魔するのは無粋すぎるから。
今回は違ったからまだ良かったものの、これが本当の告白だったなら。罪は深すぎる。
じゃあと、軽く手を上げて去っていく紘太を見送って、俺に用があるという女子に向き直れば。
そこには紘太へと向けていた険しい表情ではなく、胸の前で手を組み、頬を染め、こちらを上目づかいで見てくる女子が一人。
いやに速い変わり身に、やっぱり女子への苦手意識を感じてしまう。
そもそも、よくよく考えてもみれば。
桜庭にはめられたから今ここに、俺は居るんじゃないかと思ったけれど。あいつも上手いこと言ったものだ。
確かに目の前に佇む子は黒髪のセミロング。
表面上は、清純そうな見た目。
それに、俺が勝手に思っただけで、あいつは一言も可愛い子とは言ってはいなかった。
ある意味流石な桜庭だ。
いい加減仲直りしろよという意図がそこには見えて。
あぁ、それなら俺はこれもどうにかしなければならない。
「あの、翔平くん」
ためらい交じりに口を開いてくるその子の対応も、しなければならない。
俺の知らないところで、紘太に迷惑かけていたのを気付けなかったことに、凄く、後悔してしまう。
あぁ、ほんと。
俺ってバカだなぁ。
なんて思うと同時に、
そりゃあ、めいちゃんも紘太の事好きになるよなぁと改めて納得してしまう。
そもそも、俺も紘太の事好きなのだから、いい奴なのは分かっていたんだけれど。
だからこそ、家にも呼んでいるのだけれど。
これはもう、俺の完敗だった。
それでも、一つだけ言えるのは。
……めいちゃん命の、小物も小物の俺よりも、もっともっと厄介者の、言うなればボス的存在。
現時点での家のボスは、そう簡単にはめいちゃんとの仲を許してくれないだろうから。
だからな紘太、俺は言っておく。
敵は、他にいる。