失われた過去の世界 2
「ぷくく、おいおい、しっかりしてくれよアルフォード! なんだか分からないけど涙が出ただって? 気持ち悪すぎるぜ!」
「うっさいな、もういいだろ!」
さっきからまるで子供のようにからかってくるのは師匠であるアーリマンだ。
パンドラも何も言ってこないのにこの人だけがずっと言い続けてくる。
そんなやり取りをしている間に、待ち合わせ場所である渓谷の入り口に到着した。
底が見えず、年中暴風が吹き荒れているこの谷の下に巨神兵がいるはずだ。一定距離まで近づけなければ起動しないが、1度起動してしまえば標的を叩き潰すまでは動き続ける神造兵器だ、油断など到底出来る相手ではない……のだが……。
「おーすパール。遅れちまってすまねぇな。でさ、聞いてくれよ! アルフォードがいきなり泣き始めたんだぜ!」
「おはようアーリ君。で、弟子くんが泣いちゃったんだって? うちの弟子の勝てることがやっとひとつ出来たじゃないか!」
「うっせぇよ! アルフォードに負けてることなんてひとつも無いからな!!」
「あれ〜弟子よ。君は人を殺すのが苦手なんだったんじゃなかったっけー」
「うぐっ」
俺よりも歳下の、この中で最年少の少年は師匠である女性に弄ばれ、唸っていた。
黄金の髪と黄金の瞳を持つ彼は、創造神の生まれ変わりと噂されたこともあったが、年相応の無邪気な表情を振りまいたおかげで、すぐに収まった。
勿論、彼は創造神の生まれ変わりなどではない。ちゃんとした神の子だ。
「うっし、日が落ちる前に終わらせてぇし……そろそろ行くぞ」
その場の雰囲気が生易しいものからピリついた緊張感へと変わる。
渓谷の入り口から中へと入ってすでに数十分が経過している。太陽の威光は岩壁によって阻まれ、冥王の領域へと足を踏み入れていた。
「調べた通りだとあと100メートル先から範囲に入るはずだ。ここで最後の確認をして攻撃を仕掛ける」
「そうだね。アテナの方もそろそろ始まるみたいだ」
「なにがあるか分からない。天命なんて初めての経験だからな。俺とアキレスが前衛、遊撃にアルフォード、後衛にパールとパンドラだ」
「「了解」」
「じゃあ、仕掛けるぞ!」
暗視は全員が会得しているが、一応のためパールヴァティーが光の微精霊達を辺りに撒き散らした。
暗闇を明るい光が浮遊するという幻想的な空間が出来上がったが、それに見とれている暇など与えられてはいない。
「【顕現】死神の審判! フェーズ3!!!!」
【顕現】の中でも彼の能力が最上位の破壊力を持つのには理由がある。他の【顕現】にはないフェーズという限界を超えた力を行使するルール。
フェーズはその数字が上がる程、力は絶大な効力を発揮する。しかし、その代償として数字の数だけ五感を失う。
師匠は味覚、嗅覚、触覚を失っている。視覚と聴覚を失うと力何より戦えない為、これが最大の火力だ。
「おりゃァァァァアア!!」
大剣の形に変形した青黒い球体が周りに現れた魔獣達を狩っていく。そして30体ほどの魔獣を斬り殺した時、同じ大きさの大剣が両手に握られていた。
師匠の【顕現】は命を刈り取る事で力を増す。純粋に体積が増えるのだ。辺りに現れた魔獣達はパンドラの力で生み出された命だ。
魔獣の母の名は伊達ではない。
そして、師匠は止まることなく巨神兵の起動範囲へと足を踏み入れ、力強く地面を踏み抜いた。
神速を生み出す半神の攻撃に呼応するように超質量の拳が迎え撃つ。青暗の2本の大剣と拳が交差し、激しく火花を散らす……が、その均衡も長くは続かなかった。
ジャリンッ! ズオォォン!
「このまま決めるぞ!」
上半分を大きく削り取られ、地面に沈んだ拳の上に飛び乗り、師匠はそのまま追撃を仕掛けようとしている。
俺も含め、他のメンバーも駆け出す。全員が神速の1歩手前の速度を出し巨神兵に肉迫する。
「くっそ! そう上手くは行かねぇな!! 全員戻れ!」
先を行く師匠から警告が飛んでくる。俺たちはその指示に従い、瞬時に後に一回転しながらその場から退避した。
直後、その場を襲うように9本もの巨大な拳が現れ、派手な粉塵を巻き上げた。
大きさは先程、師匠を襲ったものよりは一回り小さいがそれでも十分に大きい。人の身を捻り潰すくらいなら造作もないだろう。
勿論、追体験のようなものなのでこの戦闘は1度体験している。その時は完全にごり押しでしか倒せなかった。弱点らしい弱点がなかったのだ。
「師匠ッ! フェーズを停止しろ!」
「チッ、全然持たねぇな」
フェーズのリスクは五感を一つずつ失うだけではない。失っていない五感も徐々に失われるのだ。
それを証明するように師匠の双眼からは赤い液体が垂れ流れていた。
フェーズは決して武器にはならない訳ではない。しかしそれ故にリスクを軽く見ている節が師匠からは見受けられていた。その歪みとして師匠、半神アーリマンの視力は確実に削られている。
癒しの神の力を持ってしても全快には戻らなかった不治のリスク、それを行使するのを止めるのが弟子である俺が出来る唯一の恩返しだった。
「師匠は下がってろ! 俺が前衛に出る!」
「クソ野郎、すぐに交代する!」
本人でも視力がやばくなっているのは分かっているのだろう。【顕現】の再使用はできるだけ避けた方がいい。
その穴を出来るだけカバーするのが俺の役目だ!
「アキレス! お前の火力が頼りだ、頑張ってくれ!!」
「本当になんか変だぞ今日!? まぁ頼られるのは悪くねぇけどな!!」
全盛期であるこの時の体ならば戦闘の幅も増やせるはずだ。この時の俺は【顕現】に頼り過ぎていたが、今なら魔法でも十分に役目をこなせる。
(【威力累加魔法】と【爆裂魔法】、【氷獄魔法】を多重展開。【超加速魔法】をアキレスに付与)
【超加速魔法】は俺の身体では慣性の法則によって生み出せれる重圧に耐えきれないので封印していたが、アキレスならば問題ない。
「こいつの体は金属のはずだ! パンドラ、頼む!!」
「り、了解! 何でそんなに今日はサポート出来るの!? 出来るなら普段からやりなさいよ!」
うぐっ、痛いところを突いてくるなよ。
この時の俺は師匠の戦い方に憧れて一騎当千、縦横無尽に戦場を無双する戦い方を目指していた。
しかしそれに見合うほどの火力はなく、サポート性能の方が圧倒的に得意だったことが後に判明したのだ。
巷で噂の黒歴史というやつなのだ。
「パールヴァティーはパンドラの補助を! 師匠! トドメは頼んだぞ!!」
「おう、任せとけって言いてぇんだが、それは無理そうだ。お前の【顕現】で片付けてくれ」
「大丈夫かよ!? 話はあとだ、トドメは俺の【顕現】で、おれの……」
「どうしたんだ?」
「思い出せない、思い出せない……俺の【顕現】ってなんだ?」
俺はどうやら本質を表す力を忘れていた……ことさえも忘れていたようだ。
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