失われた過去の世界 1
「まずは私達の王の話をしましょう」
暗闇に包まれた地下室には松明の灯り以外に光源はない。松明が揺らめき、怪しく影が蠢いた。
「私達はそもそも、完全なる魔人とは少し違った種族なのです。祖先は精霊、その当時の精霊王と契を結びました」
「精霊王ッ! また大物だな」
「ええ、勿論私達にもその血と魔力は流れています。しかし、時代は戦いに明け暮れるのが日常……、そんな時代だったそうです。私たちの祖先達は私達よりも精霊の血が濃く流れていたため、精霊魔法は使える貴重な戦力でした。それを脅威と思った勢力は祖先達は狙い撃ちにし、祖先達はあっという間に数を減らしていきました」
精霊魔法。
肉体という形に囚われることなく存在している高位の種族、精霊族だけが使用可能な魔法。
自身の魔力だけでなく、自身の質と合った魔力を自然などの外部からも取り入れられる魔法だ。
その力は絶大で、使用する魔法も桁違いの威力だったと言われている。
「そこで精霊王はこの国を守るために夫と共にこの国を立ち上げ、交友関係にあった獣人族にこの国を預けました。それにより当時は救われた者も多かったことでしょう。
……ですが、祖先に当たる精霊王の夫が亡くなり、獣人族の王も世代代わりしました。そこで、目の前にある圧倒的な脅威を取り除こうと精霊王暗殺を計画し始めたのです」
圧倒的な脅威は身内にいたとしても恐れてしまうものだ。もしその矛先が自分に向いたら、そう考えただけで、黒い気持ちは生み出されるだろう。
「しかし、そうなることも何故か予想済みだった精霊王は私達に遺言のように言葉を告げ、表舞台から姿を消しました。その言葉こそが私達の根底に結び付けられた契約のようなものなのです」
「なら、お前達の王は精霊王ってこと?」
ガシャ、ガシャ。
手首が軽くなった。錆び付いた物が地面に落ち両手が解放された。
「フゥー、あなた達なんてことしてるのよ。今は大人しくしてくれてるからいいものを、このままじゃ殺されてもおかしくなかったわよ」
「っ、だれ?」
何の音もなく背後に回り込み、そして全員の手錠を外した。恐ろしい手練だろう。
「そんなに怖がらないでくれるとこちらもありがたいわ。まず初めに、部下が失礼なことをしてしまってごめんなさい。幾分かイレギュラーが発生したせいで焦ってしまっていたみたいなのよ」
声は狭い部屋の中で反響してどこから話しているのかは判断出来ない。しかし、手錠を外してくれた気配は既に消えている。
「姿を見せてくれないと安心できるものもできないわよ」
「それもそうね。でも、それはあなた達が仲間だと断言できた時だけよ?」
松明の光。たったそれだけの灯りしかなかった部屋が白い光に包まれた。
意識ははっきりとしていながら、この場から離れていく感覚に襲われた。
ーー過去への旅が始まる。
◇◇
「おきろ、クソ坊主!」
頭に鈍痛が響く。
「ん、朝か?」
「寝ぼけてんじゃねぇよ。さっさと朝飯作れや」
「っ!? し、師匠?」
「まだ寝ぼけてんのか? これは少し教育的指導が必要らしいな」
懐かしい怒鳴り声で目覚め、朝ご飯を作る。そんなよくある家庭の日常に見える光景が広がっていた。
目の前の不格好な中年前の男性は俺が昔、師匠として尊敬していた人だ。
「俺って今何歳だったっけ?」
「は? 17だろ、確か。で、それが朝飯と何か関係あるのか?」
「何でもない。すぐに用意するよ」
「3分だけ待ってやろう」
なんで、全て作って貰っておいてこんなに偉そうなんだ、という感想は口には出さない。出したらこっちに被害が出るのは目に見えてるからな。
(17歳ってことは……記憶が無くなる寸前に近いな)
【空間収納魔法】の中から食材を取り出し、火力を抑えた【焔魔法】で焼く。香ばしい香りとまではいかずとも及第点は貰えるレベルの朝ご飯が出来上がった。このレベルの料理を身につけるためだけに料理用の魔法を生み出そうかと考えたくらいだ。
「今日の予定は覚えてるよな?」
まるで朝食の固形物を飲み物のように食した師匠は既に立ち上がってそう言った。
「……」
「まさか覚えてないのかよ! 少しガッカリだ。今日は巨神兵の討伐だろ、パンドラとアキレスとパールヴァティーが俺たちと一緒。他の奴ら、ミネルヴァとかアテナとかリリスとかがもう一体を討伐する。これで巨神兵は全滅させられる」
巨神兵……やんわりとしか記憶に残っていない。
メンバーも名前を言われると顔を思い出せるかどうか、かなり深刻な状況だ。
そもそも、これは過去にタイムスリップでもしたのかなんなのかが分からない。
しかし、可能性として高いのは記憶の追体験だろう。かなり強引な消去法だが、とりあえずタイムスリップはない。他者を対象にしたタイムスリップを可能にする魔法など実現不可能だからだ。
生命を削っても無理だろう。
「巨神兵って倒したら何になるんだ?」
「さぁ? 創造神の考えは分かんねぇが、倒すことで世界の秩序? とやらが再構築できるらしい。こんな血みどろの世界を作った前創造神の遺物だそうだ」
「……世界の秩序の再構築」
俺が調べていたが何も分からなかった言葉の概要は何だったか、まさに世界の再構築とも言える内容ではなかったか?
『変遷』はこれによって引き起こされたのではないだろうか?
「変遷って言葉を知ってるか?」
「なんだよそれ? なんか関係あんのか?」
「いや、何でもない。そろそろ出発の準備をしてくるよ」
俺の師匠、アーリマンは武器を必要としない。
彼の最上位の力【顕現】は半神という肩書きをかき消すほどの脅威的な力を秘めていた。
神々の本気の力、【顕現】。
その中でも師匠の【顕現】以上に一つに特化し過ぎた能力はないのではないだろうか。
破壊のためだけにしか使えない能力。彼の戦場での姿はまさに黒の死神と言えるものだ。
戦いのアテナ、殺しのアーリマンと言われ、性にあわない照れ顔を晒していたのは大切な記憶のひとつだ。
コンコン。
「そろそろ時間なんだけど、入っていい?」
「ああ、もうちょい待っててくれ。中でくつろいでいていいぞ」
この家は2階建ての小屋だ。俺の自室は2階の一室。
下の階からノックをする音と、少女の可愛らしい声が聞こえてきた。
戦いの前だというのに、違った意味で胸が高鳴る。
ーーこの気持ちを俺は忘れていた。
「あれ? アルフォードはまだ2階なの?」
「そうなんだよ。なんか今日はちょっとおかしいんだよなー」
「もう! 大事な戦いの日に! 喝を入れてくるわ!!」
足音が近づいてくる。
「アルフォード!」
「おはようパンドラ。元気そうで、元気そうでなによりだ」
熱い気持ちが零れ落ち始める。
「ええっと、何でいきなり泣いてるの?」
「嬉しいんだよ! こうしてパンドラに会えたのが……嬉しいんだよ」
ーーそして悲しい。
この後、世界の選択と俺の選択で死んでしまう彼女のことを思うと尚更悲しい。
「……恨むぞ、パールヴァティー」
誰にも聞こえないようにボソッと吐き捨てた。
この追体験を俺に課した張本人に向けて。
すべてを思い出し、それでも止められないと知っている。それでも、この地獄の過去は始まったばかり、エンドロールまで止まることはない。
お久しぶりです。
遅くなってしまってすみません!
それでも、
読んでくださったってありがとうございました!!
次話も出来るだけ早めに更新します。




