獣人の国 1ー1
「失礼します、ここの領主殿はいらっしゃいますか?」
門に取り付けられた通信魔具で領主に呼びかける。
街の被害は領主館に近づくに連れて少なくなっていた。
ただ、その住宅の中に人は誰一人としておらず、ただただ静寂が街を支配していた。
それはこの領主館も例外ではなかった。
「道真、奴隷達と一緒にここに残って。中には何が潜んでるか分からないからね」
「分かった。何人で行くんだ?」
「私とカラミア。シャルテアちゃんとその仲間達。反対の人ー?」
この軍団の舵取りをしているのは睦月だ。
彼女の指示に異論をあげる者はいなかった。
「よし、じゃあ行こうか」
中に入ると、直感が告げていた。
ここには何も無いと。
人の気配も、敵の気配もない。見事なまでの抜け殻状態だった。
そのまま、各自警戒したまま領主がいたであろう二階の部屋へと足を踏み入れる。
「誰もいないわね」
「通信のログを調べるから部屋の外を警戒しておいて」
数分後、ログを調べ終わった彼女の表情は難しかった。怒りなのか絶望なのか、呆れなのか……、その表情はとても複雑で読み取りづらい。
私の本当の目的に薄々気づいている彼女はできるだけ私を傍に置いておきたいのだろうが、いつまでも縛られているわけにもいかない。
現状、睦月よりもシャルテアを利用した方が、ことをうまく運びやすそうなのだ。
「ログには何があったの?」
「住民の避難状況の報告や、敵の進行状態についてだったよ。このログからは……この領が敵の手に落ちていることくらいしか分からなかった」
「そんな!? じゃああの奴隷達は?」
十歳を過ぎたくらいの外見をした少女シャルテア。彼女は思慮深いと共に、破格の実力を備えている。
彼女といつも一緒にいるイアという少女も同様だ。
二人共が人間族の技術を知らないのが難点だ。それでも、単体のパンドラだけならばここにいる全戦力で対抗しうるはずだ。
問題は総帥の彼女だが……。
「どうしたのラプラス? 考え事?」
「あっ、いいや何でもー。それにしても次はどこに向かうのさ? こんな状態の国に彼らを受け入れる余裕があるのかな〜」
パンドラが人間だけを滅ぼそうとしているかどうかは怪しいものだ。
目覚め、旅立つ。そのスパンの間の発言から、彼女が人間の国を滅ぼそうとするのは確実だが、寄り道で獣人の国を襲った可能性もゼロではない。
それも現状はだ。
彼女が本来の力とその力の使い方を思い出したのなら……破滅へのカウントダウンはもう止められない。
そこで必要になってくるのが鳴海総帥、彼女の力だ。
彼女の目的は私であり、私の目的は彼女だ。
私たちが互いに目的に向かって進む限り、いつかは衝突する日が来るはず。
現状維持と変遷。相反する目的には皮肉にも競う相手の力が必要なのだから。
「一度飛行船に戻ろう。ここで飛行船を失うのは痛手だよ」
「戻ってどうするのさ。どこに着陸する気だい? 見たところ安全なのは王都、それ以外は魔人の手に落ちていると考えるべきじゃないかなー?」
「じゃあどうやって人間の国まで渡る? まさか魔法で渡る気じゃないだろう?」
手が無いわけではないんだけど、面倒くさいんだよねー。仮に今から飛行船に戻っても残骸しか残ってないのが落ちだし。
「無いことは無いよー。それにもう飛行船はボロボロになってるだろーしね。考えてもみなよ。門番をしていた奴は領主館に行けって言ったんだよ? つまり、奴も敵じゃないか」
「……手段は?」
「竜の運び屋。聞いたことあるよね?」
「っ!? そんなあれは!」
「この話は今度、お客さんが来たようだよー」
竜の運び屋は全ては竜王の機嫌しだいだから、確実ではない。
「ヤレヤレ、気づかれてしまいましたか」
「何者だ? 事によっては切り捨てるぞ!」
気配からして魔人だな。最悪、吸血鬼の国同様。既に落ちたか。
「ワタクシはここの担当の魔人でございます」
「良くもぬけぬけと! 覚悟しろ!」
「待ちなさいカラミア! どっち側の魔人ですか? 速達で情報は得ています。反組織勢力が獣人の国に協力していると」
そんな話聞いてないわよ。それでも門番は敵兵だろうけど。
王都にその勢力がいるなら、分散はしていないだろう。各個撃破されてはたまらないからだ。
「ヤハハ、さすがの情報網ですね。……ワタクシは『永劫の教団』の一員ではありませんが、別口でパンドラを追うものです。彼らとは味方でも敵でもありませんが、向こうは敵だと思っているでしょうね」
第三勢力か、この情報を信じるかどうかは睦月財閥のお嬢様次第だが、私だけ見ておこーっと。……思ったより悲惨、彼女は手当り次第に殺しを……。
「敵対されているからと言って味方ではないのね」
「その通りでございます。人間の使者よ、貴方達の目的はなんですか? パンドラの殺害ですか? 王都の崩壊ですか?」
「どれでもないわ。自国の死守、それだけよ」
その為にはパンドラを元の状態、封印前の彼女に戻すか、殺害するしかない。
けれど彼女は人を殺し過ぎている、魔王となる道くらいしか残されていないのではないだろうか?
「リョウカイでございます。貴方達はこれからどこへ? 表の彼らを受け入れる体制を保っているのは王都だけですが?」
「……王都に向かいましょう」
この魔人の過去から推測するに、この魔人の目的はパンドラの殺害であり、この国の秩序には興味がなさそうだ。
これならこの国に深く首を突っ込むことなくパンドラのことだけに専念できそうで何よりだ。
こうして、獣人の国に訪れた日の太陽は西に沈んでいった。
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