旅路の冒険 3ー2
「ということなんだ。君達まで来るとは予想外だったけどね」
飛行船をジャックするつもりで乗り込んだら、睦月先輩に迎えられた。
顔を知らない面々は唖然としていたが、争う必要がなくて何よりだ。
「先輩がそんなに強いとは知りませんでしたよ」
「隠してたからね。人間側の秘密ってやつさ。それより、君たちの話を聞かせてくれ。パンドラ、魔帝としての伝承が残っていたはずだよ。そんな人物が復活、人間の国を襲うだなんてにわかには信じられない」
そりゃそうか。伝承上の人物が復活し、自分の国を襲うために進行中。とてもではないが、現実にそうそう起こる出来事ではない。
「彼女に理性があるかどうかがポイントになってきます。彼女に理性がある場合は目的があるはず、それがはっきりすれば対策も立てられる」
「逆に理性がなければ、目の前のものを破壊するだけの災害と言うことか」
「そうなります」
敵の目的がなければ、何を守ればいいかが分からない。ましてや相手が魔帝ともなれば、倒すというのは難しいかもしれない。
そうなれば、敵は放置、出来るだけ遠くに逃げるしかなくなってしまう。
睦月先輩は手に持っていたティーカップの中身を飲み終え、立ち上がった。
「まずはレチエールと話し合ってもらおうかな。奴隷達は目的を達成したら終わりだけど、奴隷達の解放だった彼女はその後がない。奴隷達、彼らの故郷はあっても、彼女の故郷は……あれだからね」
つまり、国に逆らったレチエールは吸血鬼の国に居場所はない。その後について、遠回しに連れて行ってやれと言われているのだ。
「分かりました。彼女はどこに?」
「立案室にいるはずさ」
「ありがとうございます。失礼します」
扉を閉めて廊下に出ると、カラミア先輩が恥ずかしそうにメイド服を着て立っていた。
「カラミアせん」
「シャルテア、黙って、見なかったことにして進みなさい」
「カラミアせん」
「殺すわよ」
ツンデレのデレの部分が無くなってただのツンになってしまった。
少し悲しく思いながらも彼女のメイド服姿を脳裏に焼き付け、立案室を目指した。
「失礼します、レチエールさんお久しぶりです」
「シャルテア……なんであなたが?」
なんと答えればいいんだろ。先輩は俺のことをどこまで知っているんだ? 退学したことはどうだろうか?
「私が学校を退学したのは知っていますか?」
「知らない。今知ったわ。それとどう関係が? なぜ人間の国に向かうの?」
「それは……知るためです。自分自身を、彼女のことを、この世界のことを」
今まで口にしてなかった想いが不意に口から漏れだした。結局は全て私利私欲、結果的に誰かを救うことになっていたとしても、原動力は救済心ではない。
「今は一人の男を殺すため、その計画を阻止するために動いています」
「それは、国王の事かしら」
「そうです。私は奴が玉座に居座っているのを許すことは出来ない。これだけはどんな手段を使っても達成しなければならない事なんですよ」
これも国民の扱いが酷いことが理由ではない。
俺の父の後釜が魔人の手を借りた、ましてや親を殺すような奴が選ばれるのに耐えられないのだ。
「レチエールさん、あなたはどうするんですか? 奴隷達の解放を達成した後……貴方には何も残らない」
「……どうしようかな」
今すぐ答えを出すというのは酷ってもんだろう。
目の前には大きな目的がある、それを達成するまでは他のことになど興味を持てないはずだ。
「レチエールさんが望むならいつでも歓迎するので、待ってます」
「助かるわ。私もあの国はほっとけないからね」
今日のやるべき事はこれくらいか。
そろそろタイトを本格的に鍛えなければいけなかったのだが、仕方がないな。
ーー翌朝
「明日には獣人の国に着く予定だよ! 到着したら忙しくなるだろうから今日はゆっくり休んでね!」
睦月先輩はもう奴隷達に受け入れられ、馴染んでいる。
お嬢様と言えば、取っ付き難いイメージがあるが、この人には当てはまらないな。
食堂室で昼食をとり、談話室へ戻ろうとすると、立案室の中から声が聞こえてきた。
「少しいいかな、ラプラス殿」
「なんだい? 睦月ちゃん」
「あはは、睦月ちゃんか。私もラプラスでいいかな?」
「どうぞ〜。それで?」
珍しい組み合わせだと思って足を止めた、止めてしまった。
「ーーーー」
「ーーっ!? ーーーー」
その内容は俺が聞いてはいけなかったものだったのだが、それを俺はまだ知らない。
その数時間後、西日に照らされ茜色に染まった空を見つめながら黄昏ていた俺は黒い影を捉えた。
「なんだあれは?」
大きさ的には二メートルほどだろうか。数十メートル先に浮かんでいる。
「あれはっ!? 大変だ、竜種が出たぞー!」
「竜種? あの大きさが?」
実際に竜種に出会ったことはなかったが、あそこまで小さな種類まであるのか。
「くそっ! サーチにかからなかったか!」
「道真、どうするんだ?」
昨日のうちに道真とは仲良くなった。なかなか面白いやつで、ノリも良かった。
「ここの領空権はどこの国のものでもねぇんだ! 見つけたら襲って来るはずだが……あれは偵察隊か!」
この近くに竜の国があるのは知っている。竜人族ではなく竜種が住まう国だ。
竜種が幻獣種と一括りにされていないのには、それなりの理由がある。
奴らは知性を持ち、言葉を話す。しかし、気性が荒く、傭兵の身に落ちる竜種はいない。
それ故に戦力としては吸血鬼の国とタメを張れるかもしれないが、経済面で大きく劣っているため、格下の国となっていた。
「すぐに大型の竜種が襲ってくるはずだ! 獣人の国の領空まで逃げるぞ!」
その的確な指示を根底から覆すような報告が、扉を開く音と同時に飛んできた。
「道真様! 大型が現れました、約百メートル先三体です! 獣人の領空への離脱は不可能です!」
彼の考えは、まだ大型が襲ってきていない、猶予が残されている事が前提だった。
しかし、今回は完全に後手に回っている。吸血鬼の領空に戻ろうとしても、辿り着く前に炭となるのが妥当だろう。
「カラミア! この飛行船の動力源に干渉して無理矢理速度を上げなさい! シャルテアちゃんは道真に【飛翔魔法】の付与をお願い! 道真は私と大型の竜種の討伐!」
報告した搭乗員の後ろから入ってきた、彼女の指示に唖然とする一同。
慌てふためいている様子など一片もなく、的確な指示だ。
しかし、彼女、睦月先輩と道真に対する比重が重すぎる作戦だ。
竜種に空中戦を挑むなど、正気ではない。
「いや、俺には付与魔法は効かない!」
「そうだったっけ? じゃあ、誰か!」
一見完璧に見えた作戦でも穴はあったらしい。
そもそも睦月先輩自体はどうやって空中戦を? 俺も参戦したいところだが、この体ではあまり無茶はできない。
「私がやってあげよー!」
そこで立候補の手を上げたのはラプラスだった。
彼女の力を知らない奴隷達には、背伸びして白衣を着た幼女が無邪気に手を上げたようにしか思えなかっただろう。
「分かりました。私は先に行きます!」
彼女は正面に立ち塞がっている竜種目掛けて、見張り台からダイブした。
それと同時に彼女から眩い電流が流れ出し、竜種の鱗に触れた。
その瞬間、まるで鱗に引っ張られたように彼女の両足が鱗に張り付いた。
竜種も予想外だったのだろう。慌てたように羽を羽ばたかせ急上昇し始めた。
張り付いている彼女はたまったもんではない。
空気抵抗は普段感じているものとは比べ物にならないだろう。
「やれやれ、見とけよシャルテアちゃん! この私、ラプラスの力を見せてやろうー! 【超電熱砲魔法】あーんど【荷電粒子砲魔法】!!」
馬鹿みたいな声が聞こえたのは見張り台からだ。
アホなことしてるな、と呆れるのが三人。
心配して追いかけようとするのが三人以外だった。
しかし、その両者の思いはその光景を見た途端に吹き飛んだ。
睦月が張り付いている竜種の脇を飛んでいた竜種は、オレンジ色の極光と白青の極光によって消し飛ばされた。
すぐに彼女が張り付いていた竜種が丸焦げになり墜落してくる。
船内には高らかに笑うラプラスの声だけが残っていた。
それと同時に、人知れず飛行船の下の森一帯が消滅していたのだが、それに気づくほど余裕がある人はいなかった。
ーー翌日
太陽が昇り始めるのと同時刻に、飛行船の速度を落としていた。
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