旅路の冒険 3ー1
地面を抉りとるほどの脚力、その脚力から生み出された速度は吸血鬼を軽く凌いでいた。
先頭にいた大型の獣人が紙切れのように吹き飛ばされたと同時、私は抜刀しながら飛び出し、その男に斬りかかった。
「なんっ、て馬鹿力っ!?」
「おお? 中々やるじゃねぇか!」
私の太刀は男の拳を切り裂く予定だったのに、逆に押し返された。まるで、とてつもなく重い何かを叩くような感触だった。
拳には切り傷が一つ。この状態での全力の一撃だったのにも関わらず、それだけのダメージしか与えられていない。
どうしよう、もう少し弱いと思ってた。これなら、空海家の血に流れる力を使っても勝てないかもしれない……。
「お前らの目的はなんだ? お前程の力の持ち主が何のために動いてんだ?」
「そこの飛行船にちょっと載せてくれればいいのよ! 貴方こそ何者よ!」
これ程の力って、まだ本当の力を出してないのに……。まさか、バレてる!?
「お前がまだ本気を出していねぇのに何の理由があんのかは知らねぇが、こっちは躊躇しねぇぞ? 勝手に船に乗られちゃ顔も立たねぇしな!」
「なら乗せて! 私達はあなた達に助けてもらうために来たのよ!」
「ん? 敵じゃねぇのか?」
「敵だなんて一言も言ってないでしょ!」
人の話を聞かずに勝手に襲ってきたのはそっちでしょうが!
まぁ、話を聞いてくれるならなんでもいいんだけど……。
「やめたやめた! 戦う気のないやつと戦っても面白くねぇ! で、ぶっちゃけお前らはどっち側なんだ?」
「敵の敵は味方って感じよ。吸血鬼の国には敵対しているけれど、全面的に人間の味方をするつもりもないわ」
「分かった、とりあえず中に入っていいぞ。妙な真似したら問答無用で吹き飛ばすからな!」
『船の中でお前が暴れたら、俺たちより先に船が壊れるだろ』と誰もが思ったが、こいつならやりかねないと思いながら恐る恐る足を進めた。
「なるほどな。まぁ、国の方針として間違えてるとは言いきれねぇが……許されるものでもねぇ」
「別に人間の国にお世話になろうとは思っていないわ。獣人の国付近まで送ってほしいの」
奴隷は獣人が多い。そのため、まずは獣人の国に行き、そこからは各自故郷を目指すという方針になった。
獣人の国は比較的差別意識が低いことで有名なのも理由の一つだった。
獣王には三大種族、人間、獣人、吸血鬼の血が流れている。これは都市伝説じみた噂だが、こんな噂が流れるほど差別がないと見ていいのだろう。
「この国に俺達の仲間が二人いる。そんな状況なら戦闘になるかもしれねぇが、あの二人なら大丈夫だろ。二人が到着次第、お前達を連れて出発する」
「っ、ありがとう!!」
「ああ、だが、問題は多いぞ。まず目先のものとしてはあの二人が許すかどうかだ。次は食料問題だな」
食料問題に関しては私達が消費した分を獣人の国で購入、私が彼に借金するという形で固まった。
「その二人は確実に来られるの?」
その二人が既に殺られていた場合、私達は無防備に敵の本陣に居座っていることになる。
この男と同レベルだとしても、能力によっては数の暴力の前に屈しているかもしれない。
「それは大丈夫だぜ。対人でも俺より上、対軍兵器としても一級品の女とそのお抱えの従者だからな。戦闘にもならねぇ可能性の方が高い」
「なんで人間がそんなに……。人間は魔法が使えなかったんじゃなかったの?」
人間は魔法が使えなくても、有り余る程の技術と数があった。地理的な関係でも、ほとんどの国が手だしできず、経済的な船舵を握っているのも人間だ。
魔法を使えないのにも関わらず、魔具を最も産出しているのは人間の国だ。
製造方法からして、国の内情もすべては謎に包まれている。
「使えねぇよ。持つ者と持たざる者、それは人間の国にもあるってだけだ」
そんな簡単に教えてくれるはずもないか。私の力のことも教えてないからお互い様、深く聞くのは止めておこう。
飛行船の内装はちょっとした宿屋が三つほど突っ込まれたと言った感じだ。
その外見からは判断がつかないほどのスペースが使用可能になっている。
その中の立案室となっている部屋に、私とその男はいた。
「そう言えば、まだ名前を言ってなかったわね。私はレチエール、少しの間よろしく」
「おう、俺の名前は須藤 道真だ。よろしくな」
互いに自己紹介を終えたと同時、外からの爆音が船内に響き渡った。
「そろそろだな。俺は出発の最終確認してくるから、外の見張りを頼む、万が一が無いとは言いきれねぇからな」
そう言って部屋を出た道真とは逆の方に道を進み、搭乗口に向かった。
あれ以降、爆音は聞こえてこない。十中八九、吸血鬼が人間に攻撃したのだろう。魔人の奥の手、自爆を使った可能性も高い。
「あれかな?」
案の定、城の一角からは火の手が上がっていた。
しかし、爆音の割には被害が出ていないように見える。つまり、予め【結界魔法】でも発動していたのだろう。元々使い捨ての魔人を自爆させたと考えるのが妥当な線か。
そんな城の中から歩いてくる二つの影があった。
「奴隷商の所は結局もぬけの殻だったの?」
「はい。微かながら戦闘の跡もありました。奴隷達が大量処分された様子でもなかったので、既に脱出を成功させていたと考えられます」
「ふ〜ん、ん? あれは確か一年生のナンバー持ちじゃなかったっけ?」
向こう側もこちらを視認したようだ。
その二人の顔には見覚えがあった。人間という種族でありながら編入試験に合格した強者として本家からの報告に上がっていたはずだ。
「貴様は誰だ! 今すぐその飛行船から降り、投降するのであれば命だけは助けてやろう!」
金髪の先輩の腰には刀が、そして今にも抜刀しそうな姿勢だ。
得物が被ることはほとんどなかったので手合わせは是非ともしてみたいところだが、またの機会にするしかない。
「話は須藤道真さんとつけてあります。短い間ですが、お世話になります」
「信じられるかっ!」
「待ちなさいな」
金髪の先輩が抜刀し、斬りかかろうとしていたのを黒髪の先輩が制止した。
「貴方の話はにわかには信じられませんが、船の中には多くの反応が見られます。この国の奴隷達ですか?」
バレるか……、どうするのが正解なの? 誤魔化しも効かないから選択肢はあってないようなものなんだけど。
「別に責めるつもりはないわ。シャルテアちゃんとの約束でもあったしね。貴方がしなければ私達でしていただけのことよ」
「そうでしたか。彼らはこの国に捕まえられ、奴隷に落ちたもの達です。話は中で! 追手が!」
彼女達の背後から走ってくる十人ほどの兵士。
「そんなに大きな声を出さなくてもいいわよ。ほんとにしつこいわ、カルミア」
「はっ」
金髪の先輩が向きを変え、敵を正面から捉えた。
手を刀にかけ、抜刀した。抜刀の速度が逸脱している訳では無い。しかし、その抜刀には死を感じさせる迫力があった。
私が刀身の周りに小さな電流が流れるのを視認したと同時だった。敵の首は宙を舞い、鮮血を吹き出しながら絶命した。
その返り血さえも刀を一振りするだけで吹き飛ばし、全く汚れずに元の位置に戻った。
恐ろしいまでに精錬された型だ。剣士としての格が高い。能力のみに頼らず、剣術をしっかりと身につけているというのが見て取れる戦いだった。
彼女は従者、それ以上の化け物主人。考えるだけで気が遠くなるレチエールだった。
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