旅路の冒険2ー3
時を遡ることーー二週間
少女は一人、廃墟となった街を歩いていた。
前代未聞の魔人による集団攻撃。その戦いの爪痕は、深々と残っていた。
本家に呼び出されていたせいで戦いには参加出来ず、帰ってきた時には何もかもが崩れ去っていた。
一体何があったのか、とこの光景を見た時は心底驚いたが、それは新たな出来事によってすぐに上書きされた。
王の宣言。それのせいで街の至る所には首輪をつけられた屈強な男達の姿が見られる。
どの者達も獣人や忌み子、吸血鬼の姿は見られない。
この国は変わってしまった。
ここまで変わってしまったのなら……変わることを止められなかった私は、不必要ではないだろうか。
本家、鳴海家の系譜の行き着く先には必ず真祖の存在が現れる。
私の名前、レチエール・スカランティアは本名ではない。レチエール・空海・スカランティア、が本名だ。
鳴海家の分家であった空海家の末裔であり、過去の戦闘で私以外の空海家はこの世に存在していない。
その為、親扱いとなっている本家の方に呼び出されることが度々あるのだ。
と言っても理由はそれだけではないのだが……。
私の二つ名? である呪いの子。そう呼ばれる所以は近い昔、半真祖となり、悪道を極めた人物が空海家の系譜上に記されているからだ。
その人物のせいで空海家は崩壊の一途をたどる羽目になったのだが、皮肉な事に彼がいなければ私もいない。
そんな過去の事情を深くは知らずとも、浅くは知り得た者達が私に名付けた。それが呪いの子だ。
瓦礫が土埃を発生させ、土埃を含んだ煙たい風が顔を打つ。夏の蒸し暑い性質も持ち合わせているため、非常に不愉快になる。
「きゃぁ!? や、やめてください!」
「あぁん? 奴隷が歯向かうってのか!」
私よりも幼子であろう少女の甲高い声と、ドスが効いた訳でもない、チンピラが発する騒音が聞こえた。
貧民街の方からだ。
私は急いでその場を離れ、声の元へと走り始めた。
声が聞こえた場所は意外と近く、現場には次の声が発される前に到着した。
物陰に隠れて様子を伺っていると、あることに気づいた。
さっきの甲高い声の主であろう狐耳の少女には首輪は付けられていなかったのだ。
それに気づくと同時に、その少女が体を小刻みに震わせながら言葉を紡ぎ出した。
「ど、奴隷なんかじゃない! わた、私達は元の国にもどる!」
「あぁん? 脱走した奴隷を見逃すほど間抜けじゃねぇぞこらっ! それにこの国から脱出出来るわけねぇだろ!」
「ひっ、うわぁぁん!!」
「泣くんじゃねぇよクソ狐が!」
自分よりも二倍近くの身長を持つ男に睨まれて、遂に泣き出してしまった少女。
その少女に向かって男は拳を振り上げた。
これ以上は見てられない。刀を抜くまでもないわ。
振り下ろされた拳の勢いを体の重心を使って受け流す。
「少し聞きたいことがあるの、答えなさい」
「な、なんだてめぇ! 邪魔すんじゃねぇよ!」
もう片方の腕を振り上げ、同時に私が掴んでいる手を引っ込めようとする力が伝わってくる。
私は手を離し、少女を抱えてその場を離脱することにした。
問題なくそれは成功し、男の声が聞こえない程度は離れることが出来た。
「大丈夫だった?」
慎重に地面に下ろしてあげて、服に付いた砂埃を払う。
「あ、はいっ! ありがとうございました!! でも……」
「どうかしたの?」
もしかしてもう一人いたのだろうか? そう言えば、とりあえず離れたものの、状況を全く理解していなかった。
「いえ、お姉さんは貴族の方ですよね? 王の法に刃向かってもいいんですか?」
私自身、自分のことを貴族と呼ぶべきかどうかは微妙なところだ。
本家との関わりをできるだけ隠すために、戸籍上は手を回してあった貴族の養子ということになっている。
だが、その貴族が組んでいるのは空海家ではなく、鳴海家だ。衣食住の金は鳴海家からの仕送りだし、本当に名前を借りているだけなのだ。
「んー、それは気にしないでいいよ。それよりも王の法って?」
「……奴隷法案。吸血鬼以外の人権を認めず、奴隷として扱うことを認めるというものです」
この場合、私は一応吸血鬼に含まれるのだろうか? それよりも、王が変わっただけで国はここまで様変わりしてしまうものなのね。
なんとも寂しい、国民の意見などあってないようなものなんだ……。
「私達は脱走奴隷。元々裏で奴隷として捕まっていたけど、騒動に紛れて脱走したの」
「すごいね。それでさっきは奴隷商人から逃げてたの?」
奴隷を扱う奴隷商人が表立って商売を始めたことは知っている。別に獣人の国や龍の国でも奴隷制度はあるので、そこまでおかしな話ではない。
けど……あまりにも、ではないのかな?
「違うの、さっきのは賞金稼ぎの人だよ。魔人達が暴れ回ったせいもあって周りの森の魔物達がいないの。だから標的を奴隷に変えた。しょうがないよね、あの人達だって生活がかかっているんだし」
捕まえた人材を奴隷商人に売りつける。そうすれば一体の魔物を殺す時に得られる報酬とはかけ離れた額で買い取ってくれるだろう。
だからといって、これはダメだ。利益のために倫理を破っちゃいけない。
それに、この少女の心は綺麗すぎる。彼らに関わればその煌めきは剥がれ落ち、汚染されてしまうだろう。
「脱走の手立ては?」
「今度この国に飛行船が来るんだって! それに乗せてもらうか……ジャックするって」
それなら人間の手を借りると言うことか。信用はできないが、ここにいるよりはよっぽどマシだろう。
それに、私がここにいても、もうどうしようも無さそうだ。
「私も手伝うよ。この国はもう終わったからね」
「いいの? パパやママが心配するよ?」
「……うん、大丈夫だよ。必ず国に返してあげるから」
こうして私は隠れ家となっている場所に案内された。
初めは吸血鬼の国の手先かと疑われたが、狐耳の少女、リィが庇ってくれた。
着々と準備は進み、遂に飛行船がやってきた。
出発は明日。吸血鬼側の妨害があるとすれば今日の夜になるだろう。
しかし、その騒動に紛れて侵入することが出来るかもしれない。
私達は最後の晩餐を済ませ、暗闇の中を王城へと向かって進行した。
「リィ、心配しなくても大丈夫だよ」
「う、うん。でも……怖い」
年は五歳、親の記憶もない内から奴隷として捕まっていたらしい。
そんな過去を持ちながらここまで綺麗な心を持っているのは奇跡だなと思った。
「大丈夫、絶対私が守ってあげるから!」
こうして、言葉で安心させてあげることしか出来ない。本当に彼女が安心できるのは祖国に帰ることができた時になるのだろう。
私はその当たり前の幸福を叶えてあげたい。
「飛行船は目の前だ! 行くぞ!」
先頭から号令がかかった。
ここまで来れば、中庭に停泊している飛行船までは目の前だ。
しかし、この距離、約七十メートルには遮蔽物が全くない。全方位からの攻撃を受ける可能性も低くはない。
こっちは重労働を課せられ、満足な食事をとることができなかった人たちも多数いる。
騒動の被害を受け、走ることさえままならなくなった人も少なくはない。
しかし、彼らに躊躇はない。祖国に帰る、その目的しかないのだから。
守るものも未練もない。いや、それすらもすべて奪われてしまったというのが正しいのだろう。
改めて、この国のあり方が気持ち悪く感じた。
ドンッ!!という大きな音が土埃と共に発生した。
丁度先頭が走り始めたのと同時だった。
「う〜ん? お前らは犯罪者に該当するのか? もしそうなら遠慮なくブチ殺すぞ?」
唐突に現れた青年。彼が着地した地面は波紋を広げるように抉られ、崩壊していた。
しかし、驚くことに彼は吸血鬼でも、魔人でもない。
魔法の使えない劣等種でありながら、この世を統べる種族、人間族だった。
人間というからを被った化け物は首の関節を鳴らしながら告げた。
「黙認、つまり肯定ってことでいいんだな! じゃあ遠慮しねぇ、地平線の彼方まで吹き飛びやがれ!!」
タイムリミットを告げたと共に、その審判が私達に下されようとしていた。
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