旅路の冒険 2ー1
何故なのか? 俺の心はなぜここまで脈打っているのだろう。胸が締め付けられ、息苦しい。それほど大切な人を……俺は思い出せない。
「……最悪の状態って?」
「どうやら彼女の復活は正攻法で行われたものではなかったようなんだよね。違う燃料を無理矢理入れられ、稼働させられた……そんな風に感じたよ……」
彼女の歯切れは悪く、その時の情景を思い出しているようだった。
ニュクスが無理矢理でも魔王を仕留めようとしたことには意味があると思っていたが、それがパンドラの復活に繋がるとは思ってもいなかった。
ニュクスは復活には『箱舟』が必要だと言った。それは俺の事だそうだ。だが、俺は何かを奪われた覚えはない。
燃料が俺の魔力だとすると、違う燃料は魔王の魔力だということになるのか。
しかし、魔王の魔力量で復活が可能ならばニュクス単体の魔力で足りそうなものだが……他にも条件があるってことか?
「自我はあったの?」
「……あって欲しくはなかったけどね。自我と呼ぶには相応しくもないのかもしれない。改竄された自我、人間の滅亡を望んだ魔帝そのものだったよ……」
「まさかっ!? 人間の国に?」
魔帝、魔王のさらに格上。全ての生物の頂点に立つ最高位の存在。
俺は自分でも驚くほどあっさりと、この事実を受け止められていた。
横のイアは絶句状態、目が虚ろになっていた。
それもそのはずだろう。イアはこの世界の最高位に最も近い魔王になる事で、死んでしまった母の遺志を継ごうとしていた。
しかし、そんな事実をいとも簡単にひっくり返しすことが出来る存在が現れたのだ。
魔王となる覚悟が揺らいだとしても、仕方がない。
「多分ね。でも、いくら彼女でもあの国を落とすことは出来ないだろうさ」
「島国何だよね? 彼女なら島ごと吹き飛ばせそうなものだけど……」
憶測でしかない。ニュクス程の相手が仕え、魔人達をまとめあげる為の旗印。
そんな魔帝の力は、想像を絶するものだと言っても過言ではない。
「例え島を吹き飛ばしても……人間達が滅ぶことは無いよ。そういう風に作り上げたのは、私と彼女だったからね」
「……どういうこと? 貴方は何者なの?」
作り上げた、私と彼女、すべてが謎に包まれた島国。
つまり、人間の国の創設者の一人だというのか?
ーーこいつは一体何者なんだ?
「変遷、それと同時に産み落とされた少女。時千年経った今でも、その姿が変わることは無い。ただの研究者、それが私だよ」
「貴方は何をしたの? 人間をどうしたの?」
「変遷を生き残れる不死者。生殖機能を失いながらも島国には溢れかえるほどの人の姿がある偽りの国。それを作り出したのは……私とかつて親友と呼んだ女性だよ」
初めて出会った時の、幼さが表面に出ているラプラスはとっくに消えていた。
ここにいるのは、約千年……破滅の世界を生き、その時間を研究に費やした賢者だった。
「ごめんね〜、これ以上は話せない。それでも、魔帝が人間の国に攻め込むのは早計過ぎだよ。だけど…………」
「それに便乗して、あわよくば私達が落とす。そんなところかしら?」
歯切れの悪いラプラスの言葉を代わりに紡ぐようにイアが声を発した。その内容にラプラスは首を縦に振ることで肯定を示した。
「シャルテア・ウィズマーク、イア。君達の目的を聞かせて欲しい。おおよそ理解はしているけど…本人達の口からその言葉を聞きたい、その罪を」
罪。良心のとがめを受けること、法に触れることだ。
奴らを滅ぼすことに良心が痛むことは無い。
奴らを滅ぼす時に足枷となる法は捨ててきた。
残るものは仲間と自身、それらの力だけだ。
「罪を犯すつもりは無い。奴ら、『永劫の教団』を滅ぼすことに足枷となるものは全て捨ててきた!」
「私は魔王様に作られ、魔王様の、母の意思で生きてきた。ただの操り人形、そう思っていた私は……母のことを何も分かっていなかった。
私は恩を返さず逝かせてしまった自分が許せない。私の代わりに恩を仇で返した相手を許せない! これが私の初めて、魔王イアとしての初めての戦い、誰にも邪魔はさせない!」
「イア……」
そんなことを考えていたのか……。彼女は作られた人工物という事実を知り、その上で作り物として生きてきた。
イアは魔王に対して必要以上の感情を持たず、周りの世界に対して必要以上の興味を抱かないようにしてきた。
そうして、人形を演じてきた。
しかし、事実は違った。どのような経緯で生まれたとしても、魔王は彼女達を実の娘達だと思っていた。
イアはうわべだけの関係に徹していたにも関わらず、魔王は愛を与え続けていた。
皮肉にも魔王が死ぬ事をトリガーに、彼女は事実を知り、その愛に気づいた。
そんな自分自身が許せない、その感情が彼女の力となっていた。
魔王をこの世に残す。
今なら理解できる母の愛情、そのための戦い。それを忘れないため、忘れさせないために彼女は魔王になったのだ。
「君達の覚悟は本物だ……、試すようなことをしてしまってごめんね〜! 良ければその目的は私の目的とも合致しているようだ。出来れば同行させてくれないかい?」
願ってもいない戦力増強のチャンス。しかし、彼女に関する情報は少ない。
何が彼女の行動動機なのか、彼女は何者なのか。結局はっきりしていることはほとんどない。
「貴方も不死者なのか?」
「そうだよー。私が親友に与えた力で作った魔法、【因果律操作魔法】が私自身に刻まれているのだ!」
【因果律操作魔法】? なんなんだその魔法は、まるで運命をねじ曲げるかのような魔法名だ。
「私が親友の彼女に与えたのは、未来を見る力だったんだ。その力に私の体は向いていなかった、自分の力なのに可笑しいよね」
「どんな魔法なの?」
確かに、自身の持つ特性と言っても過言ではない力が、自分の体とはマッチしていなかった。自分の持つ特性が自分以外でも使える、そんなことがあって欲しくはない。
そうでなければーー真祖の種を複数持つ……正真正銘の神が出来上がってしまう。
「生命は因果律に従って行使される。それは生命は因果律によって死の瞬間まで予め決められていることを示す。彼女は因果律によって訪れる未来を正確に把握することで、因果律から外れることに成功した。輪廻から脱線する魔法、それが【因果律操作魔法】だよ」
俺はふーんとしか思わなかった。死の瞬間が決まっていたとしてもそれを証明する手段はない。
ならば、因果律なんぞのことを考えず精一杯生きた方が良いと思ったのだ。
しかし、それは次の生命があると知っている俺だから考えられたことだった。
今まで操り人形を演じ、操作されていた彼女は自分の意思で生きる覚悟を決めた。
しかし、母が殺されたことも因果律によって決まっていたことと知ったのならば。
覚悟を決める決断さえもが決められた因果律に従っただけだと知ってしまったならば。
彼女は本当の意味で生きることが出来るだろうか?
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