旅路の冒険1ー1
「じゃあキール、後のことは任せたよ」
「……お気をつけて行ってらっしゃいませ。このキール、いつまでもお帰りをお待ちしております」
そう言って、俺は母のいる部屋の扉を閉めた。閑散とした学園内、その理由は学生達が王都に集められたからだ。
あの王は早速戦力強化に入ったらしい。
「……行こう」
廊下に出てもいつもの様な騒がしい雰囲気はなく、曇天から漂う湿った空気に支配されていた。
今頃、彼らは洗脳を受け、王の手先となっているかもしれない。
そんな状況を見過ごしたまま出国するのに、心が痛まないか? と聞かれたら間違いなく痛む、と答えるだろう。
それでも、あの元凶を倒す力のない俺はこの国を離れる。後二年もあれば勝てるようには持っていけるだろう。ほぼ単騎での国との戦争になり、勝たなければならない。
それを成し遂げるために俺は…………逃げるのだ。
言い逃れをしようとは思わない。これは紛れもない敗走だ。
これから俺達は大陸を横断し、海を横断する。
人間の国、秘境の島国とも囁かれるその国までは長旅となるだろう。
その長旅に付き合ってくれる仲間はイアとフェーカスに加えてもう一人いる。
昨日、脱獄したのは先輩達を除いてあと一人だけ。第二王子、ハーダック・ウィズマークは既に洗脳され、王に連れていかれたそうだ。
「ほらっ、早く来ないと置いてくぞ!」
「ちょっ、待てってシャルテア!」
俺達に気付かず、学園の外を見ていた少年が慌てて追いかけてくる。何とも頼りなさそうな少年だ。
こいつがもう一人の仲間、タイト・アンフェルだ。
ゼルドミアは昨日までの別行動はこいつを救い出す為だと言っていた。こいつにそんな価値があるのか? とふざけ混じりで聞いてみたところ、面白い返答が返ってきた。
『あいつはポンコツだが、素質だけはピカイチなんだよなー。俺やもう一人の弟よりも影の力の才能はあるんだよ』
こんな返答の次にさらなる驚きが待っていた。
『力を完全に抑えてたから闇属性には反応していなかったんだろーな。育て上げればそこの幻獣種程度の敵なら倒せるようになるはずだぞ。ってことで連れてけよー』
どうやらかなり特殊な家柄みたいだ。闇属性から派生した独自の影属性や、魔子回路の完全な遮断封印など、一般的なことではない。
『お前はどうするんだ?』
俺はそう聞いてみた。返答は予想通りだったのだが…………護衛に戻るらしい。
この事だけではないが、俺の父と母は多くの人々から厚い信頼を得ていたことがわかった。
ここにいない先輩達は父の恩義に報いる為に母の護衛に回っている。睦月先輩とカラミア先輩は人間の国の方からの使者が来て、連れて行かれてしまうそうだ。
使者が到着するまでは二人も補佐に回ってくれる予定だ。
「カルロ、いざとなったらみんなで逃げてね」
「分かってますよ。シャルテアちゃんと作ったこれもありますしねー」
応接間の床には大きな魔法陣が書かれた模造紙が広げられていた。
昨日、俺の【転移魔法】に関する知識を総動員して作った転移魔法陣だ。
俺は適性がないのか発動できなかったが、カルロが発動できるのは確認済みだ。
緊急時はこれで魔王城まで避難する手筈になっている。
魔王城と言えばあの三つ子、ラミ、ミラ、アイだ。
彼女達も明らかに力が増幅していた。口々に魔王様のおかげと言っていたので、イアの認識は間違っていなかった。
そのまま三人は礼を告げて魔王城へと帰っていった。あそこが唯一の居場所だそうだ。
これからの人生を魔物の管理者としてあの城で過ごしていくらしい。
イアは三人に誤っていたが、これまた口々に否定していた。要約すると、『人生を選択するのは自分自身であって、それを責めるなんてことはしない』だそうだ。
それを聞いたイアの瞼からポロリと涙が流れ、それを合図に他の三人も泣き出してしまった。
心の中では三人ともイアのことを心配していたのだろう。それも当たり前のことだ。
魔王によって生まれた四人は二組の双子として、今までの時を共に過ごしてきたのだから。
「長い旅になると思うけど、これからもよろしく!」
「こちらこそ」
「主の飼い犬ですから!」
こうして俺達は吸血鬼の国、サートリア王国を出国した。
名残惜しい事など一つもない。この偽りだらけの国を変えるために俺達は必ず戻ってくるのだ。
長い旅路も一歩から。俺達はその一歩を踏み出した。
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ーーーー二ヶ月後
「イア! 左から来てるぞ!」
「分かった!」
「てりぁぁ!」
ジメジメとした季節は終わりを告げ、カンカン照りの暑さが俺達を襲っていた。
そんな中、複数の魔人と遭遇した俺達は森の中で戦闘を繰り広げていた。
「完了、終わったわ」
こっちでも二体、向こうにも二体いたが、俺達に敵うほどの戦力ではない。むしろ秒殺できるレベルだ。
熱心というか、馬鹿正直というか、組織に属しているであろう魔人達は皆揃いも揃って、お揃いのローブを着用している。
「最近多くなったね。根城でもあるのかな?」
「さぁ、答えさせればいいんじゃない?」
イアは今の戦闘で一人の捕虜を確保していた。
そして、何の特別なことでもないように【真言魔法】を発動した。
【真言魔法】は無属性魔法で、真実薬と一緒の効果をもたらす魔法だ。拷問にかけずに情報を抜き取るにはいい魔法だが、対抗手段を知っている者には効きづらい。
例えば【隠蔽魔法】や、【遮断魔法】が対抗手段に該当する。
まぁ、何故イアが無属性魔法を使えるのかというと、使えるようになったからとしか答えられない。
元々は魔子回路が停止していたが、何らかの弾みで稼働し始めたらしい。その代償として、妖力を操る感覚が日に日に弱くなっている。
魔王の眷属ではなくなり、その恩恵を失ったのが理由として推測できるが、断定はできない。
「わー、私たちは、この付近にある迷宮を活動拠点にしております」
「ここの付近とはどこ?」
「ここから南南西に五百メートルほど行ったところにある地下迷宮です」
「そう、ありがとう」
ビチャ。この音が何なのかはご想像にお任せしよう。
何にしろ、俺達は二ヶ月かけて初めての大きな情報を手に入れた。
あの魔人の言った通り五百メートル行った先には地下迷宮の入り口があった。
「あれっ? この迷宮の魔力って……」
その迷宮には懐かしい魔力質。神代の魔力が漂っていた。
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