魔王城の双子姫 3ー2
戦いが始まった。エリスフィア先輩と魔王は力の差を感じたのだろう、手を出せないでいる。
実際、今手を出したところで有利に働くとは断言出来ない。ゲームで戦場に新たなギミックが現れた、そのくらいにしかならないだろう。しかもプレイヤー二人は完全なる達人級、ギミックを不用意に出すわけにはいかない。
「【顕現】死神の審判!」
俺の手の魔法陣から黒と赤の混ざった流体がポンッと飛び出た。それは宙にプカプカと浮いていた。
「やはり、真祖として覚醒していたか」
「なるほど、記憶を引き継いだ訳じゃねぇのか。あの女もイマイチ何考えんのかわかんねぇが……今は関係ねぇ!」
流体が蠢き、姿を変える。それこそ死神の鎌のような形になった。依然として禍々しさは変わらない。
「死ねや遺物!」
「箱舟、お前を手に入れる!」
俺は鎌が振り下ろした。斜めからその首を刈り取るように。眷属は躊躇なくその鎌を殴り飛ばそうとした。
禍々しい魔力が衝突し、どす黒い火花が散った。
ザクンッ。
「流石は真祖の権能ってことか? まぁどぉでもいいけどなぁ!」
俺が振り下ろした鎌は少しの均衡を保った後、その肉に食い込んだ。眷属の拳から血が流れ出るが、すぐに鎌が吸収した。
そして、その行為を示すように鎌の赤さが増した。
「くっ!? お前の権能がここまでとは! しかし、ガラ空きだぞ!」
眷属はもう一方の拳を握りしめ、俺の腹に向かって勢い良く突き出した。
しかしその拳が俺にダメージを与えることは叶わなかった。
「ざーんねーん。そっちは通行止めだ!」
俺の左手からは新たにもう一つ流体が現れていた。いつの間にか右手の鎌の色も元に戻っている。
俺は突き出された拳を左手の流体で受け止め、逆に眷属の腹を蹴飛ばした。
「ここで、リスクを負う必要はないか……。悔しいがさらばだ。次は万全の準備を施してから赴くとしよう」
「逃がすかよ!」
三十メートル先、蹴り飛ばされた眷属は翼を生やし飛び立とうとしていた。
俺はそれを阻止しようと地面を蹴るが、軌道上に黒い魔法陣が展開された。死の風か、激流か、どちらかは分からないが受ければそれ相応のダメージを負うだろう。
「小賢しい!」
「焦るな、次の機会はそう遠くない」
死の風が吹き荒れる。俺はその風をものともしないかの様に突っ込んでいく。
後一秒で直撃するかという時、左手の流体は右手の鎌に吸収され、代わりに紅蓮の魔法陣が現れた。
その魔法陣を構築した時間はコンマ五秒。とてつもない早業だ。
「しゃらくせぇ!!」
俺は死の風を吹き飛ばすと同時に右手の鎌を振るった。しかし手応えはない。
上空を見上げると巣に帰る眷属の姿があった。
「逃がさねぇつってんだろうが!」
右手の鎌が流体になり、弓に姿を変えた。
おれがその弦を引くと抽出された様に矢が装填された。
矢を放った。矢は虚空を裂き狙い通り眷属目掛けて飛んでいく。
しかし、すんでのところで気づかれ致命傷は避けられた。足に突き刺さった矢は五秒ほどで消え、弓の色が少し赤くなった。
先程よりも赤くなった気がする。
「チッ、運の良い奴だ。……後はこいつらか」
自分の顔が酷く歪んだ気がした。俺が標的に定めたのは魔王とエリスフィア先輩だ。
しかも、明らかな殺意を持って見ているのは確かなのだが、それ以上に娯楽の標的と言った感情が大きい。
「な、何を言っているんだシャーちゃん!?」
「シャーちゃん、笑わせてくれるな。お前もあの男と同様あの女の眷属だろうが。まぁ、お前がどういう目的で作られたかは検討がつくが……関係ねぇ」
「……君は誰なんだ?」
俺の中に微かな戸惑いが生まれた。しかし、それは何かを疑問に思う間もなく激しい感情で押し潰された。
「俺か? 俺はただの殺戮兵器だ。そうしたのは……お前らだろうが!」
再び俺の右手から流体が現れ、素早く鎌に変化した。
「待てアルフォード!!」
ピクリ、と動きが止まる。左手後方から声がかけられた。
「お前、どんな速度でここまで来たんだ? まるで」
「それは関係無い。それよりも、ここは引いてくれないか? いや、引けアルフォード」
声の主はイア、逃がしたはずの一人だ。
「なぜ戻ってきた!」
「魔王様は黙ってて。アルフォード、このままでは体が破綻する。それはお前が望んだことではないはずだ」
「何を知ってやがる?」
確かに眷属を追い返した直後から脱力感が襲ってきている。この脱力感の原因が先の戦闘ではないことは分かるが、原因は分からない。
「君の体は本当のものではない、仮初だ。姿を変えるのは並大抵のことではない。己を書き換える魔法はその反動が大きすぎる」
「俺が眠っている間に面倒な魔法を身につけやがって」
俺はついさっき目覚めたばかりで俺自身のことを完全には把握出来ていない。主に俺が持つ知識の百分の一も理解出来ていない状態だ。
「さぁ、彼に体を返せ」
「ふん、まぁいい。貴様、名前はなんだ? 何者だ」
イアという少女はただの魔王の眷属だったはずだ。四人の中でも異質なのは感じていたが……。
「イア、君の師匠だ。それ以上語ることは無い」
「師匠か、舐め腐ったガキだ。覚えてろよ」
光が差し込み、日光に当てられたように優しい光に包まれる。俺の意識が遠のき、俺の意識が覚醒しようとしていた。
一度暗転し目を開けると、景色は客観的なものから主観的なものに変わっていた。
「シャーちゃん!」
「せ、んぱい」
そう思えたのも一瞬。抗えない睡魔が脳を支配していき、顔から地面に直撃する頃には既に眠っていた。
分からないものだらけの戦いだったが、それ以上に自分自身が怖かった。
朝を迎えた時、周りには誰もいなかった。
前とは違い、良く寝たあとのようにスッキリしていたので、とりあえずその部屋を出た。
歩いているが人の気配はない。改めて魔王城を見ると、ただの城だった。
これまでの魔王は番人やらなんやらを配置し、部屋と呼べるような部屋はあまりなかったのが印象だったが、この城には部屋も十室以上はあるようだ。
二階に上がると初めて魔王らしさを感じる豪勢な扉があった。
俺はここに魔王がいるだろうと直感的に感じ取った。いわゆる王の間の魔王ヴァージョンだろうな。
「起きたか」
「今さっきな。それよりエリスフィア先輩やイアはいないのか?」
「ああ、どうやら国が大変なことになっているらしい。先に帰ると言って急いで帰って行ったぞ」
「なに!? それはいつだ!」
「一日前だな。お前は二日ほど眠っていた」
「具体的にはどうなっているんだ?」
「どうやら魔人達の襲撃があって国王が亡くなったらしいぞ」
聞き間違いかと耳を疑った。そして戦いが終わったなどと呑気に抜かしていた自身を呪った。
俺は魔王城を言葉通り飛び出し、魔力も気にせず国に向かった。
これは終わりではなく、ただの始まり、計画の始まりに過ぎなかったことに俺はまだ気づいていない。
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