魔王城の双子姫 3ー1
「お、弟だと? ふ、ふははははは! 面白いジョークを言うやつだな……だが、言っていいことと悪いことがあるーー死ね」
「死の風も【死傷魔法】の一つだよね、兄さん」
「チッ! 妙な奴がいたもんだな」
「エリスフィア先輩!!」
前に出た先輩に黒い風が襲いかかる。【結界魔法】を発動する時間はない。
聞きたいことは山々だが……今は目の前の戦いに集中するべきだ。
「シャーちゃん、焦らない、焦らない。これは僕には効かないんだ」
「ほざけ」
黒い風が包み込んだエリスフィア先輩を視認することは出来ないが、風に声が運ばれてくる。
エリスフィア先輩が時間を稼いでくれているんだ、無駄にする訳にはいかない!
リスクを恐れて勝てる相手ではないことは明白だ。敵の魔力は神代の魔力、ならば手加減出来る相手ではない。
「先輩、無理はしないでください!(【爆裂魔法】に【威力累乗魔法】を付与、剣に【特殊付与魔法】を付与、【無炎魔法】と【氷獄魔法】の魔法陣を構築、付与、【威力累乗魔法】を付与)」
魔力を普段の五倍込める。これで二十五倍、決定打になるか怪しいが、これ以上の威力を込めても範囲が広がるだけだろう。
「魔王、魔力は?」
「ふん、まだまだこれからだ!」
どうやら強がりではないようだ。魔王の手札が死の風以外にもあるのは明確だが、それが不明な以上連携は諦めるしかなさそうだ。
「俺は俺でやる。背後から不意打ちとかはなしだぞ、手が滑ってお前に攻撃してしまうかもしれないからな」
「魔王も侮られたものだな、心配するな。あいつらを逃がしてくれたお前に無粋なことはしない」
「なら安心だ」
さぁ、勝負だ。神代の生き残り、変遷のことを聞くためにも倒す!
「先輩、退いてください!」
「了解! 無理しないで!」
「小賢しい、鼠共が!!」
相手の魔力が動く。魔法が構築され、黒い魔法陣が現界した。透き通るように綺麗な黒い魔法陣は彼女と同じものだ。
俺は左手の【爆裂魔法】の魔法陣を現界させ、そのまま黒い魔法陣に向かって突っ込んだ。
「馬鹿め、【死海魔法】発動!」
「舐めるなよ?(【爆裂魔法】発動!!)」
黒い激流が視界を埋め尽くさんと襲いかかってくる。しかし、本能的な部分が理解していた。まるで同じ事をしたことがあるように、俺は突破できることを知っていた。
【威力累乗魔法】の効果で、魔法陣が五重展開された。そこから対国魔法として使うレベルの魔法が黒い激流を吹き飛ばすべく放たれた。
ズパッン!!!!
黒い激流は爆発によって弾き飛ばされ、視界には驚きの表情を隠せていない男の姿があった。今までローブを被っていたせいで見えなかった顔も今はさらけ出されている。
俺は剣を構えながら走った。
「バカなっ!? まさか、貴様は!」
「うっせぇよ!! お前が彼女の何かは知らないが手加減する気はない!!(【無炎魔法】と【氷獄魔法】の魔法陣を展開)」
「チッ、まさかな。ーーーー解放」
魔力の質が明らかに上がった!? 何かが来る!
「はぁぁぁぁ!!(全魔法発動!!)」
紅蓮の魔法陣と天色の魔法陣はその効果を発揮する。
「【顕現】死獣ディザイア!」
男の腕が変質する。黒と紫の混ざった毛が生え、大きさは三倍以上に肥大した。その腕の魔力密度は桁外れ、ほとんど魔力の塊となっている。
男は迷わずその腕を剣の前に突き出した。
【無炎魔法】と【氷獄魔法】が発動する。俺は微かな不安を胸に、剣でその腕を切り裂こうとした。
魔法の効果でその腕の機能は全て焼き切れ、停止するはずだが……この悪寒はなんだ?
グシュ。
剣が腕に食い込む。……しかしそれだけ、魔法を発動させたのにも関わらずその腕の機能は停止していない。
「……試させてもらうぞ」
男は険しい顔でそう呟き、その腕を突き出した。
「くっ!? うっ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ!!」
体内の魔子回路が暴走している!? こんなことは今までなかったぞ!
激しい痛みが身体中を駆け回る。魔子回路が傷つき、悲鳴をあげているのを感じる。
このままでは死んでしまうだろう。しかし、この状態を元に戻す手立てがあるとすれば、あの腕だ。
しかし、あの腕を破壊できるほどの魔法を構築するのは不可能だ。この状態ではろくな魔法を構築できないだろう。
後から複数の声が聞こえるがそれを正しく認識する余裕もない。
「ぐっ、は」
あまりの痛みに膝をつき、手を地についた。剣を握る力も残っていない。
さらに口から血がこぼれ落ちた。結構な量の血だ。
【時間錯誤魔法】を無理やり保っている反動が体を破壊していっているからだろう。
「な、なんだ……その、眼は」
痛みを噛み締めながらも必死の思いで男の顔を見る。
しかし、男の瞳は敵に向けるものではなかった。まるで一筋の希望に縋る小さな子供のような瞳だ。
「試しているんだよ、お前が……『箱舟』の保持者かどうかをな」
は、こ、ぶ、ね?
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
体の抑制を振り切り、鼓動が上がる。血の巡りが早くなり、血管が千切れそうになり、口からは血が流れる。
「我らの女王の封印を解く鍵だ。ここまで話した以上、お前が保持者でなければ死んでもらう」
ドクンッ、ドクンッ。
鼓動の高まりは抑えられない。血が流れるとともに、体の魔子回路に未知の物質が流れ始めた。魔子回路が変質しているのは感じ取れる。
そしてーーーー知らない何かが自分の中で、外に出ようと蠢き出した。
『このままでは、死ぬぞ?』
『お前は誰だ!?』
外に出ようとしている何かが語りかけてくる。
『俺はお前、お前は俺だ。貸し一だ、今回は助けてやるよ』
『嘘をつくな、邪気が隠せていないぞ!』
『ふははははは! お前から邪気などという言葉が出るとはな! まぁいい……時間切れだ。ここでお前が死ぬと俺も困るんだよ』
『や、やめろ!』
本能が叫んでいる。こいつを外に出してはいけないと、惨劇を繰り返す気なのかと。
そんなことは分かっている。だが、その何かに抗おうとするのに反比例するように意識は闇へと引きずり込まれていく。
『寝てろよアルフォード』
『くそ……』
そこからは傍観者となった気分だった。
入れ替わり、邪気の塊のようなものが体を動かしている。
「待たせたなパンドラの眷属。ここからは俺が相手をしてやるよ」
「……闇の箱舟か。どこまで記憶を持っているかは知らないが、お前を殺さないと気が済まないようだ」
「はっ! 眷属如きがいきがるなよ? それにパンドラの箱の鍵は俺だぜ? 倒しちまっていいのか?」
「お見通しか。そうだ、我らの目的はお前の箱舟の魔力、返してもらおう!」
「生死は問わずってことか。いいぜ、相手してやるよ!」
神代の怪物同士の戦いが始まった。
俺は録画された動画を見ている気分だった。予想外の所から助けが来るのだが、そんなことを知っている訳もなく、無感情で目の前の光景を眺めた。
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