魔王城の双子姫 2ー3
「何者だ?」
「お初目にかかります魔王。私はニュクスという者です。今日は宣戦布告にやって来ました」
魔王の強大な魔力は夜の森を包み込み、目の前の男を飲み込む勢いだった。
しかし、その男の周囲の魔力は乱されることなく、堅固なる囲いとなっていた。
その衝突は力が拮抗していることを示していた……あくまでも魔力の強さのみでの話だが。
「手下も連れずにノコノコとやって来て、生きて帰れると思っているのか?」
「圧倒的な力の前には数など意味をなさない、どうせ殺されるヤツらなど連れてきませんよ。それに彼らには……お使いを頼んであります」
男は以前街を襲った魔人達と同じローブを身につけている。
俺もここまで着いたもののどうすればいいのかが分からない。
「そのお使いとやらの時間稼ぎか……下らん」
「それを言われると正直返す言葉もありませんが、死ぬ気なんて微塵もありませんよ?」
「だといいがなーーーー死ね」
魔王が何かを短く呟き始めたのと同時に、夜の森を包み込んでいた魔王の魔力はすべて本人に吸い込まれ、凝縮された。
そして、『死ね』と同時に、それを体現した風が生み出された。その黒い風は即死の呪いなどが可愛く思えてくるような疫病の数々を孕んだ風だ。
「まさかっ!? ふ……ふ、はははは! 何の因果か、貴方が私の前でその魔法を使うとは! ーーーー残念だ!!」
男の魔力が変質する。そして、黒い風は衝突した。
「なぜ、貴様もこの魔法を使える?」
その表情からは動揺は見られない。しかし、その声からは僅かに動揺が漏れ出しているのが分かった。
「なぜ? そもそも、真祖として覚醒していない貴方がこれを使えることがおかしいんですよ。パンドラの死の恩寵の魔法を使えるようになるためにどれだけの犠牲が必要だったことか……」
今なんて? 今確かに言ったはずだ、俺の中の欠けたピースを埋めることが出来るものを!
激しい痛みが頭に響く。意識を保つのがやっとだ。立っていられなくなり、座り込む。
思考することを遮るように痛みが強くなってくる。
視界はぼやけ、意識が朦朧としてきた。
「どうしたの?」
後から声がかかる。俺を追いかけてきたようだ。
「イ……アか、逃げろ、ここはまきこまれーー」
「と、その前に……盗み聞きとは趣味が悪い、鼠め」
明らかな殺意が向けられ、背筋に寒気が走る。
男が生み出した黒い風が魔王城を襲った。
俺は風を防ぐため【結界魔法】を構築しようとするが、集中出来ない。
「役立たず、借り一、それで助けてやる」
「ああ、……頼んだ。風に触れたら死ぬよりも、辛いぞ」
「分かった。口を閉じて、舌を噛む」
景色が流れる。黒い風が襲ってくる速度よりも早く、廊下を駆ける。
なんの皮肉か、先程とは異なり男の魔力が夜の森を包み込もうとしていた。
やがて一際大きな扉の前に着いて、躊躇なくその扉を開けた。
「ミラ、ラミ、アイ、客人も急いで! この森が死ぬ!」
被害はこの森のみならず全てを覆い、死をもたらすだろう。
頭痛が無くなり、視界は明瞭になった。そこで冷静になり、思い出す。
俺は確かに聞いた。パンドラ、彼女を俺は知っている。
欠けた記憶の中でも重要なピースであり、俺自身も強い思いがあったはずだが……そこからは思い出せない。
「パンドラ、敵はその魔法を使う。伝承通りならば……勝ち目はない」
「じゃあどうするのよ!」
「……逃げる。今は魔王様が抑えてくれている。今を逃せば、もう逃げる機会は来ない」
「生みの親を見捨てることなんてできない、私は戦う」
口々に四つ子による口論が始まったが、こんなことをしている場合ではない。
彼女の魔法を使うのならば勝ち目はないが、なんの制限もなしに使えるわけが無い……と思う。
だが、不確定要素はひとつある。それはあの男の魔力の質だ。
あれは彼女に近い……神代の魔力だ。
「私に一つ提案がある……聞いてください」
その場は静まり返る。誰もが開いた口を閉じ、こちらを向いた。
「時間はないから手早く行くぞ。まず、先輩達はその四つ子立ちを連れて国に戻ってください。奴が言うお使いとやらにどうも嫌な予感がする」
「シャーちゃんはどうするんだい?」
危険は重々承知している。それでも、あの男には聞きたいことがある。彼女と、変遷について。
「……戦います。ここまで来たんだ、魔王の手助けが一人もいなかったら任務を放棄したことになってしまう」
「言うと思ったよ……はぁ。君達は先に行ってくれ、部長命令だ。僕はシャーちゃんと一緒に魔王に加勢する」
「部長命令? エリスフィア先輩は副部長でしょ?」
おいおい、カルナムート先輩もそこは流せばいいのに。
「緊急事態だから聞きたいことはまた後で。今も扉の外には死の風が充満しているはずだ。いつ手遅れになるか分からない。時は一刻を争うんだ!」
「ちょっと待つ。私たちの意見が反映されていない」
無機質な声の子の言う通りだ。俺の提案には全く彼女達の意見を反映していない。
「貴方達には俺たちの国を守って欲しい。勝手なお願いだが、どうか頼む。主はしっかり守る、この場所も壊させない」
「シャルテアちゃん、また姿が……」
俺は話しながら大きな魔法を発動した。
発動したのは【時間錯誤魔法】。これは自身の状態を巻き戻す魔法だ。巻き戻した時間の分だけその状態を維持できる。
この魔法にかかる魔力量は半端ないが、致し方あるまい。そして、この魔法のメリットでもあり、デメリットでもある特徴がある。それはリスクが遅れてやってくることだ。
正確には魔法の効果が切れると同時に反動は体に襲いかかる。間違いなく魔力は底を尽き、意識は瞬時に失ってしまうだろう。そのまま目覚めないかもしれない。ーーそれでも、大人しく死ぬよりは余程マシだ。
ちなみに服装や魔力量もその地点に戻る。俺が指定したのは一週間前。
つまり一週間以内に事を解決し、反動の対策を作らなければならない。具体的には、俺と同じ質、神代の魔力を供給して貰わなければ……もって二時間で死んでしまうだろう。
「シャーちゃんはよっぽど死にたいみたいだね。僕も本気でやろう」
「っ!? アルフォード!!」
「イア、君に何があるのかは分からないが、今は逃げてくれ。皆も、国のことは頼んだ!」
【結界魔法】の範囲を広げる。あの死の風の弱点は結界が効くという点だろう。それでも、いつまでもは保っていられないが。
「今の内に! 国の方向にフェーカスも待機してるから使ってくれ!」
結界をトンネルの様な形に整え、通路を作った。
そこを八個の魔力反応が進んでいく。
ん? 八個? 四つ子と、カルナムート先輩とティナ先輩と睦月先輩とカラミア先輩と部長……あれっ? 部長の反応がない。
「探しても無駄だよ。部長は僕が作っていた人形だからね」
「まさか? あんな高性能のドールですか?」
「ちょっとした秘密があるのさ。それよりも早く行こう! 魔王の風が押しやられて来てる!」
俺はドーム型の結界を発動し、俺とエリスフィア先輩はその中に入って走った。
「貴様ら、なぜ逃げなかった」
「任務とお手伝いだ。それに個人的に聞きたいこともある」
「まぁ、だいたい同じです」
やれやれと言った顔をした魔王の目は諦めの目ではない。まっすぐとニュクスという男を捉えている。
「鼠が二匹増えたところで何も変わりません」
「……ニュクス。魔王妃パンドラが生み出した厄災の息子。この世を呪うために生まれた悲しき子」
「なんだ鼠、お前が俺の何を知っている?」
一息ついたエリスフィア先輩は魔王にも負けない魔力でこの場を飲み込んだ。
「僕はエリスフィア・エピメテウスーーーー貴方の弟ですよ」
読んでくださってありがとうございます!!
感想等宜しければお願いします。




