貧民街の異端児1ー1
世界を牛耳っているのはどこの種族か? それは誰もが人間族と答えるだろう。
では一番敵に回したくないのはどこの種族か? それも誰もが吸血鬼族と答えるだろう。
敵に回したくないランキング一位の吸血鬼族の王国の貧民街で今日、俺は必死に走っていた。
ーーーー約一年前、
シャルク・ウィズマークは死を迎えた。
忌み子、それはつまり普通の人間のことである。この国の子供の三割は忌み子と呼ばれる人間の子だ。吸血鬼と吸血鬼の間から人間が生まれるというのは吸血鬼の歴史からしても仕方の無い事だそうだ。
では忌み子は人口の三割を占めているのか? そうではない。
忌み子は生まれながらの奴隷と呼ばれる。最初のご主人様は実の両親、十歳になれば奴隷市場に出品される。
控えめに言って不幸しかない人生だろう。それを嘆いた親に残された選択はもうひとつある。それが生まれてすぐに殺してあげることだ。
俺の親は運良く王だった。その為、両親はどうにかして俺を奴隷の人生ではなく普通の人生を送らせてあげたいと必死に策を巡らせた。
時を遡ること五年前、俺は男装をさせられ、言葉使いも男らしくしろと言われた。これが第一の布石だった。
そしてその日から第二王子として騎士団長の稽古を受けるようになった。親は俺を第二王子とすることで剣の稽古を付けさせ、将来身を守る術を学ばそうとしたのだ。稽古は苦ではなかった。
剣士とは主に無属性の付与魔法で自身を強化し、剣術を組み合わせて戦う者のことを言う。これは常識だ。
しかし、たった五歳児が【身体能力魔法】や【抵抗力操作魔法】を使える訳がないというのも常識だ。よって剣術のみの純粋な稽古は楽しくもあった。ただ基本的に吸血鬼と俺では力に差があり過ぎることも実感出来た。
勿論の事ながら騎士団長には俺の正体をばらしてある。そうでなければやっていけない。
ちなみに魔法の稽古は受けていない。魔力量からして才能なしと断定されたようだ。本当はこの国一つを潰すくらいの魔法もあるのだが……。
第二の布石は直接的なことではない。国内の学校で他種族の入学を認めることだった。これで留学生を装い他国からスパイがやってくるようになったのだが、それを承知の上で認めたということなのだろう。
これが現在、俺が全力疾走している理由に関係している。
第三の布石、それはキールを解雇する事だ。罪をでっち上げ、貧民街で過ごすくらいの金しかないと国民に信じ込ませた。
そして人知れずキールは貧民街で過ごしていると思われていたが、実際のところ一年半前までは城の中で匿われていた。
これは俺が身分を隠して住むことになることを見込んで信頼出来る人物を親代わりにしたのだ。
ここまで言えばことのあらすじが分かる人も多いのかもしれないが、この際最後まで丁寧にことのあらすじを説明しようと思う。
八歳、社交界デビューした時、俺は初めて自分の兄なる人物と顔を合わせた。吸血鬼の年齢は見た目で判断できない為、年齢は分からなかったが戦士としての風格、権力者としての威厳を兼ね備えていたのは見て取れた。
更に双子の弟がいた事を初めて知った。忌み子ではなく吸血鬼だそうだ。第三王子として世間に公表する予定らしい。
結局最後まで顔を合わせることが無いとは思ってもいなかった。少し残念だ。
そこから俺は座学と剣術を習い、九歳の誕生日を迎えた。九歳の誕生日は伝統の魔物狩りを命じられる。その狩りには騎士団長も同行する為、完全とはいえ無いが安全は保証されていたはずだった。そこで俺は予定通りの死を迎えた。
突如現れた龍に丸呑みされたというシナリオで、騒ぎが起きている間に変装を解き、元の人間の小娘の姿へと戻った。
貧民街でキールと落ち合い、それでもう王家とはおさらばだ。
その後、騎士団長は責任を持って龍を倒すと言い張り、龍谷という龍の巣の一つ付近で一匹適当に倒し、国に首を持ち帰った。
国民からのバッシングも勿論多かったが、父と母の温情、そして当の騎士団長の態度と人徳のおかげで重い処罰を受けることにはならなかった。
こうして冒頭、現在の状況まで戻る。
今日は王立学園と呼ばれる四校の入学試験日だ。偶然か意図的なのか、今日は俺の命日でもある。街では黙祷が行われた後、活気ある騒がしい雰囲気に包まれていた。
俺は王立第三学園の入学試験を受ける。貧民街が王立学園を受けるなど前代未聞、それも人間の女だとなおさらだろう。
これらを踏まえ意図的かどうか、王立学園側からの入学試験資格証が送られてきたのは試験の集合の三十分前、間に合うかどうかは五分五分だった。
王立第三学園までは家から走って四十分かかる、残りはもう二十分しかない。遅刻をすれば勿論失格、試験さえ受けさせてもらえないだろう。
「しょうがないか、(【身体強化魔法】と【抵抗力操作魔法】を併用、邪魔な髪の毛に【相対座標固定魔法】を付与!)」
スピードが約三倍まで上がる。これ以上速度を出すと人との衝突事故が起きかねない。
「後百メートルか、魔法解除」
魔法を解き、歩く。汗一つかかないとはいかなかったが不快に感じるほどではない。
集合時間まで後十分、余裕だな。
ゴーン、ゴーン。
街にある教会の鐘が響く、午前十一時を示す鐘だ。
同時に百メートル先の扉が締まり始める。なんだか嫌な予感がする、あの扉が閉められたら中に入れないような……
「チッ! (さっきと同じ魔法を発動! 出力二倍!!)」
速度制限でもあれば必ず引っかかるであろう速度だが、この百メートルに人影がないことは確認済みだ。
「ふぅ〜間に合った。あっ」
【相対座標固定魔法】を付与するのを忘れていた。青みがかった綺麗な紫色の髪はボサボサだ。
「中々の広さだ」
目の前には巨大な門がもう一つ。門と門の間には中々の広さの中庭が広がっており、扉の前には未来の同級生となるであろうライバル達が約三百人ほどいる。
「急がないと!」
第二の門が開き、ライバル達が中へと入っていく。それに追いつくために魔法を使わず、非力な人間の足の力だけで駆け出した。
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