日常研究部 2ー1
がらんとした部屋、机の上には作り置きの朝食。
「行ったか」
「そうだな」
今日も雨、一人寂しく冷めた朝食を温めて口に運ぶーーっ!? 誰?
「あー驚くな、何も言うな。伝言、この国の国王からだ」
「……ち、王様?」
どこかで見た赤毛のスーツ男、とは一風違った髪型をしている。向こうがだらしないスーツ男、こっちがキッチリとしているスーツ男だ。
父からとはどういうことだ? 緊急時以外は縁を切ることになるとあれだけ涙を流し合い別れたというのに。
緊急時ってことか!?
「昨晩、魔力災害級の魔力がこの国の防衛結界に観測されたそうだ。災害は起こらなかったものの何があるか分からない、気をつけろ」
ん? 魔力災害級の魔力なんてあったか? 何かあれば必ず気づくと思うのだが……昨晩の記憶が曖昧だ。
俺ってことはないよな?
「それをキールに?」
「ああ、留守の場合は子供に伝えろと言われている。ではさらばだ、あっこれは貰っていくぞ」
片手で朝食のパンを一枚取られる。その動作はあたかも自分のモノを取るように自然だった。一瞬見逃すところだった。
「おいっ!」
朝食のメインの二分の一を取られるのは大損害だ!
扉まで走り開けるが、既に通りに人の姿はなかった。
その代わりと言ってはなんだが、貧民街を不自然な影が通り抜けていった。
「はぁ、何だったんだよ」
部屋に入ろうとすると、あと半分残っていたパンにかじりついている赤毛がいた。
「なんなんだよ……クソ赤毛共が」
「おっす! 今日からまたやるぞ」
「表に出ろ、ーーぶっ潰す」
この日、初めてだらしないスーツ男に白星をあげた。
その代償に午前中はずっと空腹感に苦しめられた俺は、キッチリとしているあの髪の毛を吹き飛ばす決意を胸に刻み込んだ。
待ちに待ったランチタイム。
優しいおばあちゃんに、いつも通りっ!、 と注文する。
はいよ、と微笑みながら至福のラーメンを手渡してくれる。ありがとう、と一言。
俺は待ちきれない喉がゴクンと音を鳴らすのを確かに聞いた。
「いや〜、美味しそうに食べるね。いいことだ!」
無我夢中にラーメンを堪能しているところに邪魔が入った。交友関係はゼロに近いので、ある程度メンバーは限られてくるのだが……。
「っ!? ブォフッ!」
「やめてよ汚いなー」
予想外、貴重なラーメンの汁が吹き出しそうになった。いや、吹き出した。
目の前には涙目でグリークまんを頬張る怪しい男がいた。
「ごめんなさい、えっとなんと呼べばいいか」
「ん〜、エリスフィア先輩と呼んでくれたらいいよ」
「ごめんなさいエリスフィア先輩。予想外だったもので」
「気にしないでいいさ。それより聞きたいことがあったんだ」
「なんですか?」
「昨晩、君はどこにいた?」
目の鋭さが変わる。
その瞼の裏に映る瞳には何が隠れているのか分からないが、並の生徒では身につけることが出来ないであろう迫力だ。
「港の酒場です。間違ってアルコールを摂取してしまったのか記憶が曖昧なんですけど」
「そうか、君以外には誰かいたかい?」
怪しい。狙いが分からない以上、素直に言っていいものか。
でも、まぁ嘘をつく必要もないか。
「私の育て親と元同僚がいましたよ? それがどうかしましたか?」
「いや、何でもないよー。それより、部活はどうするんだい?」
迫力は消え去り、残ったのは胡散臭い笑顔だけだ。
「まだ決めかねています。今すぐ決めるつもりはあまりありません」
「……そうか。気長に待つとするよ!」
「あの〜、エリスフィア先輩は獣人族じゃないですよね?」
「違うよ」
「では何故それを?」
「好きなんだ! この後に水を飲むと美味しいんだ〜。シャーちゃんも試してみるかい?」
「え、遠慮しておきます」
うっわー、正直獣人族以外であれを食べる人を見ることはないと思っていたのだが……若干引くな。
放課後、俺はどうせ帰ってもキールもいないだろうしと、日常研究部を少し覗こうと思い部室を訪れた。
「昨日の魔力反応は十中八九シャーちゃんで……少し待って来客のようだ」
昨日の魔力反応って、キッチリ赤毛が言っていたやつか。意外と出回っているんだな。
てか、俺な訳ないじゃないか。
「どちら様? シャルテアちゃん! 入部する気になったの!?」
「あ〜、期待させて悪いのですが、まだ決めかねているんですよ」
「今日は見学?」
「のつもりだったんですけど、忙しそうですね」
部室の机の上にはバラバラと紙が散らばっている。お菓子なども散らばっているのだが。
「シャーちゃん、今日は忙しいからまた今度にして貰ってもいいかな?」
出たっ! 胡散臭い男、エリスフィア先輩。
「全然大丈夫です! こちらこそ忙しい時にすみません」
「またひと騒動あるかもしれないから気をつけてね」
ひと騒動? 魔力災害のことかな? まぁ大丈夫か。
曇天模様、雲行きは怪しそうだ。
最近は日も長くなってきていることもありまだまだ人が道には溢れていた。
「ただいま……っていないか」
いつもの様な元気なおかえりなさいは聞こえてこない。
キールはかつての恩人の為に動いているのだから仕方が無いのだが、不安ではないと言えば嘘になる。
吸血鬼の無尽蔵の生命力をいとも簡単に奪い去る強力な魔法。
それは、俺の知る限り一つ、使用可能者も……一人しか知らない。
しかし、それを認めてしまえば同時にもう一つ認めなければならないことがある。
俺は、ーー俺が生まれた世界に戻ってきてしまったのかもしれない。
そして、彼女がこんな事をするとは到底思えないがもし……そうならば、それを止めるのは俺であるべきだ。
数々の疑問を押し隠す様に目を瞑り、明日に備える。
ーーーーまだキールは帰ってこない。
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