日常研究部1ー2
距離は三十メートル。
後二十メートル距離を詰められれば武器の無い俺は圧倒的な不利に陥る。俺は力押しで戦うことを決意したのだが……予想以上に厄介だった。
「おいおい後輩! そんなものか!?」
業火の渦が視界を埋め尽くす前に最低限水の壁を作り出し横に避ける。
しかし、避けている間にティナ先輩との距離は二十メートルと確実に詰められている。
ティナ先輩の【焔魔法】(この世界での名称は分からない)の射程は三十メートルを満たしている。
再び槍の攻撃範囲まで距離を詰められるまで後一手。
今の俺の魔力は魔物を撃退した時と同じ量に抑えている。
【爆裂魔法】を使えば間違いなく倒すことが出来るだろうが、間違って大怪我を負わせるわけにもいかない。
再び距離を詰めるために焔の弾幕が襲いかかってくる。
同じ方法で回避するが既にそこは槍の攻撃範囲内、眼には一歩大きく踏み込み、今にも槍を突き出そうとしているティナ先輩が映る。
「(【氷造魔法】で剣を生成!)」
両手の平に透き通った水色の魔法陣が現れ、一対の氷の双剣が作り出される。
ガキィィン、などと派手な音はならない。迫り来る槍の矛先を二本の剣で受け流し、懐に飛び込もうとするが。
「甘いぞ!」
槍が炎を纏う。攻撃範囲は拡大され氷の剣では受けきれないだろう。
ーーしょうがないか。 一瞬で終わらせる!
「(魔力を完全回復、魔子回路を切り替え、火属性と無属性を同じ解放)」
「ふぅん」
急激な魔力回復に気づいてなのか、魔子回路の同時解放に気がついて驚いてなのかは分からないが、怪しい笑みが視界の端に映る。
しかし今は気にしている暇はない。今の魔力量ではこの状態で後一撃入れれば魔力が切れてしまうだろう。
「(【無炎魔法】を構築、発動まで【焔魔法】を発動)」
体中で魔力が荒れ狂う。その制御は決して無事に身につけられるものではない。すべての世界においてこの技を使えるのは俺だけだろう。
「行きますよ先輩!(【無炎魔法】発動!)」
時間稼ぎに使っていた【焔魔法】の魔法陣を構成する魔力とは桁違いの純度を誇る魔力で構築された魔法陣が現界する。
【無炎魔法】は魔力そのものを焼き尽くす。もちろん炎としての物理的性質や威力も兼ね備えているが今は魔力を抑えているため、どれくらいの威力が出るかは分からない。
地獄の蒼炎と称するに相応しい焔が魔法陣から放出される。
槍に付与されていた炎は消え去り、蒼炎と衝突した槍は瞬時に蒸発した。
「終わりです!」
「クッ!? ……負けだ」
俺は【焔魔法】の魔法陣を右手に出したままティナ先輩の体に押し当てていた。
素直に負けを認めるタイプではないのかもしれないと思っていたが、少し反省。
「は〜い、そこまで。勝者シャーちゃん、二人ともお疲れ様」
予想以上に強かった。何がと言われると完全に戦闘スタイルが確立していて、それを確実に決めてくることだ。
「ティナっちはもう少し相手の魔力の動きに意識を割いた方がいいかな。相手が大きな魔法を構築しようとしているのにいつも通りの対応をしていてはダメだよ」
「了解した。気をつけよう」
なんと呼べばいいか分からないが、細目の男はティナ先輩からこっちに視線を移した。
「おめでとうシャーちゃん! 一応入部条件はこれで揃った。君が入るというなら今にでも歓迎しよう。しかしそれなりの覚悟は持っておいてくれ」
怪しい笑顔に見えてしまう。何故か悪意ある行動があった訳では無いが信用出来ない。
「……保留にさせてください」
カルナムート先輩やティナ先輩には悪いが単純にこの部活には謎が多すぎる。安全な学園生活を送るためにはマイナスになり兼ねない。
「そうだね。気が向いたらいつでも来てくれ。歓迎しよう」
「ありがとうございます」
そう言えば、部費のことを聞くのを忘れたな、とか思いながら薄暗くなった街を歩き、家の戸を叩いた。
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それから一週間、何事もなく時は過ぎた。呑気に部活はどうしようかと考えていたその時だった。
「皆さんに悲しいお知らせがあります。剣術を担当していたケーンサフ先生がお亡くなりになられました」
学園中が騒々しくなる。
病院に入院したものの意識が戻ることはなく、遂に昨日心臓が止まってしまったそうだ。
「シャルテアはどう思うっすか?」
タイトが聞いてくるのも当たり前か。
ケーンサフ先生の死因は疲労……心臓を潰された訳では無い。比較的若い吸血鬼にはほぼありえない事だ。
吸血鬼の死因の九十パーセント以上を占めているのは生命力の枯渇だ。
数百年生きて、生命力が枯渇し、心臓を止める。
脳や心臓を潰され、生命力が枯渇する。
これらなどが理由に挙げられる。しかし、ケーンサフ先生はこれらに含まれない。
では何故亡くなってしまったのか?
すぐにケーンサフ先生と最後に模擬戦をした中等部のナンバーファイブ、ナーサス・コメラに疑惑の目が向けられた。
しかしナーサス・コメラは現在行方不明だ。家にも丁度模擬戦の日から帰っていないそうだ。
「ただいま……キール?」
家に帰ると中から話声がする。どこかで見たような赤毛のスーツ男とキールが深刻そうに話していた。
「だから戻ってこいよ!」
「ダメだと言っているでしょう!? 裏の仕事に就くつもりはない。お嬢様を預かる時に王室とは縁を切ると決めたのです!」
「頭の硬いやつだな〜。……おっと、今日はここまでだ。明日また来るよ」
「もう、来なくてよろしいです」
「小娘、また今度な」
頭をグシャグシャっと適当に撫でてすれ違うように出ていった。
「キール、あの人は?」
「ただの……迷惑な、セールスマンですよ。さぁご飯にしましょう」
キールが何かを隠し、嘘をついているのは分かっていた。
しかし、キールのことは信頼している。真実と嘘をつく理由を問いただすなどと野暮なことはしない。
俺は気づかない。
暖かい食事を頂いている時にも、この国では鼠がエサを食い、吸血鬼を喰い殺すくらいにまで力をつけていた。
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