貧民街の異端児 2ー6
軽く捻る。
言葉だけ聞くと簡単なことにも思えるかもしれないが、捻られている方はたまったものではない。
「ハァハァ……おいおい、マジで忌み子の小娘かよ」
「はい、間違いないですよ、残念ながら」
勝敗は誰の目にも明らかになっていた。
約三分前、
開始と共にシャルテアとかいう噂の忌み子の小娘が全力で剣戟を繰り出してきた。
そのあまりの速度に俺は反射的に反応し、剣を振り下ろした。しかし反射的にだ、頭で考える前に体が反応したということだろう。
自慢の吸血鬼の筋力はフルに威力を発揮した。ああ、遂に殺してしまったか、と思ったほどだ。
ーーその時俺は微かに聞いた。
「……本気で来い」
ゾワッ。
背筋に嫌な寒気が走る。その悪寒が体中を走り抜けると共に皮膚が一気に鳥肌となった。
恐怖。今までに感じたことのない凄み。恐怖を感じた頭と体はリミッターを無意識に外した。
「それでいい」
悪魔の口元が歪んだ。
自身最高の一太刀だったのは間違いなかっただろう。しかし悪魔には届かない、ものともせず受け流し距離を取り、再び突撃してきた。
受け流されたことによって体勢が崩れている今、攻撃を防ぐ術はない。
全力でジャンプした。片足で無理やり、こんなに屈辱的なことは無い。
そこからは攻戦一方に見える試合展開だっただろう。本気で挑んだ。
それでも木刀は時には虚しく空を切り、時には自身と同等の力に阻まれる。
こうしてあっという間に体力が尽きた。
「降参だ! 俺には勝てねぇ」
「……ありがとうございました」
悪魔かよ、久々に出会ったな。いや、今までに感じたことのない強さだった。今後が楽しみだ。
自分を下した少女は不完全燃焼だったのか、その表情には満足した様子など微塵も現れていなかった。
その日、ケーンサフ先生は病院に運ばれた。
原因は自主的な訓練所での模擬試合。とある中等部のナンバー持ちとの試合だったそうだ。
死に至ることがほぼ無い吸血鬼の悪い所が出たらしい。やる時はとことんやる、悪いことではないのかもしれないが意識を失うほどの痛みを我慢してまで実行することではないだろう。
この話を聞いた時、俺はそう軽く捉えていた。
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次の日、いつも通り俺は謎のスーツ男に負けて登校した。いつもの視線はもう感じない……とはいかなかった。
怯えの割合が多くなっただけで悪意ある視線は特に変わりないどころか、むしろ強くなっている気さえする。
「ということで、私は部活動を行うつもりはありませんのでこの話はここまでに。それでは失礼します」
教室に入ろうとすると入れ替わりのようにレチエールが出てきた。そう言えば部活の勧誘を断るとかどうとか言っていたな。
「あら、異端児ちゃんおはよう」
「おはようございますレチエールさん。その異端児ちゃんって言うのはなんです?」
「知らないならそれでいいわ。すぐに分かることだしね」
そう言って隣の教室、彼女自身のクラスへと戻っていった。イマイチ意味が理解できなかったが、分かるならいいだろう。
昼休み、
ここまで噂されているということは本当なのかもしれない。
貧民の癖して魔法の才能と剣術の才能を持ち合わせ、先生を下した異端児。魔物を撃退したかもしれないとまで囁かれている。
まぁ、全て嘘ではないのだがこれが一番気になった。
「ケーンサフ先生、あの子に負けて学校来なくなっちゃったらしいよ?」
そう、ケーンサフ先生が学校に来ていない。
いくら昨日意識を失ったとはいえ、吸血鬼の再生力が働かなくなるという訳では無い。傷も昨日中に感知していることだろう。
『シャルテア、初等部一年シャルテアは今すぐ校長室まで来なさい』
「「やっぱり!?」」
一同の勘違いはどんどん膨らんでいく。噂は怖いな。
それよりもなんか呼ばれるようなことしたっけ?
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コンコンとノックを二回。木製の扉には校長室と記されている。
「失礼します、初等部一年シャルテアです」
「やっと来てくれたか!」
「そんなに遅かったですか?」
結構急いできたつもりだったのに。
「その様子だと完全に忘れているみたいだね。ほら試験日一日目と二日目のことを思い出してくれ」
ん〜と、確か知らせが遅れて来て、俺も遅れそうになってでも間に合ったよな? 二日目は、あっ!
「すみません! 完全に忘れてました」
「だろうね」
苦笑い、それでも怒っている様子ではない。
「で、用件とは」
「君に謝らなければならない事がある。そうですよね教頭?」
「そうですね。私から謝らなければならない事があります」
何だろうか? 特に謝られるようなことはなかったと思うが、さっきまで完全に忘れていたこともあり断言できない。
「私は決してしてはいけないことをした。貴方ほどの逸材だったからこそ試験には間に合いましたが、私は確実にギリギリ間に合わないように計画していた」
「それって……」
予想以上に大きな問題なのでは? 一個人で行ったことであろうがなかろうが、立場が立場だ。学校問題となっても全くおかしくはない。
「聡明であるあなたなら既に理解しているかも知れません。貴方の対応で……学校問題になりかねません」
「教頭。じゅ」
校長が何かを言いかけるが俺が手で制止する。言おうとしていた内容はおおよそ分かってはいるがそれでは意味が無い。
「私のことだけならば構いません。ですが! ですが、どうか学校問題にするのだけは!!」
やはり気づいていない。初歩的なことだ。悪い事をしたら『ごめんなさい』がはじめにあるべきだ。
その一言ですべて片付くことだってあるというのに。
「別に私はこのことを問題にするつもりはありません。ですが、貴方の当初の目的を果たしていないでしょう?」
「何のことですか?」
やり切ったという感情が表情から見て取れる。学校問題にならなくて一安心といったところか。
「それが分からなければ私は学校問題にしかねませんよ?」
無論、その気は全くない。ただ謝罪の言葉がないのが気に食わないだけだ。
あれっ? 俺って今怒ってる?
「まだ気づかないのか教頭。私たちは彼女に謝罪する為に来てもらったのだ」
「ッ! す、すいませんでした!!」
腰を折り深く頭を下げた、丁寧な謝罪だった。
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