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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
9/81

第9話 悪路

 

 地面が、揺れている。


 停車したバイクの片側に付く足の裏。

 そこからビリビリと伝わってくる細かな振動。

 上部から、小石がこぼれて地面に落ちる。


「この振動は?」

「地震……、いや違うな。」

 暫く続く地面の振動は、地震のような揺れとは異なり、地下道全体がまるで震えているような感じだった。

「なんだろうね。」

「ジュンシロ―、落盤のリスクがある。早くバイクを出せ。」

「問題ないよ。この辺りは頑丈だ。」

「知ってる。だが急げ。」

「そうだね。なんか嫌な予感がする。」

 潤史朗はそう言って、バイクのエンジンを始動した。

 そうしている内に徐々に大きくなる地面の振動。

 次第に大きくなったその振動は後部座席のヒカリンのところまではっきりと伝わった。

 するとどうした事だろうか。

 彼は前触れもなく突然にして叫び出したのだった。


「や、やばい!! 奴らが来る!! 奴らが来ちまう!! は、はやく! はやく逃げないと!! うわぁああぁあ。もう駄目だ。うぁあぁあ。」


 ヒカリンは狂ったように頭を抱えて絶叫した。


「まさかまたゴキゲーターの群れが?」

「ジュンシロ―。」

「なにさ。」

「おいでなすった。前方500メートル。足音複数。」

 まだ目視では確認されないが、クガマルはゴキゲーターの接近を察知した。

 この狭い地下道の中、あの巨体がどかどかと走り回れば、嫌でも音が伝わってくる。

 潤史朗は、その場でバイクをぐるりと転回。

 来た方とは逆向きに走り出した。


「さすがに多すぎないかなこのゴキブリの量。」

「無駄口叩いてねえで、しっかり前見とけ。次分岐すんぞ。」

「知ってる。下行く方に行くよ。」

「あいよ。」


 生温い地下の空気を、裂くように駆け抜ける潤史朗とそのバイク。

 通電した照明の個数は段々と減っていき、バイクが照らすライトの光が一層頼りになってくる。

 そしてそれと同時に、バイクの速度も必然として低下。明かりの照らす範囲までしか速いスピードは出せない。それでもこの環境に慣れているからいいものの、一般人なら、こんな暗闇は徐行でしか通行できないだろう。


 だがしかし、そのスピードを更に低下させる要因が新たに出現した。 

 急に現れるのは、ひどく荒れた路面の道。

 いつもは、多少ひびが入っていたり苔で覆われているだけの道路であったが、突然凸凹にアスファルトの塊が転げまわるエリアが出現した。

 潤史朗は不意に出現したその悪路に、一瞬ハンドル操作を奪われるも、なんとか後輪のバランスコントロールで持ち直す。

 転倒は避けられたが、これでは碌に速度を出せない。


「なんじゃこりゃあ!」

「どーなってんだよこりゃ! 道路が耕されてんじゃねえかよ!」

「一体なんで!?」


 アスファルト礫の酷道を前に、バイクは一旦停車する。

 だが、その停車もそう長くは許されない。

 後ろから聞こえる足音。

 地下道を駆けるその音は低く鼓動し、それはまるで太鼓を連打しているように響き渡る。

 状況は切迫した。


「どの道引き返せねえ!! 意地でも前進すんだ!!」

「わかってるって!」

 前輪を浮かせて、障害物を飛ぶように乗り越える。

 バイクは跳ねる様に荒れ道を踏破していき、転びそうになるとクガマルが支えた。

 しかしこの速度では、ゴキゲーターに距離を詰められているのは間違いないだろう。


 とその時、またしてもヒカリンが叫び出した。


「き、きたあぁああああ!! あいつらだあああ!!」


 潤史朗はちらりとバックミラーに目をやった。

 そこに映っているのはゴキブリの頭。

 彼らはもうすぐそこまで近づいていた。


「しめた!! 道路が戻った!!」

 ゴキゲーターを視認すると同じくして、路面の荒れた区間を突破できた。

 再び道は、元の平らなコンディションに戻る。

 

 しかし、ほぼ追い付いてきたゴキゲーター。

 群れのゴキゲーターが一体、後方より飛翔して、襲いにかかってきた。

「うぎゃやあやっややっややあやああうあううあ。」

 喚くヒカリン。

 振り向かない潤史朗は、手早く後方に銃を向けた。

 そしてズバンと一発発砲。

 宙のゴキゲーターをひるませる。

 同時にスロットルは全開。

 バイクは再び全速力を取り戻し、群れから多少距離を取ることに成功した。

「ギリギリだったな。」

「計算どうりさ。」

「んな馬鹿な。で、どうやって収拾つける気だ。無策に走り続けてもゴキの餌だぞ。」

「策か。う~む……あ、そうだっ!」

「今思い付いたのかよっ。お前計算はどうした。」

「よく聞いて、クガマル。」

「おう。」


「……策を、さくっと決める。……。」


「お前状況わかってるか? 死ぬぞ?」

「大丈夫。策ならちゃんと今考えた。計算どおりにね。」

「どんな計算だよ。」


 バイク上で話を続けながら、暗い地下道を駆け抜けた。

 時には細く、時には太く。道幅も高さもサイズは様々。

 また、トラックターミナル跡のような場所もあれば一部線路が敷いてあったり、工場内部を抜けたりもした。

 そうしながら徐々に、下へ下へと下るルートを選択してきたが、腹を空かせたゴキゲーターの群れは一切追撃を止める気は無さそうであった。


「で、どこまで逃げんだ! ジュンシロ―!」

「そこの自動車工場を抜ける!」

「そんで!?」

「その先にエレベーターが絶対にあったかもしれない筈だ!!」

「その絶対、可能性低すぎんだろ!」

「とにかくそうする!! 突っ込むよ! エレベーターに!」


 潤史朗の言う通りだった。

 正面には大きなゲートが開かれている。

 内部は車3台分ほどのスペースをもったコンテナになっており、バイクが一台入るには十分なスペースが確保されている。

 迫りくるゴキゲーターは後方約70メートル。

 潤史朗は更に速度を上げて、エレベータ内を真っ直ぐに目指した。


「何でもいいが! ちゃんと動くんだろーなぁ!!」

 後ろでクガマルが叫んでいた。

「動くさ!! それよりスイッチは頼んだよ!!」

 間近に迫るエレベータ。

 バイクは突き刺さるように、その内部に飛び込んだ。

「そいっ!」

 ブレーキペダルを勢いよく踏み込む。

 バイクはブレーキ痕を強く道路に刻みつけながら、制動しつつエレベータコンテナに突入した。


 すぐ後ろまで来ているゴキゲーター。

 飛び立つカゲマルは閉鎖スイッチへ。

 ゴキゲーター達も、畳んだ羽を広げて飛び掛かる。

 閉まるゲートと飛び込むゴキブリ。

 振り返る潤史朗は、再び銃を彼らに向けた。

 引き金に指を添える。 

 がしかし、その銃口が火を吹く事はしなかった。

 閉鎖するゲートは意外と速くにピタリと閉まり、ゴキゲーターを完全にシャットした。


 そして続いて押される下降ボタン。 

 ふわりと体が浮き上がる感覚と共に、エレベータは速やかに降下を始めた。



「諸君。」


 潤史朗はバイクを降りて、コホンと一つ咳払いを行う。

「んだよ。」

 クガマルは少し面倒臭そうにそちらを見た。

「やはり地底ツアーにはそれなりに知った者のガイドが必要ではなかろうか。」

「何を言い出すかと思えば。このヒョロガキにそんな説明する必要もなければ意味もないぞ。」

 そう言ってヒカリンの方を見るクガマル。

 がしかし、またしても隅っこで縮こまる彼には、話を聞く余裕すらなさそうだ。

「駄目だなこりゃ。こいつは再起不能だぜ?」

「さて、ではまず第一部一章、“このエレベーターについて~”。」

「聞く耳ゼロかよ。一人でやってろ。」

「無論一人でやるともさ。だが暇だろ?」

「あ?」

「いや、暇だよ?」

「……。」

「うん。暇になるよ?」

「……。」

「……。」


「なあ、お前……、どれだけ降下するつもりだ。」


「はっはっはっ。何を今更。そんなの知らんさ。このエレベータ壊れてる訳だし。」


「……はぁ。もはや呆れを通り越して感心すらするぜ。お前の頭ん中、生け花かっての。」

「生け花?」

「まあいい。」

「はいでは二章……。」

「今のが一章なのかよ。一瞬で終わったな一章。」

「乗りが良いねクガマルさんや。まあ聞くがいいさ、このエレベーターに伝わる伝説を。」

「もう、好きにしろよ。」

 

「まあ大したことじゃないんだけどさ。」

「あんだよ。」

「実はこれ、建設途中で放棄された最下層直通エレベータだよ。」

「は?」


「ではさっきの質問に答えようか。このエレベータ、乗るとなんと、中部地方で最も深い場所まで到達する。」


 潤史朗のその答えに、クガマルは一瞬の沈黙の後、そんな馬鹿なとでも言いたげな様子で彼に対する。


 だがしかし、丁度その時であった。

 エレベータの天井付近がら、ガツンと何かが当たるような衝突音が響く。

 その音に二人は会話を一旦やめ、静かに上を注視した。


「なな、ななな、んなに!? い、いまの音は!?」

 ヒカリンが顔を上げる。


「……クガマル、ヒカリンに予備の防護マスクを。丁度昨日後ろに積んでおいた。」

 潤史朗は声を潜めてそう言った。

 クガマルは、無言でそれに頷いてバイクの方に飛んでいく。

 また潤史朗の方もバイクから新たなボンベを床に下ろし、背中のハーネスにそれを手早く取り付けた。


 そして、そうしている間も上部からは衝撃音が何度も続いた。

 同時にエレベータの降下速度が自然に速まっていく。


 ガツン、ガツンと何かがぶち当たっているのだ。

 

 潤史朗はガスマスクを装着。

 ヒカリンの方も、クガマルにそれを付けさせられた。


 やがて一旦音は止む。


 しかし、新たな音が続いて始まった。

 ガリガリと天井が擦れる不快な響き。

 その音はエレベーターの床までも響いて、コンテナ全体を振動させた。

 そして、天井の一点が、小さく穴を開けられる。


 その瞬間にまたしても悲鳴を上げるヒカリンであったが、その声はガスマスクによって阻まれる。


 空いた穴から牙が挿し込まれ、やがてにょきっと顔がのぞく。


 昆虫の顔。

 

 ……ゴキブリの頭だ。


「なんてしぶとい……。」


 潤史朗は殺虫剤を一気に放射。

 エレベーター内部はたちまち白い濃霧で充満したが、天井を食い破られる音は激しさを増していく。


 崩れゆく天井から破片がばらばらと降りかかった。


 やがてゴキゲーターが一体降下。

 エレベータ内部に侵入を果たした。


 そしてその一体に続き、閉鎖された内部へとゴキゲーターがどっと流れ込む。


 溢れる濃霧は、眼前の視界を全方位に奪い去った。

 すぐ目の前にいるゴキブリの姿さえはっきりしない。

 しかしそれでも殺虫剤の放射を継続する。


 かくして、この最下層行きゴキブリエレベーターは更に速度を増していき、地中深くどこまでも落ちていくのだった。


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