第73話 地下核実験場ー1
地下労働民革命結社は滅び、彼らが保護する孤児たちは殺され、そして最後のトリガーを引いた警ら部隊も、また殺されるのであった。
何もかもが死に、そして静かになった地下。
無言で照らし続けるサーチライトには、残された二人の影が八方に伸びる。
唯一生き残った彼らは、救う者であり殺す者だ。
「…………。」
子供達の遺体を前に、沙紀は無言であった。
両膝を地面につけてそのまま。その表情すらもわからない。
彼女の後ろに立つ男。
彼は役目を終えた機関拳銃を腰に戻し、そして震える彼女の背中を見守るように。しかし、男の口は何かを語ることはしなかった。
「アンタは……。」
ぽつりと一つ、声が出た。
下を向いたまま沙紀は小さく言う。
「こんなことをする連中の仲間になれっての?」
これに答える男は、淡白に一言「そうだ」と、それのみを短く言い放った。
「ふざけんじゃ、ないわよ。ふざけんじゃ。」
力なく、吐き捨てる様に声を落とした。
「……。」
無言の男。
ただ彼女の後ろから、その姿を見下ろす。
「……、殺しなさいよ。」
沙紀が言う。
「アンタたちの仲間になるつもりなんてこれっぽっちも無いわ。今ウチを殺しとかないと、アンタを含めもっと沢山の人間を殺しに行くわ。無差別だろうと何だろうと、世界の全部を殺しまくらなきゃ、ウチの気持ちは収まらない。」
「そんなに死にたきゃ、自分で撃て。」
と。
男は彼女の横に、投げ捨てるように拳銃を転がした。
項垂れる彼女の視界に拳銃が入った。
すると沙紀は、もはや反射的とも言える動きで拳銃を拾い上げ、そして素早く振り返ると、その銃口は、後ろに立つ男の方に向けた。
湿った彼女の瞳が、またしても男を睨み付けるのだ。
「なんだそりゃ。」
「アンタなんか、死ねばいい。」
「撃てねえ奴がよく言うぜ。ガキそのものだ。感情的ですぐに興奮する。だが、重い引き金を引く覚悟なんてテメエにはねえ。」
「やれる。」
「じゃ、やってみろよ。」
沙紀の右手には、銃のグリップを握り潰さんとばかりに力が入る。
小刻みに揺れる銃口。
しかし、銃の先端がいくら震えようとも、この距離の人間に対して外しようもない。
そしてこの男は両手をポケットに突っ込んで、避ける気配も、銃を奪う気配もなし。
彼女には撃てないと確信があるのか、それとも。
すすんで弾を受けようとでもいうつもりか。
馬鹿な。
だがしかし。
冷たく沈んだ彼の目は、その銃口に対してひどく消極的だった。
引き金を威圧する力もなければ、それが引かれるタイミングを見極めようと鋭く尖ってさえもしない。
実に自然だ。
握り締められたもの。
重い。
黒く、冷たい。
彼女の手にある、拳銃。
これに男は、何ひとつの抵抗もなかった。
「はやくしろよな。撃つのか、それとも撃たねえのか。」
落ち着いた口調で男は言う。
沙紀は。
今ここに、仇を討つことを決意した。
「みんなの仇よ。死んで。」
握り締められた拳銃は、次の瞬間に火を噴いた。
――――。
こうして、二つ目の家族を失った。
その日のことは、決して忘れることはないだろう。
それは、今の自分を前進させるものであり、またそれが自身の唯一の存在理由でもあった。
二度も家族を公安に殺されて、憎しみを憎しみで上塗りした。
あの子供達に一体何の罪があったと言うのだろうか。
生きていること、それそのものが罪だとでも言いたいのか。
しかし、自分だけはこうして生きながらえ、そうしてまた、こんな子供を目にしては、あの日の悪夢が現実の様に蘇るのである。
いや、あの悪夢は紛れもなく現実だった。今に繋がっている確かな出来事である。
未だ、その全てを背負ったままに。
重たいこの荷物を降ろす事は簡単だ、しかこれを降ろすという行為は、自身の全てを否定する事、すなわち死ぬ事だ。
死にたくないのではなく、死んでも降ろしたくなかった。
「お、おい何だよ、まだ何か言い足りないのかよ、ババア。」
地下道を走り行く巡視車両。車内。
知らぬ間に、ルームミラー越しに少年仁太をずっと眺めていたようだ。
少年は、少し怪訝な顔でこれに返してきた。
大丈夫だ。
こんな顔の子供は、あの中にはいなかった。
既視感を感じる余地もないだろう。
「は? 誰がババアだって?」
「おい、いい加減にしとけよ沙紀。」
横でクワガタムシが呟いた。
かくして一行が向かう先は放棄された旧公安隊施設、地下核実験場である。
一体誰が、何を企ててこんな物を尾張中京の地下に作ったのかは定かではないが、その存在自体は一般市民の間でさえ噂されており、日々地下空間の調査を進めている潤史朗にとっては、よく知った地理の一部である。
そしてその先に待ち受けているのは、この尾張中京都地下に出現した超メガ級地底害虫ムカデリオンである。
ほっておけば、こいつは地下5000メートルの境界層にどんどん穴を空けていき、一般居住区にゴキゲーターを招き入れるのだ。流石は超級、ここまで厄介な虫はそうそうお目にかかれない。
"超"がつくメガ級地底害虫は、その脅威判定は都市の崩壊危機レベルだとされている。確かにムカデリオンならば、ばっちりこれに当てはまるだろう。
明日、もしかしたら尾張中京都がなくなったとしてもおかしくはない。
そんなこと誰も思ってやいないだろう。しかし今この町はそういう状況にあるのだ。
なぜならば、地下に超級がいるからである。
これにて到着。
停止した車両の前方には、直径5~10メートルほどの横穴が迫る。
非常に荒く掘削された円筒形のトンネルは、その先には照明も照明があった形跡すらもなく、果ての知れない無次元の闇が覆っていた。
図面上では、この横穴は1キロほど続いており更には途中に何ヶ所か遮蔽壁があるはずだ。しかしこれは建設途中に放棄されたもの、横穴までは完成したようだが、放射線の対策や核兵器の観測設備などは全く整っていない。
「この奥にいるのか? あの大ムカデがよ。」
「そうだ。」
少年の言葉にクガマルが答えた。
「それじゃあ、行こうか。」
ここから先は徒歩での移動となる。
沙紀、潤史朗、クガマルが放つそれぞれのライトは、不可視のトンネル内において目の前の足場のみを明るく照らした。
何一つ見えなくとも、クガマルのセンサーは、この奥に間違いなく存在する発信機を感知している。
時折往来する湿った空気は空間に不気味な唸りを轟かせて。まるで地獄の息吹、ここは既に人の生きる世界からは程遠い異世界だ。
やはり、いるのだ。
とんでもない怪物が、この先に。
進む足に恐怖はない。
あるのは、ほんの少しの緊張と残りのすべては胸の内より湧き出る興奮。
ひとつ。
気を付けなければいけないことを、ここでもう一度周知しておこうか。
我々の敵はムカデリオンだ。
しかし、それだけではないということ。
以上である。
そして。
用意されたもう一つの決戦は、ここに来てド派手に火蓋を切って落とされた。
後方より、何かが光ったと思いきや次の瞬間、大気を殴りつけたような激震が駆ける。
その激震とは、音であり、また衝撃だ。
前方上部の壁面が突如として崩れ去り、落下する無数の岩石が彼ら行く手を大きく阻んだ。
後ろに数十メートル。
無限軌道の軍用車が急接近。
クガマルのセンサーは直ちにこれを解析する。
暗闇の中、やってきたのは公安所属の重戦車である。それは、けたたましいエンジン音を纏い、瞬く間に姿を現した。
搭乗するのは、アサルト・ゼロ、幹部の面々。
なのだろうか。
四人と一基、彼らの目の前にて重戦車は停車した。
戦闘体勢を構える。
その中で沙紀は一歩前に踏み出した。
「アンタらね、滅茶苦茶やってくれたってのは。出てきなさいよ、ぶっ殺してあげるわ。」
しかし、戦車は無言である。
そう思っていると、戦車の乗車口の蓋は上にぱかりと開くのだ。
現れたのは、西洋人めいた一人の女性。
服装は公安の黒い戦闘服、明るい金髪に肌は白く、青い瞳。
だが、彼女の瞳は外人とは言えど、その色が普通でないことはすぐにわかる。なぜならば、暗闇の中にそれを突き刺すかのように光を宿しているからだ。
レイシア・オズ・リヒトヴェルガー准尉。
潤史朗と四肢の部品を共通させた機械人間、しかし彼女は潤史朗と異なり全身をを完全に機械化済み。フルサイボーグの戦士である。
「そう、アンタが最初に死にたいってのね。」
沙紀はそう言うと戦車から降りるレイシアに銃を向けた。
またレイシアも、これに対抗するように同じく銃を構えるのだ。
睨み合う両者。
だが、沙紀はこの女がサイボーグであることを知らない。
そしてまだ気が付かない。
レイシアが構える銃。
それは、よく観察してみると。
銃ではない。
両肩には、こちらにとって馴染みの深い、太いバンドがかかっている。
次の瞬間。クガマルが叫ぶ。
「防護マスクをつけろ!!」
同時に、レイシアが携えた銃、否、放射ノズルからは白い濃霧が噴出した。
背中をこちらに向けずに動いていたレイシアは、自身の背中にメガキラーを背負っていたのだ。
こんな形で使用してくるとは予想もしていなかったが、彼らの狙いはただ一つ。
そのドローンを残し、全員を殺すつもりでやってきたのである。
視界はゼロ。
ライトで照らす唯一の景色は、全てメガキラーの霧で覆われた。
そして。
「ただの人間にしては、とても良い反応ですね。一体何者でしょうか。」
霧の中、そんなレイシアの声のみが響く
放射時間を一瞬に抑えたメガキラーは、間もなく濃霧は収まり視界はすぐに回復した。
防護マスクを装着する潤史朗。
力の作用で霧を阻むルニア。少年仁太もその力に守られた。
そして、沙紀。
迫るレイシアの両腕からは、格納されていた鋭いブレードが伸びきっている。
霧の中、無音で襲い掛かったレイシアは沙紀に対して奇襲を仕掛けていた。
これ対する沙紀、その両手には戦闘の用途も兼ねたピッケルが二本。
レイシアのブレードを戦闘ピッケルで受け止めた。
もちろん顔面には防護マスクを装着。
そして、そのマスクの奥には赤色に光を放つ鋭い瞳がレイシアを睨んだ。
「なにアンタ、ロボットなわけ?」
「いえ、グランーエクスノイドです。そう言うあなたは、改造人間ですね?」
「残念、改良人間よ。」
して、二人はお互いの刃を突き放して距離をとる。
睨み合うそれは、抹殺対象を計測する青い機械の瞳と、獲物に対して殺気を燃やす肉食獣の赤い瞳。
伸びる二本の隠しブレードと、両手の握る二本の兼戦闘用ピッケル。
構えた姿勢は低く。
一歩踏み込めば互いに斬りあえる絶妙な間合い。
今にも火花が飛び散りそうな空気は、その瞬間を静かに待ち構えている。
「アンタたち先に行きな。この機械女はウチが引き受けた。」
沙紀は視線を獲物に向けたまま、後方の潤史朗らに対して言った。
「任せていいな沙紀。」
クガマルが答える。
「ええ、先に行って。アンタらはムカデを。」
「了解した。行くぞ、ジュンシロー。」
「え、いいの? この人置いてって。」
「コイツなら心配は要らねえ。オレが保証する。」
「わかった。君がそう言うのならそうしよう。」
そうして丁度その時、岩が崩れ去る大きな音が。
見ればルニアがその力を持って、崩落してきた岩石を排除。人が通れるくらいに抜け穴を空けた。
「ジュンシロウ! 行こう、ムカデさんのところに!」
「わかった。それじゃ頼んだよ沙紀さん。」
「ええ、すぐに追いつくわ。」
そうして沙紀を一人残し、潤史朗、クガマル、ルニア、そして少年はムカデリオンの元へと向かった。
横に細長い地下核実験場も間もなく中腹。
刃の交わる鋭い金属音を後方に、彼らは終着地点へと足を進めた。
「いいのかいクガマル? あのレイ何とかってのは相当強いよ?」
「構わねえさ。沙紀の野郎も相当強い。」
「君がそこまで人を好評するとは、なかなかに気持ち悪いのだけれど。」
「そんな事ねえだろ。オレはいつだって公平公正だ。そしてオメエは大したことねえ。」
「はははははっ、言ってくれるじゃないか。悪いけど僕は戦闘員じゃないんだよ。そう野蛮な人たちと一括りにカテゴライズしないで欲しいものだね。」
「そうかよ。って、おい一旦止まれ。」
会話の最中、そう言いだすクガマルに全員はその場に立ち止まる。
すると。
またしても後方より音が……。
「あっはっはっはっはっはっはっはっはーーー。」
奇声。
「な、なんだ?」
振り返り、後方に向かってライトを照射する。
何者かが走ってきた。
沙紀、もしくはレイシアではない。
肘と膝を直角に、姿勢正しいランニングフォーム。
細長い眼鏡が、眩しく光を反射した。
「あっはっはっはっはー。」
奇妙な高い笑い声と共に。
「ね、ねえクガマル。あれって……。」
「ああ。そうだな。嵯戸だ。」
「あのさ、彼のキャラクターを思い出せないのだけど。」
「心配すんな。オレもだ。」
「はっはっはっはっ。待ちたまえ、君たちの相手はこの私です!」
 




