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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
72/81

第72話 アジトー3


 

 急所に受けた攻撃に、沙紀は歯を食いしばって耐えた。 

 お腹の中にあるものが全て今の衝撃で登ってくる。

 しかし、これは意地でも吐き出すまいと全身に力をいれて耐え抜くのだ。


「いいじゃん。お前さ、公安隊、じゃなくてアサルト・ゼロに来いよ。今見た感じだけど、結構見込みあるわ。」


「あ?」

 お腹を押さえる沙紀は、力なく声を出した。


「何言ってんのよアンタは。」

 再び男を睨み付ける沙紀。


「いい加減にしなさいよ、アンタたち公安はウチのお父さんとお母さんを殺して。ふざけんじゃないわ。許さない、絶対に許さない!!」

 体の回復に伴い、沙紀の声には力が戻る。


「あっそ。でもお前ら過激派ってさ、俺のお袋と親戚みんな殺したじゃん。テロとか言って何でもかんでも吹き飛ばしやがって。それが無かったら、今こんなとこに俺は立ってねえって。」


「アンタのことなんか知るか!! お前らが殺したんだ!! ウチのお父さんとお母さんを!!」


「話になんねえ。そんじゃどうする? まぁここで死んどくか? これ以上生きても辛いだけだろ。惜しい人材だったが仕方ねえな。」


 腰のホルスターに収納した拳銃に、男は手を伸ばした。


 抜き取る。

 スライドを引く。

 装填。

 冷たい指先はトリガーに。 

 添えて、腕を持ち上げた。

 銃口が。

 それは彼女の脳天に。

 ぴたり。


「あばよ。」


 死ぬのか。ここで。

 

 目を瞑る沙紀。

 そのとき。

 後方より聞こえてくる声が。


「沙紀ねえ!!!! 死んじゃいやだぁ!!!!」


 男の子の声だ。

 

「翔太!? 駄目!! ここに来ちゃ!!」


 振り返ると、あの泣き虫の子が走ってきている。


「頭の悪そうなガキだぁ。ここで生かしといても国の穀潰しだぜ。」


 男が、銃口の向かう先を変える。

 拳銃を持つその腕を、ゆっくりと持ち上げた。


 そして……。



「やめろぉおおおお!!!」


 叫びを上げる沙紀と。

 同時に高鳴る銃声が、廊下の向こうまで響き渡った。

 

 カラリと床に落ちる薬莢の音。


「さ、沙紀ねえ……。」

 

 男の子の前に飛び出した沙紀。


 拳銃は。


 男の肩越しに後ろを向いていた。

 男の後方に向かって盲目的に発射された弾丸は、その床を抉っている。

 抉られた床の上には、新たに登場した人物がそこの上にたっていた。

 細い眼鏡をかけた、アサルト・ゼロの隊員である。


「き、君いぃいいい!! あ、当たったらどうするつもりだったのかね!!! いや、当たったらとかではなくだね!?!? 私は君の上官、いやいやいや、上官以前に君は味方に向かって発砲をしたのだよ!?!? 一体何を考えてる!!!」


「ああ、いたのかよ、サドスケ。」


「な!? 誰がサドスケか!!」


 そう言って男に対して激昂する眼鏡の隊員。

 その眼鏡が両手に持っていたのは、小銃である。

 小銃の安全措置は解除されており、いま、一体誰を撃とうとしていたのだろうか。


「貴様! 反逆罪だ!! 反逆罪!! 逮捕する!!」

「馬鹿かよ。ほざけ眼鏡。」

「上官に向かって馬鹿とは何事だ!!」

「上官だぁ? あ~はいはい。残念だが来週の辞令で俺はお前とどっこいだ。いや抜き去るかもしれねえな。サドスケよ。」

「な、そんな。馬鹿な。あり得ん!」

「おいおい、未来の上官に対して馬鹿とは何事だよ。こりゃ逮捕だな。反逆罪に該当すんじゃねえの?」

「あほか!」


「ったく、勝手に単独行動してくれるわ、味方に銃を向けるわ、挙句の果てには上官を馬鹿呼ばわり。とんでもないやつだ。」

 と、ぼやいている眼鏡のサドスケとやらを尻目に、その若い男は床に倒れている沙紀に近づいた。

 

 顔を上げる沙紀は無事であった男の子を見て安堵し、そして自身にも怪我がないことを悟ると、近づいてくる男を見上げた。

 こいつは一体なんなのか。


「見ての通りだ。このアサルト・ゼロって組織は実力さえあれば好き放題できる。昇進もはやけりゃ、公安の一般部隊も指揮すんだ。」


「……。」


「アサルト・ゼロで公安隊は変わる。お前の何だ、憎しみ? みたいなもんは知らねえけど、まぁ良く考えるこったな。ホントは自分がどうしたいのか。ただ一つ言っておくと、お前ほどの実力があれば、ここでテメエの信念的何かを貫くことは十分に可能だ。」

 

 そう言いながら、床にへたりこむ沙紀に対して男は手を差し伸べた。

 が、彼女がこれをとる事はしない。


「まぁいい。孤児やってんのもいいが、どうせ野垂れ死ぬだけだ。遅かれ早かれ、お前はこの門を叩くだろうよ。んじゃ、あばよ。」


 男は最後にそう一言残して去っていく。

 眼鏡の方の隊員も、彼を追いかけてこの場から離れて行った。


「ま、待ちたまえ!! 何故殺さない!! 上からの命令は殲滅であろうが!」


「はぁ? サドスケよぉ、お前話聞いてなかったのか? さっきから孤児だっつってんだろ、そいつは。んで命令が何だ? だから命令どおり構成員は皆殺しにしたじゃねえか。んだよ、ま~た反逆とか言うつもりか? まぁいい加減になさってくれや上官殿。マジぶっとばすぞ。」


「だから貴様! 口の利き方を!!」


 助かった。

 だがしかし。

 家族同然であった地下労働民革命結社の大人たちは、この圧倒的単体戦力によって、みな一瞬に殺されたのだ。

 残されたものがあるとするならば、この、かけがえのない小さな命たちと、そして自分である。


 わんわんと泣きわめく小さな男の子を、その場で力一杯抱きしめた。




 アジトを後にする若い隊員と眼鏡。

 入り口を蹴って開けると、その横には、また新たな隊員がそこで彼らの帰りを待っていた。

 黒の戦闘服に身を包んだ美少年である。


「お疲れ様。」

 腕を組んで、そちらの壁に体を預ける美少年は、アジトから出て来た若い男に声を掛けた。


「よぉ、七光り。」

 若い男はそれに手を上げて応える。


「七光りって、それは僕のこと? 相変わらずひどいなぁ、君。それで首尾はどうだい? 一人で全滅にしたみたいだけど。」

「大したことねえよ。所詮アマチュア戦隊だ。」

「いやいや、それでも凄いことだよ。君はあれだね、ちょっと動くだけで伝説級の戦果を簡単に出してしまうんだ。」

「だっから敵が雑魚すぎんだっての。ほいほいすんな気持ちわりい。」

「それでさ、後学のために少し聞かせてはくれないかな?」

「あ?」

「どうして君は今回の作戦で、一人で勝手に終わらせることを選択したの? 殲滅作戦の決行は明日のはずだよね。」

「あれだよ、伝説級の何とやらに挑戦してんだ。ひとりで何処までやれるのかってな。」

「ほほう、それは凄いね! じゃあ、それとついでにもう一ついいかな!?」

「んだよ。」


「いやそれがね。君は殲滅したみたいだけど、実は、僕にはさっきから聞こえてくるのさ。死んだ戦士の亡霊の声がね。いや本当に。耳を澄ませてごらんよ、ほら聞こえてくるだろ? 亡霊の声が。もちろんそんなもの怖いから僕は信じたくない、けれど君が殲滅したと言うのだから、生き残りがいるなんておかしいでしょ? だから亡霊の声なのさ。ねえ、君には聞こえるの?」


「……さぁ、何も聞こえねえな。」


「ねえ。どうして君は今回一人で先走ったの? ねえ教えてよ。」

 

 そう言って、男に顔を近づける美少年。

 男はそれに対し、美少年の顔面を右手でつかんで突き放した。


「いてて。酷いなぁ、もう。」


「もう帰ろうぜ。幽霊なんぞ見たかねえよ。」


「ははは、そうだね。うん、帰ろう」


 そう言って去る男と、その美少年は彼の後ろ姿を止まって眺める。

 

「無双の鉄人と呼ばれる君だけど。凄く大きな欠点があるよね。僕は君のそんなところが残念でたまらないんだ。」

 

 一人呟く美少年。

 彼は振り返ると、男によって潰された過激派のアジトを見上げるのであった。


「僕が、そんな君の欠点を克服してあげようじゃないか。」




 かくして今作戦はその男一人の活躍によって、始まる前には終わっていた。

 これよりアサルト・ゼロは畿内阪神都を引き揚げる。


 と、誰しもがそう思っていたのである。



 その夜のこと。


 龍蔵寺沙紀は、生き残った子供達を集めて引っ越しの準備を進めていた。

 もうこのアジトにはいられない。

 せめて、この子供たちがちゃんと生活できるようにと。

 自分にはその責任がるのだ。


「沙紀ねえ。」

 不安そうに沙紀を見るのは、彼女と歳の一番近い女の子。

 しかし、本当に不安であるのはその子ではない。 

 不安そうな沙紀を、この女の子は心配していた。

 沙紀の様子がいつもと違うのは良くわかる。

 子供達がみな不安がっているように、また沙紀自身も大きな不安を抱えているに違いなかった。

 

 なによりも、あの男の言葉に揺れていた。


 自分が本当にやりたいこと。


 それは、公安隊と戦い彼らをできるだけ沢山殺す事なのか。

 と。


 周辺の様子を確認した後、沙紀は子供達を連れて長い間世話になったアジトを後にした。

 先の見えない真っ暗な旅立ち。

 この門出には端から明るい未来など待ってはいない。

 そんなとはわかりきっている。

 しかし、どうあっても生き抜くこと。それを放棄することはできない。

 自分が死んだら子供たちはどうなってしまうのだろうか。


 その時である。

 暗闇から、どこからともなく誰かの声が聞こえてきた。

 拡声器を通した、高い声。


――やあやあやあ、こんばんわ。テロキッズの世話も大変そうだね、とっても若いお母さん。今、僕が楽にしてあげようじゃないか。


「誰!?」


 怯える子供たちを、できるかぎり自分の近くに集めて周囲を警戒した。


 次の瞬間だ。


 この空間に突如として光が差した。

 眩しいばかりの激光である。

 遮るように手をかざして、沙紀は辺り一帯を見渡した。


 光が襲う方向は、右に左に前に後ろ。

 気付けば、いつの間にやら囲まれている。

 

 身の丈以上のサーチライトを盾に、何人もの公安隊員が銃を構えて沙紀と子供達を囲んでいた。


 そんなはずない。

 きちんと確認はしていたはず。

 数刻前に、アサルト・ゼロの部隊は間違いなく引き揚げたのだ。

 

 すると、聞こえてくる拡声器の声は更に続けた。


――ははは。驚いているねえ。そうだよ、アサルト・ゼロは帰っちゃったんだ。だからね、地元の部隊にちょ~っとお願いをしたんだ。


「誰!? 姿を見せなさい!!」


 あの若い男の言葉を思い出した。

 確か、彼らアサルト・ゼロは一般の部隊をも指揮できるのだと。


――君たちは本来死ぬ運命だったんだ。だからきちんと死んでもらうよ。そうじゃなきゃダメなんだ。これも全て彼の為だよ。


――それじゃ、バイバイ。


 そして。

 この音声がそう言った、その瞬間である。

 沙紀と子供達を囲んだ公安隊員らは一斉に発砲。



 その瞬間が。

 信じられない程にゆっくりと感じられた。

 死への覚悟もままならぬ唐突なできごとである。

 ただ立ち尽くす彼女らに、放たれた無数の弾丸は容赦なく襲い掛かった。


 死ぬのか。

 このまま。


 響き渡る銃声が、地下空間一帯に響き渡る。

 

 飛び散る血液で、自分の体のあちこちが赤く染まった。

 

 子供達が、バタバタと倒れる。


 泣き虫だった男の子は顔を真っ赤に染めている。


「さきねえ……。」

 最後の力を振り絞るように、沙紀の服を掴んで離す。


「え……、なんで……。」


 死んだ。


 みんな死んでいる。


 お風呂で、いつも女の子らしい悩みを聞かせてくれるあの子もだ。

 全身を真っ赤に染めて、そこの地面で横に倒れた。

 

 抱き上げると、既に彼女の体は温もりを失いかけている。



「………………。」



 どうして?



 頭の理解が追い付かない。

 ひとつわかる事は。

 みんな死んでしまったということだけ。

 

 ただただ、女の子を抱き上げる手が震えていた。


 そして。

 どうして自分だけ生きているのか。




 サーチライトに照らされる沙紀は周囲を見渡した。


 公安隊の隊員らは、その銃を構えたままで待機している状態にあった。


――はい、おしまい。どうやら君はスカウトされているみたいだから生かしておくよ。それじゃあ地元警ら隊の皆様はお疲れ様でした。どうぞ引き揚げて下さい……。




 刹那。




「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



 龍蔵寺沙紀は、地元警ら隊に襲い掛かる。


 その目は、すでに人間のものではない何かだ。

 ただ目の前の者を全力で殺すだけの存在。


 しかし。

 警ら隊には小銃。

 一方の沙紀はその手に何も持ってない。


 この警ら隊員が、今彼女を撃つ事はおかしいか。

 いや、むしろ自然だ。

 身の危険を感じれば、当然にして自衛する。

 

 沙紀を囲む隊員、その内の一人は何の躊躇いもなく発砲した。

 またしても響き渡る銃声。 


 だが。


 彼女は、まだここで死ぬ運命ではなかったのだろう。


 

 この場において、何の予告もなく出現したのは例の男。

 男は沙紀を両腕に抱えた。


「な!? あ、アンタ!」


「ばっかオメエ、直線的すぎんだ。死ぬ気かよ、クソッタレが。」


 そして今、弾丸はどうなったのか。

 全くの謎である。

 が。

 恐らくは回避したのだろう。


「オラ出て来いや!! 七光り!! こいつぁ全部テメエの仕業だろうが!!」

 

 しかし、その大声は空しく響くのみ。それに対する返事はない。

 

「けっ。ずらかりやがったか。」


「放しなさいよアンタ。ウチはもう……。」

 そういう彼女は項垂れる。

 先ほどの攻撃も、寧ろ自分から被弾を望んでいたのだろう。


「断る。」

 と、男。


 見渡すと、地元公安隊の隊員らは、それぞれ顔を見合わせてこの男への対応を検討していた。


「おう。撃ちてえなら、そうしろや。そういう仕事なんだろ? 遠慮すんなって。」


 そして。

 どうやら男は、過激派の生き残りであると断定されたようだ。

 地元公安隊の隊長は、各員に発砲の命令を下した。

 だが、その次の瞬間である。


 男は、両手に抱えていた沙紀を素早く肩に担ぎ、そして引き抜く機関拳銃。

 目にも止まらぬ早撃ちで、しかし放たれる無数の弾は一発一発が的確に人体を射抜く。

 瞬く間に半数以上が倒された。

 彼ら地元公安がそれに圧倒されるや否や、男は沙紀を反対の肩に持ち替えて、忍ばしていた数本のナイフを片手で投擲。

 扇状にばら撒かれたナイフは複数の隊員を瞬時に倒す。

 これにて、80パーセントの敵が戦闘力を失った。

 最後に残った敵は、男に対し今度こそ射撃を試みる。

 しかし、その男を照準に入れたと思いきや、入っていない。

 沙紀を担いで、上手い具合に壁を駆け上がる男。

 隊員らは、再びこれに狙いを定める。

 が、この時気付く不穏な音。

 足元に何かが転がっている。

 彼らが、それが何かと認識するその一歩手前、物体は突然に炎を上げて炸裂した。


 これにて、地元公安警ら部隊は全滅。


「ゕははははははははははははははっ。ざまぁねえなコイツら。ゕはははははははははははははははははっ。」


 男の声が高らかに響き渡る。


「ゕはははははは……。あ~あ。最低の気分だぜ。ったく、気持ち悪りぃ。」








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