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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
7/81

第7話 ロッカールーム

 

 大学から支部までの距離はそう遠くは無かった。

 車を飛ばして10分ほど。

 地下衛生管理局の中日本支部は都心部に立っており、都庁や裁判所や防災センターなどと同じ並びに位置している。

 そうしてそこの職員用駐車場に、軽トラックを正面から突っ込んだ。


 潤史朗が向かった先は庁舎の3階。

 ロッカールームがそこにあり、堅苦しいワイシャツやスラックスなどを片っ端からロッカー内にぶち込む。

 そしてパンツ一丁になったところで、黒地の分厚い作業服に袖を通した。

 両手には合皮のグローブ、足には重たい黒の安全ブーツ。腰に太い安全帯を巻き付けて、また膝と肘にはプロテクターを装着。そして最後に、七つ道具がぎっしり詰まったホルスターバックやウェストバックを身に着けた。

 

「おおっ、志賀君もう居たか、早いな。」


 ロッカーに顔を出すスーツ姿の中年男性は、情報課の課長であった。

「講演はよかったのか!? まだ途中じゃないのかい!?」

「何言ってるんですか課長。まだ始まって5分ですよ。ははは。あと頼みますね。」

「むむむ、そうか。だが仕方あるまいな。概要の方は電話した通りだが大丈夫か?」

「問題ないです。」

「そうか。」

 潤史朗は課長と話しながら着替えを終えて、次にロッカー隣の金庫を開ける。

 取り出したものは拳銃が一丁、通常の物より一回り大きい、大口径の大型拳銃だ。

 その物を見て、ぎょっとする課長。

 尾張中京都では条例で禁止されている代物である。

「君そんなものを保管してたのか。それは流石にちょっと……。」

「そうですね、まぁでも地下って結構物騒なんですよ? 普通の人かと思ったら過激派だったりしますから。課長も気をつけて下さいよ。」


「なんなら一緒に地下に潜ってみるかい? おっさん? ぎゃはははははっ。た~のしいぜぇ~。ぎゃはははっ。」

 突然姿を現したクガマルが笑う。


「う。相変わらず口の悪いロボットだな君は。」

「まぁ課長、ロボットだと思って勘弁してやって下さい。」

「ああ、まぁ心得ているよ。」

「ぎゃははははははは。」

 潤史朗は、腰の専用ケースに拳銃を挿し込んだ。

「では行きます。」

「ああ。くれぐれも気を付けて。」


 そうして潤史朗は、いつもの装備を整えると職員用の駐車場へと降りた。

 

 地味な一般車両が並んで停まるその隅で、ギラギラと異様な存在感を放つ大型バイクが一台。

 大排気量のオフロードバイクをベースに、数々の改造が施されたその車両は、遂昨日ヒカリンを地底から救出した潤史朗の専用バイクだ。

 まるでスズメバチをイメージしたかの様な、オレンジとブラックの派手な配色に、各部にガードパイプと、白バイと同じ赤色回転灯を装備した。

 また座席後方には、MEGAーKILLERの文字が入った黄色い殺虫ボンベを左右に2本、合計4本搭載。またその他にも無線機や工作資機材等の重量装備を積み込んでいる。

 

 潤史朗と共に庁舎から下ってきたクガマルも、バイク後部の定位置にちょこんと鎮座した。

 バイクに跨る潤史朗。

 300キロオーバーの車体を直立に引き挙げて、サイドスタンドを左足で払う。

 キーを回してイグニッション。

 エンジンが低い唸り声を上げると同時に、サイレン及び赤色灯を始動。

 静かな都心に、甲高いモーターサイレンを鳴り響かせた。

 

 一般車両を次々に追い抜いて、猛スピードで街を駆ける。

 右折左折と何回か曲がった先には、なだらかに降下していく地下進入トンネル。

 大型の物流トラックが何台も行きかうこの道は、地下と地上を結ぶ大動脈だ。

 この様なトンネルは都内各所に存在しているが、5車線もあるこの道が、都内でダントツに大きかった。


 さて、緊急走行をする事数分。

 地下には入ったものの、ここから下る5000メートルが非常に長い。


 地下に来て、さっそく利用するのは、産業用の貨物エレベータである。

 地下コロニーは上層辺りに住居区画が集まっており、下層階は工場で埋まっている。そのため、地下においてはこのような大型エレベータが、地上で言うところの電車のような役割を担っており、大変重宝されているのだ。

 また、車での移動の際も、上下に長い距離を動くときは、道路など走っていては時間がかかりすぎるため、こういったエレベータを使うのだ。

 

 という訳で、事前に協定を結んである緊急用の大型エレベータにバイクごと搭乗。

 一軒家が丸ごと入りそうなほど広いエレベータは、ゆっくりゲートを閉じると、係員と潤史朗達を乗せて降下を開始した。


「暇だね。」

「暇だ。」

 バイクを降りて横に突っ立つ。

 降下中は特にすることもないので、タブレットを開き、地下の見取り図を確認する。

「で、今下で何が起きてんだよ、ジュンシロ―。」

 クガマルが言った。

「公安隊の職員が襲われているらしい。」

「ほお。」

「ゴキゲーターが推定10匹。」

「そりゃまた多いな。」

「そうだねぇ。」

「まぁその程度すぐ片付くだろ。どうせもう公安の連中は助からねぇ。到着まであと15分はかかるだろ?」

「そうねぇ。」


 エレベーターは徐々に速度を上げていき、体がふわっと軽くなる感じが伝わった。


「自業自得だぜ。身の程をわきまえず、ゴキゲーターがうじゃうじゃいる深度まで入っちまうから。いい加減わからねえのかねぇ、危ねえってことが。奴ら公安はきっと、地下5000は自分らだけに許された特別な領域か何かだと勘違いしてんだぜ、きっと。」

「う~ん、そうは思わないけどね。」

「現場はなぁ。だが上は違う。」

「かもねぇ。でも今回は自業自得でもなさそうだよ。」

「どういうこった。」

 潤史朗はそう言うと、タブレットで開いた地下の階層図をクガマルの方に見せた。

「今回通報を受けた現場はここ、わかる?かなり上層だ。深度で言うと5000~5500くらいになる。」

「ほぉ。」

「こんな場所にゴキゲーターが10も、どうだろう、なんとなく違和感があるじゃない?」

「たまたまだ。」

「それも否定はできない。ゴキゲーターだって道が繋がっていれば浅いとこまで来れるしね。」

「そういう事だ。」

「でも、僕はこれに何かを感じずにはいられないよ。」

「いいや、それは違うなぁ。ジュンシロ―。」

「ん?」

「感じずにはいられねぇんじゃなくて、お前はそこに何か感じるものがありたいと、そう思ってんだ。それは、ひん曲がった願望であってだな、実際問題をぶっとばしてる。」

 クガマルはそう言うと、ぶんと飛び立ち、潤史朗と正面から向かい合った。

「一週間地底に籠った時も同じだ。監視カメラに映ったよくわからねえ物を見て、それを新種の害虫だと思い込む。そして結果、発見できたものはなんだ?人間が3とゴキゲーターが1だ。」

「それについては諦めていないよ。でもまあ確かに君の意見も一理あるかもね。」

「一理も二理もありありだ。もっと物事を客観視しろ。」

「ふふふ、客観視か。何を言い出すかと思えば。そのために君がいるんじゃないか。僕が前傾姿勢で突っ込んで、それを上空から君が監視する。そうじゃない?」

「能天気野郎め。」

 クガマルはもう一度飛んで、バイクの上に着地した。

「残念だがジュンシロ―。」

「ん?」

「俺も面白れぇ事が起こるのを求めている。ただ計算上、それは滅多に起こりえない。俺はAIだからな。無駄に期待はしねぇんだ。」

「いいや、してるね。君も結構期待してる。だけどそれは駄目だ。」

「んあ?」

「君の求める面白い事は、残忍で邪悪だからね。却下だよ、却下。」

「んだよ、それは。言ってる意味が不明だ。」

「さ、もう着くよ。」

 

 エレベータが到着した。

 だがこれで地下深度5000メートルに辿り着いた訳では無い。

 

 潤史朗はバイクのエンジンを掛けて、サイレン音と共にエレベータの外へ飛び出した。


 下に下がれば下がるほど、一般車両の数は減り、地下自動車道の幅も狭くなる。

 ここからあともう3回。

 3回エレベータを乗り継がなければ辿り着かない。

 一本の直通エレベータがあれば便利だとは思うが、そんな物は技術的に難しいし、実現したとしても保安上あまりよろしくない。

 そんなこんなで、支部から5000メートルまでは平均して30分ほど時間がかかる。

 それでも非常に早いほうだと思うが、緊急時にそれでは遅いとしか言いようがなかった。




 ……そして数分後。

 かくして地底に舞い降りた潤史朗と、その相棒クガマル。

 ここはやはり別世界だ。

 たったの30分、下へ下へと移動しただけで、まるで日本とは思えない、死の世界に立てるのだ。

 辺りは暗く、そして空気は湿っている。


 深度は地下5000メートルより下の場所。

 部分的にはまだ電気が通っており、普通に見える場所もあるが、それでもやはりライトは手放せなかった。


 到着した潤史朗は、バイクを20キロ以下の低速で静かに進めた。

 

 ゆっくりと前進するバイクは、装備している強力な補助ランプで周囲を照らす。

 音は極力静かに、前後左右を警戒。クガマルもバイクから離れて飛び立ち、高い位置から周辺を見張った。

 

 間もなく通報にあった地点に到達する。


 前方100メートル。

 もそもそと這いずる四つの影を、補助ランプが照射した。

 大きさとしては牛程のサイズをしているが、下に伸びている足は6本。また忙しなく動く2本の細いアンテナは、頭部中央から伸びている触覚である。

 この生き物はゴキブリだ。

 ただし、メガ級地底害虫と位置付けがなされる、大変危険な猛虫だ。

 人間を捕食することは勿論、その生命力の高さ故、通常人が持てる銃器では全くダメージを受けないやっかいな存在。

 その名前は“ゴキゲーター”である。


「いたよ。」

「先行するぜ。」


 潤史朗はバイクを停車。

 一旦降車すると、既に背負っている殺虫ボンベの圧力開放弁を捻り、首から提がった防護マスクを装着。

 その間に、クガマルはゴキゲーターの場所まで一気に飛翔。詳しい状況の偵察に向かった。


 触覚を振り回すゴキゲーター。

 接近する音と臭いに振り向いた。

 人間の姿を一体確認。

 最初の一匹がカサカサと這いだすと、他3匹もそれに続いた。


――おいジュンシロ―、公安の連中が何人かいやがる。

 先行しているクガマルから通信が入った。

 その音声は、いつも耳の上に装着しているアクションカメラのスピーカーから流れてくる。

「わかった。」

――どーするつもりだ。

「やるよ。」

 100メートル先から走って来るゴキゲーター4匹。

 潤史朗はそれらの姿を、ライフル型の放射ノズルの延長上に捉えていた。

 射程圏内まで残り数十メートル、彼らがそこに入るまでには後ほんの数秒。しかし射程に入ってから、自分まで距離を詰められる時間は数秒もない。

 撃てばゴキゲーターは倒せるだろう。しかしもしも器具のトラブルで放射のタイミングを逃せば、奴らに噛み殺されて骨も残らない。

 今までにもう何匹ものゴキゲーターを殺虫してきたが、どんなに強力な殺虫剤を用いても、余裕で倒せると感じたことはない。

 失敗すればそのまま死ぬ。

 やり直しが効かない緊張感は、どんなに慣れても、いつも肌で隣に感じていた。


 だからこうして、少しの迷いも許されない。

 公安職員がそこにいれば、防護マスクのない彼らを、殺虫薬剤に巻き込んで確実に殺すだろう。

 しかし、今バイクに乗り込んで、引き返えすような事をしてしまえば、公安の職員たちはゴキゲーターに食われ、絶命する。

 その重たい引き金は、思い切って引く他に選択肢はない。


――ぎゃはははははっ。やるのか? いいだろう、公安もろともぶっ殺せっ。ぎゃはははははっ。

 耳の上が少々やかましい。

 しかし、クガマルが何を言おうとやることは変わらない。

 やる事をやって、そして家に帰るのだ。


 射程に入るゴキゲーター。

 潤史朗はトリガーを引き込み、ノズル先端から殺虫薬剤の白い煙が噴射した。


――まぁ安心しな。公安の野郎は確認したが、もう既にぐっちゃぐちゃだぜ。ぎゃはははは。


 白煙が止んで視界が戻る。

 目の前には4匹、ひっくり返ったゴキゲーターが現れた。


「まぁ、察しはついたけどね。僕を試したの?君は。」

 先行していたクガマルは、ぶーんと羽ばたいて潤史朗のところまで戻ってきた。

「俺がお前を試すだぁ? とんでもない。勘違いは困るぜ? 俺は事実を伝えただけだ。そしてお前はその情報を元に判断して動いた。それだけの事だ。それともなんだ? もっと情報量が多ければ、お前の行動は変わったのか? 変わらねえだろうが。ぎゃはははは。」


 潤史朗はノズルを担ぎ、最初にゴキゲーターがいた地点まで歩いて向かう。

 バイクから離れ、点けっぱなしライトが背後に遠のいた。

 暗い足元を照らすのは、側頭部アクションカメラ搭載の眩しいフラッシュライトに切り替わる。


「その様子だと、この前僕がヒカ何とかさんを助けたこと、随分根に持っているようだね。まさかこの状況で僕が殺虫剤をためらうとでも思ったの?」

 潤史朗が言った。

「どうだろうな。お前は人に甘い。はっきり言って、ためらい兼ねない。もしあれが公安じゃなく妹だったらお前はどうした?」

「はははははっ。愚問だね。そんなの決まってるじゃないか。素手で戦うさ。そんな大チャンスに兄の勇姿を見せなくてどうするのさ。」

 潤史朗はそう言いながら、素人丸出しのボクシングの構えをしてみせる。

 前後に軽くステップを踏み、ジャブのつもりか左手をささっと前に突き出した。

「馬鹿だ。お前は。」

「馬鹿でもいいさ。僕は間違えないよ。それでももし間違えそうな時は君に頼る。」

「俺に頼るだぁ? お前その意味わかってんのか?」

「わかるよ。君のことは大体ね。相棒だし。」

「人類の絶滅推進派だぜ?俺は。」

「それはどうかな。」

 潤史朗はそう言うと、少し笑ってみせた。

「君は邪悪で、悪魔のようなドローンだけど、でもとっても親切なツンデレクワガタムシだよ。そうでしょ?」

 クガマルは黙って潤史朗をみる。

 その顔から表情は伺えないが、まるで馬鹿だとでも言いたげだ。

「お前は能天気すぎる。」

「ほらまた親切が発動した。言った通りじゃないか。」

「馬鹿か。馬鹿にしてんだ俺は。」

「まぁそういう事にしておくさ。」

「……。」


 そうしてだらだらと喋りながら進むと、先倒したゴキゲーターが最初に留まっていた場所までたどり着いた。

 

 一面は、バケツで撒いたかのように血液が溜まっており、安全ブーツの底面が赤くじっとりとべたついた。

 所々に転がる白い破片は、食いつくされた骨の断片。

 死体は綺麗に食い尽くされ、もはや惨たらしささえ見当たらない。

 人が何人いたのか、むしろそれは人であったのかさえ判断は不可能な状態であった。


「全滅だな。よぉし、帰るぞジュンシロ―。」

 潤史朗はそう言うクガマルの下、しゃがんで両手を合わせてると、少しの間沈黙した。

「おいっ。もういいだろ。撤収だ、撤収。俺は無意味な事は嫌いだ。さぁ帰るぞ。」

 潤史朗の服を掴んで羽ばたくクガマル。

 だが潤史朗は立ち上がろうとせず、しゃがんだままで、今度は地面の観察を始めた。

「おいって、ジュンシロ―。」

「待ちなよ、クガマル。」

「んあ?」

「君は全滅と言ったね?それは違う。」

「どういう事だ。」

「これを見て。」

 そう言って潤史朗は地面を指さす。

 そこにあるのは、アスファルトに刻まれた黒い筋が数本、溜まった血液の下に所々確認できた。

「タイヤの跡だ。逃げた人もいる。そもそも全滅なら巡視車の残骸もあるはずだ。」

「なるほど、ここで食われた奴は置いて行かれた哀れな連中ってことか。ご愁傷様だぜ。ぎゃはははははははっ。」

「急ごう。生存者がいるかもしれない。」

 潤史朗は駆けだしてバイクの場所まで再び戻った。

 車で逃げたのならば、まだ助かる見込みは少しある。

 ただし、ゲートから真っ直ぐここに来る間、それとは出くわさなかったという事は、すなわちもっと奥へ、あるいは深くへ逃げているという事になる。

 既にやられたか、そうでなければ状況は切迫している。

 潤史朗は先を急いだ。



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