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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
69/81

第69話 助手席

 

 

 その巡視車両より姿を現したのは、短い茶髪の女である。

 彼女が身に着ける作業服の左肩には部隊章のワッペンが大きく目立ち、胸にはSPETの4文字がやたらと存在感を放っている。

 まるで特撮戦隊ドラマに出てきそうな科学部隊の隊員そのものであるが、それがつまらない冗談というわけでもなく、まさしくその通りの隊員に違いない。

 正確には元隊員であるが。

 現れたこの女は龍蔵寺沙紀。SPET関西基地、関西1号車小隊のリーダーであったはずだ。


「誰かと思えば、あんたね。何やってんのよ、こんなところで。」


 いちいち人を威嚇する目つきは、とても愛想がいいとは言いがたい。タカのような鋭い目つき、というよりは単に機嫌が悪そうなだけだ。

 そして彼女が乗ってきたこの巡視車両。いくら元アサルト・ゼロの隊員とはいえ、今は地衛局所属のはず。まともな手段で手に入れたものではないだろう。

 しかし、今この場においてこれ以上に頼れるものはない。

 龍蔵寺沙紀が、ではなく、あくまで車両がという意味で。


「でかしたよ! え~と……。」

 その言葉の後に女の名前が続かない潤史朗は、ちらりとクガマルのほうに目を配らせる。


「龍蔵寺沙紀だ。」

 クガマルのフォロー。


「でかしたよ沙紀さん!」


「忘れてんじゃないわよ。ったく……。」


 彼女からすれば潤史朗はよく知った元先輩で、潤史朗からすれば彼女は先日襲ってきた見知らぬやばい女である。

 この男、潤史朗の顔が、なぜ昔のような表情で自分を見ないのか、とても不自然で違和感に溢れる。

 彼の無邪気な笑顔は、もはや別人にしか感じられなかった。しかし、顔のつくりそのものは間違いなく先輩である。

 どうしても慣れないこの感覚。

 まったく別の人として接するべきなのか、だが自分がよく知ったこの顔に他人行儀な態度など気持ち悪いことこの上ない。

 どうしていいのか。定まらない気持が、胸の奥の方で揺れている。



 そんな具合に、しばらくぼさっと突っ立つ沙紀であったが……。


「おい沙紀! 聞いてんのかオメエ!」

 

突然呼ばれる誰かの声にはっとする。


「え!? あ、はい!」


 それに対して咄嗟に喉から声が出た。


「何ぼさっとしてる。さっさと車を出しやがれってんだ。」


「は、はい!」

 と、またしても反射的に威勢の良い返事が出てしまうわけだが。

 見上げれば、そこにいたのは例のロボットクワガタムシである。


 不覚にもこんな虫の命令に対して、新兵時代の癖が前面に現れてしまった。


「な、なんでロボットふぜいがウチに命令なんかしてんのよ!」


「やかましい。おら、全員もう乗ってんだ。早く車を出せ。」


 言われて振り返ってみると、いつも間にやら潤史朗一行は巡視車両に装備を積載し終わっており、自分たちも車に乗り込むことで出発準備は完了といった状態であった。


「ちょっと! なに勝手に! それウチのくる…‥。」

「パクった車だろうが。」

 クガマルは沙紀の言葉にかぶせるように言った。


「そ、それは、そうだけど……。」

「時間がねえ。こっちの状況は移動しながら説明する。いいな?」

「だからなんで命令してんのよって!」

「あ? 文句あんのかよ。」

「は? 文句しかないわよ。」


「お~い、ふたりとも~。」

 と、車両内から顔を出す潤史朗の声は、どうやら二人には全く届いていないようだ。

 なんだか火花が散ってみえる。

 クガマルの交渉のやり方は、傍からみれば色々と下手すぎる。わざわざ人の気を逆なでするような言い方をして、あの物騒な女がそんな力づくで頼みを聞いてくれるはずがないだろう。

 効率が悪い。そんな交渉はおとなしくこっちにまかせておけばいいのだ。と思う潤史朗だ。


 クガマル。

 いつものような、そんな口ぶりで……。

 いや。

 いつも合理性と効率を重んじる君が、今に限ってそんな立ち回りをするとは、むしろ普段通りではない。

 クガマル?


 ならば、いま効率的に動くべきはこっちの役だ。

 一つ言えるのは、今これからの作戦行動に必要なのは、この車両なのであって、あの女ではない、ということだ。

 どうせ盗んだ車なんだろう?

 悪いが頂いていこう。

 喧嘩を待ってる暇はない。龍蔵寺沙紀とやらはここに置いて行くとしようか。

 それではさようなら……。

 


「待て!!」

 

 と、その時。

 潤史朗が運転席に移ろうとした瞬間にクガマルが声を上げた。


「ジュンシロー、待て。こいつは連れていく。」


「ええ? 要る? 要らんよ?」

 こんなやばい女を連れていけと?


「ジュンシロー。オレはな、こいつをそこそこ評価している。確かに欠点はあるが、それを補っても余る戦闘力をこいつは持っていやがんだ。」


「……。」

 その言葉に対し、微妙な困惑しか湧いてこない。

 不快ということではなく、ただクガマルの発言を、その言葉の裏側まで見通せないでいた。


 一方の沙紀は、思わず出そうになってしまった喧嘩腰の言葉を一旦ごくりと飲み込んだ。

 このクワガタムシの自分に対する意外な評価。表情には驚きを隠せない。


「少なくとも、そこの銀髪バケモン娘よりか、オレはよっぽどこっちの方が信頼できる。戦術の知識もある、人格もはっきりしてる。それに関しちゃ反論はさせねえぞ、ジュンシロー。」

 

 そう言い終わるとクガマルは彼女の方にくるりと向きを変えた。


「沙紀。」

 彼女の名を呼ぶ。


「お前がここに来ることはわかっていた。」


「え?」


「いや、こんな状況をお前みたいな馬鹿がほっておけるわけがねえんだ。」


「な、なによそれ……。馬鹿って……。」


「沙紀。お前の力をオレに貸せ。いま必要だ。」


「……。」




 こうして一行は、元アサルト・ゼロ、SPET小隊長である龍蔵寺沙紀を仲間に加え、さらに使える車両をも手にすると、超級ムカデリオンの追撃を開始した。


 巡視車両の助手席には、沙紀の個人装備がどっさりと積み上げられる。中には駄菓子なども見えたりするが、とても人が座れたものではない。

 助手席にはクガマルが。後部座席には潤史朗、ルニア、そしてテロリストの少年が掛ける。


「あの、ルニア?」

「うん?」

 嬉しそうに彼女が振り返る。

「いやこれ5人乗りだし、ほら、真ん中、空いてる。」

 潤史朗の膝に乗るルニア。

 小ルニアならばまだしもだ、夏子と同サイズの子が膝上にいるとは一体どうなのだろう。

 どうなのだろうとは。

 絵的に。

「重い? ジュンシロウ?」

「いや重くはないけどね?」

 絵的に駄目だ。

 それに彼女の長い銀髪が先ほどからずっと顔の付近を掠めてくる。

 特にシャンプーのにおいがするわけではないけれども。

 緊張感が。

 半端ない。

 繰り返し言うが、小さいルニアならまだしもだ。このルニアは、もはや子供とはいいがたい。

 落ち着け。


「あんたらさっきから、なんかラブラブだな。恥ずかしくねーの?」

 少年が言う。


「うふふふふ、ラブラブだってジュンシロウ。うふふふふふ。」


 もし飼っていた可愛いワンコが、ある日突然女の子に変身するイベントがあったならば、それはきっとこんな感じなんだろう。

 これは素直に喜んでいいのか?

 

「で、ジュンシロー。そろそろ説明してもらうとしようか。お前が、あの超級とやらの存在に気が付いた理由だ。」


 がたがたと揺れる走行中の車内。

 振り返るクガマルが言った。


「ああ、そんなことか。まぁ今更だけど、ムカデリオンの存在に確信を持ったのは、メガロマイマイをみてからだ。」

「ほほう。」

「割れていたよね? 背負ってる巻貝の一部分がさ。それによって僕らはあれを簡単に殺すことができたわけだけれども、あの鉄壁の貝を破れるものなんて、もはや超級しか思いつかない。で、消去法で残るのがムカデリオンってわけ。」

「なるほど。」


 考えてもみれば、そもそもメガロマイマイの4900地帯の侵攻自体が相当に怪しいのだ。あれはゴキゲーターとは違って大変おとなしく、5000メートルの境界層を積極的に這い上がってくるとは考えにくい。すなわち、何かに襲われて這い上がってきたと考えるのが最も自然というわけだ。

 そうすると、浅い階層でのゴキゲーターの大量発生も容易に説明がつく。

 ムカデリオンを含め、ある程度大きい怪虫はゴキゲーターを食らう。そのような、生態系の上位生物が地下深くで暴れまわることで、彼らゴキゲーターは浅いところまで逃げてきたのである。

 要は尾張中京都の人間事情と同じだ。地下深くの治安が悪く、過激派連中が住んでいるが故、人はできる限り上の階層に住みたがる。そして地下5000以下も、今やムカデリオンの出現でゴキゲーターにとって安息の地ではなくなったのだろう。


「それじゃあ、もう一つ聞くが。」

 クガマルは続ける。

「なんでムカデ野郎は、オレたちから逃げんだ? どうみてもあっちのほうが強い。」

「なるほど、いい質問だけどさ。ほら見たでしょ? 苦手なんだよ、光がさ。」

「なんだと?」

「だってそうだろう? 考えてもみなよ。あの掘削オオムカデがもし光を嫌がらなかったら、今頃地上は壊滅してる。あれにとっての壁は、境界層の防御壁なんかじゃなくて、人の住処にあふれる光だったんだ。だから5000に穴をあけても、それ以上の上階には突き進まなかったのさ。」

「軟弱なもんだな。超級様ってのはよ。」

「そうだね。けれど、大きさや戦闘力がそのままイコール超級に認定されるわけじゃない。あくまで超級かどうかってのは、その脅威判定によるんだ。」

「そう大した脅威には見えねえがな。」

「どうかな。意外なところで害をもたらしてるもんだよ。まぁ詳しくは後で話そう。いまはとりあえずムカデリオンを仕留めることに集中だ。」

「できんか?」

「さあね。まぁ何事もやってみればいいさ。」



「そういうこった。聞いてたか? 沙紀。」

 と、クガマルは今度は沙希の方を向いて言った。

 助手席の横、運転席には彼女がハンドルを握る。


 爆走する巡視車両は、舗装路も未舗装路も関係なし。

 激しく後輪を振り回してコーナーをクリア。

 ジャンプに着地に急旋回。

 もう何度も車体を壁にこすっているような気もするが、そんなものは気のせいだ。

 公安隊巡視車両というより、この走りは、もはやラリーの競技車両である。



「……荷重移動だ。」

 不意にそう呟くクガマル。

 沙紀はその言葉に反応を示した。


「え?」


「荷重移動が甘いってんだ。4つのタイヤにかかる力の配分を考えろ。」


「えっと……。」


「次のカーブ、オレの言うタイミングでブレーキを踏め。待てよ……、……、いま。」


 壁に突き刺さるか否や。とんでもないスピードで前進する車両は、衝突寸前のぎりぎりで減速すると、素早いハンドル操作で回頭、巡視車両は鮮やかにカーブを抜けていった。


「いいぞ。できたな。」


「ど、どうして?」


「そうやって前にも言われたことがあるんじゃねえか? そう不思議がるな。見てりゃ誰だってわかんだよ。そんなもんは。」


 こうして巡視車両は、かつてない豪速で地下深くを目指した。

 向かう先は超メガ級地底害虫ムカデリオン。

 今、尾張中京都の命運は彼らに託されてた。




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