第62話 別区画ー1
「お、おい、なんだよ。なんなんだよこいつはよ……。」
カブタス操縦装置のディスプレイに、本体の方からもぎ取って来たカメラを繋いで、その戦闘の様子を再生した。
スピーカーから飛び出る音声は戦闘による大音量で激しく割れて伝わった。
大きく揺れる液晶画面。
それは数分ほど映ると、間もなく動画は終了した。
相変わらず少年の反応がよろしい。
「やべえよ。なんだよこれ。」
「ウマソウ……。」
「いやちょっとルニア?」
ルニアがなんか呟いてる。
「それでどうだジュンシロー。答え合わせの結果はよ。」
「なに、僕が間違えるとでも? ありあない。ここにいるのは名探偵ぞ。」
「ジュルリ。」
「ねえちょっとルニア?」
「な、なあお前ら……。」
ただ一人だけこれに驚愕している少年であったが、本来ならば、そういう態度が普通だろう。
というより、ここに集結した人物等は相当に異常だ。彼らに比べれば、テロリストの方がよっぽど常識人であるのかもしれない。
「意外とつまらねえ結果だったな。まぁ、こんなもんは放置だ。先を急ぐぞ、ジュンシロー。」
「いやいやいや、ちょいとクガマルさんや。」
「あ?」
「言いたい事はわかるけど、こいつの放置は流石にまずい。」
確かにクガマルの言っていることもわかるが、このエリアにあんな怪物、見過ごすにしても些か規模がでかすぎる。
自分たちは公安隊ではない。殺虫を生業とする地下衛生管理局なのだ。
なんとか、この悪魔的クワガタムシを言い負かさなければ、一般人への被害が更に増える事となるだろう。
「いつになく真面目だなジュンシロ―よぉ。」
「ははは、その言い方だといつも僕がふざけてるみたいじゃないか。こんなところでレベル500の冗談をかましてくるとは、君こそふざけているんじゃないのか。おかげで大爆笑してしまったよ。ははは。ん? ちょっとルニア。よだれ、よだれ出てるから。」
「なぁ、あんたらよ。こんなの見てよく平気だよな。俺はもう、なんだか気持ちわりぃぜ。」
「ふむ成程、みんなお腹が空いている訳だ。そうだね? クガマル。」
「オレは関係ねえ。が、そこの娘っ子は腹が減って仕方ねえようだ。」
「待てってクワガタムシ。俺は気持ち悪いぞ。っていうか、こんなもん見て食欲出るやつなんかいねえだろ。」
「つまり、いづれにしても栄養補給が必要ってことね。特にそっちの少年なんて、腹の減りすぎで、消化器官の神経が逝っちまってるよ。」
「同意する。」
「おい、同意すんなクワガタムシ。」
「この地下世界ではね、例え先を急いでいても、とれる時に休憩をとらなければ命を落としかねないのさ。"急がば回れ、安全に、飯も急がば回れの内よ" はいこれ地下ことわざ。」
「ルニア! タベル!」
「よしきた!」
「ジュンシロー、こいつの言ってる食べるは、画面のそいつの事だぞ。」
「ルニア、あのね。まともなもんをさ、食べようよ。」
「??」
「なあって。俺を無視すんなよ、あんたら。」
と、言う事で。
かくしてこの緊急事態の中、食事の準備が開始されるのであった。
「は~~い、みなさん集まって。それでは潤史朗の地底メシ、第二回やりま~っす。」
潤史朗は両手を軽く叩き、高機動殺虫車の前に全員を集めた。
「おい、第一回を知らねえぞ。」
「まずはここにカップラーメンを用意します。」
「おい、それただのカップラーメンって言うんじゃねえのかよ。」
「さっきから五月蠅いなクガマルは。」
「何が地底メシだ馬鹿馬鹿しい。」
「はいクガマルは無視しまして、ではここにお湯をですね……。」
「沸かすんだな。沸かして入れて終わりだよ。おら終了だ。」
「と見せかけて沸かしませ~ん。」
「あ? ふざけんな。」
「まずは沸かすと、仮定をします。」
「……。」
「そうしましたら沸いたと仮定し、容器に注ぎます。いえ、注いだと仮定します。」
「……。」
「3分、暇ですね。」
「いや、何がやりてえんだよ。」
「この3分、どうやって過ごしましょうかね。ね? ルニアさん。」
「タオス! テキ! ブッコロ!!」
「よぉぉおおっし! その通りだぁあいルニア! 暇つぶしにさっきのやつ行くぞお!」
「イク! ルニア!」
「いいね。確かにあれに構っている時間は今の僕らには惜しいけれど、ラーメンを待つ3分なら別に少しくらい寄り道したっていいだろ? クガマル。」
「……。好きにしやがれ。ったく。」
「これぞ地底メシ。」
かくしてなされる戦闘準備。
それでは本日のレシピを紹介をしよう。
まずは、その料理人。料理長の潤史朗、手足がメタル。アシスタントのクガマル、邪悪なドローン。そして食事人のルニア、超常現象を司る。最後に少年、ただのテロリスト。この布陣に抜け目は無い。
そうしましては、まず下準備としまして、車両を一台、高機動殺虫車を用意します。これに合わせてクガマルハッキング仕様のカブタスも用意します。
さて、最後に調味料、いや隠し味と言った方がよろしいでしょうか。
こちらにあってはガソリンです。放置された機動輸送車からタンクごと切り離し、できる限り殺虫車の荷台に積んでおきましょう。
あと、メガキラーも忘れてはいけません。ただし今回はあまり使いどころがないように思います。
「準備はよろしいかい?」
「ガソリンタンクこれで全部積んだぜ。」
「ルニア、イケル!」
「よし偉いぞー。」
「それでは皆さんお待ちかね。我々の求める敵の元に、いざ出向くと致しましょうか。」
エンジン始動。
ハンドルを握るは潤史朗。その助手席には少年と後部にルニアが乗り込んだ。
そしてクガマルは、乗っ取ったカブタスの歩行にて車の後を追いかける。
今回の戦いにはスピードは要らない。車両の進行速度もカブタスが着いてこれる程度で十分なのであった。
「なあ、マジであんなバケモン倒せんのかよ。」
助手席にて少年が言った。
「君の仕事はね、本物のお湯を沸かす事だ。それができる頃にはすべて終わる。」
「本物のお湯って言葉初めて聞いたぞ。」
「お湯か……。」
ぼやく少年。
思い出されるのは兄と過ごした日々。
お湯を沸かすのはいつも自分の役割だった。
最後に食べたあのカレーの味が忘れられない。
作戦が上手く行ったら、たらふく食べてやろうと話し合っていた。
そうなるはずだった。
「少年? どうした?」
「は? いや、なんでもねえよ。」
だが。
兄はもういない。
一人だけ助かって、この人たちと過ごすことが。許されていいのか。
「少年?」
「なんだよ、さっきからもう! ちょっとくらい、俺だってちょっとくらい考え事したりすんだよ。おかしいかよ、そんなに! 俺が考え事すんのが!」
「いやいや。もう着いたよって。言おうとしただけよ。」
「え?」
車両はゆっくりとブレーキが踏まれ、緩やかに停止した。
場所にあっては、まだ中央集積広場の一画である。
道の左右は、そこに高く積み上げられたコンテナの壁で区画されており、まるで巨大迷路の中にいるような感覚である。
そして、その敵とやらは正面に。
隠れる気すらない。
車両に搭載したマルチセンサーを駆使すれば、想像以上に近い場所にそいつは居座っていた。
車両から降り、3人とカブタスはそれを見上げた。
体高はおよそ10メートル。
渦巻く甲羅。
表面は荒く、まるで岩礁のような色と質感だ。
そして、その周囲には規則的に鋭い刺が生やされている。
潤史朗はこれに近づくと、ぺたぺたと右手でそれを叩きながらに振り返った。
「みんな。これがカメラに写ってたやつね。メガ級地底害虫、メガロマイマイだ。」
「おおおお、おい! そ、そんなに近づいて大丈夫かよ!!」
「デケエ。」
「これがカブタスを倒し、カブタス頼りであったアサルト・ゼロを、ゴキゲーターと共にやっつけたのさ。最強の攻撃力と最強の防御力を兼ね備えた怪虫だよ。」
「ななな、なあ、危ねえって! マジであんた!」
それに対してあまりにも距離が近い潤史朗を見て、少年は気が気ではないようだ。
「問題ないさ。こんなもん普段なら完全に無視してる。だってほら、襲ってこないから。どんなに強かろうが脅威判定は大して高くはないんだよ。」
「だ、だからって……。」
「ほーら、こんな事も出来る。」
と言いつつ、メガロマイマイのゴツゴツした殻を登って見せる潤史朗。
殻に籠ったままのそれは、それでも動き始める気配はなかった。
「ただ、それでも5000メートルの境界層を突破してきたのなら、流石にほかってはおけないね。個体単位ならゴキゲーター何ぞよりも圧倒的に強いし、それに加えてメガキラーの効果が薄いときた。」
このメガロマイマイこそがカブタスでは手に負えなかった怪虫の正体である。
一見すると非常におとなしそうだ。
触っても登っても大丈夫、そもそも積極的には襲ってこない。
しかし、これが一旦暴れ出すとどうなると言うのだろうか。その最強の攻撃力と防御力とは如何に。
「じゃいくよー。」
と、潤史朗はそう言いながら、右側頭部のアクションカメラに手を添えた。
『設定が変更されました。現在の設定は、ハイパーアクティブ。周囲の状況を確認し、安全に活動して下さい。』
『超電力状態へ移行します。――充電中です。消費電力にご注意下さい。』
『充電完了まで、五秒前、4、3、2、1。充電が完了しました……。』
「いやぁ、いいっすねえ。先に攻撃するまで待って下さるって。」
そして次の瞬間に、潤史朗は右足を大きく振りかぶって、そのまま超電力キックをお見舞いする。
どかんと一発。
で。
本来ならば、当たった瞬間に爆発的な衝撃が空間に激震を伝えるはず。なんと言ってもこのキックの威力は戦車の主砲並みであるのだから。
しかし今回はどうだ。
外見的には地味すぎる。巨大なカタツムリの殻を普通の人が普通に蹴っただけの様にしか見えない。
戦車の主砲? いやただのキックだ。
これもひとえに、超巨大カタツムリことメガロマイマイの防御力が高すぎるのである。
「と、言う事ですね。あと3回は同じ場所を蹴らないとぶち抜けませんよっと。」
と、この様にして眠れる怪虫を起こしてしまう訳である。
潤史朗が登っていた巻貝の部分が大きく揺すぶられ、悲鳴のような甲高い咆哮を上げながらに、中のナメクジ的部分が姿を現した。
全貌を晒すメガロマイマイ。
やはりただの巨大カタツムリだ。
「まぁ、ここまで固いとカブタスのガトリングでも破壊できないって訳。」
ぼやきながらに殻の上を離脱。
地面に着地する潤史朗と、中身を現したメガロマイマイはその場にて向かい合った。
「これがコイツの防御力。さぁクガマル!」
カブタス前進。
クガマルの操作するそれは、潤史朗とカタツムリの間に割って出ると、背中に背負ったガトリングをその中身であるナメクジ的部分に砲口を向け、即座に射撃を開始する。
だがしかし。
その粘膜に覆われた柔らかい本体は、弾丸が当たると同時に、空いた穴はすぐさま塞がれてしまう。まるでスライムか何かに向けて銃を撃っているような状態だ。
「じゃルニア。」
「ルニア!」
続くルニア。
かざした手、その本体を力の作用にて捻じ切ろうと試みる。が、その体の柔軟性故、捻じり始めるとどこまでもぐるぐる回ってしまい、埒があかない。
「ムム、ナンダコレ。」
「と、言う防御力。柔と剛を併せ持つ。やらないけど蹴ってもだめだ。」
「おいっ、じゃあコイツどーすんだよ! これ、ゴキブリより強ええんじゃねえのか!?!?」
少年が大声で言った。
「だからそう言ってんじゃないのよ。」
「おいい!! そんな、落ち着いてる場合かよ!!」
「むしろ、落ち着く以外にどうしようもない。さぁ、今度はヤツの攻撃のターンだよ。」
「!!」
すると、柔らかい二本の角をこちらに向けてくるメガロマイマイ。
それで一体何をするつもりか。
潤史朗は少年を脇に抱えると、素早く横に大きく飛んだ。
そして、その二本の角の先から勢いよく噴射されるのは液体だ。
緑色で粘性が高い。
その液体が潤史郎を外れ、当たった先にはコンクリート。
液が付着した部分がみるみるうちに溶けていき、コンクリートはあっという間に泥のようになる。
勿論、人がこれに当たれば死ぬ。カブタスの装甲でも守り切れまい。
「や、やべえ……。」
脇に抱えられた少年は口をパクパクと金魚のように動かした。
「強硫酸ならぬ超硫酸だ。触っちゃ駄目よ。」
「わかってるよ!!」
「これがそう、コイツの攻撃力さ。でもまだまだ奥の手を持ってらしてね……。本番はこれからだよ。」
再び向き合う潤史郎と、超巨大カタツムリ、メガロマイマイであった。




