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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
57/81

第57話 荷室ー1



「あんたも捕まったのかよ。」


 血だらけの少年が言った。

 手足を拘束され、床に倒れている。

 男と呼ぶにはまだ高すぎる声質、また身長などから鑑みるに年は10代前半かそのくらいだろう。


「君は?」

 潤史朗は体を捩ってその声がする方へと体勢を変えた。


「仁太。」


 鼻血を垂らし、服はボロボロ。随分ひどい目にあわされたようだが、こんなところに捕まっているとは一体何者だろう。


 そして少年仁太もこちらへと顔を向ける。

 するとどうだろう。潤史朗の姿を目にした少年は、その顔からみるみる内に血の気が引いて行った。まるで幽霊か何かで見てしまったかのような表情だ。


「おいあんた!! て、てて手足を、き、切り落とされたのか!!」

 少年は激しく動揺する。

 驚きが半分、もう半分は恐怖に違いなかった。まさか、自分もこんな状態にされてしまうのかという考えがよぎる。

 これ以上にないくらい、ぞっと冷たい汗が滲み出た。


「え? ああ。そうだねえ。切り落とされた。」

「い、痛く、ねえのか??」

「別に痛いもんじゃないさ。」

「すっげえな、アンタ。」


 薄暗い中、胴体のみを残されて芋虫の状態になった潤史朗を目撃。これを見た人間からすれば、まるでホラー映画のワンシーンのように思うだろう。

 そこにいる少年仁太の両目は飛び出るほどに丸くなっていた。


「さてはアンタ、凄い大物だな。」

「おおっと、バレちゃ仕方ないね。正解だよ少年。とんだ大物さ。」

「やっぱりか。」

「まぁ冗談だけど。」

「で、どこの組のもんだよ。あんた。」

「おめえさんどこ小学校だよ? って意味で聞いてる?」

「ちげえよ! 馬鹿にすんな! ギャングとかテロ組織とか色々あんだろ!」

「え? ああ。うん。まぁ強いて言うなら、とあるエージェント的な? 所属は曖昧だけど。」

「なんだよそれ、すげえ。」


「それで仁太っちは? 公安隊にイタズラでもした?」

「何だよ仁太っちって。俺は、こいつらを皆殺しにしようと……。」

「ふむ。」

「でも、それが駄目で。兄ちゃんが殺されて……。」

「そうか。」


 小さなテロリスト。というわけか。

 別に珍しい話じゃない。

 そういう団体に拾われ育てられた孤児は、当然それを正しいように教えられ、爆弾で人を吹っ飛ばすタイプの大人に成長する。もしくは若いうちに自爆するかだ。

 この子もそんな子供たちの一人なんだろう。

 

「俺たち、これからどうなっちまうんだ?」

「殺されるだろうね。」

「やっぱり、そうだよな……。俺、まだ死にたくねえよ。兄ちゃんを殺した公安のやつら、あいつら全員ぶっ殺すまでは絶対死ねねえ。」


「なあアンタ、アンタすげえんだろ? 俺と手を組まねえか? アンタと一緒なら公安くらいどってことねえよ。」

「組む手がないんだな、ご覧のとおり。まぁそれでもテロリストに加担することはできないね。もし会った場所がこんなところじゃなかったら、僕は公安隊じゃなくても君を捕らえるか、もしくは……、殺すよ。」


「え……。」


 たとえ相手が子供でも、立場が公安でなかったとしても、人を爆弾で吹き飛ばすものをほかっては置けない。

 こんな時に限って公安隊みたいな考えを持ち出すのも癪だが、これにはクガマルもそう言うだろう。単純に人が人の手で人を殺めるのが気に入らない。

 人が虫に殺されようという時代に、なんで同族同士が殺しあうのか。

 公安隊は、必要な命を守るために少数を犠牲にするという手段をよくやる。そのやり方は気に入らないけど、でも、今まさに人を殺そうとする輩は殺してでも止めるという方法なら、それを行う覚悟は持っている。

 その事に例外なんてありえない。


「まぁ君には同情するよ。きっと、そういう事をしないと子供の君では生きていけないような環境にあったんだろう。しかしそれでもだ。例えば君が僕の家族に危害を加えるような事をしているのだったら、僕は人の心を捨てでも、君を真っ二つにすることに何のためらいもない。」


「な、なんだよそりゃ。で、でもっ、そんなの俺だって同じだ。兄ちゃんを殺した奴は許さねえんだ。」


「そうだね。結局さ、みんな同じなんだよ。」


 きっとその考えに間違いはないんだろう。ならば、あの司令官たるテントウムシ型のドローンをこれ以上野放しにはできない。

 こっちは人助けのために必死でゴキブリを倒しているっていうのに、その後ろで勝手に人を殺しまくっているんだ。やってらんない。

 そうでなくても、その行為はテロリストとなんら変わらない。全ては自分らの都合で、他人のことなんてこれっぽちも考えちゃいない。

 誰だって、失うことのできない、人の繋がりがあるっていうのに。


「もし君が、この後ちゃんと公安隊のお世話になるなら、ここからの脱出に手を貸してもいい。」


「あんたさ、それ死ねっていってるのと同じじゃんかよ。」


「アサルト・ゼロから守ることは約束する。君は育った環境のこともあるだろうし、きちんとした法にかかれば少なくとも死刑はないと思う。」


「でも俺は公安隊をぶち殺さなきゃ。あいつらは、父ちゃんも母さんも、それで兄ちゃんも……。」


「君は一体何と戦ってるのさ。君の言う公安隊って何? 組織? 集団? その復讐は何人殺せば終わるの? じゃあ今日付で公安隊に採用されたらその人は殺す?」


「……。」


「自分がどうしたいのか、ちゃんと考えたほうがいいよ。目的が曖昧な感情まかせの復讐じゃ永遠に終わりがやってこない。けじめをつけたいのなら、それは明るい未来のためにやるべきだし、そうじゃなきゃ、けじめをつけたとは言えないよ。」


 柄にもなく何だか説教じみたことをべらべら喋ってしまった。

 もっと単純に、人殺しはいけませんってそう言いたいだけなんだ。


「あんたはさ、身内を殺されたことあんのかよ。」


「多分ないよ。でも逆はある。ずっと一人で、もうどうしようもないって時に大事な人ができたんだ。」


「どういうこと?」


「まぁいろいろ事情があってだね。お陰様で、自分以外の誰かのさ、そういう存在の大切さを学んだよ。」


「俺にとっての兄ちゃんみたいな人か?」


「さあね。ま、そういう事でさ。もし君が人類の平和のために公安を滅ぼしたいってんなら、別に止めようとは思わない。楽しく見物しているさ。」


「なんだよそりゃ。馬鹿じゃねえの……。」

 と、そう言う少年は俯いた。


「さてさて、世間話もほどほどに。取り敢えず僕は君との協力プレーがあってもなくても関係なく、今こんなところに捕まっているわけにはいかないんだ。」


 そういう訳だ。

 さっきから考えていたが、この少年の有用性もあまりなさそうだ。一人だろうが二人だろうが完全に拘束されていては意味がない。戦力ゼロに何を掛け算しようともゼロはゼロなのだ。


 せめて何かゼロでない、1の力があれば何とかなるか。

 自分というゼロ、クガマルというゼロ、そして少年というゼロ。

 しかし、その全ては一見ゼロの様に見えて、実はその小数点以下には若干の数字が隠れ潜んでいる。

 何とかその全てを合計し、ゼロから1に繰り上げたい。


「だけどよ、あんた両腕両足切られてんじゃねえかよ。俺とちがって手錠をかけられてるのと違う。もう、どうしようもねえじゃん。」


「そうだ。その通りだ。僕の状態はゼロとも言える。しかしそうじゃない、ほんの少しだけゼロよりはプラスに傾いている。」


「は? なに言ってるんだ?」


「同時に。君と言う戦力も完全なゼロじゃない。現状では僕より上だろう。」


「悪りぃ。意味不明だ。なんかの合言葉?」


「いや、脱出の可能性についての話だ。この中のすべてを使いきれば、一つのゼロを1に上げれる。」


 そう言うと芋虫のように床を這う潤史朗。

 床を這う。この行動ができることこそが彼にとってのゼロではない部分だ。

 そして少年の近くまで移動し、その頭の部分を少年の手の付近まで近づけた。


「君は指が動くね。」


「お、おう。」


「わかるかい? 僕の頭にくっついてるアクションカメラ。今から言う通りにボタンを操作するんだ。」


「わかった。そのカメラに何か凄い秘密があるんだな!?」


「そういうことさ。準備はいいね。それじゃあまず真ん中の赤いボタンを……。」

 

 アクションカメラの冷たい感触をその傷ついた指に覚え、少年は手探りの状態で入力ボタンに触れていった。


「これか?」

「違う、もう少し右の!」

「こ、これか!」

「行きすぎだ。左、もう指1本分左!」

「じゃ、じゃあこれ!?」

「そう! それ!!」


『アクティブコントロール――現在の設定は、エコノミー。』


「喋ったぞ!」

「あ、それ違う。間違えたわ。ゴメンちょっとコマンド忘れたかも。」

「ええ? つか、あんた何がしてえんだ?」

「取り敢えず右押してみて! 適当に押してりゃなんかなるわ。」

「ええ……。」



 一方その頃。

 二人が捕らえられた機動輸送車の外では、着々と戦力の再集結が進められていた。

 テントが立て直され、生き残った隊員はそれぞれカブタスの操作員として編成される。幸いカブタス自体への被害はたったの4基に留まった。

 地元公安隊への任務指定は実施済み。

 作戦には修正が加えられたが、その続行に問題はない。


「もはや、失敗は許されません。」

 

 カブタスを前に、一人呟く嵯戸である。

 うちの司令官は鬼や悪魔なんてものじゃない。失敗したら降格? 降格で済むなら是非ともそうされたい。

 彼は、正真正銘の死神だ。次何かあれば殺される。

 奴は本気でそれをやるだろう。


「嵯戸中尉、全ての準備が整いました。」


「ありがとうございます、レイシアさん。」


「? 中尉、少し顔色がよろしくないように見えますが。」


 見ればゾンビのような肌。その首筋にはじわりと水分が滴っている。


「レイシアさん、貴方は一体……。いえ、やはりいいです。司令は今どちらに?」


「司令ならばあちらに。」


「……そうですか。」


 この部下は、つい先ほどまでは自分に従順な優秀な側近であると思っていた。

 しかし違った。

 こいつは、あの死神の差し金だ。

 あの司令官はレイシアを通してこちらを常に監視し、そしてその気になればいつでもレイシアを使って殺せるということだ。

 何が側近か、馬鹿らしい。


「嵯戸中尉……。」


「いえ、ですから体調には問題ないと。」


「違います。中尉、地面が揺れています。」


「??」


 一瞬、彼女は何を言っているのだろうと思った。

 しかしその直後、揺れに気が付いたのは目の前のカブタスが動いているのを見てからだ。

 確かな振動を足の裏に感じる。

 そしてその振動は徐々に大きなものへと成長し、やがて立っているのも儘ならない程に強大化する。


 地面が震え、カブタスが跳ねる。

 並んだ輸送車もその場にて忙しなく振動し、あやうくテントが崩れかけた。


 しばらく後。

 約1分にも渡った振動はやがて静かに収まった。

 

「ま、また振動ですか!?」


「中尉、お怪我は?」


「いえ、私は大丈……。」


 地面に手をつき、嵯戸はその場でしゃがんでいた。

 レイシアは彼に対して手を差し伸べる。

 眼鏡の位置を修正する嵯戸は、その手を掴もうと見上げるが、その彼女の後ろに何やら不穏な物体が映り込んでいた。


 数十メートル後方。

 積み上げられたコンテナの上に、なんだか細いものが2本、ふよふよと動いて突き出されている。


 その実物を生で見るのは始めてかもしれない。

 すぐに浮かんだ感想としては……。

 まるでゴキブリだ。


「レイシアさん、う、後ろです。」


「?」


「ゴキゲーター、です。」


 そう言われて振り返るレイシア。

 ひょこりと顔を覗かせているゴキゲーターが一体。

 目が合ったそれは、ひょいと触覚をこちらに向けた。


「殲滅します。」




 機動輸送車荷室内部にて。

「お、おいアンタ。いまの地震か!?」

 揺れにおびえた少年は体を縮こませていった。


「大丈夫なのか? 崩落とか。お、おい、なんか言えよアンタ。」

 

 そういう少年に対し、無言の潤史朗。

 彼はできるだけ床に耳を密着させ、そして目をつむって暫く待った。


「おい!?」


「ちょっと。やばいかもしれない。」


 と潤史朗がそう言った次の瞬間である。

 突然に、外部より響いて聞こえる射撃音。

 あの虫ロボットが、ガトリング砲を撃っているのだ。


「な、なな、なにが起こってんだ!?!?」


「落ち着いて、仁太っち。手を止めないで、アクションカメラの操作を続けるんだ。」


「わわわわかった。」


 少年は潤史朗の指示通りに、その震える手でボタンの入力を継続した。




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