第53話 中央集積広場ー1
完全に見失ったカブタス13番機。
これに対応をした14、15番機も即刻撃破され追跡も不能。
奪われたカブタス。
奴はどこに、そして何が狙いなのだろうか。
「おのれ。地衛局め。」
残りのカブタスを全機総動員させ、これの捜索に当たらせた。
しかし一向に見当たらない。
こんなものに時間をかけているようでは本来の任務がおろそかになってしまう。また、それに加えて何より恐ろしいことは、これ以上の損失を部隊から出すことだ。現状3基を失っていることでさえ頭が痛いというのに、これに加えて更なる損害を受けようものなら、中隊長としての信用は地に落ちる。
だが奴の実力は未知数。次なる被害は十分に考えられるのだ。
早急な発見と、数的有利な状況を作り出し、一刻も早く鹵獲された個体の撃破をしなければ作戦への支障が増々大きくなるだろう。
胸がざわつく。
丁度そんなタイミングで。
今一番会いたくない人物が作戦本部に顔を見せた。
「作戦の進行状況はどうかな。嵯戸くん。」
そう言いながら、飛んでテントに入ってくるのはテントウムシ型ドローンことアサルト・ゼロの司令である。
「しししし、司令! こ、これは。」
急に声を掛けられた嵯戸は反射的に姿勢を正す。
「ん? どうかしたかな。」
「いえ。」
「まぁいいけど。いやぁ悪かったね、少し都庁に顔を出してきた都合でしばらく席を外していたよ。それで、作戦の方は?」
「いえ、申訳ありません、その。」
「うん。」
「……。」
俯く嵯戸。
テントウムシは彼に詰め寄った。
「なに? 早く言いなよ。」
「その、カブタスを、一基鹵獲されました。そして2基を、ロストしました。」
体をピンと硬直させ、嵯戸は震える声で回答した。
その横を。
テントウムシは黙って過ぎる。
「そうか。」
作戦本部。
その空気全体が冷たく張り詰めた。
「まぁ仕方ない。」
「!?」
「彼が来たんだ。」
「彼、と言いますと?」
「僕の同期さ。手強いよ、とっても。まぁカブタスが奪われるのも壊されるのも潤史朗くんが相手なら無理もない。」
その言葉に、嵯戸は自身の胸を撫で下ろした。
なんとか司令が現れる前に、この問題を解決しようと躍起になっていたが、司令が仕方ないというならばそうなのだろう。
少なくとも、司令の期待を裏切るような行為は免れたとみて良さそうだ。
だがこのテントウムシドローン、これ以上、嵯戸に潤史朗の相手をさせるのは少々荷が重いと判断したのか。
テントウムシは彼の横から作戦指揮に口を挟んだ。
「嵯戸くん、カブタスを全機こちらに戻すんだ。」
「!? しかしそれでは作戦が……。」
「既に微妙じゃないか。今は戦力をこっちに集中させて確実に敵を叩こうよ。潤史朗くんは恐らく本部を襲撃しに来る。というかそれしかない。逆の立場なら僕だってそうする。」
「わ、わかりました。」
このテントウムシが知っている潤史朗という男は、その体力にしても知力にしても、理屈では説明できない超人性を秘めている。
体力測定の結果では、普通の人間としては十分にあり得る範疇に収まるのだが、それが戦場ともなると、いつも信じられない事をやってのける。そんな彼にはある種のカリスマ性を強く感じざるを得なかった。
もし彼がアサルト・ゼロを辞めていなければ、今の自分のポストにいるのは彼だったかもしれないと常々思う。
それでそんな男が今、敵として立ちはだかる訳だ。
これは少々厄介、いいや、厄介どころか非常に危ない。
本気の対応が求められる。
「それと嵯戸くん。戦車の準備を。」
「戦車、ですか?」
「うん。」
かくして、作戦本部、中央集積広場に集まったカブタスが十数機。
本部を中心に円形陣で周囲を警戒し、そのフォーメーションに隙はない。
強い緊張感と警戒心により、しんと静寂を保ったテント内。
間もなく来るであろう潤史朗という男を待ち構えた
そして。
次の瞬間だ。
唐突に、広場全体の明かりが落ちる。
一瞬にして世界は闇へと転じた。
この急激な暗転に乗じて、奴は攻撃を仕掛けるつもりだというのだろうか。
しかし、そんな暗闇の対策が出来ていない筈もない。
各員はカブタスの操縦画面を素早く暗視モードへと切り替えた。
そもそも地下5000以下で戦うことを想定しているのだ。闇の中とて何ら問題ではない。
すると。
「ん? なんだね。」
嵯戸は不意に肩を小突かれた。
振り返るもその暗さに顔は見えない。
「君、指定された配置に……。」
と言いかけたその時、嵯戸の手には何かが手渡される。
ひんやりとした筒状の物。
これは一体……。
「なんだ?」
その謎の物体を持ったまま、嵯戸はハンドライトを手に取った。
「呪いの玉手箱さ。覚悟はいいね。」
誰かの声が遠くに聞こえた。
手の中の物に光を当てる。
黄色の、カセットボンベだ。
すこし見慣れない物だが、一体誰がこんなものを?
ラベルに黒で書かれているのは英語である。
「メガ……、キラー……。」
それ読み上げると同時に、嵯戸は今持っている物体が何なのかを悟った。
頭の中が白くなる。
既にその先端から白い霧がほんの小さく噴き出していた。
これは、つい先程見たアレだ。
「んぬぅわああぁあぁあぁぁぁぁああ。」
本物の爆弾ゲームか。
しかし、この閉ざされたテントの中、投げ捨てる場所などありはしない。
入り口はどこだ?
いや、暗くてそんなもの分らない。
どこに? どこに向かって投げればいい?
とにかく早く、早くしなければ。
爆発してしまう。
「んぁああああああああ!!!」
勢いで、そのボンベを咄嗟に投げる方向はテントの中央。
嵯戸はそれを投げると、自身は下に飛んで伏せた。
そして次の瞬間。
爆散。
闇に覆われたテントの中、殺虫グレネードから噴出した濃霧は、操縦装置の画面から溢れる光を空気中に拡散する。
悲鳴、いや奇声が上がった。
何も見えない。
ただ、そこに隊員たちが苦しみ、もがき、暴れる音で混乱した。
そんな地獄の中、テントが捲り上がるところに若干の光が差した。
両手で鼻と口を押える嵯戸は、死にもの狂いで走り出す。そして間一髪、テントの中を脱出した。
咳き込む。
しかし何とか生きている。
隊員たちの無事などは知らない。
一方、依然としてテント内に構えるテントウムシ型ドローン。
これへの被害はなさそうだ。
「流石だ。カブタスのセンサーが暗視モードに切り替わるほんの一瞬だけの隙に合わせて、君はこの円形陣を突破したんだね。仮にその戦法を思いついても、それを成し得る瞬発力が無ければ絶対に不可能だ。素晴らしい。」
「うげっ、うげっ。」
地面にむせる嵯戸。ほんの微量すらも吸ってはいないが、やはりとんでもない化学薬剤である。
そしてその上空に飛んでやってくる司令。
果たして、レイシアは。
まだテントの中である。
彼女は無事なのか。いや、メガキラーを食らって無事であるはずがない。
しかし。
全滅したであろうカブタスの操作員。
そんな中、ただ一基のカブタスがのっしのっしと動き出している。
「レイシア君か、よし僕も手伝おう。」
テントウムシ型ドローンはテントの中に飛んで戻る。
「大きな痛手ではあったけど、まだまだ彼とは3対1だよ。」
「いえ、司令。敵は二体です。」
「うん?」
「捉えました、人間の方が一体。4時の方向です。」
レイシアは無事であった。
そして彼女が操作するカブタスは、熱探知にて闇の中を駆ける潤史朗を発見。
そのトリガーを引き込んだ。
しかし、その瞬間側方より射撃を受ける。
奪取された13番機が、コンテナの上からこちらに向かって射撃を開始した。
このガトリング砲射撃に耐えるのは、カブタスの装甲とて何秒も持たないだろう。
レイシア機は、これに撃ち返しつつも他の機体を盾に後退した。
お互いに忙しく場所を移動しながらの撃ち合いだ。
闇の中に閃光の尾を引く無数の弾丸。
更にこの撃ち合いに参戦するはテントウムシ型ドローン司令の操る機体。
13番機は後退を余儀なくされた。
その射撃戦闘の様子をコンテナの影から観察しているのはこの男。
右側頭部にカメラを付けた地衛局員、潤史朗である。
彼は今、目の前の予想外の事態に一旦動きを止めていた。
あのテントの中の操作員は、爆散殺虫グレネードにより全滅したはず。
しかしなぜ、依然として2基が活動しているのか。
考えられるのは二通り。
円形陣の他に、バックアップとなる操作装置がテントの外、別の場所にも用意されていた。
二つ目。殺虫剤が効かない者、いや、対策を講じていた数名があのテントの中にいる。
どうだ。
後者だろう。
そもそもバックアップを他に用意するくらいならば、それがたったの2基というのは不自然だ。むしろそれをやるなら、円形陣そのものがフェイクであり、操縦装置が丸ごと別の場所に移してあってもいいだろう。
恐らく。
あのテントの中に嫌なやつがいるんだ。
流石はアサルト・ゼロ。
普通じゃない人間が混ざっている。
しかしそうとわかれば、こちらもやることは一つ。
たとえ強力な火力を持つカブタスとて、操縦装置もしくは操作員が死んでしまえばお終いだ。
一旦身を退く潤史朗。
そして乗り込んだのは高機動殺虫車だ。
クガマルが13番機を操って、あの2基の気を引いている今がチャンスである。
エンジンスタート。
蹴るように踏み込むアクセルは、床につくまでのキックダウン。
高機動殺虫車が飛び出した。
向かった先は作戦本部たる前方のテント。
そのまま跳ねて破壊する。
カブタス2基が気が付くが、もはや手遅れ。
こちらに振り返ろうものなら、13番機に撃ち抜かれる。
迫るテント。
高機動殺虫車はその中へと突撃した。
やった。
と、そう思った。
しかし何故か車が止まっている。
前方を塞ぐ何かに前進を遮られ、車両はそれ以上には動かない。アクセルをどんなに踏み込んでも無駄である。
13番機クガマルからの射撃。
車が止まると同時に、不意に動きを止めた片方のカブタスが破壊された。
カブタス同士の射撃戦闘はこれにて1対1となる。
しかし、こちらは何だ?
停止した車の前。
ヘッドライトを前進で浴びるのは女の隊員である。
一体彼女は何者か。
この女、まさか先程の殺虫剤攻撃に耐えたのか。
いや、耐えたのではない。
単純に効いていないのだろう。
こいつ。
人間じゃない。
いや、生命体かどうかも怪しい。
殺虫剤が効かないのであれば、こちらの武器はいつもの大口径ハンドガンとなる。もしくは自身の体、義足義腕で戦うか。
潤史朗は車両を降りた。
側頭部のアクションカメラ、そのフラッシュライトが女を照らす。
欧米人とのハーフとも見える顔だち。
纏った服は通常の戦闘服か。
だが、そんな事はどうでもいい。
先手必勝。
素早く拳銃を引き抜いた潤史朗は、それを彼女に向けて構える。
しかし回避する気もないのか、その女はそこで立ち尽くすのみ。
嫌な感じだ。
銃が効くのか、これ。
メガキラーすらも無効であったのだ。
だが何を迷おうが、こいつを撃たないという選択肢はない。
と、その時だった。
「お兄様。ですね。」
唐突にそんな事を口走る女。
一体何のつもりか。
「私をご存知ですか?」
「いや知らん。撃つよ。」
なんの冗談か知らないが、こっちは真剣だ。
降伏の意志がないならば撃って倒すのも止むを得ない。
増住知事にも頼まれているのだ。
躊躇いはあるが、迷うことは何一つないのだ。
トリガーを引く。
破裂音と共に鉛弾が飛び。
そして目の前の女の体を……。
貫かない。
跳ね返った弾が地面に転がった。
「その程度の銃器では効きませんよ。お兄様……。」




