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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
52/81

第52話 知事室



――地下の状況を報告します。

 只今、地下4900地帯には怪虫の侵入が確認されました。今のところゴキゲーターが数頭といったところですが、その範囲は広域にわたり総数は把握しきれません。

 人的被害にあっては極めて深刻な状況です。

 ただし、これはゴキゲーターによるものではなく、公安隊アサルト・ゼロによる緊急治安措置とみられます。

 怪虫の存在を確実に隠蔽するため、恐らく地下4900地帯にいた人間を全て消し去るつもりでいるのでしょう。

 彼らアサルト・ゼロはこの機会を利用して無差別な掃討作戦を展開、これにより地下に潜むテロリスト等を完全排除する狙いがあると伺えます。

 怪虫の侵入した原因にあっては依然として不明。

 このまま調査活動を継続します。


 以上が潤史朗から届いたメールの全文である。


 尾張中京都庁、知事室。

 パソコンの前にて頭を抱える知事。

 潤史朗からのメールが届いたのはつい先ほどである。


 このようなこと、このような事態を容認していいものか。

 否。

 断じて、できるわけがないだろう。

 

 尾張中京都知事、増住陽一は頭を抱えた。


 守るべき都民が、今、この足元数千キロ地下で虐殺されている。

 国はこの事態を黙認するだろう、そして世間はこの事実を知りようもない。

 公安隊、アサルト・ゼロによる真っ黒い正義が、こうしてこの町を救うのだ。


 そして、この作戦により尾張中京が被る損害は差し引きゼロに近いのも事実。

 一時的に地下4900という巨大なインフラを喪失することとなるが、同時に得られるものは、このメールにある通り危険分子の完全排除だ。

 また、人口問題にも寄与することは間違いない。

 要らない人間を始末した上で、再び4900地帯を開発すれば、ぎゅうぎゅうずめであった地下居住区には少なからず余裕が生まれるだろう。それは衛生的にも歓迎されるし、食料事情も改善が見込まれる。


 結局。

 すべては公安隊の手の平の上なのか。

 冷静に知事としての立場から、この町の将来を考えれば考えるほど、人が死んだほうが尾張中京に有益だと理解できる。


 人道的。

 いつも社会の足を引っ張っているのはこの言葉に他ならない。

 人道とは、余裕のある金持ちの遊びである。

 今を精一杯生きる者達にとって、綺麗ごとは二の次だ。

 もし4900地帯の虐殺が知れ渡ったとしたら、豊かな地上民が人道的な視点からそれを非難するのは必至である。

 しかし、残りの約8割の地下市民がこれを本当に反対するのかと言われれば、なんとも言えないのが正直なところだ。


 間違っているのだろうか、自分は。

 ただ、もはや反対しようが賛成しようが虐殺作戦は発動している。今更なにを悩もうが、もはやアサルト・ゼロを止められるはずもななく、また彼らが知事などという田舎のオッサンの話に耳を傾けるはずもない。

 

 この非常に危うい限界国家は、そのぎりぎりのバランスを公安隊という強大な権力機関が支えているのである。

 それを地方の知事がなんだ。

 小さな犠牲に心を痛めるばかり。感情的で何一つ大局を見れてはいなかった。


 この部屋から見える尾張中京都。

 美しい街並みは、港の方までずらっと広がり、いつもと変わらぬ日常だ。

 とても価値のある、何よりも尊い日常である。

 地下における犠牲という名の血を糧に、こうして今日も町は動く。


 それが。

 知事として、何にも代え難く。

 そして、やるせない。


 このような手段でしか、所詮都民を守ることはできないのだ。


 彼に返すメールの内容は、もはや何もない。

 一言、調査の継続を依頼するだけである。


 知事、増住陽一は頭を上げ、そしてキーボードに指を置いた。

 簡潔な一文を綴る。

 これでいい。

 あとは、送信ボタンをクリックするだけだ。

 知事として、彼にこれ以上の何かを依頼する必要は……。


 と、丁度その時であった。

 知事室の扉にノックの音が叩かれた。

 誰か来訪者の予定は聞いていないが、緊急時であるし突然の訪問もありうるだろう。


「ああ、誰かね。入って。」


 すると、ゆっくりと木製の扉が開き、そして姿を現したのは一人の若い男である。

 身に纏ったのは公安隊の黒い制服にベレー帽。

 特に詳しわけではないが、そのバッヂや階級章から、男が幹部隊員であることはすぐにわかった。


「非常時につき突然の訪問になりましたが、どうかお許しください。」


「あんたは?」


「アサルト・ゼロの、現司令官です。」


「な! なんと!?」


 この若い男が、あのアサルト・ゼロの司令官。

 まずそのことに驚愕した。

 どう見ても20そこそこの若造ではないか。

 抜群に優れた人物なのか、それとも親類の七光りか、もしくはそのどれでもない特別な理由でも?

 様々な憶測が立つが、そのどれか一つの理由があったとして、この若さでアサルト・ゼロの司令がありえるのだろうか。


 そんな知事の様子を、落ち着いた表情で見守る男。

 それはどこか心の余裕を感じさせ、確かに司令官としての器を秘めているようにも見受けられた。


「そ、それであんたは……。」


「はい。もうご存知であるかもしれませんが、この町の地下で、勝手ながら怪虫とその目撃者の殲滅作戦を展開させて頂きました。事後報告になったのはお詫び致します。」


「こ、殺したのか、君たちは。地下に住む罪なき人々を。」


「必要なことでした。僕としても非常に胸が痛い。けれど上に立つ者として、例え非情な作戦であっても、それを渋るわけにはいかなかったのです。」


 項垂れる若い司令官。


「決断したのは誰でもない、この僕です。胸が裂けそうな思いだ。しかし……。」


「そうか……。」


 これ以上、この若い男を責めようがない。

 彼は非難を浴びる覚悟で、そして無視もできよう田舎の知事にわざわざ頭を下げにやってきたのだ。

 自分では到底できない。

 決断し、そして筋を通す。

 何が司令官として若すぎるだ。こんな立派な人間はそうそういない。


「こちらこそ申し訳ないね。知事として結局私は何もできていない。」


「いえ、そのようなことはありません。」


「思いが先走るばかりで、自分の無力を痛感しているんだ。」


 こんな年寄りでは、変わりゆく時代の中で誰かを守ることなどできやしない。

 ステレオタイプな脳みそが、一番重要な判断を鈍らせている。

 この目の前の若者に、すべてを託してもいいのかもしれない。


「あなたならば、大衆の心に、誰よりも近くそれに寄り添うことができる。僕では決してできないことです。」

 その男、若い青年司令は言った。


「要件はそれだけです。お忙しいところ失礼いたしました。」


 そう言うと彼は、軽くお辞儀をした後、増住に背を向けた。

 逞しい背中だ。

 この町と国民の将来を凛と見据え。

 彼ならば間違いない。

 きっとすべてを託せよう……。



「待ちなさい!!」


 その時であった。

 小さな知事室に響く女の声。

 それはどこからともなく発せられ、扉の向こうに誰かいるわけではなさそうだ。


「だ、誰かね?」


 すると。

 窓の方だ。

 何かがぶら下がっている。

 

 いや待て、ここは都庁の最上階だが。

 なぜそんなところの外に、人間がぶら下がっているのだろうか。

 最初に気がつきギョッとした時は窓の清掃業者か何かだと思ったが、ゴンドラに乗っているわけでもなく、ロープ一本をベルトにつないで降りてきた。


 こちらも随分若い。

 若い女だ。


 ごついブーツに黒のカーゴパンツ。その上はタンクトップ一枚とワイルドな格好である。

 そして、そのブーツで固めた足を、少し後ろに下げてどうするのかと思いきや、次の瞬間それを思い切り振り抜いた。

 窓ガラスは勢いよく室内に飛散し、同時に女は知事室に飛び込んだ。


「な!?」


「知事、お下がりください。彼女は過激派の一味でしょう。」


 立ち上がる増住知事。

 青年司令は女との間に立って知事を守る。


「は? 誰が過激派よ。ふざけんじゃないわ。って、誰かと思えばアンタ……。」


 相対した二人。

 どうやら顔見知りの様子であるが、戦闘態勢は崩さない。


「なんだ、何かと思えば龍蔵寺くんか。君も落ちたものだね。昔から野蛮ではあったけど、遂に過激派にまで成り下がるとは。」


「アンタは相変わらずね。どうしようもなくクズだわ。ここで殺してあげようかしら。」


「僕も、君に引導を渡してあげてもいいのだよ。さてどうしようか。」


 にらみ合う二人。

 姿勢を屈め間合いを探る沙紀と、そのままの状態で怪しく微笑む男であった。


「か、彼女は一体……。」


「ふふっ。ご安心ください知事。こう見えても彼女は僕の元同僚です。何をしでかすかわからない危ない女ですが、やっていいことと悪いことの分別はつく人間です。おや、しかし窓を蹴破ってくるあたり、そうでもないですかね。失礼、ただの発狂女でした。」


「ご紹介どうも。」

 そう言う彼女の両眼は、ほんのりと赤い光をその奥の方に静かに照らした。


「悪いけど、あんた。ちょっともう帰ってくれないかしら。ウチはそっちのオッサンに用事があんのよ。聞き入れられないなら容赦なくぶっ飛ばすわ。」


「ほお、それが改良人間の赤く光る瞳か。で、僕をこんなところでぶっ飛ばして? 君の身柄が無事で済むとでも?」


「できないと思ってるわけ?」


「どうでしょうね。」


 一瞬の間。

 今にも飛び掛かりそうな沙紀と、余裕の表情である男だ。


「わかりました。いいでしょう。僕はおとなしく帰ります。その代り、知事にこれ以上不敬な態度はとらないこと。約束できるかい?」


「なによその言い方。」


「約束、できるかい?」


 そういう男は、彼女の前に一歩進み出た。


「不敬かなんだか知らないけど、ウチがそんなことするはずないでしょ。」


「ふぅ。どうだか。ま、いいでしょう。」


 と、そう言いながら彼は増住知事の方を振り返る。


「僕はここでお暇させて頂きます。この女に何かあればすぐに公安隊が駆けつけますので。」


 颯爽と知事室を後にする青年司令。

「それでは失礼致します。」


「まぁ、今更来たところで全て手遅れなんですけどね。」


 そう一言小さく呟いて。



「さて、邪魔者がいなくなったところで。」

 沙紀は増住の方をみる。


「アンタ、どういうつもり。」


「な、なにがだ、お嬢ちゃん。」


「なにが、じゃないわよ。ある程度の調べはついてんだから。ボケかましてんじゃないわよ。」


 沙紀はそう言いながら知事の席にどかんと座り、執務机のパソコンに向かった。

 勝手に叩き始めるキーボード。

 知事はその行動を止めようとも試みるが、彼女の勢いに圧倒され、近づくことすら難しい。


 そして、開かれたのは潤史朗からのメールであった。

 そこで彼女の手が止まる。


 と、思いきや。

 不意に持ち上げられる彼女の拳。


 次の瞬間。

 その右腕が凄まじい勢いで叩き付けれられる。


 パソコンが飛んだ。


「ふざけんじゃないわよ!!」


 光る両眼。


 それはギラリと、知事の方へと向けられた。


 して、おもむろに立ち上がると、腰から抜かれるのは黒く冷たい拳銃だ。

 彼女は増住に歩み寄ると、その喉元に銃口を押し付けた。


「あんたぁ!! これを許したわけ!? さっきの男の言うことを認めたわけ!!」


 殺気を纏い詰め寄る沙紀に、増住は何とか弁明しようと口を動かすが、喉に突きつけられた拳銃により、言葉がうまく発されない。


「どうしようもないことくらいわかってんのよ!! アサルト・ゼロは既にもう動いてるし、ゴキゲーターを隠蔽し通すのが難しいことも、そのくらいわかってる!! それでもお前!! できることを全部、何から何まで全部やりきって!! その上でこの答えを出してんのかよ!! どうなんだ!! え!? 言ってみやがれってんのよ!!」


 荒ぶる沙紀は尚も続けた。


「治安が何よ! 少しの犠牲ならいいってんの!? お前! 今にも殺されそうな奴の前でそれ言えんのか!!」


「地下で死ぬことがどんなに恐ろしことか!! お前は、それがわからねえなら、今ここでウチが殺してやろうか!!!」


 肩を大きく上下させ。


 それを言い切ると、彼女は増住から銃を放した。


「気にいらないのよ。誰かの犠牲でいい思いをしてる連中が。それとも、アンタの家族を皆殺しにすればよく分かるかしら。」


 増住は圧迫されていた喉を手で擦り。そしてゆっくりと立ち上がった。


「目が、覚めたよ。わたしは、何をしていたんだろうな。やはり老いたということなのか。」


「は? なに言ってんのよオッサン。」


「すまん、一発ここを思い切りぶってくれんか?」


 そう言って頬を差し出す増住知事。

 そしてすぐその瞬間、彼女は全くのためらいなし。

 鋭い鉄拳が炸裂し、そっちの壁に知事は吹き飛んだ。


「いでで。はは。若い人からパワーを貰えた。いいパンチだ。」


 と、掠れ声で言いながら、また立ち上がる知事である。


「皆を救いたい、皆を守りたい。私はずっとそう思っていて、それで知事になったというのに、なんて様なんだ。」


 彼はよれよれと、そこに立つ沙紀を尻目に執務机に向かう。


「お嬢ちゃんの言うとおりだ。無力なのと諦めるのは関係のない話なんだ。私は、私にできることをしよう。結局それでも他人頼みだが、しかし誰かに頭を下げることくらいはできるんだ。」


 もう一度、彼は返信用のメールボックスを開いた。


「あんた、それでどうするつもり?」


「彼が頼りだ。」


「彼?」


「君の言う私の家族はね、今、地下で戦っているんだ。」


 知事はキーボードを叩き始める。


「できるだけの人を救ってくれ、潤史朗。」


「彼ならやるわ。彼が本物の潤史朗なら、人の命を諦めるようなことは絶対にしない。」


 そして増住は返信メールを打ち終わり、送信ボタンをクリックした。


「ウチも地下に潜るわ。それじゃ後よろしく頼んだわよ。」


 そう言って去り行く沙紀。

 途端にこの知事室は増住一人、静かな部屋へと成りかわった。


 彼にできる唯一のこと。

 しかしそれは願うばかり、頼むばかりのことではないはずだ。

 ずっと前からその構想は頭の中にあった。

 怪虫に対し非常に脆弱である尾張中京都。

 SPETがないこの町を守るのは一体だれなのか。それは決して公安隊ではないはずだ。


 組織の再編。

 戦える人材を集め、そして装備を揃える。

 その改革、今こそやるべき時なのだ。



 潤史朗から更にメールが返ってきた。


――了解しました。尽力しましょう。




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