第51話 封鎖区画ー4
公安隊、対ゴキゲーター殲滅兵器、ZKV-X01、通称"カブタス"
その破壊力は凄まじい。
ゴキゲーターを一体沈めるには、戦車一両、その一回の砲撃では不十分だと言われている。
しかし戦車ではそもそもゴキゲーターの速度を捕捉できないし、またゴキゲーターが生息する地下では進入困難な場所も多いだろう。そしてもう一つ大きな問題として、地下には一体何匹のゴキゲーターがいるのかということだ。おそらくは戦車50台の弾薬を合計しても、会敵が予想されるゴキゲーターの頭数には対応しきれない。
そこで登場するのがカブトムシ型ロボ、カブタスである。
これに搭載された大口径超重ガトリング砲を浴びせればゴキゲーターなど粉々。また6本の足はあらゆる路面に対応しており、不安定な場所での射撃安定性を実現、さらに足を小さく縮めれば、かなり狭い場所にも潜入が可能である。
これが公安隊が新たに開発した兵器なのだった。
「だが。」
破壊したカブタスの付近で、これに細工を施すべく作業に集中していた二人。
クガマルがぼやく。
「確かにゴキゲーターに対してはある程度の効果が見込めるだろう。しかし逆に言えば、それ故にコイツは欠陥兵器ともとれる。」
「ふぁ? あんだって?」
「独り言だ。まぁ気にすんな。」
「なんだよ~、言いなよ~。」
「んな事よりかオメエ、この後どうする気なんだ。」
「ふぁ?」
「ふざけてねえでよ。」
「ああ、まぁそうだねぇ。」
と言いながら、カブタスの下に潜って両手の工具で腹部を弄り回していた潤史朗は一旦作業の手を止めた。
「少なくとも自衛はしなきゃね。すぐにでも次の個体が襲ってくるだろうし。でも撤退する選択肢は端からないわけで。だから当初の予定どおり作戦本部に行くさ。何をするにしてもそこからでしょ。」
「だがオメエ。それだと最悪の場合な、いや、既にこの状況だ。行けば衝突は免れんだろう。」
「そりゃそうだ、うん。だけど、今の僕はやる気十分だ。むしろこっちから仕掛けるさ。」
「ほほう。」
潤史朗のその言葉にクガマルは彼の方を振り返る。
同時に、腹に潜っていた潤史朗は下からぬるっと顔を覗かせた。
「僕を狙って撃ってくるのは百歩譲って、まぁよしとしよう。だけど……。」
そして立ち上がる潤史朗。
その見つめる先にある物は、床一面に、畳何畳分にも広がった大量の血の跡だ。
「この状況をよしとする事に納得できない。」
「奴ら公安は別に間違っちゃいねえよ。こうすることで間接的に地上民を救った。」
「ならこれが最善だったのかい? 他にもやれること、その選択肢を諦めてさえないんじゃないのか?」
「じゃあ何だ? オメエは私情で喧嘩すんのかよ、公安と。」
「しよう。」
「本気か?」
「これ以上彼らに地下を任せてはおけない。ここ一帯の指揮権を地衛局として掌握するんだ。」
「……。」
「なにさ。折角戦争するってのに、いつもみたいにギャハギャハ言わないのかい? 元気がないねえ。」
「オレを何だと思ってやがんだ。まぁいい、やるならやれ。手伝ってやる。せいぜい油断しない事だ。」
「悪いねぇ。」
どのみちクガマルの言っているとおり、もはや公安隊との衝突は避けられない状態であった。
既に先制攻撃を受けているわけで、今更作戦本部まで行ったところで仲直りなんて到底は無理な話である。
しかし現在の状況、地下5000メートル境界層を突破された状態で、これを公安隊に任せ、地衛局が引き上げて良いものか。
できるはずがないだろう。
これは尾張中京全体の問題だ。
今直面している危機に背を向けるという行為は、この町の壊滅に直結し兼ねない事態である。
4900地帯はやられた。
公安が何を企んでいようが、これ以上の怪虫の侵攻は1メートルたりとも許されはしない。
時は、少し遡ること数刻前。
中央集積広場にて中隊長嵯戸のもと作戦指揮本部が展開されていた。
車両で囲んだテントの中、設置された机に並べられたのはカブタスの遠隔操縦装置である。
画面が開き、ボタンとスティックが揃う。その1セットにつき隊員が1名ずつ割り振られ、合計で20基近いカブタスが活動状態におかれていた。
高度通信車で作戦全体を監督していた嵯戸であったが、状況も落ち着き余裕ができたのか、車両にレイシアを残して一人テントのところまでふらふらとやってきた。
テントを少し捲り、頭を屈めて中に入る。
各操作隊員はみな嵯戸の存在にも気が付かないほど画面に集中していた。
画面をとおして見るそれは、まさしくカブタスのメインカメラが現在見ている地下の景色である。
薄汚れた地下の道。
それらは複雑な経路を辿って目標物を探しまわるが、画面の隅に表示される情報共有マップに基づき、どんなに細く隠れたような裏道も、漏らすことなく各員の連携により徹底した探索活動がなされていた。
その内の一台、それの操縦画面を覗きこむ嵯戸。
最新兵器の性能はいかがなものかと。
それが期待に見合った代物なのか非常に気になるところであった。
何しろこの対ゴキゲーター専用兵器カブタスは、将来的に全日本地下の覇権を握るべく開発された希望の新兵器であるからだ。
この日本列島地下空間では、数年前よりとある機関とのパワーバランスが歪な形に変化していた。
その始まりは全て、殺虫剤メガキラーの出現にある。
一体どう言う訳か、なぜか地下衛生管理局の外には決して出回らない強力な化学薬剤。成分も生成方法も不明、しかしメガ級地底害虫に対しては絶大な効果を誇った。
かくして、公安隊では全く太刀打ちできない怪虫共を地下衛生管理局なんて地味な組織が、その殺虫剤を使用することで、いとも簡単に怪虫を駆逐し始めたのである。
そして勢力図は西から。北部九州、畿内阪神、中を飛ばして大東京と、列島地下を地衛局カラーで染めていったのだ。
当然公安隊としてはこれを面白くは思わないわけだ。またそうでなくても、治安維持の観点から見れば、公安隊の権威が落ちるのは大きな問題といえる。
その為の新兵器の開発。
まずは尾張中京から。この兵器の能力が実戦で証明されれば、もはやメガキラーなど不要、地衛局を地下世界から排除することができるのだ。
地衛局など、地味なドブ掃除がお似合いだ。
駆逐トラックやら高機動殺虫車やらなどと洒落臭い。
本来ならば、当然そこには公安隊があるべきなのである。
カブタス。
まさに希望の新兵器である。
そしてこれを任された嵯戸中尉。
この兵器を使って尾張中京を制覇せよと。本作戦の真意はそこにあるのだった。
嵯戸が覗き込む画面は、カブタスのメインカメラから送られてくる映像。
早速映り込んでいるその動体物は。
ヒトである。
煤で汚れた汚い男。
それに照準を合わせてスティックのトリガーを軽いタッチで引き込んだ。
静かに火を噴くガトリング。
画面上の男は赤く散って消え失せた。
嵯戸は操作員の肩に手を乗せる。
眼鏡の下は半月状。
目が合った操作員に満足気な笑顔を送ってみせた。
カブタスは更に活動範囲を拡張する。
どこの画面を見て回っても、それは大変順調。スムーズで確実な作戦行動が展開されている。
ハイレベルな追い込み戦術により、とある倉庫の従業員たちは一点に集められた。
一斉射撃攻撃により人の体は面白い程簡単に飛散する。
まるで果実をミキサーにでもかけているような光景だ。
撃ち殺される瞬間の彼らの表情ときたら愉快な事この上ない。
また、やたらと喚いているように見えるが何を喋っているのかここからではほとんど聞こえない。
それを想像してみるのも、また面白かった。
た、たすけてくれー。ひゃあー、死ぬー。
そんな感じだろうか。
実に滑稽だ。
「嵯戸中尉。」
そう言ってテントに入って来たのはレイシアである。
「こちらの様子はいかがでしょうか。」
と、そう言った直後に嵯戸の表情を目にし、そんな事をわざわざ聞くまでもない事を理解した。
稀にみる上機嫌な中尉である。
「ふっふっふっふ。とてもとてもいいですよ、レイシアさん。」
レイシアも嵯戸の横につき、カブタスの戦闘状況を覗き見る。
一方的な攻撃力。
人間は無論、稀に発見したゴキゲーターでさえ敵ではなかった。
「ご覧になりましたか? いかがしょうレイシアさん。とてもいいではないですか?」
「同感です。」
「ゴキゲーターの排除、そしてゴキゲーターの目撃者の排除。この作戦はただそれだけには留まりません。」
「と、言われますと?」
「この作戦を行う事で得られる副産効果。そう、これにより地下4900地帯に潜むテロリスト、マフィア、過激派、そんな危険分子を完全に掃討することができるのです。そうでなくとも、穀潰しの底辺地下民を一掃できるのですよ。これは全都民にとって大変大きな利益となりましょう。ふふふふふふふ。ふっふっふっふ。」
嵯戸は口を開いて大きく笑う。
「素晴らしい。なんと素晴らしい。久しぶりに気持ちが昂りましたよ。ふっふっふ。ふははははははは。」
と、丁度その時だ。
歓喜あふれる嵯戸の高揚に対し、そこに水を差すかのように一人の隊員が言った。
「嵯戸中隊長。地下衛生局が……。」
「殺しなさい。」
「了解。」
嵯戸は間髪入れずに返答した。
その命令に考える必要など何もない。
むしろ地衛局は殺した方が都合が良いと言うものだ。
彼らの時代は終わったも等しい。
しかし。
何もかもうまく進むという訳にはいかないようだ。
「中隊長。取り逃がしました。現在追跡中です。」
その隊員の発言に、額の脈がピクリと動く。
「どうしたのでしょうか。13番機のあなた。」
「申し訳ありません。ただいま捜索を行っております。」
「……。」
その操縦装置の後ろに付いた嵯戸とレイシア。
どうやら少し厄介なネズミが紛れ込んだのか。
隊員の腕に問題はないはず。
手強いネズミもいるものだ。
そうしてしばらく後。
ゴキゲーターを破壊、続いて熱探知により先ほどの地衛局の男を捕捉した。
「貸しなさい。」
嵯戸はそう言うと、少し乱暴にその隊員を席からどかして自分でカブタスの操縦スティックを握った。
たかがネズミ一匹、されどネズミ一匹。
このような小さなものでも、見逃すと後々大きな問題と発展するのはわかっている。
して、自らの手によって完全抹殺しようと言うのだ。
「死になさい。」
熱探知。
射撃開始。
更に熱探知。
射撃。
「本当に素早いネズミですね。」
カメラを通常モードに切り替え、カブタス前進。
再度狙いを定め……。
と思いきや、今度は異常な速度で目の前を走り抜けて行った。
「な、なんです?」
とにかく追撃だ
人間なんぞ一発でも弾を当てることができれば死ぬのだから。
前進。
するとその時だ。
不意に壁の向こうから飛んできた謎の小型ボンベ。
それは途端に爆散する。
煙幕のつもりか。小賢しい。
視界が晴れる所まで更に前進する。
その瞬間だ。
突然前に飛び出できた動的物体。
見つけた。
馬鹿め。
「もらいましたぁあああ!!」
と。
しかしよく見れば、吹き飛んだのはただのフォークリフト。
人間ではない。
「こ、これは……。」
続いて次の瞬間、唐突な不具合が生じる射撃装置。
トリガーを何度押してもエラー表示が止まらない。
「くそっ! なんです! なんなのですかこれは!!」
操作スティックを右に左にと、無茶苦茶に倒しまくる嵯戸。
しかし状態は一向に回復しない。
「ぬわあああっ! こんのぉおぉお!」
そう叫んだかと思った時。
突然ぶつりと画面が暗転。
カメラが損傷したのか、それとも別の要因か。
どうやら他の操作入力も受け付けなくなってしまったようだ。
「……。」
嵯戸は黙ってその席を立ち上がった。
そして一言。
「14番機。」
隣の操縦装置を担当する隊員に言った。
「13番機を破壊しなさい。」
「了解。」
嵯戸は静かに、自身の眼鏡の位置を修正した。
しかしその右手には血管が凄まじい。
「状況は随時報告して下さい。よろしいですね。」
状況が変わった。
あんなネズミ一匹ごときに、この作戦を台無しにされるわけにはいかない。
先ほどの説明の通り、今作戦は非常に大きな意味を伴っているのだ。
もちろん、自分の昇格も掛かっている。そしてなにより司令から期待されているのだ。
どんなことにも些細なトラブルは起こり得るのだ。
ここで対応を間違ってはいけない。
落ち着け。
リカバリーは十分に効く。
「14番機さん、いかがでしょう?」
「はい、えー現在……。」
と、隊員がそう言いかけた時だ。
14番機のカメラに映りこむ13番機の姿。
が、それと同時に沈黙。またしてもカメラの映像画面が暗く落ちた。
「15番機さんっ。」
「ただいまそちらに。」
なんてことだ。
「13番機を……、いやどこに?」
いると思ったところに存在しない13番機。
そうしていると、突然の衝撃でカメラがぶれる。
沈黙する15番機。
またしてもコントロールが落ちた。
「……。」
振り上げられる嵯戸の拳。
それは大きく机に叩きつけられた。
机上の操縦装置がガタンと揺れる。
静まり帰った13、14、15番機のコントローラー。
3基のカブタスが行動不能に陥った。
いや、その内の1基は行動不能どころの騒ぎではない。
「……、鹵獲された……。」
虎の子一基を奪われた。




