第50話 封鎖区画ー3
向かい合ったカブトムシ型ロボットと、そしてゴキゲーター。
突如として現れたカブトムシロボットに、ゴキゲーターは臨戦態勢を整えた。
振り回す触覚で間合いを測り、ガチガチと鳴らす大顎でカブトムシロボを威嚇する。
正直、この威嚇音を間近で聞くのは不要に心臓を驚かせるので嫌なのだが、これに対してカブトムシは全くもって怯んでいない様子。それもそうだろう、ロボットなのだから。
一方こちらのカブトムシロボは戦闘準備は万端だ。いつでもかかって来いと言わんばかりの余裕が伺える。両目のランプを赤く点滅させながら、背中のガトリング砲塔は既にゴキゲーターを射撃軸線上にピタリと収めている。
しかし。
まさか可能だとでも言うつもりなのか。
鋼鉄のような外殻と、不死身に近い生命力を持ち合わせるこの怪虫を。
屠るとでも。
そして次の瞬間。
先に動き出したのはゴキゲーターだ。
両翼を大きく広げ、六本の足で素早く地面を滑走した。
コイツの狩りの瞬間を客観的に見るのは初めてかもしれない。その疾走速度ときたら、時速換算は難しいが、とても生身で逃げ切れるものではないだろう。
広げる大顎、開いた羽は威嚇の意味合いが半分以上。
だが。
その羽は自身の的を大きくしているだけである。
ガトリング砲がローリングを開始した。
同時に、耳をつんざく様な超絶連続破裂音が飛ぶ。
爆音が倉庫の壁を小刻みに叩いた。
一直線に連なる弾丸はまるでレーザービームの如く。
ゴキゲーターに命中。
体が削れた。
破片が飛んだ。
体液が噴き出した。
ゴキゲーターの体は、その3段階を繰り返し続ける。
弾に当たったゴキゲーターの体はみるみる内に散っていき、少しづつ減っていくように、体のパーツが飛散していった。
人間ならば数発でバラバラにされる強力な射撃だ。
しかしこの虫、一体何発食らう気なのか。
連続射撃時間はすでに30秒ほど続いている。
当にゴキゲーターは前進不能な状態に。
隣の段ボール壁に、吹っ飛んだ節足が突き刺さっている。
射撃が止んだ。
ゴキゲーターの体は、文字通り粉々だ。
体の大半を周辺一帯にばら撒いて、残った腹部のみが微妙にひくひく動いているのみ。
唯一繋がっていた左後脚も、根元は半分千切れており動きまわることは当然不可能な状態である。
ゴキゲーターが、成す術もなくやられた。
極めて一方的な戦いだ。
そしてこの後、カブトムシはゴキブリを食べることも無ければ、勝利に喜ぶ素振りもない。
ただの殲滅。
このロボにとっては人間もゴキブリも同列のようだ。どちらもただの的である。
「ヒトと虫を区別しないあたり、まるでどっかのクワガタムシみたいだね。もしかして仲間?」
「いいことだろ、全ての命に平等なんだ。お前等人間は好きだろ? 平等とか公平とか。」
「まぁ冗談はさて置きだね。」
「あ?」
「やりおったよ、あのカブトムシ。」
巨大スチールラックの段ボール上。
潤史朗とクガマルは息を潜めて、この激しい戦いを観戦していた。
初めて目にする公安の新兵器。
その攻撃力は、潤史朗を驚かせるには十分であったようだ。
「別に凄かねえだろ、そんなもんはよ。」
「と言うと?」
「敢えてボケてんのか? 銃でゴキゲーターを殺すこと、原理的には何ら不可能じゃねえ。ただ、生身の人間が持てる程度の火器じゃあ無理、それ以上の銃器となると地下空間での取り回しが困難だ。弾丸も馬鹿みてえに沢山いるしな。効率が最悪だし現実的には難しい。まぁその点、そこのカブトムシは上手くやってらぁ。」
「あの背中の大きなバルカン、威力も半端ないけど、それを虫型ロボに乗せる事で自在性を得てるわけか。ふむ。ボディの中身は大半は弾薬庫かな? まさに対ゴキブリ決戦兵器だねえ。」
「どうだかな。っておい、呑気に考察してる場合じゃねえぞ。」
「ほ?」
見れば、カブトムシロボのガトリング砲が真っ直ぐこちらを向いているではないか。
そもそもゴキブリを倒しにきたのか潤史朗を倒しにきたのか微妙なところだが、とにかくは逃げる事が先決だ。
いや、逃げるというよりかは、タイミング的には回避すると言った方が正しいだろう。
咄嗟にジャンプする潤史朗。
それと同時に火を噴く銃口は、潤史朗のいた場所の段ボールを宙高く吹き飛ばした。
隣のスチールラックに飛び移った。
それでも射撃をやめないガトリングは、段ボールを破壊し続ける。
盲目的な射撃だろうか。
いや、段ボールを挟んでも、射撃軸線は潤史朗に合っている。
しかし段ボール箱も中身が空というわけではない。
何かしらの荷物が詰まっており、それが障害となって潤史朗への命中を阻んだ。
「熱探知だねっ、ありゃ。」
「ごちゃごちゃ喋ってねえで走れ! 早く車に戻れってんだ!」
スチールラックを飛び移りながらに喋る潤史朗。
それを追ってカブトムシ型ロボも動き出した。
「いやいや戻りませんて、ここで撃破するって言ってんじゃないの。」
銃弾の嵐が頬を掠める。
「あ!? 馬鹿かオメエ! 相手は……。」
「相手は!?!?」
「ロボだぞ!!」
「それだよ! それ! 勝機のヒントはまさにそこだ!!」
「はあ!?!?」
潤史朗はスチールラックから飛び降りた。
空中にて、側頭部アクションカメラを操作する。
『設定が変更されました。現在の設定は、ハイパーアクティブ。周囲の状況を確認し、安全に活動して下さい。』
いつもの電子音声でアナウンスが流れている。
だが。
何故かそれは、まだ喋ってる。
『システムに異常が検知されました。接続状況を確認しエラーチェッ……。』
しかし今日という日は、ガトリングの喧しい射撃音で何を言ってるのかほとんど聞き取れない。
どうせいつも通り、安全になんとやらと無駄に喋っているのだろう。
地面に着地する。
ガトリング砲の横部分、その射撃管制カメラと目が合った。
次の瞬間、潤史朗は横に走り出す。
ハイパーアクティブの強烈な蹴り出しは、ゴキブリ以上の速度で地面を駆け抜けた。
カブトムシの目前を横切る潤史朗。
しかし、ガトリング砲塔の旋回速度は、ぎりぎりだが彼の走りには追い付かず、放たれた弾丸は全て潤史朗の後方へと流れて消えた。
走る潤史朗。
次なる壁に身を隠した。
カブトムシはそれを追い、六本足で前進する。
と、そうしてロボが壁の影を覗き込んだ
その時だ。
その向こう側から突然投げられた小さなボンベ。
カセットボンベサイズの小さなそれは、ラベルに“MEGAーKILLER”の文字が綴られている。
爆散殺虫グレネードである。
ロボがそれを判別するや否や、突然に破裂。
噴出した殺虫薬剤、その白い濃霧がカブトムシの視界を覆った。
しかしそれが止むのにそう時間はかからない。
それを振り払うように、カブトムシ型ロボットは更に前進。
濃霧から抜ける。
が、またしても次なる手が来るか。
側方より何かが高速接近。
砲塔を向ける。
潤史朗か。
いや。
フォークリフトだ。
フォークリフトが目の前を横切るように突っ走ってくる。
確かに、このような大規模倉庫なのだからフォークリフト一台や二台あっても当然なのだが。
果たしてこのロボットが、これを何と判断したのだろうか。
とりあえず射撃。
破壊する。
ガトリング砲はまたしても火を吹かした。
フォークリフトの屋根が飛び、そして吹き飛ばされるように横転した。
待て。
血液の飛散が見られなかった。
無人なのか。
いや、罠か。
これに対し完全に破壊する必要があるとみたのか。カブトムシロボは、横転したフォークリフトに砲塔の狙いを定め。そして射撃を実施。
……するつもりだったのだろう。
だが、弾が発射しない。
まさかの弾切れか?
いいや違う。
この状態は弾詰まりだ。
「意外と欠陥兵器だな。」
と。
そう言う潤史朗は、カブトムシの背中に乗っていた。
カブトムシは随分遅れてそれに気が付く。
ガトリング砲には、その弾薬ベルトに手斧が挟まっており、次弾を引き込めなくなっていた。
「よし。」
暴れるカブトムシ。
しかし、もはや体を振る程度で潤史朗を振り落とすのは困難だ。
「これが攻略法さ!」
潤史朗はロボに掴まりながら言った。
「クガマル!! こいつが自立型のロボットかと思ったかい!? 残念違う! 見てのとおりポンコツだ!」
そう言う潤史朗のところに、フォークリフトの陰からクガマルが飛び出して現れた。
「どういうこった。」
「遠隔操作されてるんだよ! 人の手によってね。最初見た時から違和感を感じてたけど、その違和感ってのはコイツが最初に僕を目撃したその瞬間さ、射撃までにタイムラグがあっただろう? AIじゃそんなことはあり得ない!!」
と、潤史朗はカブトムシに必死にしがみ付きながら叫ぶ。
「迷ってたのさ! 車を見て僕を地衛局の職員だと認識する! それで撃っていいものなのかってね! 上に判断を仰いでいたかもしれないし。」
油断すれば飛ばされてしまいそうになる体、両腕には更に力を加えた。
「ほかにも! 突然現れたフォークリフトにびっくりして、誤認射撃するなんていかにも人間らしい! っていうかクガマル! はよ手貸してよ!」
段ボール棚に突進するカブトムシロボ。
慌てて砲塔に身を伏せるが、その突撃でスチールラックが一つ傾いた。
段ボールの中身が固いものだとしたら危なかっただろう。
「もうちょっと頑張れや。俺はフォークリフトの操縦でお疲れだ。」
「おいおいおい、いや、まじ、もう落ちる!」
「ったく仕方ない奴だな。どうすりゃいい?」
「拳銃じゃ効かなそうだから、君の顎でひん剥いてくれ! 中の受信装置をやれば止まるはず!」
「あいよ。」
そうして作業を進める二人。
一見堅そうに見える甲殻、もとい装甲板も繋ぎ目を見つけてクガマル自慢の顎ペンチで引っ張れば外装は簡単に取り外せた。
中の受信機も構造は簡単。といっても単に破壊するだけで事は済む。数分もかからずにカブトムシ型ロボットを完全に沈黙させることができたのだった。
動かなくなったカブトムシロボを、潤史朗とクガマルは二人並んで眺めた。
近くで見れば意外と繊細。
作りこまれた細部は、複雑な稼働と大きな運動エネルギーを見事にいなす。この重量をもって、のしのしと車両を追いかけてくるとは技術としては非常に優れているのだろう。
だが。
まだまだ課題が多く残されているようにも見える。
単純なことだが、例えばゴキゲーターの幼虫が今の手斧のように弾薬ベルトに引っかかったらそれで終わる。また砲塔の旋回速度もイマイチ、果たして横移動するゴキゲーターを捕捉できるのが疑問が残る。
実験機といえば十分な期待が持てるが、第一線に配備するにはまだ試験運用データが不足していると言えよう。
何にしても、これを早く使いたいがために中途半端な段階で無理やり引っ張り出してきたような、これの運用者側の考えが透けて見える。
「更に言うと。熱感知モードと通常のカメラを同時に使いこなせないのも人間が操作する弱点だ。熱感知は便利だけど、それを見ながらじゃ歩き回れない。どういう表示形態をとっているのかはわからないけど、熱感知と通常カメラに同時には意識を向けれないから、だからフォークリフトの出現時それが人なのかそれ以外なのか判断に遅れる。それで、熱感知で僕を探すのがおろそかになったんだ。」
「なるほどな。確かにそれがわかってんだったら、あのまま車で逃げるよりかは、こういう場所で決着をつけたほうがいいだろうな。」
「あのまま逃げたら、他の個体と連携とられて囲まれたかもしれないし。」
「ったく。そこまで考えてんだったら早く言えってんだ。くそ。」
「ははは。」
ここで一つ、潤史朗には改めて思うところがあった。
バラバラ死体の赤い沼。
それをやったのはAIではなく、間違いなく人がその手でトリガーを引いたのだと。
カメラ越しでもわかるだろう。
人が滅茶苦茶に吹き飛ぶ様子が。
これが、アサルト・ゼロのやり方か。
自分が昔、この組織に所属していたのかと思うと体の芯から寒気がした。
人の死体は見慣れている。
ただ、それが人の仕業によるものかと思うと何とも心が落ち着かないのだ。
クガマルが言う通り、やはりこれは公の秩序のために必要なことなのだろうか。
もしそれが的確であって、例えば多くの地上民がそれを許容していたのならば。
世間は少しどうかしていると、そう思わざるを得ない。
「おい、何ぼーっとしてやがんだ、オメエ。」
「へ? ああ、そうだね。先に進もうか。」
「はぁ?」
「ん?」
「オメエ、コイツそのままにして行く気かよ。そりゃいささかぼーっとしすぎだろ。目開けて寝てんのか? だったら起きな。とっとと作業に入んぞ。」
「君は、いったい何をするつもりなの?」
「オメエ……。そうだな、ほら、将棋で飛車角とったらオメエどうするよ。大事に保管すんのか? ちげえだろ。」
「え? できるの? その~、そんなこと。」
「ぎゃはははははははははははははっ。わかんねえなぁ、やってみねえと。だが、無茶苦茶ワクワクすんじゃねえか。ぎゃははははははははっ。」
広くて高い大規模倉庫。
悪魔の笑いがこだました。




