第5話 自宅
そして暫く走り続け、男は自宅に到着する。
小奇麗な建て売り住宅が、ずらっと並び立つ住宅地。
隣の家も同じ作りだが、軒先に並ぶ車は男の軽トラックとは比べものにならない程の高級ドイツ車だ。
だがしかし、こちらの家だって敷地内のもう一台は国産の3ナンバーSUV、合計すれば……、いや合計しても敵わなかった。
さて、表札の名前は自分の苗字とは異なるが、ここは紛うことなき自分の住処だ。
「ただいま~。」
玄関の扉を開いて中に入る。
大きな荷物は、高性能ドローンたるクワガタロボに吊り上げさせ、自分が持つのはリュックサックのみ。
それを中へと放りこむと、スニーカーの靴紐を解く。
「おかえり、ジュン。」
座って紐を解く男の背後から、聞こえて来たのは女の声。
男は一旦振り返ると、彼女の方を見上げて言った。
「ジュンではないぞ。お兄さん、もしくはお兄ちゃんと呼びなさい。いいかい?」
そこに立っている女は、この男の妹であった。
見た感じの年齢は十代後半くらいだが、彼女は何故か仁王立ちで通路を阻み、険しい顔で男を見下ろしていた。
「おやおや、何かあったようだね妹よ。」
「はあ?」
「おじさん今日はいないの?」
「職場の飲み会。」
「では妹よ、一体どうしたというのかね。」
「どうしたと思う?」
「ふむ、何かお怒りのようだが。」
「そーだよ。お怒りだよ、私。」
「ふむ。謎は深まるばかりであった。完。」
「まぁ、いいや。とりあえず上がれば。」
「ふむ。」
靴を片付けて家に上がる男とクワガタ。
クワガタは、通りすがりに妹の方を向いて飛ぶ。
「タダイマ! タダイマ! ナツコ、タダイマ!」
「うん、お帰りクガマル。」
「タダイマ! ナツコ、タダイマ!……。」
絵に描いたようなロボット声を出すクワガタ。
先程までの邪悪なお前は一体何処に行ったと突っ込みたくなるが、このドローンは家のなかではこう振る舞うよう言われているのだった。無論当人にとっては不本意であるが、流石に素を出してしまうのは色々な意味で良くないのだった。
しかしながら、このロボット演技に対しての、まるでペットを見るような妹の反応、クワガタロボ自身そこまで嫌ではなさそうだ。
「家に帰ってまず冷蔵庫、そしてコーラを開栓し、ぐわぁっと流し込む一本!くぅうううううっ。よい! 叫びたい!」
「コーラ、ウマイ! コーラ、ウマイ!」
「そしてぇええ、更にプリンを発見するジュンシロ―! おーっとこれはっ。駅前の高級なやつだぁ!!」
「コウキュウ、プリン! コウキュウ、プリン!」
「それ私のだから。あと、冷蔵庫いつまでも開けとかないで。」
妹が後ろで冷たく言い放った。
「そうか。ふむ。それでは致し方ない。」
「シカタナイ! シカタナイ!」
「ねぇ、ジュン。ジュンシロウさ、……地下で仕事してるでしょ。」
背後で呟くようにそう言う妹。
その瞬間男は飲みかけのコーラを咽かえした。
「ゴホンッゴホンッ、えー、妹よ、何か言ったかね?」
「地下で働いてるでしょ。」
「うん? え? いや。」
「この前聞いたとき、事務の仕事って言ってたよね?」
「ジムシゴト! ジムシゴト!」
「うむ。そうとも妹よ。」
「でも今日地下にいたよね?仕事で。」
「ふむ。」
男は首を横に捻る。
やばいな、秘密にしている地下業務をなぜこの子が知っているのだろうか。
まさかの臭い。
いや、支部に戻ってからしっかりシャワーを浴びた筈だ。むしろ、お兄ちゃんいい匂いだねっ!!と言われてもいいはず……。
わからん。
妹よ、どういうつもりだ。
そう思う男は、さっとクワガタの方に目をやった。
「コーラ! ウマイ! プリン! ウマイ!」
使えないロボットだ。
「地下に潜ったり、そういう危ない仕事はやらないでって言ったのに。」
「ほうほうほう、妹よ、君はなぜお兄ちゃんが地下にいたと思ったのであろうか。そこんとこぜひ詳しく教えて頂きたいなぁ。」
「来て。」
「ふむ。」
久々に入る妹の部屋。
昔はピンクだらけで鳥肌が立ったが、大学生となれば少しは落ち着いたか。
所々に女の子らしさはありつつも、シックな感じのインテリアだ。
そして案内されるのはノートパソコンの前。
妹はおもむろに、動画を再生し始めた。
――「は~い、どうも、こんにちわ~。ようこそ~、ヒカリン・チャンネル。毎度おなじみのヒカリンで~す。」
マジか。
と、男は思った。
動画の中にバイクで現れる男は間違いなく自分だ。
アクションカメラが放つフラッシュライトの逆光により、はっきりと顔は映らないが、家族であれば十分にわかるレベルであり、また、今も耳の上に着けているアクションカメラが動かぬ証拠だった。
「どういうこと?」
「え? ああ。うん。そうね、うん。」
「ねえ。」
「おう。」
「おうじゃなくて、これジュンだよ。映ってたひと。」
正直ほっとした。
あの事件のあと、公安職員と共にビデオカメラを確認し、一番まずいところは映ってないと確認していたが、それでもこうして改めて見てみると緊張する。
もし、これが最後まで映ってたらどうなっていたことやら。
男はそっと胸を撫で下ろした。
「ソレ、チカ、チガウ! チカ、チガウ!」
クワガタロボがそう言った。
「え? どういう事?」
「つまり、そういう事だよ、妹。この痛い人たちは、自分たちが地下5000メートルに来たと勘違いしてたのさ。そうだな?クガマル。」
「ソノトーリ! ソノトーリ!」
「そう、なんだ……。」
「そうなのだ。だから、……まあ、心配かけてごめんな。お兄ちゃんは大丈夫だ。それじゃな、まだ家でやる仕事があるんだ。」
ナイスであるクワガタムシ。
どうやら地下潜入の妹の疑いは完全に晴れたようだ。
だがそれよりも、兄よりもロボットの方が発言に信頼があるのは一体どう言うことなのだろうか。まあ、ロボットだから当然なのか。
まあ、いずれにしろ一件落着である。
そして、妹の部屋を出ようとしたところ、男は服の袖を引っ張られ、不意に静止させられた。
この妹、まだ何か疑っているというのか。
「待って。」
「ふむ。」
「……、オムライス、あるから。」
「そうか。……それはよい。」
そうして後にする妹の部屋。
が、しかし男はもう一度、少し戻って彼女の部屋に顔を覗かせた。
「ありがとな。夏子。」
そしてそれに答える妹は、本日最初の笑顔を彼に見せた。
「さてと。」
「感謝しろよな、お前。言い訳に困ってただろ。」
自室にて、素に戻ったクワガタがそう言った。
「そんな事ないさ。弁論で僕に敵う人なんて地球上に10人しかいない。」
「その数字どっからでてきたんだよ。」
「……部屋が片付いている。」
「妹がやったんだろ。」
「だろうね。」
男はそう言うと、部屋の隅に置かれたガラスケースのところまで、いそいそと這って近づいた。
「よし。減ってない。」
ガラスケースの中に収まっているものは、男が長年かけて集めた食玩コレクション。
ケースの中には生物大百科と題された、様々な生物のフィギュアが並べられていた。
「……捨てろよ。」
「あり得ん。たわけめ。」
と、いつまでもコレクションの鑑賞をしていたいところだったが、明日の仕事の準備もしなければいけない。
ノートパソコンを開き電源を入れる。
それが起動するまでの空いた時間、男はコードを引っ張ってくると、それをクワガタロボットの尻に突き刺した。
すると羽の隙間が赤く光る。これが充電中のランプであった。
「なんの仕事だ。」
「スライド作る。」
「スライド?」
「うん。あした何かどっかの大学で講演しなきゃあかんのよ。」
「お前が? 大学生に? ぎゃははははははっ、それ受けるわ。学生たちゃこう思うぜ、一体どこのガキが来やがったのかってなぁ。ぎゃははははははっ。」
「まあ、そうだろうねえ。うん。」
「絶対お前の話なんて聞きゃしねえよ。ぎゃははははははっ。」
「クガマルさんや、ちょっと家の中モードに戻ってくれませんかねえ。」
「ぎゃははははは、断る!ぎゃははははははは。」
パソコンに向かってキーボードを叩き、ぱちぱちと作業を進める男。
クワガタロボットは、暇なのか、部屋の中をなんとなく飛んでみたり、再起動してみたり、ゴミを顎で切断してみたりと忙しない。
まあこれもいつもの光景なのだが、暇つぶしするドローンなど、恐らく世界にこれだけだろう。
そしてこいつは案外おしゃべりだったりする。
「それでジュンシロー、明後日以降はどーすんだ?また新種の害虫捜査なのか?」
「いいや、それよりも抜け穴調べになるだろうな。」
男は手元を止めずにクワガタに答えた。
「どーいうこった?」
「今回侵入した一般人が3名。公安隊の人らも不思議がってたよ、一体どうやって侵入したのかって。地下5000の境界は厳重に警戒しているし、全てのゲートを見張ってる。」
「なるほど。」
「それでもし、公安も知らない穴があるとすれば、それは大変まずいことだよ。」
「だろうな。今日みたく、境界付近にゴキゲーターがいる可能性もある。」
「もしもそんな穴が本当にあったら……。」
「滅茶苦茶面白しれぇええじゃねぇえええかよぉおお。ぎゃははははは。」
「そう言う事さ。」
「ぎゃはははははははは。」
「だからヒカ何とかさんの脳神経外科送りは一旦差し止めてる。変に記憶を改変されちゃあ、重要な情報がパーだからね。」
「ぎゃはははははははははっ。」
「スライドできた。」
「おう。」
「寝る。」
「おう。ご苦労。」




