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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
49/81

第49話 封鎖区画ー2

 

 決して美しいとは言えない人間の死。

 顔は青白いが、飛散した血液がその大半を黒く汚している。

 胴体はボロ雑巾のようだ。上と下で千切れかけたその間からは、露出した中身、判別不能の臓器が湿った醜い塊となっている。


「銃殺、にしても相当大きな弾で吹き飛ばされてる。一体何が……。」


 潤史朗は顔を上げて周囲を見回した。

 過激派による戦闘行為が勃発したのか。だが、それにしてはやけに静かだ。

 無駄な爆発も銃撃戦の跡も見当たらない。

 何よりこの人間、どうみても非武装民。普通に工場などで働いてる作業員の格好だ。

 戦闘に巻き込まれたのか。

 いや。

 もっと単純に、殺人という名の事件。そう捉えることも考えられなくはない。


「クガマル、君はこれをどう思う?」

 

「静かに。」

 クガマルが突然言った。


「音が聞こえる。」


 センサーをフルに稼働させるクガマル。

 潤史朗の方も、その場にうつ伏せると片耳を地面にピタリとくっつけた。


「こっちに向かってきてる? ゴキゲーターか、いや違うね。」


「ちげえな、全然。もっと重てえ何かだ。」


 しばらくそうしていると、その音や地鳴りは耳を澄ませずとも聞こえてきた。


 規則的な歩行音。

 甲高いのは電動的な、モーター?

 そしてこの硬い感じの接地感、金属性の物体とも思える。


 この道の先、大きな交差点に巨大な影がゆっくりと姿を現した。


 それは、黒い大きな巨体である。

 丸太のように太い脚は6本。その先端には地面を抉るかのような爪が生える。

 光を返さない黒い甲殻は、甲羅であって装甲だ。

 全長は高機動殺虫車と同じくらい。

 虫と言われれば虫だが、あらゆる面でゴキゲーターとは全く別物。

 またそれは。生き物ではなかった。


「で、でけえカブトムシロボット。」


 の背中には、何やら物騒な物が伺える。

 遠目に見ても明らかなシルエット。背中にはガトリング砲が鎮座した。

 他にもアンテナやらが生えているが、一体あれは、未来からやってきたロボット兵器とでも言うつもりか。

 

「かっちょええ。」


「ジュンシロー。車に乗れ。」


「なんで?」


「いやな予感しかしねえぞ。」


 巨大なカブトムシ型ロボットは、背中の砲塔をゆっくりとこちらに向けた。

 青くピカピカ点滅する両目。ガトリング砲の横にも緑のセンサーがランプを光らせていた。


「ま、まさか?」


「そのまさかだ!」


 と、そのガトリング砲が回転を始めると同時、潤史朗はその場を飛び退いた。

 

 極めて断続的な爆発。虫が羽ばたく音のような射撃音だ。それでもって銃口から上がる火は途絶えることなく、その衝撃は地下空間全体を細かく揺すった。


 地面に当たった弾丸の嵐。アスファルトの飛沫が迫り来る。


 ぎりぎりでその射撃線を回避した潤史朗。

 昇った粉塵に伏せながら、車両のところまで走りきる。

 飛び込むように乗車。

 シフトレバーをRに。

 しかし、射撃の手は緩むことなく襲い掛かかる。

 フロントガラスが粉砕、ガラス片が車内に激しく飛び散った。


 車両は後ろ向きに走り出した。

 足元の空間に身を伏せていた潤史朗は、ほとんど後方を見ずにバックで発車。

 その間も車両にはボコボコと弾が突き刺さった。


 タイミングを見て素早く引き上げるサイドブレーキと急激なハンドル操作。

 その場でタイヤを滑らせながらに、車体を振り回して180度の転回。

 そしてカブトムシ型ロボに背を向けて今度こそアクセルを床まで踏み抜いた。


 四輪駆動のブロックタイヤは、その全輪をもって地面を突き飛ばし、破壊的なほどの加速でとんでいく。

 割れたバックミラーに映るカブトムシはあっという間に点ほどの大きさになり、T字路を曲がった後には完全に振り切った。


 銃弾の猛吹雪は治まったようだ。


 それからも道路を何回か複雑に曲がって逃走経路をごまかすと、ようやくそこで停車する余裕ができたのだった。


「クガマル、損傷は?」

「ない。オメエは。」

「ない。」


 いったん大きく息を吐き、ハンドルを握っていた両手の力を緩める。

 到着して早々とんだ状況である。


「良かったじゃねーかジュンシローよ、普通の車で来てたら5秒も持たずに爆裂炎上フィーバーだったぜ。ぎゃははははははっ。」


「つか、なんじゃありゃ。クガマル、これフロントガラスあれだよ? 凄い偉い人とか守れるやつだよ。」


「見事に抜かれたな。」


「もしかして公安の新兵器?」


「他に何があんだよ。あれがテロリスト? バカ言ってんじゃねえ。」


「じゃあ何で撃ってくんのさ……。」


 先ほど路上に倒れていた人間、まさかあれに撃ち殺されたとでも言うのか。

 死体の状態からして、殺すのに最低限の弾丸を1発か2発、胴体に貰ったのだ。

 逃げるという発想もなく、突然現れたあのマシンに撃たれたとみるべきだろう。無駄に走って、あのガトリングの掃射を余計に浴びていれば、人間など文字通り木端微塵にされてしまう。


「わからねえか? 何で撃ってきやがんのか。」

 クガマルが言う。


「え?」


「いや、わからねえのが普通か。まぁすぐにわかるだろう。自分の目で確かめろ。」


「なんだそれ。まぁ言われなくてもそうするけど。」


「……。」


 とにかく、まずはあのロボットから完全に逃げる必要がある。

 あれが、あの一基しかいないと思い込むのは早計だ。

 公安の兵器であったならば、それなりの頭数は揃っているはず。

 あれを潜り抜け、いかに作戦本部まで辿り着くか。


「いや、この状況。作戦本部に行く意味って……。違うな、寧ろ行くべきだろう。」


「だな。」


 全ての情報はそこにある。

 あのカブトムシをどうするにも、そこで話をつけなければなるまい。


 と、そう考えているとまたしても聞こえてくるモーター音。

 モーター音は足関節の可動による。

 先ほどの個体が、律儀に追いかけて来ているのだ。


「車を出せジュンシロー。奴は鈍足だ、車には絶対追いつけねえ。」


「いや、むしろ車を降りよう。」


「ああ!? なに考えてんだオメエ。気でも触れたか。」


「すぐそこにあるのは、……大規模倉庫の入り口だね。行こう。」


「おいおいおいっ。」


 クガマルの話を全く聞かず、潤史朗は車を降りた。

 

「おい待て! オメエ、車にゃメガキラー積んでんだぞ! そいつを置いて何するつもりだ。」


「むしろメガキラーを守るために車を降りる。」


「は?」


「考えがあるんだ。」


 鉄の扉、ドアノブは引っかかりなく滑らかに回った。

 重たいがストレスなく動く。

 潤史朗とクガマルは内部に足を進めた。

 倉庫内は天井から大きな照明がいくつもぶら下がっており、アクションカメラからライトを照らす必要性もない。

 また左右に積み上げられた段ボールは、十数メートル上の天井付近までそびえ立ち、壁のように倉庫内を区分けしていた。


「いいね。ここで確実に一体を仕留めよう。」


「殺虫剤でか?」


「んなわけないでしょ。まぁ確かに、他は拳銃くらいしか持ってないけどね。なんとかはなる。うん。」


「車で逃げりゃ手っ取り早いだろ。置いてった車が破壊されちゃぁ目も当てらんねえぞ。だからやめとけ。」


「まったく君は、クガマル。まぁ任せなっての。」


「どうなっても知らねえぞ。」


 そうして彼らは、さらに奥へ足を進めた。

 比較的きれいな大規模倉庫。

 段ボール箱の壁で仕切られた内部は、複雑怪奇な迷路状ということもなく規則的に整頓され、また所々に設置された地図もあり、倉庫内で迷子になることもなさそうだ。


 とりあえず防護マスクは今すぐ必要ないだろうと、潤史朗はそれを顔から外して首に垂らした。


 そうすれば新鮮な空気が……。

 と、そう思って息を大きく吸おうとした。

 だがしかし。それは反射的に中断される。

 マスクを外した途端に感じる異臭。

 つんと鼻の奥をつく様な違和感。何度も嗅いだことのあるあの臭いだ。しかし、これほどまで強烈な刺激であることはそうそうない。

 何だかとても嫌な感じがする。


 これは紛れもなく死の臭いだ。

 しかし放置されて腐乱したときのような、いわゆる死臭ではない。

 もっと新鮮な。

 生臭い方。


 悪い予感しかない。


 潤史朗は、その臭いの方向へと足を進めた。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 できるだけ足音を消した。

 段ボール壁の向こうに、床に飛び散った血が見える。


 背負ったボンベを片手で開栓。

 防護マスクを再びつけた。


 壁に背を。

 そしてゆっくり顔を覗かす。



 細長く揺れて動くのは、触覚だ。

 艶々の体、腹がうねうねと動いている。

 六本足に、頭は小さく、その先に出る牙で、赤い塊を貪った。


 ゴキゲーター発見。

 敵は一体。


 しかし。

「なんだこれは。」

 防護マスクの下、声が漏れないほどの大きさで潤史朗は小さく呟いた。


 なにがなんだ、とは。

 その一帯に広がった死体の山だ。

 赤黒い沼のように。

 しかし、部分的にはくっきりわかる。

 転がるそれは、人間の頭だ。また足に腕もはっきりわかる。

 人間のバラバラ死体が沼を形成しているのだった。


 放射ノズルを持ち上げる。

 人差し指はトリガーに。


 だがしかし、そこで潤史朗の動きは止まった。


 動いている人が、いる。

 目が合う。

 目が合ったそれは腰から下が千切れて無い。

 両手で沼をかいて、内臓を引きずりながらゆっくり進む。

 もはや虫の息か。


 その人間に気が付いたゴキゲーター。

 ゴキゲーターはぴょんと跳ねてそれに覆いかぶさると。

 それの頭に牙が入る。


 ばきりと、竹を割ったような高い音が倉庫中に響き渡った。



「よくある光景だ。なんで撃たねえ。」

 クガマルが頭に乗って喋る。


「この状況が不自然だからだ。」


「?」


 上を見上げる潤史朗。

 段ボール箱を支えるのは巨大なスチールラック。足をかければ登れそうだ。


「確認したい。」


 そう言って潤史朗は段ボールの壁を上り始めた。

 あくまで音を立てないようにゆっくりと。


 そして間もなく到達する天辺。

 体を箱の上にうつ伏せると、そこから顔だけ覗かせて潤史朗は下を見た。


 バラバラ死体の沼を這うゴキゲーター。

 食事が終わるまでもう少しは掛かりそうだ。

 見た限り、もはや生存者はない。


「やはりね。」


「んあ?」


「ゴキゲーターはさ。捕食はするけど、賢くないから。沢山殺して後でまとめて食べる、何てことしない。」


「だろうな。」


「そこにいる個体はただの死肉漁りだよ。で、今僕が乗ってる段ボールタワーを見ればいい。そういう事だ。」


「バカみてえに穴が空いてんな。」


「あのカブトムシの仕業だね。」


 あのカブトムシ型ロボットの背負うガトリング砲。

 倉庫従業員があの武器によって殺されたとみて間違いない。

 逃げ惑う従業員はこの区画に集められ、そして一斉掃射を浴びせられたのだ。


「クガマル。さっき君が言っていたことの意味がわかったよ。」


「ほほう。」


「あのカブトムシが人に向けて銃を撃ってくる理由。」


「答えは?」


「死人に口なしってこと。4900以下の人間を消して回ってるんだ。」


「正解。」


「……。」


「どうした? 黙りやがって。公安隊と戦争するか悩んでんのか? ぎゃはははははははっ。いいんじゃねえのか? ぎゃははははははは。」


「冗談はさて置いてさ。いや、よくやるよなって。思って。」


「やるしかねえだろ。」


「え?」


「ゴキゲーターがバレたらどうすんだよ。」


「それは……、ほら、公安の脳神経外科に。」


「じゃあ50人に見られたらどうする? 100人に見られたらどうする? もっとだな、んじゃあ1000人に見られたらどうすんだ? お?」


「……。」


「全員殺しとけ。その手段は俺たちにもあるんだぜ? どうしようもない大多数にゴキゲーターを見られた場合、メガキラーでゴキブリごと一掃しろ。」


「それが、僕にできないと知ってて言ってるだろ。」


「ぎゃははははははははは。代わりに俺がやってもいいんだぜ?」


 しかし、もし自分がその状況に陥ったら……。

 いや、それでもその手段を決してとることはないだろう。

 邪悪なクワガタはすぐに人を殺そうとするし、こうやって人の心を揺さぶるのが大好きだ。

 迷う必要なんてそもそもない。

 なんのためにゴキゲーターを殺すのか、それはもちろん人を守るためだ。

 それで人も一緒に殺していては本末転倒というものだろう。

 クガマルはそれをわかって言っている。

 ただ、一つ。

 本当にそうなった場合、どうやってゴキゲーターを隠蔽するのかは大きな課題と言えよう。


 そして、そんな現実に今直面しかけているのだ。



 そうしてゴキゲーターを見下ろしている最中。

 その触覚が急にぴたりと動きを止めた。


「感づかれた??」


「いいや、ちげえ。」


 次の瞬間だ。

 耳をつんざく様な爆発音の連続。

 粉塵が舞い、倉庫の壁が吹き飛ばされた。


 ゴキゲーターがそちらの方に体を向ける。


 そして。

 その白煙の中、ゆっくりと姿を現すのは黒い巨体のカブトムシ。


 向かい合う両者。

 一方は漆黒の、一方は艶のない黒。

 体のサイズはほとんど同じ。


 ゴキブリとカブトムシ。

 似てる様で全く似てない。

 両者は数十メートルの間をおき睨み合った。


 

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