表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
47/81

第47話 大会議室

 

 

 地下衛生管理局中日本支部。

 その建物3階大会議室では、非常事態につき災害対策本部が設置されていた。


 尾張中京都は今、未曽有の生物災害の危機に瀕している。

 その危険は誰も知らない。

 外を歩く一般人。一体誰が、この地下深くで恐ろしいことが起こっていると想像していようか。彼らにとっては、今日という日は紛れもなく普段通りの日常で、異常事態など起こりようもないのだ。

 しかし現実には、その足元地下のずっとずっと奥深くで。

 それは確かに起こっている。


 メガ級地底害虫が、一線を越えたのだ。


 対策本部には、ありったけのノートパソコンと各課の職員、そして電話の嵐でごったがえしていた。

 他機関からの問い合わせは電話を休ませることなく鳴らし続け、またこちらから地底支所への連絡も、電話回線が焼き切れるのではないかというほどに断続する。


 現状では事態の終息への見込みは全く立っていない。

 都市建築課から構造物の破損個所の問い合わせが殺到したが、一体どこに穴が開いているのかなど完全に不明。

 都市防災課からは安全避難区域の問い合わせが来るが、現状が把握できていない以上回答のしようがない。

 ほか、水道局、ガス会社、道路公団、病院、消防、更には公安隊からも、あらゆる方面からの問い合わせが押し寄せた。

 そのどれもが、早急に解決すべき緊急の案件である。

 だが答えようがないのだ。

 

 地下衛生管理局、中日本支部の誰一人として今地下で何が起きているのか全くわかっていない。

 ただ地底に設置した監視カメラの映像が、そこに這いまわるゴキゲーターの姿をはっきりと映し出していた。ただそれだけの情報。

 彼らはそれを覚知すると同時に、あらゆる機関に警戒宣言を発したものの、その監視カメラの映像以上の事は不明のまま。続報も入らなければ他のカメラの映像にも何も映らない。

 当然、地底の支所にも連絡をとったが、あちらも全く事態を把握していなかったようであり、支部からの連絡で初めて異常を知ったようだ。

 

 早くも支部の情報収集力は限界が近い。

 続報があるとすれば、今度は人的被害の知らせが来る。

 もしそうなれば終わりだ。

 メガ級地底害虫の存在を一般人に知られれば、現日本の治安維持体制が揺るぎかねない事になる。


 災害は弱いところをついて来ると言うが、今回の事案はまさにそれだ。

 メガ級地底害虫の存在が認知されているにもかかわらず、その脅威レベルが低いからという理由で、地衛局の上層部は尾張中京にSPETを未だ配置していなかった。

 そして、いざこのような事態になってしまえば、もはや手の打ちようがないのである。


 地底支所の人間に現場を確認せよとでも言うつもりか。

 それは死にに行けと言っているようなものだ。

 公安隊も同じ。彼らとて過激派連中を制圧することができても、怪虫に対しては無力であると言っていい。



「すみません、現在確認中ですので……。」


 全ての問い合わせに対する回答は、これしかなかった。


 唯一の希望はSPETの到着のみ。

 異変を覚知して早々に応援要請をだしたが彼らの到着まで一体何時間かかることだろうか。

 

 そしてまた、彼ら地衛局中日本支部が一向に情報を掴めないのには、実はもう一つの理由があったのだった……。



「一体どうなっているんだ。」


 おもむろに会議室へと入って来た男が言った。

 しかし職員らは目の回るような忙しさのあまり、その男が入って来たことにすら気付かない。


「誰か説明できる者は?」


 スーツにウインドブレーカーを羽織った男は、適当にその辺の職員を捕まえて聞くが、碌な回答を得る事ができなかった。


 忙しい、と言うよりはもはや混乱。

 今何をすべきなのか、それをわかっている者が果たしてここにいるのだろうか。


「あ、これは、知事。みえたんですね。」


 その最中一人隅っこに立っていた男、情報課長の野口のみが、今入って来たその男に気が付いた。

 野口は一旦、携帯電話をポケットにしまう。

 例の彼とは連絡がつかないまま。恐らく全職員宛てのメールは届いてはいるだろうが、彼の正式な所属は公安隊であって非常事態招集メールを受信できる設定にしているのだろうか不安である。


「野口くんか、一体なにがどうなってるんだ。」


「いやぁ、それがですね、まぁなんといいますかね、はい、その、ええ。」


「はっきりせんかい。」

 ウインドブレーカーの男は野口に対して語調を強めた。


「すみません。実はその。何も……。」


 何とも要領をえない回答だ。


 男の額に、青白い血管が浮かび上がる。


「誰か! 現状を説明できるもんはおらんのかぁあ!」


 全員の手がピタリと止まった。

 会議室の前で怒鳴る中年男が一人。

 止まった手にある受話器から、その向こうの声のみが会議室に響いてる。


 大声からくる一瞬の静寂。

 全員が今、その男の存在を、都知事の来訪に気が付いた。

 中年男のウインドブレーカーには、ハートマークと尾張中京の文字。

 良くテレビに映っている顔である。


 彼は一度咳払いをすると、声調を落ち着けて仕切り直す。


「皆さん、非常対応ご苦労様です。それで、一度状況を整理したい。支部長は?」


「出張中です。」


「では、野口君。みんなをまとめなさい。」


「ぃええ、あ、はい。」


 狼狽える情報課長であったが、取り敢えず会議室中央のプロジェクターを起動して正面のスクリーンに全員の注目を集めた。


「えー皆さん。ご存知の通りでありますが、現時刻よりおよそ3時間前、この映像が地下4900メートルのカメラでとらえられました。」


 スクリーンに再生される映像。

 解像度は最悪だが、画面を右から左へと移動する黒い物体が確かに映り込んでいた。

 一瞬だが、スローで再生すれば6本足。

 ゴキゲーターである。


 近くのパイプ椅子に腰かけた知事は、腕を組み片手で顎を撫でる。


「これがその、ゴキゲーターというやつなのか?」


「そうです。」


「似たような別の生き物である可能性はないのかね。」


「あるでしょうが、しかしご覧の通り虫です。ゴキゲーターでなくとも、メガ級地底害虫には違いありません。この道路の道幅から概算をだしましても、どう見ても2メートル超えのバケモンです。」


「成程、続けて。」


「はい、ですが。これだけです。」


「なにぃ?」


 野口の発言に、都知事は立ち上がった。


「場所と時間はわかっているんだろう? 現場付近の封鎖は!? 避難命令の要請はどうなっている!? 被害情報! 公安の要請! 説明すべきことが山とあるんじゃないのか!?」


 知事はまたしても声を荒げながら、目の前の野口に詰め寄った。

 額の血管が、またしても浮き上がる。


「いやぁ、それが……、ですね……、」

 課長の眼がぐるぐる回って泳ぎ回った。


 その時だ。


「なるほど。それで情報が一切入らないのですね。」


 知事を無視してキーボードを叩き続ける音が響いている。

 若い男。

 側頭部にはアクションカメラを装着した。


「志賀くん。来ていたのか。」

「潤史朗じゃないか。」


 彼はエンターキーを景気よく叩くと、ノートパソコンから目線を上げた。


「知事。現在地下の4900以下ですが、公安隊によって警戒区域が確立されているようです。」


「どういうことだね。公安隊ならすぐにでも問い合わせて……。」


「普通の公安隊じゃないですよ。アサルト・ゼロが来てるんです。」


 そう言ってパソコンを閉じ、そして立ち上がる潤史朗。

 その後ろから、どこからともなくAIドローンのクガマルが現れた。


「そういうこったぁ。連中は普通の部隊とは別もんだからな。地衛局とつるんで動く気なんてさらさらねえだろうよ。んで警戒区域に設定された4900以下は、通信網から何から何まで切断してやがる。完全に封鎖して好き勝手にやる気なのさ。ぎゃはははははっ。」


「それが情報の入らないわけ、ということかね。」


「そうです。」


 潤史朗の肩にとまったクガマル。

 二人は知事の前まで歩み寄った。


「彼らは、一体何を企んでいるというんだ。」


「それはなんとも。」


「……。」


 それが、現状中日本支部が手も足も出せない理由の全てである。

 すでにアサルト・ゼロは最下層に作戦本部を設置。4900以下の完全なる封鎖の下に事件解決を図っていた。


 果たしてそれがどうなのかと言われれば、他人の家の問題に、隣の怖い人たちが出しゃばってきているようなものだ。

 何にせよ、一切の情報がこちらに流れてこないのが一番の問題と言えよう。

 彼らがゴキゲーターに対してどれだけ対応できるのかも不明であるし、もしそれが困難であるならば、早急にこちらで対応するように情報を共有しなければ全てが後手に回ってしまう。

 公安の一般部隊には先ほどよりずっと協力を打診しているが、彼らもアサルト・ゼロが相手では何とも手が出せないとのことらしい。


「潤史朗。」


「わかってますよ。知事。」


 潤史朗は、くるりと彼に背中を向けて。そして会議室を後にした。


「お前さんが頼りだ。」


 SPETの欠ける尾張中京都。

 その唯一の対応策として都知事が出した答えが、彼である。


 数年前の話。尾張中京の、非常時における怪虫対策として公安隊に地衛局との協力を依頼。結果、彼らがよこしたのは奇怪な人間兵器だった。

 公安隊特務技研中央開発部としては、その男の性能実験のため、地下衛生管理局中日本支部としては、無力な職員の代行として。

 公安隊の高度な技術。そして、これに地衛局の殺虫剤が合わさった時、その人間兵器はメガ級地底害虫に対して絶大な効果を発揮した。

 またこれにかける潤史朗の思いは、一つに大きく地下世界の解明である。

 これは三者の意思の合致のもと、尾張中京都はその奇妙なバランスを保ち、そうして地下世界の脅威から市民の安全を維持していたのであった。


「いま気が付いたんだけどさ、クガマル。」


「あ?」


「バイクがない。いつものやつ。」


 職員駐車場の片隅に置いてあった愛用バイク。

 SPETカラーを施された、重装備のビッグオフローダー。

 そういえばついこの間、冒険の末に地下一万二千メートルに置き去りしてきてしまったのだ。

 どの道あれでは廃車だが、カッコよく会議室を出たものの地下まで行くための足がない。


「ふむ。」


「しゃーねー。取り敢えずメガキラーを積載できりゃこの際何でもいい。適当に公用車を借りるぞ。」


「緊走できないのはちょいと痛いな。地下遠いし。」


 そう立ち尽くす潤史朗。


 しかしその時、どこからか聞こえる甲高い奇声。

 なにごとかと振り返った。


「潤史朗ちゃ~~~~ん!!」


 橙色と黒に塗り分けられた4WD自動車が一台。

 駆逐トラックを踏襲したような見た目は、攻撃的なグリルガードと、ずらっとならんだ補助灯火類がその存在感を誇張した。


 して、その運転席から大きく手を振ってみせるのはモヒカンのドクターだ。


 潤史朗の前に勢いよく車を停車。長い白衣を翻して降車する。


「久しぶりぃいいいん! 潤史朗ちゃん元気だったかしらぁああん。」


「この車は?」


 潤史朗は、両手を広げて飛びつくドクターを自然に回避すると、車両のあちこちを観察し始めた。


「もう、潤史朗ちゃん冷たいわぁ。せっかくピンチに駆け付けてあげたのにぃ、もうっ。」


「おいモヒカン、こいつは何だ。」

 クガマルが言った。


「見ての通りよ。そうね、言うなれば高機動殺虫車とでも命名しようかしら。」


「助かるよ、ドクター。」

 

 早速車両に乗り込む潤史朗とクガマル。

 内装は殆ど一般車両と違いはないが、強いて言えば無線機が取り付けられているくらいだ。


「すみません、ちょっと急ぎで。あんまり相手してる暇ないです。車は助かりました。早速使わせて貰いますよ。」


「ええ。アタシにかまわず行きなさい。いつでも地上で、あなたの帰りを待ってるわ。」


「おいジュンシロ―、早く車を出せ。吐き気がする。」


「やだひどーい。」


「それじゃ、また。」


 シフトレバーをドライヴレンジに。

 サイドブレーキを手早く下げると、アクセルペダルに足を添えた。


「お~い、潤史朗~。」


 そうして発進しようとする瞬間、庁舎入り口の方から誰かが走って現れた。

 

 ウインドブレーカーをスーツに羽織ったその男は知事である。


「よかった、間に合った。」

 知事は息を切らしながら、車の窓枠に両手をつく。


「知事、いや、おじさん。」


「すまんな、なかなか喋る暇もできんで。」


「別に仕方ないですよ。知事の仕事はそりゃ多忙ですからね。」


「この一件が終わったら、三人で何か食べに行こう。な。それがいい。」


「それはいいですね。そうしましょう、焼肉にしましょう。」


 呼吸の落ち着いた知事は、ゆっくりと車両から離れた。

 そういつまでも引き留めてはいられない。


「たまには家に帰ってくださいよ。夏子のやつ、ずっと一人きりですから。」


「そうだな。善処しよう。」


「んじゃ、まぁ行きます。」


 そう言って、軽く手を上げる潤史朗。


 そしてその手をハンドルの上に置く。


「潤史朗!」


 最後にもう一度知事の方をみた。

 

「尾張中京を、頼む。」


 その言葉に、潤史朗はただ笑顔を見せて返した。



 高機動殺虫車は発車する。

 赤色灯を鋭く発し、叫ぶサイレンは町中を震わせた。


 その声は遠く。

 地下深くを目指して駆け抜けた。




「ねえアナタぁ。」


 ドクターは、都知事の方を向いて言った。


「お前さんとも久しいな。ドクター。」


「そうかしらぁ。ねえそれより、アタシなんか忘れてないかしら。」


「いや、何も知らんが。」


「う~ん。な~んか忘れてんのよねぇ、大事な事……。」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ