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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
44/81

第44話 ファミレスー1



(ユ)――やっほ~。なっこ元気か~♪ 講義のノートとっといたぞ~。


(夏)――ありがとう。


(ユ)――1ページあたり1000円になりまーす。


(夏)――じゃあ私も、前の貸しの分要求していいよね。レポート見せてあげたやつ。あれ何ページだったっけ?


(ユ)――あらやだ冗談よ、もういやねえ。私と貴方の仲じゃないの。おほほ。


(夏)――……。


(ユ)――なっこ~~、お~~い。


(夏)――兄だけど、さっき退院にしたみたいだから、来週から講義出れる。


(ユ)――まじか! 退院おめでと~!! ってか、退院にしたって何だ??


(夏)――完治ではないと思う。


(ユ)――お大事に。ところでなっこさんや。


(夏)――?


(ユ)――ノートのお礼に!! お兄さんを要求するぅ!!


(夏)――??


(ユ)――なっこのイケメン兄貴! カモン!! へいカモン!!


(夏)――イケメンではないと思う。どうすればいい?


(ユ)――みたい~。みせて~。


 ……。



 こちら潤史郎。

 パソコンのキーボードを打つ止めると、部屋の入口に妹夏子が立っているのに気が付いた。

 ノックの音はわからなかったが、一体何の用事だろうか。彼女の方から兄の部屋を訪ねてくるとは珍しい。


 突っ立つ妹は片手に持ったスマートフォンに視線を落とし、部屋の扉は開けたまま。


 そうか、わかったぞ。

 家を空けたのが長かったから、ずっと寂しがっていたんだな、妹よ。

 お兄ちゃん納得だ。

 全く、寂しいなら寂しいとそう言ってくれればいいのに。


「妹よ、さあおいで。今日の仕事はこれでもう終わりにするよ。」


 回る椅子でくるりと振り返った。

 肘掛けに手を置いて、足を組む。


「あれ、妹?」


 妹は、手に持ったスマホを立てて、画面を見たままこっちに向ける。


 ぱしゃり。


 兄とはまるで風景なのかと。彼女は、無言のまま写真を一枚撮ったかと思うと、そのまま何も言わず部屋を去って行ったのだった。


「あれ、あれれ?」




(夏)――はい写真。別に普通でしょ? 〔添付ファイル〕


(ユ)――おおおおおお。なっこのイケメン兄貴なう! で、お兄さん何で頭にカメラ付いてんの?


(夏)――変態だから。


(ユ)――?? 


(夏)――おやすみなさい。ノートありがと。


(ユ)――まったああああ!! これじゃ足りぬぅうう! もっと画像カモン! いや、生で! 是非生で見たい!


(夏)――もういいでしょ。


(ユ)――まぁまぁ、なっこもさぁ、このユキナ様にノートの恩を深く感じてるじゃん?? で、明日はユキナ様のバイトは無いときた。これはアレだねアレ、なっこ会議の時間だね♪ 全員しゅ~ご~!


 ベッドの上にうつ伏せで。

 枕に顔を乗っけた夏子は、一旦スマホを下に置いた。


 明日は暇、というか兄と出かける予定を入れている。

 とは言えど、なんとなくそんな感じが良いと思って思い付きで言ってみただけだ。特に目的がある訳でもないし、まぁ都心をぶらぶらする程度なのかなと、ぼんやりそう思っていたに過ぎない。


 久しぶりに兄と一緒の時間を……、という訳では、別に、そんなんじゃない。


 用事がないなら、まあそれもいいのかと。そう思わなくもない。

 と言うよりか、ノートの件でつくった借りをいつまでも引っ張り出されそうな予感がするし、何よりそれが厄介だ。

 借りはちゃんと返さないとどうもすっきりしない。

 またそれに、あの子も兄を間近できちん見れば、あれの変人性をちゃんとわかってくれるだろう。顔がどうとか以前に、性格がちょっとおかしいってのを理解してほしい。どうもそれだけは口では全く説明にならない。


 まぁ、問題はない。


 スマホを拾い上げて、もう一度会話アプリを起動した。

 まずは兄に、明日大学の友人に会って貰えるか一応その確認がいるだろう。

 隣の部屋に直接行ってももいいが、さっきは仕事中だったようだし、邪魔するのは悪いだろうとスマホで済ます。


(夏)――ジュン、明日だけど私の大学の友達に会える? いいよね? さっき何でも言う事聞くみたいな感じで私に聞いてきたし。それじゃ9時に玄関前集合で。


 と、そのように送信したが、どうせ見てはいないだろう。

 兄の既読は、いつも半日くらいしないと付かないのだ。


 しかしそう思った矢先であった。

 再び置いたスマートフォンがバイブレーションで通知を示す。

 ちょっとした意外性に驚いて、体を起こすとスマホを持ち上げた。


(ユ)――いいぜ! カワイイなっこのお願いならお兄ちゃん何でも聞いてあげるぜ。


 ……。

 送信した文面は、読まれた後では後の祭り。削除しようとも、あちらの頭にはしっかり記憶された事だろう。

 誤爆した。


(夏)――間違えた。


(ユ)――ブラコン笑


(夏)――違う。


(ユ)――必死じゃん。なっこ顔真っ赤wwwwww。


 いちいち面倒臭い女だ。

 どうしてそうなる。ブラコンだ? この文面がそう見えるだなんて妄想力がいきすぎてる。

 いや、単純にそう言いたいだけか。

 ブラコン?

 そんなことは決してない。断言できる。


(ユ)――ねえねえねえ、お兄さんのことジュンって呼んでるの!?!?


(夏)――変?


(ユ)――いいよ! すごくいい!! 付き合ってるみたいぃいい!!


(夏)――普通兄ってどう呼ぶの?


(ユ)――さあ知らん。一人っ子だし。


 そう言えば考えたことも無かったが、いやだからと言って、お兄ちゃんとか、あり得ないだろう。お兄さん? 兄貴? それもなんだか違うと思う。


(ユ)――いやあ、なっこ愛されてますな~。うらやまですわ。それじゃ明日11時にね~。ばいび~。


 誤解を解く、と言うよりは、その認識を改めさせるためにも、やはり明日兄に会せる必要があるとみた。

 この調子では数ヶ月兄ネタで彼女にいじられ続けるだろう。

 集合場所はいつものファミレス。

 キャンパスに近い、彼女と二人で時々行く場所だ。




 翌日。


「よっし。行くぞい、夏子さんや。」

 

 玄関前に立った兄、潤史朗。

 フォーマル、とまではいかないが、妙にかっちり決まったシャツを着こなして。

 いつもの浮浪者じみたヨレヨレの私服は一体どうした? 脱色したポロシャツに天然のダメージジーンズがアイデンティティだったはずだろう。


「どした妹? なんか変か?」


「いや別に。」


 単純に両極端なんだ。

 浮浪者か、そうでないなら公式の場所に着ていくような状態になる。


「服ないの?」


「ご覧のとおり。どう、イケてる?」


「いや。」


 と思いきや、そのスラックスが乗り込む先は軽トラック。

 まるで蕎麦をフォークで食べるようなクロスオーバー感。もはや突っ込まれるのを待っているようにしか見えない。

 カッコ悪い。


「おじさんの車借りよ。そっちのSUV。」


「なんで?」


「おかしいと思わない?」


 本気で首を傾げる兄。

 まぁ、おかしいと思ってないからそうするんだろうけど、これでは今から会う人間に爆笑されそうだ。またネタを一つ作られる。


 しかし、ふと見れば昨日は無かった乗り物が一つ、二台の車の間にあるのに気が付いた。

 煌めくブラックのオートバイ。

 兄のものだろうか。


「ねえ、これ。」


「ああ、なんかね。昔乗ってたらしい。乗る?」


 軽トラックよりかはマシか。

 幸い、通学に原付を乗ろうと、買ってそのままにしてあったヘルメットが玄関に置きっぱなし。安全の事も考えて普通のバイクにも適応したきちんとしたやつだったはずだ。

 


「じゃ、この荷物よろしく頼む。」

 慣れないヘルメットの顎紐に苦戦をしていると、兄からリュックサックを手渡された。

 妙に重量感のある荷物だが、今から行く場所をきちんと理解しているのだろうか。


「ねえ、なにこれ。今からどこ行くか知ってる?」


「ファミレスでしょ。なんで?」


「いや、まぁいいや。」


 首をかしげる兄。

 まぁ、おかしな行動をとるのは今に始まったことではないかと諦める。



 低くエンジンを唸らせるバイク。

 その後ろ、極端に小さな後部シートに跨った。

 お世辞にも乗りやすいとは言えない座席、跳ね上がったテール部分は目線も高く、少なからず不安を感じざるを得ない。

 

 兄の運転するバイクは、ゆっくりと進み始めた。

 住宅街を抜け、幹線道路に顔を覗かす。

 そして、左折で合流するとそこで一気に加速した。

 想像以上のスピードに、不意を突かれて声がでる。

 小さな悲鳴、おそらくそれは風に消え、兄の方には聞こえていないだろう。

 しかし彼の腰に回した両手には、思わず力が入ってしまう。

 軽トラックで来れば良かったと今更ながら後悔した。

 バイクの二人乗りが、こんなにも密着するとは思ってもいなかった。

 別にダメではないのだが。

 道路には、他の車もあるわけで。

 まぁ、ヘルメットで顔が隠れているだけまだマシか。

 と、そんなことを考えていると、また更なる加速で思考が一旦風に飛ぶ。



「夏子?」


 一瞬で到着した、ファミレス横の駐車場。

 車が並び、その隅のほうに駐輪する。


「え? な、なに?」


「大丈夫?」


「ふぇ?」


「いや、何かぼーっとしてるけど。」


「別に、普通だけど。」


 そう言いながら目を逸らし、脱いだヘルメットを兄の体に押し付けた。

 

 心臓の、高ぶる鼓動が落ち着かない。

 この原因は、兄のスピードの出しすぎだ。



「なっこ~~、こっちこっち~。」


 そして店の中に入ると、こちらに向かって大きく手を振る女が一人。

 彼女の賑やかさに、周辺の注目がちらりと集まった。


 彼女こそ、昨日連絡を取り合っていた大学の友人だ。

 名前は、舞島ユキナ。

 セミロングの茶髪がふかふか弾む。


「お兄さん!初めましてぇ! 舞島ユキナです! なっこちんの友やってますぅ!」


「潤史朗です。いつも妹がお世話になってます。」


「いえいえいえ、こちらこそです。なっこにはいつも助けられてばっかりです。主に勉強で!」


「そうなの? まぁ何にしても、いつも仲良くしてやってくれて。どうもありがとう。」


「いえいえそんなぁ~。」


「兄から礼を言わせて貰います。」


 なんだこれ。


 いや、なんだこれ。


 違うでしょ、キャラが。

 普段の変態性は一体どこに? こんな真面目っぽい人なんてうちにはいないはず。

 おかしい。

 というかなんだこれ。


 水の入ったガラスコップをテーブルに置く。

 机にゴツンとガラスが当たる、思った以上に音がでかい。


「夏子?」

「なっこ?」


「……、なんでもないけど。」


 冷水をもう一口のどに流した。

 

 会ってすぐに馴染み始めるこの二人。

 ユキナの方はこれが素の状態だが、兄潤史朗はどうだ。

 いつもよりよっぽどちゃんとしている。

 決してこんなのを見てもらいたかったわけじゃない。兄にはもっと変人性を露呈して、相手をドン引きさせるくらいでないと、今日わざわざやってきた意味がないのだ。

 

 自分と違って、妙にコミュニケーション力が高い彼ら。

 当然兄は社会人なのだからそれが普通なのだろうけど、正直ユキナの人当たりの良さはもっと見習うべきなのだろうと思う。


 既に談笑。

 しばらくすると注文したメニューが届いた。 

 名古屋名物あんかけパスタ。

 おとなしくこれを突いていようか。


「なっこ~? なんか口数少なくない?」


「いや別に。」


「ごめんね、妹ちょっと内気でさ。」


「そうですか~、なっこウチといるときはもっと目茶目茶喋りますよ!」


「そうなの?」


「いや別に。」


「なんか怒ってる? 夏子?」


「いや……。」


「わかった! さてはなっこちん、お兄ちゃんをとられて妬いてるなぁ~。なんたってブラコンだもんね~。」


「違う。」


 少し声が大きくなった。

 隣の人がちらりと見る。


「初耳だな、夏子。」


「いやぁ~もうホント、なっこはお兄さんのこと大好きですからねぇ~。話題はもうお兄さんの事ばかり!」


「ほほう。」


 確かに兄の話は良くするが……。

 だが、別に、だからと言ってそうじゃないでしょうに。


「ちなみに僕はシスコンだぞ。」


「おお! お兄さん大胆発言!!」


 疲れる。

 やはり来るべきではなかった。

 この組み合わせは、化学反応が少々激しい。


 溜息と、パスタを巻いた右のフォーク。

 窓の外には車が行き交う。







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