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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
43/81

第43話 地下スラムー3



「こんにちは、少年。私がこの部隊の責任者。嵯戸です。」

 

 数人の隊員に囲まれた少年。

 歳は大体十代前半といったところだろうか。

 薄汚れた短パンに半袖シャツ。ここで暮らしているスラムの少年だ。


 嵯戸は、彼に目線の高さを合わせることなく、両手を後ろに少年の前に立った。


「それで、どういった用事かな?」


 嵯戸の眼鏡が、きらりと光を反射する。


「その、俺たち、大人たちに無理やり働かされているんだ。あんたたち公安の凄い部隊なんだろ? 助けて欲しいんだ。俺なんかよりずっと小さな子供も、碌に飯も貰えずに……。」


「ほお。」


「なぁ、頼むよ。その辺の警ら隊じゃ話にならねえんだ。」


「中尉。」

 レイシアが横から割り込んだ。


「御覧のとおり、こんなものに中尉の貴重な時間を割くなど、全くの無駄かと思います。この子供は私に任せ、中尉は任務にお戻りください。」


「な!? あんた、何言ってくれてんだ!? こっちは命がけでここまできてんだぞ!」


 そこでレイシアに飛びかかろうとする少年を、横の隊員二人が押さえつけた。

 子供を見下ろすレイシア。何も語らないその両目、瞳の奥は氷の様。そこに見る者を突き刺すような冷たさがあった。


「くそっ! 人でなしめ!」


「まぁまぁレイシアさん。いいではないですか。」


「中尉?」


 そう言って嵯戸は、横の隊員二人に子供を離すように指示をした。


「それで少年、君は具体的に、我々にどうしてほしいのかな?」


「大人たちを懲らしめてほしい。」


「ふむ。いいでしょう。」


「中尉!?」


 レイシアの表情は相変わらずであったが、その声は一回り大きく発される。


「君は、その悪い大人たちが隠れている場所まで案内できるというのだね?」


「そうっす。」


「よろしい。それではレイシアさん、出発の準備をしましょう。この少年は保護し、我々に同行させてください。」




 こうして移動を開始する機動輸送車が2台と、その後ろから戦車が続く。

 先頭を行く輸送車には、嵯戸、レイシア、そして少年が乗り込んだ。

 

 ハンドルを握るレイシア。

 彼女が少年を見る目は、冗談なく殺気に満ちていた。


「中尉、我々にはこのような遊びに興じている余裕は……。」


「遊びじゃねえよ! この鬼ババ!!」


「レイシアさん、どうか優しくしてあげてください。傷ついた子供たちを守るのも我々の仕事でしょう?」


「そうだぞ、ねーちゃん。」


「理解しかねます。司令はこのことをご存知なのでしょうか。」


「後から私が直接報告しましょう。なに心配には及びませんよ。司令もきっとわかっていらっしゃる。」


 相変わらずの表情を保つレイシア。しかしそれでも彼女の周囲はいささか空気がひりひり冷たい。

 どう見ても不服な様子が伺えるが、それでも組織の一人として、意見を具申することがあっても、基本的に命令は絶対である。そのことはレイシア自身が一番よく理解しているのであろう。

 もしかしたら、嵯戸や司令は自分が思っている以上に物事の先を読み、それゆえの行動なのかもしれないと、考えることはそれに尽きる。


 ゆく道は、先ほどとあまり変わらぬスラムの地下道。

 薄暗く、道のわきにはゴミが寄せて溜まっている。

 道幅は車がぎりぎり二台すれ違えるくらいの幅であろうか、ゴミや集積物を片付ければもう少しばかりは広いのかもしれないが。


 同乗した少年と嵯戸は、そんなレイシアの様子とは反対に、少しばかり機嫌がいいように見えた。

 腕を組んで座席にかけた嵯戸は、ほんの少しだけ口角が上に吊り上がっているよにも見える。

 

「まさか、こんなにも早く動きがみられるとはねえ。」


「? それは一体どういった意味でしょうか、中尉。」


 ぼやく様に言った嵯戸に対し、レイシアはすぐさま反応を示した。


「もう間もなく、わかりますよ。」


 そう言う嵯戸は、後ろに掛ける少年のほうをルームミラーにて、さりげなく確認した。


「くれぐれも油断なさらないようにね、レイシアさん。」


「心得ております。」



 それからまた走り続けること数分程だろうか。

 道幅は随分広がり、地下特有の圧迫感をあまり感じさせないような空間が現れた。


 現在位置は旧戦闘街。

 広大な空間一帯にはひと昔前の戦闘跡が生々しく刻まれている。

 道端には壊れた装甲車や、黒こげになったトラックなどが転がった。

 見上げる壁は銃弾で空いた穴だらけ。

 テロリストの潜伏するエリアとしては、いかにもと言った具合だろう。



「トイレ。」


 車内の少年が唐突にそう言いだした。


「我慢しろ。」

 と、レイシアがルームミラーを睨む。


「漏れそう、限界だ。」

 少年は、自分の両手で股間を押さえた。


「黙れ。」


「くそ、鬼ばばめ。」



 助手席で、嵯戸はが足を組み直している。

 彼は自分の眼鏡の中央に中指を当て、ほんの少しだけ上に持ち上げた。


「いいでしょう。レイシアさん、車を止めてください。後ろの車両にも連絡を。」


「サンキュー、おっさん。」


「中尉!?」


「お願いしますよ、レイシアさん。」


 ブレーキを踏みつつ、レイシアは嵯戸のほうを見た。


 しかしその時、レイシアは彼に進言する間もなく、彼女はその一連のすべてに納得がいくのだった。

 見れば、大きく表情を動かす嵯戸。大変な笑顔がそこにある。


「何があると言うのでしょうか。」


「レイシアさん……。」


 車を飛び降りる少年。


 嵯戸はレイシアの方を見つつも、右手は無線機のマイクに向かった。


「テロリストさんはその少年ですよ。ふふふふふふふふ。戦車隊、聞こえますか?」


 車を降りたその少年。

 向かった先はどこかのトイレ? それとも壁に小便をかけるつもりだろうか。

 いや、そのどれも異なった。

 走って目指す先に佇むものは、破壊され、車輪を失った装甲車。

 少年はその上部から装甲車にするりと乗り込んだのだ。


「なるほどなるほど。全車後退しなさい。」


 無線のマイクで嵯戸が言う。

 その瞬間、隣のレイシアは容赦なくアクセルを踏み抜き、バックギアに変わっていた車両は、後ろ向きに急発進。またそれと連動するように、後方の車両も凄まじい勢いで後ろに飛び出し、戦車を盾に二台の輸送車はバックで駆け抜けた。


 と、それとほとんど同時だ。

 後ろに下がった瞬間に、前方の天井が爆発。

 崩落する天井は、巨大な岩盤が割れて落下。視界の大半は、それらの粉塵であっという間に覆われた。


「こういうことですよ、レイシアさん。」


 機動輸送車は、間一髪でこの爆発を回避。

 嵯戸は続けて指示を飛ばす。


「戦車さん、あの少年が乗った装甲車を破壊しなさい。」


 粉塵の中を前進する戦車。

 砲塔が向けられる先は視認困難だが、次の瞬間には、その筒先から激しい炎を吹き上がる。

 豪快な爆発音とともに、前方で何かが弾けた。


 煙が止む。


 木端微塵に破壊された装甲車は、その部品が炎をあげてそこら中に転がっていた。


「あれに乗り込んで、少年は崩落から自分の身を守ろうとしていたのですね。そして我々のことは、この爆発と岩盤で潰す気だったのですね。実に頭の悪い作戦です。そもそもこちらにも戦車があるというのに。」


「中尉、どう致しましょう。」


「彼には間違いなく仲間がいます。爆破スイッチを押した者がね。捕らえることは可能でしょうか?」


「お任せください。」


 輸送車から飛び降りるレイシア。

 両手には自動小銃。

 他の隊員も後方の車両から降車。それぞれ両手には銃火器と、ヘルメットには熱探知ゴーグルを装着していた。


「お願いしますね。」



 彼らがその少年の仲間を捕らえることは造作もなかった。

 すぐに見つかった仲間は、先ほどよりもさらに小さな子供。爆弾の起爆スイッチを所持しており、銃で足を撃ち抜くまでもなく、隊員の怪力のよって確保される。


 かくして部隊は中央集積広場まで引き揚げる。

 その小さな子供は手錠をかけられ、完全に彼らに拘束された。


「くそぉおおお!! お前ら! よくも兄ちゃんを!!」


 ひとまずは近くの構造物に括り付け、その子供をまじまじと眺める嵯戸であった。


「こんな小さな子供がテロリストさんとは、悲しい社会ですねえ。」


「中尉、先ほどは大変失礼致しました。」


「いいのです。レイシアさんが本来あるべき公安隊の姿勢ですよ。」


「中尉はなぜあの子供がテロリストであると?」


「なに、簡単なことです。我々に寄って来る人間に、まとまもな人間などまずいないからです。最初から、我々に近づいてくる人間には何かしらあると考えておりました。まぁ、それが子供だったとは、少々予想外ではありましたが。」


「中尉、もしかしてわざわざ目立ってここまで来たのも……。」


「そういうことです。」


 嵯戸はそう言うと、少年の目線の高さまで腰を落として、この小さな子供の顔をじっくり眺めた。


「そうですよね、我々が来たのがわかったから、襲ったのですよね?」


「畜生!! この眼鏡野郎!!」


 叫ぶ小さな子供は、その勢いで嵯戸に唾を吐きかけた。

 見事に眼鏡に唾がかかる。


 が、その瞬間、間髪入れずに蹴りが入る。

 その足はレイシアの右足。

 彼女のブーツは子供の腹に食い込んだ。


「貴様……。」


 彼女にとっては軽い一撃でも、小さな子供の、更に急所に入ったそれはとんでもない威力である。

 彼の悲鳴は、人の喉から出るものとはとても言い難い、捻じれた様な苦痛そのもの。

 口から液体が吐き出された。


「レイシアさん、この子供からいろいろ聞き出して下さい。そうすればすぐに事件解決となるでしょう。」


 嵯戸は眼鏡を外し、それを丁寧に拭きながら言った。


「天井に穴を開けるほどの爆薬を所持していたのです。あらゆる情報を持っているに違いありません。我々に一番に攻撃を仕掛けてきたこともそう。この子供が、事件のカギを握っています。」


「わかりました。早急に尋問を実施いたします。」


「お願いします。」



「くそ野郎、そんなこと言うわけないだろ。」


 去ろうとする嵯戸の後方、拘束された子供が言った。


「レイシアさん、必要とあらば何をしても構いませんよ。」


「了解しました。」


「……え?」


 振り返った眼鏡は満面の笑顔をしわだらけに浮かべた。


「な、なにをする気だっ。」


「爪を剥ぐ。」

 レイシアは無表情に、少年へと一歩近づいた。


「お前が正直に話さなければ、その手段を躊躇なく実行する。」


 子供の顔から血の気が引いていく。



 それから、嵯戸の耳にいい知らせが届くのは数時間も掛からなかった。

 その子供のテロリストは、どうやら5000メートルの境界層に穴をあける計画であったらしい。

 それを兄と共に準備しており、ちょうど明日決行する予定を、急きょ目標を変えたのだとか。


「なるほど、これで事件は解決しましたね。すべての原因はその子供爆弾であると。」


 嵯戸はテントの前でコーヒーを啜りながら言った。


「そのようです。彼らはその年齢にして、重大な罪を犯しました。死刑も免れないでしょう。」


「それは悲しいことですね。」


 立ち上がる嵯戸。

 彼は残ったコーヒーを飲みほした。


「しかし、これでとりあえずは一件落着といえるでしょう。」


「はい、中尉。」




「……果たして、そうだろうか。」


 そのとき、彼らのもとへと突然現れた虫。

 巨大なテントウムシ型のドローンが飛行する。


「司令!」


「君たちは何か、自分たちの都合がいいように思い込んでいるんじゃないのかな?」

 テントウムシが言った。


「いえ、そのようなことは……。」


「あの子供は、今までに境界層を爆破したことがあるのかい? どうなの? レイシア?」


「そのように言っておりました。」


「言うだろうねそりゃ、爪を剥がすだなんて言われれば。そう言わせた方が僕たちに都合が良いし。実際彼もそれを計画していたのだから、未遂の事を実行したことの様に言わせるのは、彼の罪の意識からも容易だろうよ。」


 テントウムシの意見に二人は静かになった。


「もう少し深く調べてくれたまえ、嵯戸くん。ちゃんと尋問すれば他のテロリストの影が見えてくるかもしれないし、もしかしたら他の要因があるのかもしれない。君には期待しているんだ、あまり僕をがっかりさせるような答えは勘弁しておくれよ。」


「……承知致しました、司令。」


「うん。今度こそ頼んだよ。」


 そうしてテントウムシは去って行った。


「嵯戸中尉……。」


 後ろから声を掛けるレイシア。


 黙ったままの嵯戸であったが、震える彼の手は、そのままコーヒーのカップを地面に叩き付け、続けて椅子を蹴り飛ばす。


「……。」


 そして嵯戸は振り返った。


「さぁレイシアさん。仕事を再開しましょう。」


 彼は、笑顔でレイシアに向く。


「了解しました。」




「言いなさい、さあ、言いなさい、少年。」


 少年の体はもはや血だらけだ。

 口からは折れた白い歯をのぞかせ、晴れ上がった頬が目を潰す。

 

 執拗に彼の体を殴り続ける嵯戸。

 レイシアは、その様子を後方にて姿勢正しく見物した。


「言いなさい、誰が境界層を爆破したのですか? 言いなさい。」


 しかし少年は、もはや気絶寸前。

 とても何かを口に喋れる状態ではなかった。


「ふむ、いけませんね。この子供の回復を待つしかないのでしょうか。」


「嵯戸中尉。」


「なんでしょう、レイシアさん。」


 嵯戸は少年をほかって振り返る。


「失礼ながら、意見を申し上げます。よろしいでしょうか。」


 嵯戸はそれに対して無言であった。


「境界層に穴を空けた原因が、怪虫という可能性は……。」


「ありえません。」


 レイシアが最後まで言い切る前に嵯戸は遮った。


「虫が? 境界層の地層に穴を? ありえませんね、そんなことあるはずがありません。」


「しかし……。」


 二人がそんな会話を繰り広げる最中。


 彼らの足元が不意に揺れ始める。

 周囲の車両も上下、または左右にその車体を揺らして、地面は小刻みに、しかし大きく、空間を割るほどの振動を示した。


「こ、これは!?」


「地震でしょうか!? 中尉、伏せて下さい。」


 揺れ、というよりは振動。

 それはしばらく続くと間もなく収まり、車両等への被害はみられなかった。




「おやおやこれは、少し面白いことになりそうだねっ。」


 テントウムシ型ドローンが、一人飛びながら呟いた。





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