第42話 地下スラムー2
「仁太……。」
「なに? 兄ちゃん。」
「計画を変更しよう。」
「どういうこと?」
「この大量の爆薬を、あいつらに使う。アサルトゼロを倒すんだ。」
「えええ!?」
兄の言葉は静かに、そして力強い。
しかし弟にとって、それはにわかに信じがたいようで、驚きの表情を露わにした。
「爆薬なんてまたすぐに集まるし、立ち入り禁止エリアに穴を開ける事だっていつでもできる。けど、これはまたとないチャンスだ。公安最強の戦闘集団が俺たちの庭に入り込んだ。これを仕留めなくてどうすんだよ。」
「で、でも兄ちゃん、あいつら滅茶苦茶強いんだろ。」
「仁太っ!」
兄は、弱腰の弟に対して声を大きく言った。
「忘れたのか、公安は父ちゃんと母ちゃんを殺した敵だぞ。それであいつらはその最高峰の部隊なんだ。ここで見逃してたまるかよ。」
「でも……。」
通り過ぎて行った車両の列を窓から覗き、その様子を兄はじっと眺めた。
その横で縮こまる弟。
兄は、その頭にぽんと片手を乗せる。
「大丈夫だ。絶対上手く行く。そう思う理由があるんだ。」
「そう思う理由?」
「今観察した限りな。きっとやれるはずだ。それにさっきも言ったが、ここは俺たちの庭だ。始める前からあいつらは袋のネズミになってるようなもんだろ。」
そう言う兄は再び、去って行く公安隊の車列を目で追った。
「心配すんな。俺に任せとけ。全部上手くやってやる。」
どれだけ時間が過ぎ去っても、いまだ鮮明に思い出されるあの日の光景。
逃げ惑うスラムの人たち。
戦いに行くと言って飛び出た父は撃たれて倒れ、一緒に逃げた母は弟と自分をかばうように、後ろから撃たれて死んだ。
穴の開いた体中から赤い血液をどくどくと流して横になる。
脳裏に焼き付いた強烈な記憶。
スラムのみなを、まるで人とも思わないように、連中は徹底的に撃ってまわったのだ。
だが今は、あの日とは違う。戦う道具と、その覚悟がここにある。
今こそ連中にやりかえす時だ。
「連中、目立ちすぎなんだよ。どう見たってスラムを舐めてやがる。ぜってぇ油断してやがんだ、あいつらよ……。」
嵯戸中尉率いるアサルト・ゼロ、アルファ中隊。
彼らは到着してまもなく中央集積広場に到着した。
今はトラックの一台も停まっておらず、錆びたようなコンテナがいくつか転がっていたが、完全に無人ということもなく、たき火の跡やタイヤのスリップ痕などがあり、時間帯によっては人の集まりがあると伺える。
この場所が周辺一帯でほぼ一番広い空間となっており、作戦部隊の集結には最適かと思われる。
黒い車両は合計8台。
その内分けで最も多くを占めるのは機動輸送車だ。荷台に格納されている機材は不明だが、中型トラックをベースにそれが5台。続いてバス型の車両は高度通信車が1台。そして嵯戸、レイシアの乗車する指令車、こちらは殆ど通常の巡視車両と同じつくり。最後に車列の最後尾に来るのは、履帯を履いた車。普通に戦車だ。色が真っ黒いことを除けば、軍で使用されるものと何ら違いはない。
公安の車両はそのどれもが大変に威圧的な面構え。
勢いを付けて中央集積広場に乗り込むと、そこにいた浮浪者やその他、ならず者達をたちまち追い出してしまう。
円陣を組むようなフォーメーションで車両群は急停車。
その中央、守られるように指令車が配置する。
「ふむ。やはり空気も流石、大変汚らしい。こんなところ、数日もいればたちまち肺がカビだらけになってしまうでしょうね。」
嵯戸、レイシアは指令車を降りた。
一度周囲をぐるりと見渡すと、高度通信車の方へと歩いて向う。
「まぁいいでしょう、空気が悪いのはどこも同じでしょうし。ではここに本部を設置するとしまょうか。」
その歩く道すがら、レイシアは嵯戸に言った。
「嵯戸中尉。ひとつ、よろしいでしょうか。」
「どうぞおっしゃって下さい。」
「それでは恐れながらに。中尉、我々は少々目立ち過ぎかと思われます。本来特殊部隊たるアサルト・ゼロの遂行する任務はその隠密性に大きな意義があり、敵の殲滅にあっては、存在を悟られる前に全ての作戦行動を終了するのが我々です。しかし現在の行動は、自分にはその正反対を行っているように見えます。そのところは、中尉はいかがお考えなのでしょうか。」
嵯戸は、眼鏡の位置を修正した。
その口元が僅かに上に持ち上がる。
「素晴らしい。流石は公安大学校主席卒業、と言ったところでしょう。優秀なあなたがそのように考えることは当然といえます。実に、ここまで車両を率いて来た間、私の行動はさぞ愚かしいと、そう思われたに違いありません。」
「いえ、とんでもありません。出過ぎた発言失礼致しました。」
「いいのです。レイシアさんの疑問も当然です。」
二人は高度通信車のところまで来ると、レイシアが少し前を歩いて、嵯戸が乗り込むタイミングで車両の扉をスライドさせた。
「ありがとうございます。」
「いえ。」
「レイシアさん。あなたのその疑問、じきに答えがわかる事でしょう。まぁ見ていて下さい。」
「……。」
高度通信車の内部。
数人の隊員が前と後ろに乗り込んでおり、車両後部の状態はいわば報道の中継車両のような具合に数多くの精密電子機器で埋まっていた。
ヘッドセットをかけた隊員たちは機材の調整に取り掛かっており、座りながらにも手元は忙しない。
「嵯戸中尉、私は周囲の警戒に行って参ります。」
「お気をつけて。」
乗りかけたレイシアはそこで車を降りた。
車内の隊員は、嵯戸の乗車に気が付いて全員が席を立ちかけたが、嵯戸はその行動を制した。
「みなさん、私にはお構いなく作業を続けてください。敵はすぐにやってきます。」
嵯戸は、隊員の邪魔にならない場所にと腰かけると、そこで足を組んでモニターを見上げた。
モニターには周辺の構造図がびっしりと表示され、各所に配置された監視カメラのとらえる映像までも映し出されている。
「さてさて、敵はどこからやってくるのでしょうかね。」
「嵯戸中尉。」
機材の隙間から、小隊長がコーヒーのカップをもって現れた。
彼はそれだけ手渡すと、また自分の持ち場に戻っていく。
「どうも。気を遣わせてすみませんね。」
と、一口啜るホットブラック。
車内には香ばしいコーヒーの香りが漂った。
状況には特に変化は見られない。
それも当然だろうか、まだ部隊はここに到着したばかり。すぐに過激派の反応が見られないあたり、ひと昔前よりはここも少しは落ち着いたということだろうか。
しばらく様子をみて周辺に変化がなければ、こちらから動くこともありそうだ。
――あ~、あ~、てふてふ。よし、聞こえるかな嵯戸くん。
ゆっくりとコーヒーを楽しんでいると、急にどこからともなく車内に電子音声が響いた。
嵯戸はその音を耳にすると、反射的にがたりと立ち上がる。
「これは、司令? ど、どこにいらっしゃるのですか?」
――ここさ。
「んん!?」
うるさい羽音。
天井周辺、機材の間から突然に大きな昆虫が姿を現した。
といっても、ゴキゲーターや、デスモスキートなど、そんなとんでもない類ものではない。
大きさにして、家猫くらい。
漆黒の、テントウムシ型ロボットがブンと飛んで嵯戸正面の机に舞い降りた。
「司令! これはお見苦しいところを失礼致しました。」
嵯戸はテントウムシロボに向かって姿勢を正すと、それに向かってぴしゃりと敬礼。
そのシュールな絵に、隊員たちは何事かと、彼らの横目が一瞬に注目した。
「いいんだ、楽にしてくれ。ほら、せっかくのコーヒーが冷めてしまうよ。」
しゃべるテントウムシ型ドローン。
背中の甲羅は、その模様部分がピカピカと点滅していた。
「わざわざこんなに遠くまで悪かったね。まぁこれが関西や九州なら、一般部隊にお任せするところではあるけれど、あまり尾張中京で連中に大きな顔をさせるわけにはいかないんだよ。」
「連中? 司令、それはテロリスト達のことでしょうか。」
「いいや違うよ、嵯戸くん。僕が言っている連中とは、地衛局、ひいてはSPETのことさ。」
そう言ってテントウムシが振り向くと、嵯戸の正面のモニター画面が、構造図から日本地図へと切り替わった。
「何だかんだ言って、SPETは立派な武装組織だからね。しかも虫相手では僕たち公安隊なんかよりも圧倒的な攻撃力だ。メガキラーを所持する彼らは僕らの支配領域を完全に逸脱している。よくないよね、うん。でもって、彼らの勢力図が、ほらこれ。大東京都、畿内阪神都そして北部九州都に拠点を構えている。」
「ええ、存じておりますよ。」
「大東京都は一応首都だからという理由で基地を設置しているけど、基本的に彼らの駆逐力は西側を中心に集中している。それはなぜか、単純さ、怪虫が西に多く生息しているからだ。」
「そしてこの尾張中京がちょうど怪虫の生息域がぎりぎり及ぶ地域。なのですね。」
「そう。だからSPETは、尾張中京に拠点を置かない。脅威レベルとしては基地を構えるほどではないと踏んでいるんだよ。将来的にそうすることがあったとしても、中日本にSPETはまだ必要ないと、地衛局はSPETの勢力拡大に消極的とみえる。……。だ・け・ど、ねぇ。」
テントウムシ型ドローンが振り返って嵯戸の方を向き直ると、モニター画面は一旦もとの画像を映し出す。しかしそれもまたすぐに切り替わり、今度は何かの写真。地下道の壁が大きく抉れ、破壊されている画像が大きく表示された。
「今回の事件、境界層が派手に破壊された。もしもこれが未知の怪虫の仕業だったとしたら、どうかな? はたして彼ら地衛局が黙っているだろうか。」
「行動に出るでしょう。しかし、司令……。」
「ああ、わかってるとも。必ずしもこれが虫の仕業ではないということだろう? そうさ、だからこの穴の原因を早急に解明してくれたまえ。それが嵯戸くんの仕事だよ。」
「ええ。お任せください司令。」
「ま、テロでも虫でも構わないさ。嵯戸くんには今回、最新の兵力を預けているからね、どうか好きなように使っておくれよ。欲を言えばメガキラー以上の殺虫力を確認したいところだけど、飽くまで運用は適切にね。」
「わかっておりますよ、司令。あくまで適切に。ですよ。」
薄笑いを浮かべる嵯戸。眼鏡の下が半月状に歪む。
テントウムシ型ドローンは至って無表情であるが、時々背中の模様を発光させていた。
「嵯戸中尉。」
その時、入り口のスライドドアが急に開かれると、警戒に出ていったレイシアが現れた。
「おや、どうしました? レイシアさん。」
「こんにちわ。レイシアくん。」
「これは司令。みえたのですか。お疲れ様です。」
テントウムシ型ドローンを発見したレイシアは、先ほど嵯戸がしてみせたように、姿勢を正して敬礼をした。
「嵯戸中尉、怪しい人間が一名見つかりました。」
「ほほう、それは一体どのような?」
「薄汚い少年が一名、テロリストの潜伏先の情報を持ってきたと。」
「なるほど。それはそれは興味深い。」
「とりあえず拘束しておりますが、いかがいたしましょうか。」
「行きましょう。」
「はい?」
立ち上がる嵯戸。
彼はコーヒーを机に置くと席を立ち、車両のステップを下に降りた。
「私が直々に面会しようと言うのです。」
「危険です、中尉。その必要はないかと思われます。」
「まあまあ。レイシアさん。これも私の作戦のようなものなのです。」
「承知しました。案内致します。」
高度通信車を後にする二人。
テントウムシ型ロボットは二人の後ろを見送った。
「さて、一体彼らは何を見せてくれると、いうのだろうかな。楽しみだ。」




