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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
39/81

第39話 二級河川



「な、なあクガマル。」

 クガマルにそっと耳打ちする。


「この人だれ?」


「あ? ああ。あ~、そうだったな。おう。オメエ知らなかったな。」

「どう見てもやばい人だよ。公安の車を勝手に乗り回すし。」

「お前も昔そんな感じのことしたろ、夏子をのせて。」

「いやいやいや、あれはセーフだ。でも、この女はいかんでしょ。もう絶対危ないって。まったくこっちは急いでるのに。」


「ちょっとアンタたち! 人の話聞いてるの!?」

 女の声が遠くに聞こえた。


「そしてヒステリック。さては精神に異常ありかぁ?」

「否定はしねえ。」

「で、結局だれさ。クガマルの友達? さすが邪悪な昆虫だよ、その連れも負けず劣らずのイカレ野郎とみた。」

「言いたい放題だなお前。怒られるぞ。」

「いいさ。僕は他人の説教に耳を貸さない主義なんだ。」

「じゃあ夏子の怒りも平気だな。」

「それは違う。」


「聞きなさいよ!! アンタら!!」

 

 遂に女は怒鳴ってとばす。


 潤史朗とクガマルはいい加減女の方に顔を向けた。


「やっぱりアンタ、先輩じゃない。どう見ても性格が違う。先輩はそんなんじゃない。」


「と、言われましてもね。どうしろってのさ。」

 潤史朗は両手の平を上に向け、軽く肩を上げてみせた。


「戦いなさい。」


「は?」


 どうしてそうなる。


「それで、アンタが先輩なのか確かめるわ。」


 いや、どうしてそうなる。



「どうしてこうなった、クガマル。」


「オレの目論みどおりだ。」


 ボディを横向きに、橋の中央を塞いだ巡視車両。

 それを背景にして、正面に戦闘姿勢を構える女は龍蔵寺沙紀である。

 さて、今始まろうとする戦いに一体どんな意味を込めているのか、潤史朗はそれを知るはずもなく、そもそも彼女の存在は潤史朗の記憶には残っていないのだった。


「いや、ちょっと落ち着こうよ。僕は志賀潤史朗で間違いないわけだし、それに大体、僕は君のことなんて知らないよ。」


「そう、だったら尚のこと戦う必要があるわね。」


「いやどんな理屈でそうなるの!?」


「問答無用!」


 と言いながら、沙紀は潤史朗に向かって飛び掛かる。

 懐から取り出したのはサバイバルナイフ。

 振りかざした鋭い刃が、街頭に照らされ怪しく光を反射した。


「おおっと! え、え、マジ!?」


 バックジャンプで回避するが、それも間一髪といったところ。

 彼女の身体能力。その素早さと、いま目の前で見せられた跳躍力はどう見ても人間のなせる業ではない。


「どど、どういうこと!?」


 そして、夜の闇に光の尾を引くのは彼女の両眼だ。

 ほんのりと赤い光を灯しており、その様子はまさに狩りをする肉食獣の目そのものであった。


「もしかして、改良人間!?」


「ようやく気付いたかジュンシロ―。そう、あの女は改良人間。セイフティモードでいたんじゃ、すぐにやられちまうぜ~。」


「ということはSPETの人?」


「そういうこった。ほら避けやがれ、また来るぞ。」


 再度襲い掛かってくる沙紀は、その鋭いナイフの切っ先を、少しもぶれることなく潤史朗の体幹に突きつける。

 目にも止まらぬ素早い踏み込み。

 まるで残像を見ているよう、視界で捉えた彼女の姿を光情報としての脳内処理が間に合っていないのか。実際というより感覚的にそう感じられる。


 これをよけるのも間一髪。

 服がすぱっと切り裂かれた。間違いなく次はないだろう。

 やはりクガマルの言う通り四肢の活動設定を上限までハードにしなければ、あっと言う間にやられてしまうだろう。


『設定が変更されました。現在の設定は、ハイパーアクティブ。周囲の状況を確認し、安全に活動して下さい。』


 これでようやく互角の機動性。

 すっ飛んでくる沙紀を大きなジャンプで安全に回避。

 しかし。

 それが回避された途端に、地面を蹴り返して追ってくる。

 空中戦。

 振り下ろされる彼女の踵。

 潤史朗は、目の前で交差する両腕でこれを防ぐも、大きく地面に叩き付けられた。

 着地する両足から、コンクリートにひびが入る。

 このパワー、もしかしたら若干こちらが劣っているのか。


「その身のこなしっ、やっぱりアンタ! 先輩なんかじゃないっ。」


「いててて。知らんよ、もう。」


「力のある機械の手足にただ頼ってるだけ。体の動きはまるでなってない。」


「はいはい。そりゃ悪うござんした。格闘家じゃぁないもんでね。」


 そしてまたしても襲い掛かる沙紀の動きは、更にスピードが上昇している。

 これは、油断すると本当にやられてしまいそうだ。

 潤史朗は姿勢を若干低めに、きりっと目を開けてこの女に対抗する。



 これが、改良人間の実力である。

 機械の四肢をもってしても、生の肉体を強化したものには及ばない。しかもあちらは手足だけが優れる潤史朗とは異なり、全身が高性能ときた。


 改良人間の持つ身体性能。

 それは当然、地底にてメガ級地底怪虫と渡り合うために改良された肉体なのだ。

 現在SPETに所属する全ての人員は、この改良手術を受けており、もはや実行部隊は超人戦隊と化している。

 そして、目の前のこの女もその一人。しかもどうやら、彼女にあっては特段機動性に恵まれている模様。

 その個体によって身体性能の振り分けは様々であるそうだが。


「テメエは肉体強化型、しかも瞬発力に極振りしてるようだな。沙紀。」

 クガマルが上空からしゃべった。


「それがわかったら何?」


「感覚系の強化はゼロに等しい。というかゼロなんだろ。」


「だったらなに!?」


「雑魚だ。」


「あ?」


 潤史朗への連撃をいったん止める沙紀は、頭の上からごちゃごちゃ煩い虫を睨み付けた。


「そう、なら一撃でも加えてみなさいよ、虫。」


「だってよ、ジュンシロー。」


「無理だよ。クガマル。」


 彼女の身体能力は確かに優れているが、一つ気を付けなければいけないのは、決してSPETの全員がそうであるとは限らないということだ。

 沙紀のように特別瞬発力に秀でる者がいれば、持久力や回復力、またそれらのバランス型など様々である。

 また、それよりも大きなくくりとして、肉体強化型とは別に感覚強化型といわれる者たちも存在するのだ。

 その能力とは。

 ルニアを見れば早いだろう。

 もちろん、あれは非常に極端な例であり、そして彼女は改良人間ではないのだが、感覚強化型のSPET隊員は、あのような具合に少し非科学的な面を持ち合わせる。

 とりあえず説明は今はそのくらいでいいだろう。

 とにかく、SPETの隊員は改良人間で超人なのだ。


「いよいよやばいかも! 降参! まいりましたぁ~。」


 潤史朗は、ナイフで襲い掛かる沙紀に対して、両手を挙げて敗北をアピールした。

 しかし彼女はナイフで切り付ける腕を全く止める様子はない。


「却下。」

「ええ!?」


「まだ力を隠し持っている可能性がある!」


 沙紀は攻撃の手を緩めようとしなかった。


「ないないないないっ! ないからナイフしまって!」


 と喚きながらも、潤史朗は攻撃を避けた。


「よく頑張るぜ、この女。なあ、そろそろお疲れなんじゃねえのか? ぎゃはははははっ。」

 

 またもや、その頭上の宙でクガマルが彼女を煽っている。

 しかし、クガマルの言う通り、落ち着いて彼女を見てみれば、先ほどより呼吸に伴う全身の動きが大きいとも見て取れる。


 これはチャンスかもしれない。

 と、一瞬そう思いかけたのだが……。


『バッテリーの電力が低下しています。充電をして下さい。バッテリーの……。』


 側頭部の管制装置が警告ブザーと共に電子音声で親切に知らせてくれる。

 充電切れだ。

 そう言えば、今日のハイパーアクティブは二回目であるし、また新品の部位も満充電ではなかったのだろう。

 それにしても若干早い気はするが……。


「ありゃ~。」


「どうやら、勝負あったみたいね。それじゃ、一撃受けた後に色々と吐いてもらうわよ。」


「何で一撃……。」



「ぎゃははははははははははっ、何を言い出すかと思えば、テメエもギリギリじゃねえかよ、沙紀。」


「ウチはまだまだ余裕よ。」


「ぎゃはははははははっ、どうだかなぁ。」


 クガマルは、そう言うと潤史朗のところまで飛んできた。

 するとそのままの勢いで潤史朗の右腕に着陸。六本足でしがみ付き、合体。



『新しいハードウェアを認識しました。……接続中、しばらくお待ち下さい……接続が完了しました。』

 管制装置のアクションカメラが喋る。


「あれ、クガマルさんや?」

「体を借りるぜ、潤史朗。あの女に自分の限界を教えてやる。」


『……設定が変更されました。現在の設定は、オーバーアクティブ。身体制御の優先権を外部端末に移譲しました。』


 ルニアとの一戦でやってみせた例の奇妙な状態となる。

 今、潤史朗の手足の制御は完全に、右腕に合体したクガマルの支配下にある。

 ただ、この前のとは異なって潤史朗の意識は清明、両者の合意が無ければ成されない、レアな状態だ。


 で、この合体に果たして意味があるのかと言われれば……。


「さあ、こいよ。」


 右腕のクガマルが言う。


「ああ、これで僕はぼーとできるね。ってそうじゃなくて、夏子が待ってるんだ、やるなら早くやってくれっ、クガマル。」


「まぁ任せとけ。」


 それでもって、挑発されるがままに飛び掛かってきた沙紀。


 しかし。


 回避する潤史朗の体は、明らかに今までの動きとは異なる。

 最低限の身のこなし。イタズラに大きなモーションをとらず、簡単な体の重心移動のみで、完全に沙紀の動きを見切っている。


「なんだそりゃ、真面目にやってんのかぁ? ぎゃははははははははっ。」


「動きが変わった!? どういうこと?」


「ほら、まだ余裕なんだろ? こいよ。」


「くそっ。」


 繰り出される連撃。

 蹴り技に手刀、そしてナイフで素早く切りつける。

 しかし、当たりそうで当たらない不思議な距離感が、刃が接触する僅か数センチの距離を果てしなく遠くに感じさせた。


「くそっ、このおおおおおおおっ。」


 最後に、勢いを付けて飛び込んできた沙紀。

 ナイフを大きく振りかぶって……。


「終わりだ。」


 若干のフェイントを交えてするりと身をかわす。

 勢い余って前に飛び出る沙紀。

 その沙紀の体に、後方から軽いキックを加えるクガマル。

 目の前には歩道の柵。

 乗り上げて。

 その向こう側へ。

 

 悲鳴と共に橋から落下する沙紀。

 ぼっちゃんと、数メートルの大きな水しぶきが上がった。


「いっちょ上がりっと。」

 クガマルは右腕から離脱した。



「な、なんだったんだ?」


 潤史朗は柵から身を乗り出すと、泳いでるのか溺れてるのか、水面で水を叩き暴れる、沙紀の無事を確認した。


「オレの用事は終了だ。」

「何の用事?」

「使えそうかどうかの判断。」

「ん? どういうことだ。」

「それよりお前……。」

「あ、いけないっ!」


 潤史朗は急いでバイクに跨ると、キーを捻ってエンジン始動。

 慣れた身のこなしでアクセルターン。

 その場でバイクの向きを変えた後、吹っ飛ぶ飛ぶように発車した。

 唸るエンジン。

 馬力のあまり前輪が浮き上がる。



「待ってろよぃ! 夏子! 今お兄ちゃんが行くぞぉおおお!」






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