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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
37/81

第37話 研究所


「ところでクガマル。」

 タクシーの中。

「あ?」

 潤史朗はぼやく様に、その隣に座るAIドローンに話しかけた。


「ルニア、どこやった?」

「ああ。研究所だ。」

「ああ、研究所ね。」


「どこの?」

「オレたちの。今から向かってる場所のだ。」

「そうか。それを聞いて安心……、いや、どうなんだ?」

「まぁ危険ではない。」

「いや、危険だ。あれは危険だよクガマル。」

「誰が? ルニアがか?」

「いや、危険なのはそっちじゃない。」


「危険なのはあの男……、じゃなかった。あの、なんだ、その。」

「どっちもって野郎な。」

「それ。」



 公安隊特務技研中央開発部。

 一般に全く周知されていないその組織は、この尾張中京都に密かながら巨大実験施設を構える公安の兵器開発所である。

 それが扱うものは、どれも国家機密級のテクノロジーばかり。半ばサイエンスフィクション的な兵器すら、将来的な実用化を目指し途方もない規模の実験が日夜行われていた。

 ちなみに、いつも地下衛生管理局の中日本支部が、研究部と言っている部署とは、実はこれのことである。地衛局とは全く関係のない外部の機関ではあるが、中日本支部情報課については、潤史郎の絡みで少し付き合いがあるようだ。


 そして、こ機関の人間と言えば、各分野から引っ張って来た最高峰の学者や研究者たちに違いない。俗に天才や秀才と位置づけられるスペシャリスト集団である。しかし意外にもその内訳に著名な人物が少ないのは、その研究が非常にマッドで倫理的に逸脱した天才科学者が多いのが理由であると言えた。いくらノーベル賞級の発見をしようとも、所詮彼らの研究対象は一般的、世界的な良識に許されるものではないのだ。単純に、例えば生体人間兵器。それを実際に運用実験し、地上・地下を闊歩させていることなど一般市民は知る由もないだろう。ちなみにそれが誰であるか、彼らは日夜、地底の平和と自分自身の探求心の為、尾張中京を奔走するのであった。



「これは……、凄いわ。」

 

 電子レンジ?

 いや、これも何等かの測定器なのだろう。

 そのレンジ的な装置の中を覗きこむのは、モヒカンでスタイリッシュに決めた白衣の科学者、Dr.ニュートロンである。国籍及び性別、人種不明。

 

 その人物が覗きこむ中にあるのは、どこぞで拾った結晶石。もはや青色の輝きは殆ど失われているが、その測定器が示す値は、この科学者の肝を抜かせるには十分であるようだ。


「ジュンシロウちゃんが持ち帰ったこの結晶。とんでもないエネルギーじゃない。こりゃ、世間に広まったら戦争勃発ものね。恐ろしいわ。おほほほほほほほほ。」


 顔全体にしわを寄せて笑うドクター。その笑顔は正にマッドな科学者特有の表情である。


「おほほほっ、これがあれば、あんなことやこんなことも、おほほほほほほっ。」


 暗黒的なオーラを全身から噴き出している科学者。


 さて、そんなドクターの様子を不思議そうに眺める小さな女の子が一人、それの後ろに立っているのだった。


「ニンゲン、フシギ。」


 彼女の気配に気が付いて、Dr.ニュートロンは振り返る。


「あら、ルニアちゃ~ん。そんなところにいたのね、おほほほほっ。どうかしたのかしら。」


 後ろに、棚の影から見ていたのは、銀髪の小さな女の子、ルニアであった。

 

「体の具合はどうかしら。痛いところはない?」

 ドクターはルニアのところまでやってくると、彼女の前にしゃがんで同じ高さに目線を合わせて微笑んだ。


「イタイ? ルニア? イタイ?」

「ええ、ルニアちゃんがよぉ。」

「ルニア、イタクナイ。」

「そう、ならよかったわ。」


 そう言って、彼女の頭をごしごしと撫でるドクター。

 目を閉じたままのルニアは、不思議そうにその腕を見上げていた。


「おほほほほほ。なんだか、ママになった気分ね。悪くないわぁあ。おほほほほほほ。アタシがママなら、きっとパパ役はっ……、うふ、うふふ、おほほほほほほほほほっ。」


「ママ、キモイ?」


「え?」


 彼女の名前はルニアと言う。

 果たして彼女は一体何者なのだろうか。

 潤史朗が地下深くで出会い、また彼女が潤史朗を助け出したとも聞いた。

 一体何者であるのか。

 見かけは、少し西洋人めいた普通の女の子。少し変わったところがあるとすれば、その両目をずっと閉じたまま、ということくらいだろうか。少なくとも外観上明らかに人間とは異なるような特徴や、古代人、またはそれに順じた生命体と断言できるものはない。

 ただ、唯一の説明材料は、潤史朗のアクションカメラから抜き取ったメモリーカードである。

 そこに映り込んでいたのは古代遺跡とも言える石室と、そして石棺より目覚めるルニアの姿。また、決定的に人間と異なると言えるのは、そのゴキゲーター捻じ殺した特殊能力である。

 この映像がなければ、誰も彼女を古代人とは思わないことだろう。

 

「ルニア、ヒマ。」


 先ほどより、身体の検査よりもまず彼女の体力回復を優先していたが、見たところ健康上の問題もなさそうだ。

 そろそろ彼女の力の検証実験に入るべきだろうか。

 この力の正体を突き明かすことは、公安隊の今後の武器開発に大きな貢献をすることになるだろう。

 と、言うのは実際どうでもいい。

 ただ探求心が、どうしても彼女を解析したいと騒いでいるのだ。 

 この研究施設では基本的に何をやっても問題はない。

 

「ママ、オトコ? ニンゲン、ママ、オトコナノ?」


「あらやだルニアちゃん、ママは男じゃないわ、両方よ。おほほほ。」


「ニンゲン、ナゾ。」


「ちなみに、パパは潤史朗よぉ。」


「ジュンシロウ、パパ?」


「そう、パパなの。おほほほほほ。」


「ニンゲン、ヤミ、フカイ……。」


 しかしだ、検証実験について潤史朗がどう言うのか、それが唯一の気がかりだった。

 クガマルからの伝言は、あくまで彼女を保護せよとのこと。更に地下衛生管理局がらみであるとしたら尚のことやりづらいが……。


「ネエ、ヒゲ、パパドコ?」

「へ? ル、ルニアちゃん、今なんて?」

「ヒゲ。」

「ママよ。ママはそういう渋いキャラなの。」

「ママ。」

「そう。」

「デモ、ヒゲ。」

「そうね、確かに。」

「ヒゲママ。」

「やめなさい。」

「カミノケ、トサカ。」

「素敵でしょ。」

「ヒゲトサカママ。」

「やめなさい。」


「ジュンシロウ……、ドコ……。オナカヘッタ、ルニア。」


「ん?」


 何を見るともなく、ぼんやりと天井に向かって呟くルニア。

 そうすると、不意に彼女は歩き出し研究室の扉の前へ。


 カードキーを必要とするハイセキュリティーな扉である。

 もちろんそれは頑丈で、銃火器でもない限り無理やりには開かないが。


「ルニアちゃん?」


「ジュンシロウ、サガス。オナカ、ヘッタ。」


 すると次の瞬間だった。

 彼女が扉に手をかざす。その両目の隙間から金の光が漏れ出したと思った瞬間、回転しながら、扉が吹き飛んだ。


「こ、これは……。」


 同時に。

 ドクターの後方で、先程の電子レンジ型エネルギー測定装置がブザー音を響かせている。

 その音が知らせるのは測定数値の大幅な変化だ。

 ドクターは飛びつくように、その装置の液晶パネルを確認する。

 単位にあっては一般的でないものだが、今まさに、その数字はゼロとなっていた。

 更に。

 内部の結晶石は、割れて粉々。

 それを確認すると、ドクターは勢いよくルニアの方を振り返る。


「ルニアちゃん!」


「?」


「呑気にしている場合ではないわ!! 実験よ! 実験をするわ!!」


「ジュンシロウハ?」


「あの子ならその内戻るわ、手足が必要だもの。ってそんなことより! 今はルニアちゃんの事を調べるのが先決よ! その不思議な力、もう調べずにはいられないわ!」

 

 と、ルニアに駆け寄るDr.ニュートロン。

 ドクターは小さなルニアをひょいと抱えると、狭い研究室を後に駆けだして行った。



 それと同時か、少し遅れて。

 研究所に到着した彼らは、その二人とは入れ違いにDr.ニュートロンの研究室にやってきた。


「部屋の扉が壊れている。」

「よくあることだろ。」

「そうだね。特に爆発とか。」

「爆発な。よくある。」


 研究室に入って来たのは、潤史朗とクガマルである。

 何やら急ぎの二人は、来慣れた様子で部屋の内部を物色し始めた。

 探しているのは腕と足の予備パーツ。

 クガマルは、近くの壁にぶら下がっている工具を必要な種類だけそこから下ろし、潤史朗は自身の腕と足を棚から探している。


「ないな。機材置き場の方か?」


 一旦部屋を出る潤史朗。

 そのすぐ隣には、機材置き場ならぬガラクタ倉庫が設置されている。

 重い扉をこじ開けると、内部は暗くて埃っぽい。

 電灯のスイッチを探すのも面倒であるため、潤史朗は自身のアクションカメラからスポットライトを照射した。

 光の中に埃が浮かぶ。


 奥の方から順番に照らしていたが、よく見ればすぐそこ、足元付近に自分の手足と酷似した義腕義足が置いてあるではないか。


 潤史朗はそれを拾いあげると、再び研究室の方に戻った。


「見つけたよ。急ごう、クガマル。工具を貸して。」


 そう言って潤史朗は、部屋の中央、上から大量の照明がぶら下がっている大きな作業台に腰を乗せた。

 上着と脱ぐと、右肩には義腕の接続面が剥き出しになる。


「ほらよ。」


 投げて渡された専用のレンチ。

 右腕を肩に当てると、腕側の固定レバーを引いて留め、そこでピンを差しこめば大体はよし。これの補強に専用のボルトを適切にねじ込めば完成だ。

 またこれの逆の要領で、膝から下が千切れた右足を分離して、予備の方を取り付けた。

 作業にあってはこれで終わり。

 あとは、軽く体を動かして固定状態の最終確認をする。


「そう言えば、あのモヒカン白衣、どこ行きやがったんだ?」

 クガマルが言った。


「さあ、ここにいないって事は、実験場じゃない? だってルニアもいるんでしょ。」


「なるほど。で、いいのか? ルニアの方は。」


「いいもなにもない!」

 と、その場でホッピングして足の具合を確認している潤史朗は、クガマルの方を振り返った。


「めっちゃ気になる! 今すぐ、いやもうずっと掛かりきりでいたいくらいだ! でも今、それどころじゃないだろ! 忘れたのかい? 今僕たちは別件で超急いでいるんだ!」


「あ、ああ、そう言えば、そうだった……、な。で、オレが言ってんのはそうじゃなくて、ルニアの研究、あのモヒカン白衣に勝手にさせていいのかって話だ。」


「ああ、いいんじゃない?」


「軽いな。」


「まぁ何だかんだ言ってあの人信用できるし、別に言うほどマッドじゃなくないか?」


「いや、十分マッドだぞ。その存在がな。」


「ルニアの事は、取り敢えず任せた。それにどのみちドクターの協力がないと始まらないことだしね。」


 体を前後左右と動かして、新しい腕と足の接続確認をあらかた終えた。

 潤史朗は作業台に脱ぎ散らした服を拾い上げる。


「ちょっと待て、ジュンシロ―。」


「え?」


 肌着を頭から通そうとした時、クガマルがそれを一旦止めるように言った。


「なんかあった?」


「その腕、いつもと形状が少し違う。」


「そう?」


 言われて、もう一度腕をまじまじと見つめてみる。

 確かに、右と左で若干違った。

 更に言うと、黒い塗装がなされたパーツが追加されているような感じもあった。


「オメエ、それホントに予備パーツのやつか?」


「さあ。」


「おい。」


「まあアレだ、マイナーチェンジじゃないの? 半年に一度くらい、なんか微妙に変わったやつに更新するじゃん。」


「確かにそうだが。いいのか? 不具合が出ても知らねえぞ。」


「後で確認しとくよ。今は一分一秒が惜しいんだ。」


「お、おう。」


 よく見れば右足の方も左と異なるが、今はそんなことには構わずに、取り敢えずズボンを履き続いて上着に袖を通すと、そのまま研究室を飛び出して行った。


「行こうクガマル! 妹が待っている!」




「いけないわっ、アタシったらうっかり。ルニアちゃんの力、きっとあの結晶も関係あるに違いないのに。実験場に一緒にもっていかないと駄目じゃない。」


 またもや入れ違いで研究室にやって来たのはモヒカン白衣のDr.ニュートロン。

 白衣をなびかせ、実験場から小走りで戻ってきた。

 しかしドクターは、壊れた扉の前で一旦立ち止まると不意に目に入った隣室の方に気が付いた。

 機材置き場の戸が開いたまま。


「あら、誰か来ていたのかしら。潤史朗ちゃん? それともクガマルちゃんかしらら?」


 機材置き場の方に足を運ぶドクター。

 その軋んだ扉を、すこし強めに引っ張って開けた。

 手探りで照明スイッチを押す。


 埃がわらわらと降り注いだ。

 

 いつもとの違いが明確であったのは、ドクターの立っている目の前、すぐ下だ。

 何か置いてあったものが持ち去られた形跡は、部分的に埃をかぶっていない床の状態からしてすぐわかる。

 そして、そこにひらりと置いてあるのは紙切れが一枚。

 太い油性ペンで漢字が三文字。

――"調整中"

 ドクター自身で書いた文字だ。


「あらやだ。」



 

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