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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
36/81

第36話 コンビニ


 一方的に切られた電話。

 そして静かな車内に響くのは、無機質な電子音のみである。


「ったく、勘弁してくれい……。」


 五十嵐重吾は、その車載の電話機を運転席左側、コンソールボックスの中に戻した。


「公安の機動強襲戦隊アサルト・ゼロの元隊員か。あの志賀って奴。ホントだったらそりゃすげえけど、そんな厳つい感じでもなかったわな。あの人。」

 そう一人で呟く五十嵐重吾。

 彼は両手を頭の後ろで組むと、そのままシートにもたれ掛かった。


「ん? ってこたあ沙紀さんも元アサルト・ゼロ? ってことだわな。先輩とか言ってたし。」


 駐車された駆逐トラック。

 その存在は、町中においては目立ちすぎだ。

 ゴツゴツのガードフレームを取り付けて、ラリー車の如くフォグランプを武装する。橙色と黒で目立った危険色は無意識に周囲を威嚇して、またやたらとデカい六輪のタイヤは、前に停まった一般車両を簡単に踏み越えれそうなほどのサイズ、その威圧感に拍車をかけた。


 で、そんな車両がどこに停まっているかと言えば……。

 コンビニだ。

 大きな車体で、その駐車スペースの大半を占領し、ちょうど先程、何事が起ったのかと、店長らしき人物が恐る恐る出て来たではないか。

 見れば赤色回転灯を装備しており、緊急車両ということはわかったが、車体に書かれたSPETの四文字。なんじゃそりゃ、意味が分からん、警察? 消防? 公安隊? まさか地下衛生管理局じゃあるまい……、と思ってよく見て見れば、端の方に地下衛生管理局と。


「あ~、おたくさん、地下衛生管理局?」


 店長は運転席側の窓をこつこつと叩いて呼びかける。


「ああ、はい。なにか?」


 重吾は少し扉を開けて顔をだした。


「ああ、いや、この辺でなんかあったかと思いまして。」


「あああ、いえ。別に。」


 重吾が車外を見渡すと、思いの他に注目を浴びているのに気が付いた。

 手を振って来る小さい子供や、スマートフォンを向ける若者。通り過ぎるおじいさんは何故か敬礼をしてくる。

 

「いつもの害虫駆除っすよ。地下には汚いゴキブリが多くて。」


「ほほお、そんなにいますかね、ゴキブリが。」


「ええ、そりゃもう、凶暴で獰猛な、凶悪すぎるゴキブリがね。この車、殺虫剤積んでるんすよ。何万人も人を殺せる位にね。」


「ほええ。そりゃすげえですなあ。」


「あ、トイレ借りやす。」


 運転席からひょいと飛び降りる重吾。

 何だかこうも注目を浴びるのは慣れないので、一旦店内に退避することにした。


 扉を引いて中に入る。

 どこにでもある、極めて一般的なコンビニエンスストアだ。



「お~い、輝人や~い。」



「あ、レシート要らないんで、ビニール袋もいいっす。あのお湯って……、このポットっすね。あざぁっす。」


 入ってすぐ目の前にいたのは、今しがた会計を済ませた金髪のひょろひょろ、池上輝人である。

 

「あ、重吾さん。もう弁当買っときましたよ。ほら名古屋メシ詰め合わせDX。」

「おお。悪いっすな~ヒカやん。」

「いえいえ、お世話になったんでこの位。あの、もうちょっと待ってて下さいね。今お湯入れるんで。」

「おう。雑誌でもみてるわ。」


 お湯? なんで?

 という疑問はさて置き、ポケットに手を突っ込んだまま、重吾はフラフラ雑誌コーナーへと足を運ぶ。 

 目指した先は、一番奥。トイレのすぐ手前の棚である。

 そこに何が置いてあるかだって?

 そりゃ、いいものが沢山並んでるに決まってる。インターネットがどれだけ普及しようとも、やはり、このように雑誌として形あるもの、自分の手でページをめくる特別感。それが廃れることは絶対にないのである。

 して、その棚に向かう途中に、とある芸能雑誌が目についた。

 見出しに大きく、人気マイチューバ―大全とあり、何人かの顔写真が載っている。で、その表紙に顔が載った一人。それがまさか自分の助手席に乗って来るとは思いもよらなかった。

 そう思いつつ、レジの方に目をやる重吾。

 輝人は店員に、もしかしてヒカリンさんですか? などと喋りかけられていた。

 こんな大物が、いや少し信じがたいが、あれが、あれなのかと……。

 こちらを向いて手を振る輝人。どうやらお湯を入れ終わったらしい。


「お持たせしました重吾さん。」

 二人は店を後にした。

 それで、輝人が片手に持っているのは、カップラーメン。

 いや、車内でそれを食べる気なのか?


「ヒカやん、その試みはマイチューバ―的なやつっす?」


「これっす? いやぁ何といいますか、地下に生きるものはやっぱこれっすわ。」


「ん? すまん、説明を。」


「いや、ジュンさんと食べたあの時の味が忘れられないわけなんすよね。地下の1万2千メートル、ゴキブリの死骸に腰を下ろして、二人向かい合って食べる男のフーズ。これっす、ザ・カップラーメン。」


「よくわからんが、1万2千って結構熱くねえか?」


「そうなんすよ。それが。」


 どうやらその志賀潤史朗という男は、サウナでラーメンを食うような男らしい。よほど好きなのか、それともただの変態か。


「あと、ジュンさんは缶コーヒーも好きなんです。ほらこれ、BASSのキリマンジャロスペシャル。重吾さんの分も買っときましたぁ。」


「いや悪いねヒカやん。」


 ステップを登り、左右から駆逐トラックに乗り込む二人。

 やかましいエンジン音を唸らせて、トラックは幹線道路の流れに戻っていった。


 車内にて、助手席でラーメンをすする輝人は、少し窓を開けて入り込む風に涼みながら、至高の自由を味わっていた。


「で、お前さんにも一応聞いとくがよ……。」


「はい?」


 重吾はハンドルを握り、前方を見たまま輝人に言った。


「いいんだな、ほんとに。」


「もちろんっす。」


「何度も言うが、俺は公安に捕まっとくのをお勧めする。そりゃ一度はペナルティを受けるし、部分的な記憶操作もされちまうが、たったそれだけのことだ。罰則も軽けりゃ、今後の人生にはほとんど支障はねえ。大体お前さん、めっちゃ有名人なんだろ?」


「そうみたいっすね。いつの間にか。」


「金回りも悪くねえはずだ。わざわざこんな仕事しなくてもいいだろうに。割と本気で生きるか死ぬかの世界だぜ? まぁ十分に体験してくれたとは思うが。」


「重吾さん。俺もう決めたんすよ。地下世界で戦うって。」


「お前さんの地下の活躍は誰の目にも触れねえ。」


「それでいいっす。」


「何の名声もない、褒められないし、応援もされない、そして何よりモテない。」


「上等っす。」


「死ぬぞ。」


「それは……、もう何度も覚悟を決めましたよ。今回の冒険で。」


「わかった。俺はもう止めねえ。それじゃ歓迎するぜ、地下衛生管理局へようこそ。常に人手が足りない最悪な職場だ。」


「おっす。」


 のこのこ走る駆逐トラック。

 それは往路よりも遥かに穏やかな、のんびり走るクルージング。

 運転席の重吾は、オートクルーズモードを設定し、ハンドル上に弁当を広げた。


「重吾さんの食い方もなかなかっすね。」


「そうか~?」


 これからの未来。 

 マイチューバーヒカリンこと、池上輝人を待ち受ける数々の試練。

 彼のようなイレギュラーな採用は、無論まともな事務員として取ったわけではないのは明らかだ。

 いつ死んでもおかしくない、常時募集を掛けている奇妙な戦闘職。それは特別殺虫チームSPETの隊員へと繋がる、正に地獄への道であった。

 

 こんなデータが存在する。

 SPETの隊員として、一年目を生き残る確率。

 これは重吾も知らない非公開な統計データであるが、その数およそ2割ほど。

 だが、この数字は正しくない。

 実際のところ、新隊員は部隊配属となる前にその多くが亡くなるのだ。

 その理由、またその確率は、池上輝人が知る由は無い。

 ただ一つ。

 新隊員を真っ先に殺すのは、決して害虫ではない。


「頑張れよ、ヒカやん。」

「おっす。」




 名阪地下高速道を、ノンストップで走り切ること数時間。

 到着先は、畿内阪神都。

 その賑やかな都心を横切ることさえもせず、向かった場所は、そのどことも知れぬ辺境だ。

 淡路島を向こうに見据え。当たり一面を防護護岸で囲んだ出島に、ぽつんと寂しく置いてあるのは、地下衛生管理局SPET関西基地。

 見た目は小さそうであるが、それはあくまで近隣に建物が何もなく、コンクリート平原の上に立っているからそう見えるのだ。実際基地施設は相当巨大である。

 近づいてみればわかる。大型車両が何台も格納できるほどの車庫を備えており、また建物本体は、まるで要塞でも構えたかのように所々物騒な筒が見え隠れしていた。

 そしてこの要塞には、その各部にあざとい程大量のアンテナが立っており、くるくる回るタイプの航空レーダー設備も備わっていた。

 ここは、そう。

 宇宙人の侵略から地球を守る防衛基地なのだ。

 と、思わせるほどの立派な基地感、ロマンとロマンに溢れている。

 だが、そんな魅力的な建設物だとしても、こんなところに基地見学にやって来る子供やマニアはいないのだ。


 駆逐トラック関西1号車がフェンスの合わさったゲート付近に停車すると、それは自動的に左右に開かれた。


「後戻りはできねえぞ。ここを越えたら、な。」


「重吾さん、進んで下さい。」


「わかった。」


 関西1号車は、無事本拠地に帰投した。

 車両は各部に大きな破損がみられ、ざっと見て中破といった具合だが、主に部品の取り換えで済む修理であるため、すぐでも現場に復帰できるだろう。


 広大な敷地を快走する。

 車両は基地に接近すると、バックで車庫に収まった。


「一応お前さんは、お尋ねもんだからな。降りたらあんまりきょろきょろしないように、堂々と、かつ速やかに、俺の言うとおりにテキパキ動く。おけぃ?」


「おけっす。」


 サイドブレーキを引いてキーを捻る。メインスイッチを切ったのち、重吾は車両から飛び降りて、輝人もそれに続いた。


「こっちだ。」


 車庫内を素早い歩行で移動する。

 見上げれば、遥かに高い天井はクレーンや照明で飾られており、キャットウォークには何人かの人が歩いていた。

 この車庫は、収まっているものこそ大型の特装車両であるが、設備としてはまるで戦闘機の格納庫。

 あまりゆっくりとは見てられないが、この床も部分的に上下に分離して昇降するギミックがありそうだ。


 そして、車庫を抜けて出た先は。

 海だ。

 先ほど見えた淡路島が遠くに霞む。

 だがしかし、そんな島よりも、ど迫力なものが岸壁に潜んでいた。

 果たしてこれはゴキブリ退治に役立つのか。

 重武装を施された高速船艇。

 カラーリングこそ駆逐トラックと同じであるが、色さえ変えればもはや公安隊である。


「それだ。」


 そして重吾が指で差す先。

 高速船艇の横に係留してある水上バイクだ。

 目だった特殊装備はなさそうだが、色は他と同じくSPETカラーに染められている。


「悪いが、ここから先は冒険だ。得意だろ? しかも豪華な船旅ときた。まぁ乗りなぁ。」


 重吾に案内されるがまま、輝人は水上バイクに搭乗した。

 そして護岸から、投げるように渡される巨大なカバン。

 輝人は、すこしバランスを崩しそうになりながらも、そのカバンを受け取る。

 見た感じ防水機能のある立派なカバンだ。


「瀬戸内海を伝って北部九州都を目指すんだ。そこについたら、向かうところはSPET九州基地。海図も地図も食料も、全部そのカバンに入れといた、念のためだが、ドコデモダケ対策にいつものマスクをつけとけよ、海上だからよっぽどいいとは思うが。あとは基地についたら、そこで見せる書類も入ってる。」


「あ、ありがとうございます! 重吾さん。何から何まで!」


「そのくらい構わないぜ。だが、お前さんの試練はそこからだ。」



――お~い、重吾~戻ったのかぁ~?


 後ろのほうで聞こえる誰かの声。

 重吾はしゃがんで、水上バイクにできるだけ近寄った。


「よし、もういい。行くんだ。」


「わかりやしたぁ。」


 エンジンに火が入る水上バイク。

 重吾は、バイクを係留したロープを自前のナイフで素早く切り落とした。


「俺、行ってきます。重吾さん。マジ、お世話になりやした。」


「おう。短い間だったが、俺も有名人と喋れて楽しかったぜ。じゃあな。


 スロットルが開かれ、瀬戸内海へ飛び出ていく青年とバイク。

 

 どうかまた、あの男、マイチューバ―ヒカリンが無事に戻ってくることを願うばかりである。

 その旅立ちは、希望かそれとも悪夢の始まりか。

 それは限りなく後者に近いだろう。

 いや、後者以外にありえない。

 しかし。

 あの去りゆく男の背中には。

 何か、希望を託さずにはいられなかった。


「また地下で会おうぜ、ヒカやん。それまで死ぬんじゃねえぞ、ってな。」


 五十嵐は、その後姿が遠くに消えるまで旅立つ輝人を見届けた。






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