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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
35/81

第35話 タクシー


「夏子、まだ寝てるかな。もし起きていたら……。」


「起きていたら?」


「怒る。」


「怒るのか? オレはあいつが怒ってるとこなんて見たことがねえぞ。」


「それは怒っているように見えないだけさ。」


「そういうタイプだったかねえ。」


「そういうタイプさ。」


 病院の非常階段を松葉杖で駆け下りる潤史朗と、それに続くクガマル。

 あえて言わずとも、夏子には大変な心配をかけている。

 毎日心配させていると言ってもいいほどだが、今回ばかりは特大に心配させたことだろう。


 もし彼女が目を覚ました時に自分がいなかった場合、どうなるだろうか。

 不安にさせる? 怒らせる? 激怒させる?

 そう言えば、前にもこういうことがあったと思い出す。

 あの時はそう、巡視車両を借りるのに思いの他時間が掛かってしまい、いつも夏子が病室に来る時間に間に合わなかったのだ。

 本当は、義腕と義足がついた状態でベッドに潜り、不意に立ち上がることでサプライズ的に彼女を驚かせ、そのまま町に連れ出す計画だったのだ。

 で、それに遅れて失敗する。

 それで確か、どうだったろう、あの時怒っていただろうか?

 

「とにかく急がないと!」


 と、松葉杖の状態で病院の廊下を疾走した。

 

 間もなく到着するのは、先ほど抜け出た病室の前。

 潤史朗はその扉の前で一度立ち止まった。

 落ち着いて、息を大きく吸い込む。

 きっと彼女はまだ寝ている。そうであったとしても厳しいお叱りがあるだろうが、起きた時に自分がいない状態となると、それはさすがにまずい。

 いや、いっそのことこのまま、地衛局の方に戻ってしまおうか。それで急用が云々言ってごまかして……。


「おい。お前なにぼ~っと突っ立ってんだ。早く入れよ。」


「しっ、静かに! 夏子が起きちゃうだろ!」


「いい加減起きてると思うぞ。」


「いいから待って。僕には心の準備が必要なんだ。これは、とても重要なこと。そう、大事なことなんだ。」


 つまるところ、非常に顔を合わせずらいのだ。

 ちょうど今必死で、第一声に何を言おうか考えている。

 何か、こう、まるで何事もなかったかのように、全てを水に流す革命的な挨拶が、今この時代に求められている気がしてならない。


「ちょりぃいい~っすぅ! お兄ちゃんアゲポヨだぜ、うぇ~~い! なんてどうだろうか。いい感じに場を和ませるのりで、いやダメか。若しくは……、そう……、そう、そうだ! フジャムボ!! ……いける。」


「開けるぞ。」


「あ~、待って待って待って!」


 クガマルは扉の持ち手に顎をひっかけると、ゆっくりとスライドして横にすらした。


「くそ、こうなっては仕方ない……。」


 こうして、病室の扉は開かれる。


 覚悟を決めた潤史朗。

 彼はその一歩を力強く踏み出すと、片腕を垂直に上げ、天井を仰ぎ見た。


「フジャムボ!!」


「……。」


 網戸の窓から吹き込む風が、静かにカーテンを揺らしていた。

 無言で振り向くのは、知らない看護師の人。

 極めて冷静な視線が突き刺さる。


「……。さて、クガマルよ。夏子はどこぞ?」


「いねえな。帰ったんじゃねえのか。」


「うむ。」

 

 これで一安心だ。

 と、なる訳はないのだが、ほっとしてしまったのも事実。

 怒られるのが先延ばしになった。


 看護師の女性は、お大事にと真顔で一言そう残し、病室を去って行った。


「で、ほんとに帰ったのか。それはそれで不自然なような……。」


 ぶつぶつと呟きながら、潤史朗はベッド付近を探索する。

 掛け布団をめくり、棚を開き、ベッドの下を確認した。


「おい、ジュンシロー。」

「んあ?」


 同じように周囲を見て回るクガマルは潤史朗の頭上に降り立ってきた。


「花瓶の横にこんなもんを見つけた。」


 顎を開いて、つまんでいた紙切れをひらりひらりと潤史朗の目の前に落下させた。

 それを手に取る潤史朗。

 紙切れは、どうやら置手紙の模様。

 教科書の手本のように整った美しい文字、間違いなく夏子の書いた字であった。


「え~っと、なになに。"さようなら"。」


「以上?」


「……。」


 紙切れを持ったまま、その場に硬直する潤史朗。

 たった平仮名5文字の置手紙、これの意味するところは果たして。


「さようならって……。」


「おい、ジュンシロ―? 顔色が悪りぃぞ。」


 その途端、急激に動き出した潤史朗は病室の窓に駆け寄った。


 素早く窓を開けて、飛び出す勢いで顔を突き出すと、病院の周辺一帯、人やタクシー、その中に夏子の姿を探した。


「いない。」


「電話してみろよ。」


「そ、そうだ。」


 クガマルに言われて気が付く携帯電話の存在。

 潤史朗は急いでスマートフォンを取り出すと、電話帳から妹をタップして、ぴたりとそれを耳に当てた。

 

 妙に長く感じる呼び出し音。

 やはり、出ないかと。そう思った矢先。

 電話が繋がる。


「もしもし! 夏子!? 今どこよ。」


 しばらくの無言。

 電話の向こうは不自然なほど静かであった。


「夏子? ちょっと? 聞こえてる?」


――……、ジュン。


「夏子!! 今どこ!?」


――……。


「お兄ちゃんだぞ! 夏子、今どこにいるんだ!?」


――早くしないと、大事なものが無くなっちゃうよ……。


「え? なんだって??」


 ぷつりと、電話が切れる音がした。

 スピーカーの向こうからは、ただ虚しく電子音が流れるのみ。

 潤史朗はまたしてもその場に固まった。


「あいつ、なに言ってやがるんだ?」

 クガマルが言った。


「ばっか! 妹に危機が迫ってんだよ!! 」


「そうなのか? んで、何がなくなるってんだ。」


「あほんだら! 大事なもんって言ったら妹以外に何があるっていうのさ!!」


「あ、ああ。」


「これは、重大事件だ。いくぞ! クガマル!!」


「お、おう。」


 片足で跳びだす潤史朗は、びよんびよんと跳躍しながら、誰もいない病室から躍り出た。

 廊下に出ると、そこは障害物の巣窟だ。

 車椅子のおじいちゃん、点滴棒のおっさん、ベッドごと運ばれるおにいさん。

 片足で走りまわる潤史朗はそれらを巧みに回避しながら病院の一階を目指した。

 その走る様はエビのよう。横切った子供に応援される。

 というか速い。


「おい、今更だがお前。片足のくせになんでそんなに速ええんだよ。ちょっと気持ち悪いぞ。」


「ハイパーアクティブ継続中。」


「マジか。ただの馬鹿じゃねえか。」


「馬鹿なもんか。妹の危機だぞ。これ以上に急ぐ事案なんて存在しない!」


「まぁ。そうだが。」


 またしても駆け下りる非常階段は、壁を蹴り返しながらの立体走り。地下ではよくやる基本走行である。


 そしてロビーを通過すると、向かった先はタクシー乗り場。


「へいタクシー!!」


 と言いながら、手ごろな車両に飛び乗った。


 驚いた運転手は、目を丸くして後ろの座席を振り返っる。


「お、おお、にいちゃん、足は? いや腕も? 大丈夫なのかい?」


「そういう仕様です。」


「おいジュンシロー! ちょっと待て!」


「うわぁあっ。ドローンが喋った。」

 驚くタクシードライバー。


「んあ? んだよクガマル。」


「オメエ、そんでどこ行くつもりだ。」


「は? ああ~、うむ……。」

 潤史朗は唸りながら腕を組んだ。


「考えなしかよ。まあいい。とりあえずお前、腕と足を手に入れろ。」


「いや、そんな悠長なこと!」


「あほ。ほんとにピンチだった場合、その奇妙な体で何ができんだよ。」


「いや、意外となんでも……。」


「急がば回れ。おい運転手、オレの指定する施設に向かえ。とりあえず病院を出たら右だ。」


「は、はいぃぃ。わかりましたぁ。」


 発車するタクシー。

 潤史朗に構わず、その行く先は公安の施設。いつも研究部とこちらが勝手によんでいる場所である。

 クガマルはダッシュボード上にポフンと乗ると、羽を畳んで一息ついた。


「くそっ、無事でいてくれ夏子……。」


 落ち着かない潤史朗。

 足が組めないことに気が付くと、額を窓に張り付けた。

 流れゆく景色は、夕暮れ時の尾張中京。




「追って!!」


「え? ええ!?」


 潤史朗の乗り込んだタクシーの後方。

 それに続くかのように、別のタクシーに飛び込んだ一人の女。

 

「あのタクシーを追って!! ほらっ、早くしないと見失うわ!」


「あ、あれですね。わかりました。」


 後発したタクシー。

 その後部座席に乗り込んだのは、短い髪の若い女だ。

 派手なジャージを上下に揃え、荷物は大きめのボストンバッグが一つ。

 その恰好からは、今日退院した入院患者とも見て取れるが、ルームミラー越しに光る獰猛な目つき、それはとても昨日までベッドで弱っていた病人のものとは思えない。

 彼女の名前は龍蔵寺沙紀。

 なにを隠そう地下衛生管理局特別殺虫チーム関西基地201小隊の小隊長である。

 して、なぜそんな彼女が、ここ尾張中京都にいるのかと言うと。その答えは前方を走っているタクシーの中だ。


「……先輩。いや、あれは本当に……。」


 遡ること、およそ10分前。

 ようやくあの男の入院先を突き止め、やってきたのは都立名古屋病院。

 四年ぶりの対面。

 この再会に、彼女はある不信感と疑念を胸に抱えていた。

 九州南部地下調査団護衛任務の時、先輩である志賀潤史朗の身に起こったこと、その全容は明らかに隠蔽されている。

 そして、その本人たる志賀潤史朗の……、変貌。

 何が変わったかといえば、もちろんそのハード部分だ。両腕両足が機械になっている。だがそんなことは些細な問題であり、一番の問題と言えるのはソフト部分、つまり内面的な個所だ。

 あの人は、あんな人、だっただろうか。

 自身が持つ記憶は4年前とはいえど、それは確かなものである。

 龍蔵寺沙紀の知る志賀潤史朗は、自分のことを"僕"だなんて言う人間じゃない。

 彼の人格は。

 間違いなく変化している。

 そして今日、それをこの目で確かめるのだ。



「来てやったわよ、先輩。」


 と、正面玄関の前にて沙紀は目の前にそびえ立つ大病院を見上げた。


 ちょうどその時だ。

 彼女のポケットに忍ばしてあった携帯電話が鳴動する。


 沙紀は少し面倒臭そうにこれを手に取ると、画面の表示を確認した。


【駆逐トラック関西1号車】


 沙紀は更に面倒臭そうにして、電話を耳に当てた。


――もっしもーし。こちら副隊長、五十嵐っす。


「あ? なんか用?」


――いや何か用っていいますか、マジで尾張中京に残るつもりっすか? もうすぐ地下高速乗っちゃいますけど、もうこれ乗ったら引き返せませんぜ?


「だからそう言ってんでしょ。いい加減くどいわねアンタ。」


――じゃあ行きますけど、いいんすね?


「ええ。ウチのことは消息不明だって、上にはそう報告しといて。死んだことにしといても構わないわ。で、隊長の座はしばらくアンタに預けるわ。」


――え!? 俺昇格っす? 


「そうよ。だからよろしくね、ぶっ壊した車の言い訳。」


――え……。


「それじゃ、ばいばーい。」


 そう言ってスパッと通話を切断する。

 沙紀は電話をポケットに戻した。


「悪いわね、五十嵐。こっちにも譲れない用事ってもんがあるのよ。」


 

 そうして、病院の玄関に差し掛かるのだが。

 何やら騒がしい気配。

 

 ガラス張りの玄関越しに見る、片足ケンケンでぶっ飛んでくる人間が一人。

 その勢いにぎょっと驚き、反射的に体をそらした。


 目の前を駆け抜けていく若い男。

 と、それに続く巨大クワガタ虫。


 志賀潤史朗だ。


「あっ! ちょっと待ちなさいよ!!」


 そう言って彼を追いかけようとするも、乗り込んだタクシーは瞬く間に発進していくのであった。







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