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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第二部
32/81

第32話 特別病棟ー3


「ジュン。来たよ。」

「やあ。」

 妹、夏子との距離は少しずつ縮まり、他人行儀な感じはだいぶ抜けつつあった。 兄妹とは言わなくとも、ちょっとした友達くらいな感覚にはなっただろうか。


 彼女はいつも病室に花をもってやって来た。

 シンプルな白い花瓶にそれを挿して水を注ぐ。

 そんな花程度でこの部屋の雰囲気が変わるとも思えなかったが、実際それがベッドの横に置いてあると、なんとなく嬉しい気分になるのだった。


「たんぽぽ。」


「ごめんね、何か拾ったような花ばっかりで。」


 彼女の懐事情は知る由もない。

 この前ようやく病院の近くにバイト先を見つけ、今は安いアパートに住んでいるそうだ。

 

「いいじゃない。たんぽぽ可愛いし。」


「そうかな……。」


 いつも会いに来てくれて嬉しい、というか安心する。

 夏子が向けてくれる笑顔は、大げさのようだが、窓のないこの病室にとっては多分太陽みたいなものなんだろう。それは信頼と親愛の証か、見ていると落ち着いた。もはやこの部屋には欠かせないものになっていた。そう言う意味でも太陽だった。

 そして、それに対して、僕も笑顔を彼女に返す。

 お互いにとって、お互いが太陽。照らし合い、それを必然とした。どちらかが月で、ということはない。

 この時間がいつまでも続けばいいのにと、そう思うことも少なくはない。

 実際、心地がいい環境に他ならないのだろう。

 それ以外の事は何も求めないし、必要ではない。彼女が元気ならそれで十分だった。


 だが、それでいいのだろうかと。

 最近ふと思う。

 夏子が元気ならばそれで十分。と、僕が一人で思う分にはいいが、夏子の方もそんなことを思っているようだったら、それは良くない。

 まさか、そんなのは兄の思い上がりだろうと。そうだったならば寧ろその方がいい。僕が痛い勘違いをしているだけならば。

 だが、彼女を見ていると、そうも見えないところがあるような気がして僕はそれを問題に感じていた。

 

 その服、とても歳相応のお洒落ではない。どんな古着屋で調達してきたのか知らないがボロボロだ。

 また顔を見る限り、それは意図的なダイエットではないのだろう。そもそもダイエットが必要な体系ではないだろうに。


 このままでは駄目だ。

 まともに動けない兄の看病のために、妹の未来が暗くなっていいわけがない。

 非力な兄が、彼女にしてやれることなんて無きに等しいが、それでも心配する事はできるし、またどうあっても彼女の足を引っ張るような事態などもっての他。

 夏子はもう、ここに来るべきではない。


「夏子、聞いて。」

 そう言うと、彼女は小首を傾けて僕の目を見つめた。

「どうしたの? 急に畏まったりなんかして。」


「大事な話だ。」

「うん。なに。」


「いきなりかもしれないけど。夏子、ここにはもう……。」

「……。」

 そう言いかけている内に、彼女の表情はみるみる内に険しくなる。

 夏子は僕が何を言おうとしているのか、わかっているようだ。

 それもそうだろう、この話を切り出すのはもう何度目か。

 いつも誤魔化して最後まで言い切らないのは、彼女の返答が目に見えてること、絶対に怒る。

 そしてまた、僕もまた決心がついていないのかもしれない。

 夏子を突き放すことは何よりもまず自分が嫌だった。

 それでも、これからの妹の生活と未来のために、こんな辺境の病院にいつまでも通わせるわけにはいかない。

 踏ん切りを、つけなければ。


「大丈夫だよ。ジュンが退院したらちゃんとする。定職に就くつもりでいるし、チャンスがあれば大学に行くのもいいかなって思ってる。」

「そ、そうか。大学か。」

「うん。」


 こうしていつも流される。

 退院がいつになるのかなんてわからないし、そもそも退院できるのか不明だ。仮に退院できたとして、僕は現状、介助なしでは生活できない。

 夏子に面倒をかけることは目に見えているんだ。

 そうなることだけは避けたい。そんな将来、歪が生まれるのは必然で、いづれ全てを失うだろう。

 しかし、それでも夏子を前にするときっぱりと言い切れない。

 完全に甘えだ。これは。


「それじゃ、ジュン。また明日も来る。」

「お、おん。帰り道気を付けて。」

「うん。」


 一人病室で溜息をつく。

 まったく、ダメな兄だ。


 


 そんなことに頭を悩ます最近の日々。

 何か解決策はないかと、ぼーとしながらベッドの上で考える。


 ちょうどそんな時に例の男がまた現れたのだった。

 訂正、男ではない。両方らしい。

 それは僕に、結果的に願ってもないチャンスをもたらすことになるのだった……。



「おほほほ。ご機嫌いかが、潤史朗ちゃん。」


「どうも。」


「今日はちょこっと大事なお話しがあるのだけれど、いいかしら。」

 現れたDr.ニュートロンは、いつもは見慣れないもの、車椅子をもってこの病室に入ってきた。


「車椅子? まさか僕を外に?」


「そうよ。アタシが許可を出したのよ。」


 こうしてどこに連れていかれるのかと、半分の期待と半分の不安をもって僕は病室を後にした。

 エレベーターに乗る。

 密室。危険。

 

「ねえ、潤史朗ちゃん。」


「……。」


「顔が、ちょっと怖いわよ。」


「そうですか? 全然そうじゃないです。」


「でもそんな潤史朗ちゃんも素敵だわ。」


「……。」


 危険だ。


 そしてどこに行くのかと思いきや、エレベーターが昇る方向は上。

 病院の屋上。



 夕焼け空。

 まるで真っ赤な海面に、ポツンと屋上が浮かんでいるような不思議な感覚。

 正面から向かい合う太陽は燃えるように赤く地平線の上で揺らめいた。

 火焔のように力強く、しかしそれ以上に鮮やかで、それは世界の最期のように、もしくは始まりのように。ただ美しかった。


 初めてみる夕焼け。そんなはずはないだろうが、記憶がなくなってから病室を出るのは初めてになる。

 頬にあたる涼しい風や、沁みわたるように暖かい日の光。その刺激がすさまじく鮮烈で、僕を体の奥底から震えさせた。


「どうかしら、久々の外の空気は。」


「……、ありがとうございます。」


「あなたがこうして外に出て、直接日光にあたるのも実は結構ぶりなのよ。ずっと地面の中で、どうかしら、一か月くらい?」


「地面の中? 僕が?」


「きれいな夕日ね。」


「え? ああ、はい。そうですね。」



「ねえ、潤史朗ちゃん。」


 Dr.ニュートロンは、真剣なまなざしで僕の目を見つめた。

 夕日に染まった横顔は、とても凛々しく、その手入れの行き届いたモヒカンと顎鬚が大変男らしく見えた。


「好きよ。」




「……僕が地面の中にいたってどういうことですか?」


「あ、あれれ、潤史朗ちゃん?」


「いえ、ですから……。」


「今アタシ、結構すごいこと言ったわよ。」


「え? 冗談ですよね。」


「ひどい! 潤史朗ちゃんひどい!」


「ああ、はい。僕も好きですよドクターのこと。」


「ほんとに!?!? 潤史朗ちゃんそれ本当に!? アタシ、嬉しいわ!!」


「よき友人として。」


「……わかって、いたわ。どうせそんなことでしょうとね。わかっていたけれど。でも、切ないわ。」


「で、地面の中って?」


「潤史朗ちゃんって結構ドライなのね。でもそんなところも素敵よ。」


「地面。」


「わかったわ。話すわ。ちゃんと。今日は告白じゃなくて、あなたのことについて話すつもりだったのだから。ただちょっと、あまりにも夕日がきれいだったから、ね、そうでしょ?」


 仕切り直して。

 Dr.ニュートロンは一度咳払いをすると、屋上の柵に肘を置く。

 そうして普段のテンションからすこしだけ声のトーンを落として話し出した。


「記憶を失う前のあなた、志賀潤史朗は公安隊の隊員だったのよ。そんなことも覚えていないのでしょう?」


「僕が公安隊?」


「それも日本最強の特殊部隊にね。」


 Dr.ニュートロンが語り始める、僕のおおよその過去。

 どうやら、僕の容態が安定してきたということで、このタイミングでそれを話し始めたのだと。

 

 僕が所属していたのは、公安隊の特殊部隊。機動強襲戦隊アサルト・ゼロ、と言うらしい。

 その部隊の一員として、とある作戦に参加した。

 九州南部地下調査団護衛作戦。

 それがもたらしたものは、最悪な結果、いや誰も想定していなかった結果だ。

 敵がゴキゲーター程度であれば、それでもどうにか戦うことはできたとのことだ。

 しかし、調査団は一体何を見つけたのか。

 全くの想定外、これっぽちも考えもしていなかった、可能性に触れてもいなかった化け物に遭遇した。


「ゴキゲリアス。」


 Dr.ニュートロンは言った。


「先日、地下衛生管理局が正式に命名したわ。あの新種の怪虫について。」


「ゴキゲリアス? ゴキゲーターじゃないんですか?」


「らしいわ。ただあまりにも情報が少なくて、特徴も何も全く分からないそうだけど。」


「そのゴキゲリアスが……。」


「調査団と公安隊をほぼ全滅にした、ついでに地下も崩落したの。そしてあなたは重症を負いつつも奇跡的に生還したのよ。潤史朗ちゃん。」

 

「ゴキゲリアス、ゴキゲーター……、そいつが、僕の手足を……。」


 あの悪夢と、一致する。

 僕はゴキゲーター、ゴキゲリアスに食われた?


 崩壊が進みゆく地下道のなかで、僕は一人。

 囲まれる。

 巨大ゴキブリと、その先に見えたのは……。

 さらに、大きな、ゴキブリ。


「ん、あれ、いててててて。」

 急に、頭をよぎるヴィジョンと、体中に走る焼けるような痛み。

 それは記憶を辿る何かに、その回路に大きな抵抗を示すような幻視痛。

 徐々に脳みそがきりきりと痛みはじめ。

 目の前がぐらついた。


「大丈夫!? 潤史朗ちゃん!!」

 頭を抱える僕に、ドクターは寄り添った。


「ゴキゲリアス……、あれが? そして、崩落が……。くっそ、なんか頭が、ちょー痛い。」


「駄目よ、潤史朗ちゃん!! それ以上思い出そうとしてはダメ! やっぱりまだ時期尚早だったのよ。過去を思い出すには、あなたの脳にはまだ負荷が大きすぎる!」


 そんな馬鹿なことがあるか。

 頭に傷害でもあるって言うのか。確かに記憶喪失にはなっているが。

 

 いやちょっと待て。

 あの時誰かの名前を叫んだ?

 

 夏子?


 どうして夏子がそんなところにいるんだ?

 彼女は言っていた。自分は交通事故で記憶喪失になったと。

 話が食い違ってる?

 それとも僕の思い違い?


 くそ、だめだ。

 考えようとすればするほど頭痛がひどくなる。

 だが。

 どうしても思い出したい。


「くそ、痛い。ぐぐぐ、うぐ。くそ、夏子……。」


「潤史朗ちゃん!! しっかりして!!」


 視界がかすむ。

 意識が遠くに。




 次に、僕が目を覚ましたのはいつもの病室。

 気を失っていたらしい。


「大丈夫? 潤史朗ちゃん。」


 顔を覗きこんでくるのは、顎鬚とモヒカンのドクター。

 男らしい顔立ちだが意外と綺麗な肌をしている。髭も整っているし、そういうところには気を遣っているのだろう。


「やっぱりまだ、本調子じゃないようね。」


 まだ頭がづきづきと少し痛む。

 一体さっきのは何だったのだろう。

 

「とりあえず、これからのことを話しましょうか、潤史朗ちゃん。」


「これからのこと?」


「さっきの話の続きよ。それとも今はもうちょっと休憩しておいた方がいいかしら。」


「いえ。聞きます。」


「そう。わかったわ。」

 Dr.ニュートロンは、そういうと僕のベッドに少し腰かけた。


「だいぶ名乗り遅れたけど、アタシは公安隊、特務技研中央開発部の人間よ。潤史朗ちゃん、あなたの強健な体を実験体として提供してくれないかしら。」


「……。」

 その言い方をされると、素直にうなずくのにはかなり抵抗がある。

 特にこの人が言うとな。危険な臭いが……。


「と、言ってもすでに実験は始まっているのだけれどね。言ったでしょう? それはまだ仮の義腕だって。」


「それってつまり……。」


「四肢、すべてを用意できるわ。もちろん将来的に公安隊で運用することを想定とした、戦闘用の強力なものをね。どうかしら、断る理由はないと思うわ。」


 確かにその通りだ。

 そんな立派な手足がくっつけば、夏子に迷惑を掛けなくて済む。

 いや、それどころではない。

 彼女の隣を歩くことも、倒れそうな時に支えることも、もしもの時に守ることだってできる。

 ドクターの言う通り、断る理由はない。むしろ頭を下げてでも頼みたいことだ。


「ついでに言うと、その特典で、夏子ちゃんを公安で守ることもできるわ。」


「え? それってどういう……。」


「どういう経緯があってか知らないけれど、彼女もまた九州南部地下調査に関わっている。記憶を失っているようだけど、そんな不安定な彼女の生活も、こちらで支援することを約束できるわ。」


 やはり、夏子もあの場所にいたのか。

 一体どうして?

 さっぱりわからない。だが、きっといたのだろう。そして僕が彼女を守ろうとしていたことも、やはり事実なのだ。


「Dr.ニュートロン、その話受けましょう。」


 夏子のためになるのならば、僕は喜んでそれを引き受けよう。

 しかも両腕両足がくっついて、さらに夏子の生活支援がつくだなんて、もはや等価交換ではない。一方的にこちらが得をする。

 

 Dr.ニュートロン、やっぱりいい人なのか。


「おほほほほっ。これで潤史朗ちゃんはアタシのものよ。おほほほほほほほ。」


 いや、悪い奴だ。


 ここで固い握手を交わすものかと思ったが。

 嫌悪感がしたのでやっぱりやめた。




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