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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
24/81

第24話 第二覚醒ー1


 

 

 「あっはっははっははっははははっははっはははっはははっははっ、なんて力だ。これがワタシの、本当の姿。ははははははははははっ。」


 暗黒の果て。

 その長い銀髪を、荒ぶる虚空になびかせて。

 女は地下を彷徨った。


 全身にみなぎる力。

 今まで何故気が付かなかったのだろう、ここは莫大なエネルギーで満ち溢れている。それをただ取り込むだけで良かったのだ。

 爆発しそうなほど力強いこの生命力。

 最高に気持ちがいい。


 目覚めた怪女は美しく。その瞳に煌めく黄金の光、それは獲物を狙う肉食獣の如く、連なる闇の深淵に強く鋭く輝いた。

 敵はいない。

 この暗闇の、まるで死んだ世界の墓場であるような場所で。今頂点に君臨する。

 それが本来、自分のあるべき形だということを教えてくれる虫たち。

 それらの名前は知らない。

 ただ6本の足を素早く前後させ、何の考えもなく突き進んでくる哀れな昆虫たち。

 艶のある立派な甲殻に、芸術的な曲線を描いた触覚。そして生え揃った羽は後ろの方まですらりと伸びきった。

 綺麗な生き物だ。

 だが死ね。

 

 その手段はここにある。

 ただ片手を前にかざすだけ。そして少しの力を加えれば、たちまちそれは全身が捻じ切れ、ばらばらに吹き飛んだ。

 緑色の液体をまき散らしながら六本の足は飛散する。雑巾しぼりになった腹部の後端からは少し固形で柔らかい物体が噴出した。頭部は離断。さすがに胸は粉砕できなかったが、本気でやればどうとでもなりそうだ。


 はははははははは。


 いい気分だ。

 すかっとする。

 今までずっと溜めこんでいたゴミを、一気に掃除しているようだ。

 そうそう、確か。確かゴキ何とかと言ったな。

 よくわからんが。


 それで一体、あと何匹それがいるのだろうか。

 何匹だろうと捻り潰すだけだが。

 奴らは敵だ。


 なぜそう思うかはわからない。

 ただ直感的に、それは始末すべき対象であると、遥か遠い記憶が囁いているような気がしたのだ。

 それに間違いはないのだろう。

 昔の記憶は全くない。それでも自身の役割は本能的に理解せしえた。

 ただ本能で。

 まるでこれでは自分も虫と同類だ。

 しかし、私の方が圧倒的上位たる生物。

 同類だが上級だ。それでいい。


 次から次へと向かい来る敵、黒い昆虫たち。

 もうこれで何体倒したことだろうか。

 それでも一向にこの殺戮に飽きることはしないのだが、しかし完全に進むべき方向が分からなくなった。

 目指すべきは上である。

 上に行かなければいけない。


 何故そうしているのか。

 そういえばどうしてなのだろう。

 地上をひたすら目指す事、それは本来の私には当てはまらない謎の行動だ。

 

 いいや、これの理由を求めることは、きっと野暮なことなのだろう。

 この地底におけるただ一つの出会いと、そして私の全てである。

 両腕に抱えたこの人間。

 彼によって示される地上の光は、それ自体が目的だ。

 

 そして、それの障害たるゴキゲーター共。

 容赦はしない。

 殺して殺して殺しまくる。 

 奴らは敵。

 敵でなくとも、この道を阻むのならば捻り殺す。


 潤史朗、どうかまだ命があって欲しい。

 必ず共に。

 その光差す地上へ。


「あはっははっはっはっはっはっ。死んだ死んだ、虫が死んだ。ははっはっはっはっはっ。……、はぁ、……潤史朗、まだ大丈夫かい? ワタシは、もうお腹がペコペコだよ。ははは。少し笑い疲れたようだ。」




 駆逐トラック関西1号車が行く。

 そのキャビンの中、運転を替わった女は助手席に。組んだ足を伸ばし、ダッシュボード上に乗せてくつろいだ。

 車内環境は程よく快適、これも大男にハンドルを交代したおかげだろう。


「なるほどね。大体事情は把握したわ。」

「そりゃ、つらかったろうにな、少年。いやよく頑張ったさ。おん。」


 広い地下自動車道を抜けた後は車幅ぎりぎりの通路が暫く続き、その長い時間に後部座席の輝人は事のあらましを話し終えた。


「ホント災難続きだったなぁ少年よ。ゴキゲーターの幼虫に追い回されて、挙句の果てには助けに来たトラックに轢き殺されそうになるしなぁ。」

 そう言う男は、横目でちらりと女の方を見た。

 その視線を気にも留めていない様子の女は、キャビン内側の天井に張られたネットから、何やらスナック菓子の袋を引っ張り出した。

「的確な判断でしょ。どう見ても。」

 女は、菓子の袋を豪快に引き破る。

 中身が少し床に飛んだ。

「あの距離でライト当てるだけでさ、アンタこの人が防護マスクしてるのわかったわけ?」

「そりゃわかりませんから下手にメガキラーは撃てませんけど、だからって突進します? 普通。」

「するわね、普通。」

「そっすか。尊敬しますわマジ。」

 スナック菓子をボリボリとかじる。

「なんで自分だけ食ってんすか。」

「あげないわよ。」

「いや、いりませんけど。」

「あっそ。」

 女は足を組み直し、今度はシートの上にあぐらをかいた。


「あの、それで、マジありがとうございました。ほんと死んでるとこだったんで。」

 後部座席で輝人が言った。


「池上輝人とか言ったっけ?」

「はい。」

「悪いんだけど。アンタ。」

「は、はい。」

「怪しすぎる。」

「いや、それはまぁ……。そっすけど。」


「今聞いた話の中で、確実にあり得ない点が一つ。教えてあげるわ。」

 女はスナック菓子をつまみながら続ける。

「そんなドローンは存在しない。」


「ええ? いや、でもほら。」

 そう言いつつ、輝人は停止したクガマルを両手で持って前の席に差し出した。

 女は一旦ダッシュボードに菓子の袋を置き、振り返ってそれを受け取る。


「こんなおもちゃが飛んで? 案内して? 指示をだす? ないないない。まぁ確かに? 少しは頑丈そうだから、それなりのロボットなんでしょうけど。それでも今の技術でそんな高性能なドローンが作れるはずないわ。」


「でも姐御、それがそうじゃないと話の辻褄が合いませんぜ?」

「だから怪しいってんじゃない。アンタあほね、あほ。」


「もういい、返すわ。」


 そうしてその時、後ろの座席に向かって女はクガマルをぽいと投げた。


 慌ててこれをキャッチする輝人。

 すこし横に倒れながら確実に両手に持った。


「うわっと、危ねっ。」


「はぁ?」

 女は振り返った。

 大事そうにドローンを抱える後ろの男を、怪訝そうに見る。

「何大げさに。ただのドロー……。」


「ちょっと!」

 輝人は、女の言葉を遮って言った。

「マジ大事なんで投げんで下さいよ!」

 前に乗り出し、少しばかり語調を強めた。


「は?」

 ピクリと。

 額の血管が浮き出る女。

 ナイフにような目つきは鋭さを増し、後ろから乗り出す輝人を睨み付けた。


「な、なななななんすか?」

 落ち着け。

 怖くない怖くない怖くない。

 と必死に自分に言い聞かせる。

 

 この女、顔だちこそ整っており、見ようによってはぎりぎり美人と言えるかもしれない。しかしだ、先ほどから言動を見ていれば女性というカテゴリーとは程遠い。元不良に違いない。いや絶対にそうだ。というか男だ。

 だが、それがどうした。

 確かにちょっときつい感じだが、恐ろしさで言ったらボスに勝てるはずがない。

 そうだ、ボスは最凶。そしてそのボスに鍛え上げられてきたんだ。

 こんな女がなんだ。へっちゃらだ。


「なに震えてんの? ださ。」

 女は一言そう言うと前に向き直った。


「は? はあああ? べべべつに震えてねーし。マジ震えてねえし。」

 確かにボスよりは怖くないが、ゴキゲーターよりは怖いかもしれない。と思う輝人であった。


「食い掛かっただけでも立派だぞ、少年。俺には到底無理だ。」

 ハンドルを持つ男はルームミラー越しに輝人に言った。


「そうね。百歩譲ってそのドローンが凄い性能だったとして、アンタみたいなひょろひょろチキンが、地下1万2千から這い上がってこれるとは到底思えない。それも不審な点の一つ。」


「た、たしかに、ひょろひょろチキンっすけど。でも。」


「まあまあ姐御、そう言っても始まらねえじゃねえすか。」

「言わなくても始まってないじゃない。」

「はい?」


「アンタ、さっきから今一体どこ向かって走ってるわけ? センサーに人の反応もないし。後ろの人間も道がわからない。先輩を見つける手がかりはなし。ありえないでしょ。」


 現在の状況だが。

 輝人は絶体絶命のピンチをSPETのメンバーに救出され、こうして希望はつながったかのように思われた。しかしながら、肝心のクガマルが動かないようでは状況が良くなったとはとても言えない、むしろ当初の予定よりもマイナスに傾いている。

 今まで通って来た地下道はクガマルのナビゲーションにのみ選択可能な抜け道のような場所ばかり。車両が通れるような場所はほとんどない訳で、またその道順を思い出そうにも、複雑すぎてわけがわからない。そもそも当たり前の話だが、地下道というのは暗すぎて、その道の状態や景観の記憶など残りようもないのだった。

 潤史朗を探すには、この地下空間は広すぎる。


「そいつ、ちょっと貸してみな。」

 不意にトラックを停車させた男は、運転席から体をこちらに向けて乗り出した。

 

「ちょっと、誰が止めていいって? 勝手な真似はしないで。」

「まあまあ姐御、そう固くなりなさんな。どうせこのまま走っても埒があかねえってんでしょ? 無駄にガソリンまき散らしてるわけだし。」

「……。」

 どうやら気に入らない様子である女。

 彼女は、袋の中の菓子を男に投げつけると、ふて腐れたようにダッシュボード上に足を振り下ろした。


「確かに、ドローンにしちゃあ随分と凝った作りをしているが……。」

 男はクガマルを持ち上げたり、可動部を引いてみたりと、その細部までをまじまじと観察した。

「こいつが道案内やら戦闘の指示をするとしたら、そんな恐ろしいことはねえぞ、どんなAIだって話だ。」

「やっぱ、信じられませんかね。ま、そっすよね。」


「動けばいいいんだろ? これが。」


「え?」

 当たり前だが意外なその一言に少しばかりはっとした。

 確かにその通りだが、こんな精密機械はどうしようもないと、端からその発想を自分の中から消していたのだ。


「それで全てが解決する。その志賀って奴の居場所もわかるし、お前さんの言ってることの証明にもなるしな。」

「あの、直せるんすか?」

「無理だな。だが、まだ故障と決まったわけじゃないんだろ?」

「はいっす。それは、はい。」

「バッテリーも貸しな。」

「おすっ。」



「……、なぁおい、これ、腕じゃねえかよ。」

 手渡された充電用の予備バッテリー。

 束の間の絶句。

 菓子をむさぼっていた女の視線も、そこの機械の腕に釘付けにされた。

 その新鮮な反応に戸惑う輝人であったが、一瞬の後それが普通のリアクションであることにようやく気が付いた。


「あ、ええっとこれはっすね、その……。」

「……。」

「ジュンさんです。」

「……。」



 そして、その説明にも更なる手間を要し、また女からの不信感は先ほどにも増して強まった。


 こんな義腕、技術的にどうなのだろう。輝人自身、もう今一度考え直してみるも、言われてみればとんでもない技術には違いない。少なくとも一般には普及していないものだ。怪虫同様に機密事項かなにかなのだろうと、疑問に思うことをやめていたが……。

 

「中日本支部、半端ねえな。」

「これは良くないわね。上に隠してるか、上が隠してるのか。」

 二人は小声で話し合う。


「とにかく、今はバッテリーだ。」

 そうして男が取り出したのは、車載の工具。

 慣れた手つきで潤史朗の左腕を解体しはじめ、5分程度の時間でその内部からバッテリーを取り出した。



「……と、言うわけだな。」

 輝人の前に、そのバッテリーをかざして見せる男。


 見事な破損状況だ。

 デスモスキートの吸血口が刺さった跡が、くっきりとそこに刻まれた。


「そういう事っすね。」


「ついでにさっき、クガマルさんとやらの電源プラグも確認した。車両積載のコードで何とかなるだろう。」

「まじすか!?」

「マジだな。」


「良かった……、ボス。」

 輝人はほっと胸を撫で下ろした。

 もし故障であったらどうしようかと。

 また、これで希望が繋がったとも言えるのだ。


 早速受け取ったコードで車両の電源からクガマルを充電する。

 ぴかっと赤く発光する羽の隙間。

 充電が始まった。


「まぁ何にしろ、ドローンが起動するまでは取り敢えず下に向かいましょうや。目指すは地下1万以下なんすから、時間もかかるでしょ。」

「そのドローンがマジで道案内できるのであれば、だけどね。」

「いいっすよね? 車、出しますよ。」

「許可するわ。」


 こうして再び走り始めた駆逐トラック。

 ふと男がルームミラーで後ろを見ると、そこにはクガマルを抱えてすやすや眠る輝人の姿があった。

 彼が語るとおり、本当に1万2千から這い上がって来たのなら、それは本当に凄い事だ。こうしてすぐ寝てしまうほどの疲労も頷ける。

 それに、彼の両腕にあるドローン……。


「案外、マジかもしんないっすね。」

「は? 何が?」



 特別殺虫チーム、通称SPET。

 その関西基地に所属する隊の内、関西1号車を運用するのはこちら。

 小隊長の龍蔵寺沙紀と副長の五十嵐重吾、以下数名。

 現在尾張中京への出向は小隊長及び副長の2名のみ。またこちらにて池上輝人を救出。そして、ただいまより更なる救出活動を実施する。




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