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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
23/81

第23話 プラネタリウムー3



 輝人は両目を瞑り、その最期の瞬間に備えた。

 

 しかし、その出来事は次の瞬間。

 ドームの中央付近、豪快な爆発音と共に床が天井に向かって噴き上がった、

 砕かれた床がバラバラになって周囲に飛散する。

 粉塵が舞い、その中心より何か強力な光の塊が飛び出した。

 巨大なそれは四角い箱のよう。下から床面を突き上げるように姿を現す。

 ゴツゴツに太ったタイヤを六輪履き揃え、着地する重たい車体をがっちりと受け止めた。

 それは戦車か装甲車かと思われるほどの重装備。だがトラックである。

 まるでクジラが海面から飛び出してきたかのような豪快な登場だ。それが一体何なのかは全くわからないが、とにかく普通の車でないことだけは理解できた。

 ラリー車並みにフォグライトを装着し、太いガードパイプを各所に武装。突進すればビルでも簡単に倒せそうな出で立ちである。


 その存在に気が付いたゴキブリたち。彼らは一瞬ギョッとしたように動きを止めた。

 何事かと思う輝人は目を開く。

 オレンジとブラック、派手な色使いはハチの様。そのトラックはエンジンをぶるぶると震わせながらこちらを照らした。

 

「な、なんだ?」


 と思う次の瞬間、輝人を見るなり急に発進するトラック。

 トラックは、まるでロケットかミサイルかというほどの凄まじい大加速で前進。周囲の座席を吹き飛ばしながら突撃する。 

 まさに猛牛、いや怪物と言う方が正しいか。


 慌てて輝人は横に飛び出し、その突進を回避。

 跳ね飛ばされる座席の中にはミニサイズのゴキブリが何匹も巻き込まれていた。一瞬でもこの回避が遅れていようものなら、今頃ゴキブリたちと一緒に肉塊になっていたところだ。それは流石に勘弁されたい。

 だが輝人とは違い、一向にこれをかわす素振りをみせないのはフルサイズのゴキゲーター。まさかこの化け物を受け止めるつもりなのだろうか。

 しかし、それは戦車とも張り合える巨大害虫であるのだ、トラック如きに立ち向かうことなどなんてことはない。はずである。

 して、この化け物トラックに正面から激突するゴキゲーター。

 トラックは大きく減速するも止まることを知らない。

 フロント部にゴキゲーターを捉え、ドームの隅まで押しやった。

 壁とトラックに挟まれる。

 これを押し返そうと試みるゴキゲーターだが、トラックは更にホイールの回転速度を増して対抗した。

 空転するタイヤが白煙を纏う。

 が、こんな無意味な遊びはここで終わりだ。

 トラックのキャビン上部に取り付けられているのは大型の放射ノズル。

 ここから何が発射するのかは敢えて言うまでもないだろう。


 メガキラー、放射。

 そこから噴き出す薬剤は、人が持つタイプのノズルに比較すると量も圧力も圧倒的だ。

 壁に押しやられたゴキゲーターはあっという間に沈黙する。


 トラックはバックにて後退。体勢を立て直す。

 さらにここで横から襲い掛かる次なるゴキゲーターが一体あり。それは羽を大きく広げた状態にて空中を突進した。

 ノズル先端をそちらに側に素早く向けるトラック。続けて吹き付ける薬剤放射は長射程高圧力。これにて瞬時にゴキゲーターを撃墜した。

 そして空中で死骸となるゴキゲーターは、その勢い余って地面を転がり、やがてその辺りで停止した。


「な、なんだこれ……。」

 この様子を呆然と眺める輝人。驚きと安堵で心臓が忙しい。


 いつの間にか、彼を取り囲んでいたゴキブリ達はそのトラックを襲う方向でまとまっていた。

 無論ミニサイズのゴキブリたちも、この天敵たる凶暴なトラックを撃滅せんと、大集団で向かって行く。

 ミニと言っても全長は30から100センチ。接近すれば巨大なタイヤに潰されるが、その亡骸が多量に積もれば何かが起こる。

 暴れまわるトラックは殺虫剤をまき散らし、しかしそれでもゴキブリたちはこれに怯むことなく襲い掛かった。

 ドームの中はいつしか虫の死骸だらけ。


 この害虫駆除は一見恐ろしく順調に思われた。

 が、しかしその時である。

 トラックの暴走が突如として鈍くなった。

 見れば、死に損ねたミニゴキブリ達が大量にタイヤに絡みつき、相互に足を絡めあいながらタイヤと車体の間に挟まっている。

 速度はいつしか歩行並み。

 ダンプカーベースとみえる特装のトラックは、おそらく6輪駆動車ではあるが、タイヤのほとんどすべてにゴキブリが挟まっているようで、野太いエンジン音のみが無駄に吠えた。

 機動性を失うトラック。

 この絶好のチャンスをゴキブリたちが見逃すわけもなく、減ったのかどうかもよくわからない量のミニゴキブリは、前後左右更には天井から、カサカサと高速で這いずり、完全包囲を実現した。

 ついには集団の先駆けが、トラックの車体を上り始める。

 トラックの車体は、みるみるうちにつやつやのゴキブリブラックに染まりゆく。鮮やかな橙色部分が消えていった。


「トラックが……。」

 立ち尽くす輝人。

 目の前で黒く死にゆくは救いの神。瞬く間にゴキブリを大量殺戮した車は、こんな簡単にあっけなく沈もうとしている。

 せめて、あのタイヤに挟まるゴミさえ何とかできれば。


 しかし。

 自分に何ができる。

 まさか、あのミニゴキブリのたかる山に突入しろと?

 まさか。

 ここで逃げればいいだろう。今ならあのトラックが注意を引いている。幸いにも一番の障害であったフルサイズのゴキゲーターは始末された。

 逃げるべきだ。それが潤史朗を助けることにつながる。あのトラックに誰が乗っているのか知らないが、どうせ見ず知らずの他人。誰かの言葉を借りるなら、こんなやばい地下に来ている時点で死んでも文句は言えないのだ。

 逃げよう。

 今飛び出せ。

 綺麗ごとなんて言い出したら地下では誰も助からない。



 足が、動かない。

 振り返ろうにも体が動かない。

 腰を抜かして動けないわけじゃないんだ。

 ただ、ここで身を退くことを許せないもう一人の自分が、そんなことは絶対あり得ないと駄々をこねている。

 じゃあ、あの虫だらけのところに突撃するのか?

 そう考えると、足はさらに強く固まった。

 前に行くか、後ろに行くか、その力は見事に釣り合い輝人をこの場に縛りつける。

 行き場を失った力は上半身に上り、クガマルを抱きしめる力がぎゅっと増した。


 クガマルは何も言わない。

 潤史朗はここにいない。

 もしも彼らがいたとしたら、どうしていたのだろうか。

 

 その答えは、自分が一番よく知っている。

 今ここに自分の命があり、こうして立っていられること。

 それが全てだ。


 輝人は、その震える小さな一歩を力強く踏み出した。



――よくもまあこんなゴミクソが地衛局に入りたいだの抜かすもんだぁ。は? てめぇの兄貴がなんだって? 知るかっての。まぁ悔しかったらやってみやがれ。ま、オメエなんぞには到底無理だろうがなっ。ぎゃはははははははははっ。



 頭の中で不意にクガマルの声が思い出された。

 こんなセリフ言っていたろうか。まぁ大体こんな感じだろう。

 あの笑い声といい。

 個性的すぎるんだ。


「ボス。俺、やってやりますよ。」


 一人小さくつぶやく輝人。

 

 次の瞬間。

 彼は走り出した。


 その雄たけびは、まるで自身の震えを飛ばすかの如く。そのままゴキブリの山めがけて全力疾走で突入する。

 もう目は瞑らない。

 前方の目標物をしっかりとその両目で見据えて走った。

 

 迫るトラック。

 今だけは、その死の恐怖を置き去りに。



 そして、すべての覚悟が決まったその時。

 突然だ。

 トラックの周囲、底面や各部の隙間より、白い濃霧が勢いよく噴射した。

 その白煙はどう見ても殺虫薬剤。

 みるみるうちに自らの車体をメガキラーで包むトラックは、まとわりついたミニゴキブリたちを一斉に排除。それらはボトボトと剥がれ落ちていった。


 そのギミックに反射的に急停止した輝人は、若干前のめりに転倒しかけた。

 防護マスクはしているものの、残り数メートルの距離で、メガキラーをもろに浴びるところだった。それでどうなるかは知らないが、危険でないはずはないだろう。


 しかし、そんな仕掛けがあったとして根本的な解決はされていない。

 タイヤに絡みつくミニゴキブリは依然。

 しかし今、これは大変に大きなチャンスとみえた。

 今なら安全に車体に接近できる。

 ミニゴキブリの第二波が到達するまで、わずかだが隙がある。


 輝人はこのタイミングでトラックに飛びついた。

 目標はこれ、車体外部に取り付けられた"つるはし"だ。

 これを素早く取り外すと、その先端金属部分をタイヤハウスに食い込ませて力いっぱいにゴキブリの死骸を引きずり出す。

 中にはまだ微妙に動いているものもあるが、そんなことは関係ない。

 量はまだまだ結構ある。


 振り返ると、津波のように押し寄せるゴキブリたちの第二波。

 急いでこの死体群を撤去しなければ今に飲まれてしまうだろう。

 しかしこの作業、早くともあと1分は時間がかかるだろうか。なんとかなる時間はとてもない。

 一旦車体上部に登って逃げるか?

 しかしそうしてもすぐに飲まれてしまうだろう。

 もはや一刻の猶予もない。


「あんたぁ、死ぬ気?」


 その時、不意に現れた防護マスクの女。

 安全帽の縁から茶髪が跳ねている。

 そして背中に担がれたボンベ、"MEGA-KILLER"の文字がやたらと逞しく映った。


 向けるノズルより発する薬剤。

 ミニゴキブリの洪水を一旦せき止める。

 すると女は放射をぴたりと中止し、輝人の隣に走り寄った。


「大丈夫?」

「あ、はいっす。」

「頭。」

「頭?」

「の中。」

「え……。」


 輝人の隣にて、女はグローブをした手でポイポイと、ゴキブリの死骸を掻き出しては引っこ抜き、引っこ抜いてはそれ後ろ投げた。

 迫りくるゴキブリ第三波。

 タイヤに絡まったゴキブリはほとんど取り出せた。

 

 女は輝人の腕を掴んで引っ張る。


「乗りな。」

「!!」


 半ば投げられるように、トラックのキャビン後部に連れ込まれた輝人。

 女のほうは運転席に乗り込む。

 またその二人の乗車の際に、ちょうど反対側から誰かもう一人が助手席に飛び乗った。

 三つの扉は、ほぼ同時に勢いよくバタンと閉じる。


「そっち側のタイヤは!?」

 運転席の女は、反対側から乗車した助手席の大男に言った。

「たぶんオッケー! って、さっきの少年乗ってる!?」

 男は後部座席に振り向いた。

「ど、どもっす。」

「オーケー。」

 拳から親指を突き立てグッドサインを出す男。輝人もこれを真似して返した。

「オケッす。」


「出すよ。」

 と、女は言い終わる前に、一気にアクセルを底まで踏み込んだ。

 その爆発的急発進に悲鳴を上げる輝人。

 勢いで後部座席を転がった。


 輝人を確保し、再びゴキブリを跳ね飛ばして進むトラック。

 前方のミニゴキブリを、今度は無闇に轢き殺さず殺虫剤を散布しながら前進した。

 

「姉御、正面壁。」

「抜くわ。」

「残り30メーター。」

「緊急掘削ロケット。」

「準備よぉーし!」

 

 女の指示の下、大男は助手席ダッシュボードに装着されたタッチパネルで操作を行う。

 すると、トラック荷台コンテナ部、ここから外側に展開するのは左右のサイドハッチ。

 その内部から十数発のロケット弾が頭を覗かせた。


「撃て。」

「ほいさっ。」


 続く操作は助手席シート横から飛び出る作業スティックにて。

 男がそれについた赤いトリガーを景気よく引き絞りと、パネル上で選択した分のロケット弾が、サイドハッチより発射された。

 尾を引きながら飛翔する数発の弾。それらは爆発による火煙を巻き上げながら前方を塞ぐ壁を粉砕した。

 その崩落の最中、女の方は再び車両を加速させ、粉塵の中に突入した。

 

 もはや天文館の内部構造は、侵入した一台のトラックによりめちゃくちゃに破壊され、目も当てられない惨状だった。

 幅が狭く通れない通路などは無視、はなから通るつもりもなさそうだが、体当たりやロケット弾によって次々と壁を突き抜けて、建物内に新たな道を開拓しながら走り去る。


 そして最後に迫る障害は、地下自動車道との隔たりとなる壁。

 こちらは先ほどまでの壁よりかは遥かに厚さがありそうだ。


「任せた。」

 女はそう言うと、車両を壁体の正面にできる限り接近させて停車させた。

「任された!」

 先ほどの作業スティック。これを反対側のシート横からも更にもう一本引き出して、男はこの左右2本のスティックを両手で握って操作を始めた。


 トラック荷台コンテナ天板上部、こちらから展開する2本の長い作業アームは、それぞれ先端に、ドリルと刺突ニードルを装着した掘削装置だ。

 例えて言うなればテナガエビ。そんな感じでトラックの上から前方に向かって突き出された作業アームは、高速回転するドリルと素早い前後運動を繰り返す刺突ニードルにより、みるみる内に正面の壁を破壊し始めた。


「あとどんなもん?」

 そう言う女は両手を頭の後ろに回して暇そうな仕草をとる。

「30びょー。」

「おっそ。下手じゃん。」

「まあまあ。」


 と、そのやりとり間に何やら車内にブザー音が鳴り渡った。

 女はそれを耳にすると運転席から助手席側に身を乗り出してタッチパネルを覗き込んだ。


「ほら、幼虫に取りつかれたじゃん。もたもたしてるから。」

「どーします? 幼虫、ある程度溜まるまで待ちます? さっきみたいに。」

「却下。またタイヤに挟まると嫌だし。」

 

 そうして女が指を添えるボタンは、ダッシュボード上の赤いボタン。

 誤操作防止用の透明なカバーを上に跳ね、"非常"と書かれるそれを人差し指で押し込んだ。

 すると、先ほどのように車体周囲からメガキラーが噴出し、あっという間に全体を包んだ。

 警報ブザーが停止する。

 また同じタイミングに、目の前からは壁が崩れ去った。

 粉塵なのか殺虫剤なのか、周囲にあっては白煙まみれ。

 女はまたアクセルを踏み込み、この煙の先に飛び込んで行った。


 かくして天文館を後にする車両。

 自動車道に入ってしまえば、もはや幼虫ごときではこの速度を追いかけてこれない。

 

 赤いテールランプが暗闇に尾を引き、その後ろに低い排気音を残して去る。

 こちらの車両にあっては、駆逐トラック関西1号車。

 一般市民を1名確保するも、目標人物とは接触ならず。

 



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